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When the Music is over the Internet
2009年8月掲載

音楽雑誌の投稿サイトとのコラボレーションが考えさせること−「取材力」こそがコンテンツ

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 音楽産業はアーチストとレコード会社だけで成立している訳ではありません。その周辺には多数の関連ビジネスが存在しています。その1つが音楽雑誌ですが、近年、そのオンライン化には目を見張るものがあります。単に紙面をデジタル化してウェブ提供し、紙媒体の雑誌の購入促進に結び付けるというレベルを超えて、ビデオ配信、グッズ販売、さらには、YouTubeや、Facebook、Twitterなどの投稿サイトとのコラボレーションを強化しています。それらのメニューが並んだフロントページを眺めてみると、あたかも音楽に特化した専門ショッピングモールの様相を呈しており、音楽雑誌が一般新聞などに比べて、オンライン化への対応を先鋭化しているメディアであることが良く分ります。その理由は、以前の本コラムにも書きましたが、音楽産業がネットによる物理媒体消滅に最も早く直面し、「通信とXXの融合」の最前線に位置して来たからです。イノベーションや改革が何によってもたらされるか諸説がありますが、「危機感」は1つの大きな要因でしょう。大型コンピュター製造のゴリアテから最強のシステム・コンサル会社へ変貌したIBMなど、多くの事例がそれを証明しています。

 以下、本コラムの趣旨(?)にそって、洋楽の世界に話を絞り込んで具体的な事象と示唆を追いかけてみたいと思います。英米のポップス、ロックの雑誌として有名なものとしては、The Rolling Stone誌(1967年サンフランシスコ創刊)、New Musical Express誌(NME:1952年ロンドン創刊)、MOJO誌(1993年ロンドン創刊)などがあります。

 余談ですが、上記のうち、The Rolling Stone誌は他誌と比べて購読者の年齢層が高いこともあり、アーチストへの独占インタビュー、新譜レビューなどに加えて、政治や社会に鋭く切り込んだコラムを掲載しており、単なる「音楽雑誌」を超えたインテリジェンスを備えています。例えば、2009年8月の同誌最新号のカバーストーリーは「Obama so far」と題して、オバマ大統領の就任6カ月後の評価を行っています。その特集の討論のために同誌のNYオフィスに集められた論客は、日本でもファンの多い映画監督のMichael Moore、高名な政治評論家のDavid Gergen、そして、何とノーベル経済学賞を受賞したPaul Krugmanです。

 さて、近年、レコード販売の衰退とともに音楽雑誌の購読者数も低迷し、単なる紙メディアだけで生き残ることは難しい状況になってきました。メディア・ミックス戦略の初期段階には、紙雑誌にオリジナルCDを同封する手法が多用されました。現在でも、アメリカやイギリスの空港、駅のキオスクには、CDが張り付けられた上記の雑誌類が並んでいるのを見かけます。しかし、そもそも、CDよりもiPodや携帯電話で音楽を聞く若者層が増えている中で、CD自体を販促材料にすることには限界があります。そこで、音楽雑誌社が次なるメディアとしてネットに注目するのは当然の流れです。3誌に共通したネット戦略は、「無料ビデオ、音楽配信」、「ブログ」、「オンライン通販(アーチスト関連グッズなど)」ですが、それに加えて、購読者の年齢層を反映した違いが出ています。その最大のものが投稿サイトとのコラボレーションです。MOJO誌とNME誌は相対的に若手リスナーを対象とした雑誌であるため、投稿サイトとのコラボに積極的であり、トップ画面でそれらを全面的にアピールをしています。すなわち、両誌ともにYouTube、Twitter、MySpace、Facebookの4サイトと提携し、それぞれの中に両誌のファンが集うコミュニイティを設定しています。さらに、NME誌はアバターを使用した3Dチャット・サイトのIMVUとも連携し、トップ画面の最も目立つ部分に最大のスペースを割り当てています。

 一般新聞も数年前からブログによる読者コメントを編集に反映しており、最近では、The Timesのような大手新聞もTwitterと連携はしていますが、トップページではなく、「Tech & Web」欄に進むとはじめて画面に登場するなど、その活用の程度は控えめな印象を拭えません(その他の「Politics」や「World News」欄には登場しません)。やはり、娯楽(音楽)を対象としたメディアと比べると、一般新聞のネット戦略の「はじけぶり」には相当な差があるのです。確かに、今まで紹介してきた音楽雑誌のウェブを見ていると、現在はYouTubeやMySpaceを利用しているように見えますが、その路線を突き進むと、逆に利用されている印象も出てきそうです。極端に言えば、音楽雑誌が投稿サイトの1コーナーに成り下がる可能性(危険性?)を秘めているのです。このように、ネットはメディアにおける潜在的な「主客逆転効果」を備えています。しかし、投稿サイトはアップロードされるコンテンツがあってこそ成り立つのであり、雑誌社や新聞社側に取材に基づくオリジナル・コンテンツがあれば、何も恐れることはないでしょう。音楽雑誌の先鋭的なオンライン戦略の行く末を考えると、既存メディアの守るべきものは紙などの「媒体」ではなく「取材力」(そして制作力)であることを、改めて教えてくれるような気がします。

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