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情報通信 ニュースの正鵠
2010年5月30日掲載

ネット選挙運動の解禁議論で浮き彫りになった議員間のセカンド・デジタル・ディバイド

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 先週水曜日(5月26日)、インターネットを使った選挙運動の解禁に向けて与野党が合意した。

これまでは、「選挙期間中に政治家はホームページやブログの更新をしてはならない」ということになっていたが、改正法が成立すれば今後は可能になる。厳密に言うと、従来も、明確にネットの利用が禁止されていた訳ではないのだが、法律を文字通りに解釈すると、ネットの利用は公職選挙法で規制されている「文書図画の頒布」に該当すると理解されてきたのだ。

Twitterなどを含めた「全面解禁」にならなかったことに対して失望感を表明している人もいるが、今までの状況から考えれば、望ましい方向に向けた第一歩として評価できる。

「有権者が立候補者に関する情報を十分に得た上で投票を行うことができるようにする」ことが、健全な民主主義の実現に資すると考えるのであれば、インターネットを活用しない手はない。

各世帯に配布される選挙公報や、テレビで放送される政権放送などももちろん重要だが、配布日や放送日の制約がある。検索すればいつでも情報を確認することができるインターネットが、多くの有権者に対して効率的に候補者の情報を伝える手段になり得ることに異論を唱える人は少ないであろう。

ネット解禁に対する慎重論として、「誹謗中傷」や「他者によるなりすまし」の可能性を指摘する声がある。しかし、それは本質論ではない。仮に政治家がインターネットで選挙活動をしなくてもネット上での誹謗中傷が行われる可能性はあるのだし、ネット以外でもなりすまし問題は生じ得る。それらの問題を想定して対策を講じることは重要だが、「懸念があるからネットの利用は禁止すべき」という主張が説得力を持つとは考えにくい。

ネット解禁の調整がこれまで難航してきた最大の理由は、それらの懸念よりもむしろ、議員間のネットの習熟度の格差、いわゆる「セカンド・デジタル・ディバイド※」にあると言えるだろう。

※セカンド・デジタル・ディバイドとは、インターネットなどの情報通信技術の利用の質の格差を指す言葉。住んでいる地域や所得水準などの条件によって、インフラへのアクセス可能性が制限される問題を「一つ目のデジタル・ディバイド」と位置づけ、インフラへのアクセスは出来るものの利用水準に格差があることを「二番目のデジタル・ディバイド」と表現する。このような格差が生じる可能性については10年ほど前から指摘されていたが、ブロードバンドや携帯電話の普及に伴い、近年問題が顕在化してきた。

つまり、議員の間でのインターネットの活用レベルに大きな格差があるため、ネット選挙運動が解禁されたとしても、それを有効に利用できる議員とそうではない議員がでてくるということだ。議員といえども人の子。ネットを得意としていない議員が、自分にとって不利になるような制度改正に積極的になれなくても不思議はない。

選挙での当落を左右しかねない問題だけに、「Twitterの自粛」を条件に反対派の懸念を緩和して、ネット利用解禁に漕ぎ着けた決着は、落とし所としては悪くない。

もちろん、Twitterを「ハブ」にして、ブログやYouTubeなどと連携させ、ネットをフル活用している議員にしてみれば、使い勝手の良いツールを封印されて残念だろう。しかし、ネットに馴染みの薄い議員にとってみれば「ブログは理解できてもTwitterはよくわからない」上に、「影響力がありそうで怖い」と映っているはずだ。

ただし、「自粛」という曖昧な決着になったことからもわかるとおり、Twitterをブログと区別する合理的な基準はない。時間が経過して認知度が高まれば、Twitterの自粛が見直される可能性は高い。

個人的には、今回選挙期間中のTwitterの利用が認められなかったことは、長期的に見ればそれほど重要ではないように感じている。というのも、インターネットの普及は、「選挙運動」を通常の「政治活動」と切り離して考えることを無意味にする可能性があるからだ。

「ダダ漏れメディア」と揶揄されることもあるTwitterは、政治家という仕事と相性が良い。最近、ネット上で自身の政治活動の様子を公表する議員が増えているが、「今何をしている」とつぶやくTwitterは、活動状況を詳細に伝えるのにピッタリだ。営業マンが「今日はどこどこに営業に行きました」と日報で会社に報告するのと同じように、Twitterを通じて政治活動を時々刻々と有権者に報告することができる。

私は仕事の関係で、議員の方と接する機会が時々あるが、熱心な政治家はものすごく働き者だし、びっくりするほど勉強家だ。しかし、これまではそのような姿を広く有権者に伝えるツールがなかった。しかし今後、ネット上での活動報告が広まっていき「Twitterやブログを見れば、その議員が普段どのような活動をしているのかすべてわかる」という状況になれば、一生懸命に取り組んでいる議員とそうではない議員の違いが可視化される。もはや「選挙期間中やTVで議会中継のある時だけ一生懸命頑張る」というような付け焼刃では通用しない。

インターネットの普及は「選挙運動のやり方」という手続き論にとどまらず、「政治家と有権者との向き合い方」という民主主義の本質に影響を与えるものになりそうだ。


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