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情報通信 ニュースの正鵠
2010年5月12日掲載

iPadの源流!? ニュートン・メッセージパッドに見るアップル躍進の秘密

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 iPadは古くからのアップル・ファンにある製品を思い起こさせる。それは「ニュートン・メッセージパッド(Newton MessagePad)」だ。

 ニュートンは1993年に発売されたアップルの携帯情報端末(PDA)で、手書き入力機能を採用した革新的な端末として当時脚光を浴びた。しかし、商業的には失敗しており、ジョン・スカリーCEOの失脚の原因になったことでも有名である。私も初代ニュートン(H1000)を持っているが、文字認識率の低さに閉口して、仕舞い込んだままにしてある。

 しかし、iPadを「ジョブズ版ニュートン※」と評する声もあり、久しぶりに棚の奥から引っ張り出してみた。(※ニュートンはスティーブ・ジョブズ氏がアップルを離れていた時代の製品)

【写真1】左から iPad、ニュートン、iPhone【写真2】上から iPhone、ニュートン、iPad</p>

 まずサイズは、並べてみると、ちょうどiPhoneとiPadの中間くらい。ただし当時「レンガ・ブロックのようだ」と評されていたニュートンは、厚みがあるためかなりかさばる。

 次に問題の文字認識率だが、これは「低いという先入観を持って使うと、意外と良い」という感じ。単語レベルでの認識率はまずまずで、例えば「Hello」など、良く使うフレーズが誤認識されることはほとんどない(日本語には未対応)。ただし、文字自体の認識率は高くないので、珍しい固有名詞などはきびしい。ゲーム感覚で「認識されるかどうかを楽しむ」くらいの心のゆとりがあれば良いのだが、仕事でメモをとるという用途で使うとなると問題がある。もっとも認識率については、バージョンアップに伴い改善され、最終的には極めて高度な水準に達したと言われている。

 忘れがちなのが通信機能。ニュートンには、17年も前の製品とは思えないような先進的な通信機能が付いている。赤外線通信で名刺情報の交換を行う機能、情報をパソコンと同期させる機能、無線ネットワーク(ページャー網)を利用して情報サービスを利用できる機能、モデムを通じてメッセージをファックスに送信する機能、などである。

 しかし、多くの消費者にとってそれらの機能は絵に描いた餅であった。なぜなら、赤外線通信を行おうにも、ニュートンが普及していない段階では相手がいない。また、当時はパソコンの普及率も低く、PC上でスケジュール管理や情報整理を行っている人は極めて少数だったので「パソコンと同期できる」という恩恵にあずかることができる人もまた少数。さらに、さまざまな通信機能を利用するためには高額なオプションの購入が必要だったのだ。

 そのため、多くの消費者にとってニュートンは、「単なるデジタルの手帳」に過ぎなかった。

 そして「手帳」として考えるならば、誤認識がなく、電池切れもせず、上着の内ポケットにも入る、紙の手帳の方がはるかに実用的である。

 しかも、初代ニュートンの価格は669ドル。当時の為替レート(1ドル約110円)で計算すると約7万4,000円になる。さらに、通信機能などを利用するためにオプション類を揃えると、総額は軽く1,000ドルを超えた。これだけの金額を支払って、ニュートンを購入したのは、よほどの新し物好きか、コアなアップル・ファンだけであった。

 というわけで、商業的には完全な失敗作のニュートンだが、アップル・ファンの中での評判は必ずしも悪くない。「こんな製品で7万円も取りやがって!」と怒っても良さそうなものだが、むしろ「製品コンセプトが時代を先取りし過ぎていた」と擁護する声の方が目立つ。中には、熱狂的な支持者もおり、1998年に製造中止となった後も、自分たちでソフトウェアやハードウェアの改善を続けるコミュニティが存在したほどだ。

 ニュートンを巡る一連のニュースは、アップルとアップル・ファンの関係を端的に表しているように思う。すなわち常に新しい製品、面白いモノを作ろうという企業文化と、仮に欠点のある製品であっても、その先進性、独自性を支持して購入し続けるユーザーという構図だ。

 アップルは、このようなコアなファンに支えられていたからこそ、独自のこだわりに忠実に製品開発を続けることができた。そしてそのこだわりがその後iPod、iPhone、そしておそらくはiPadの成功というかたちで実を結ぶ一要因になったということができるであろう。


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