ホーム > 情報通信 ニュースの正鵠2010 >
情報通信 ニュースの正鵠
2010年11月17日掲載

電子書籍で三方一両得

[tweet]

 先週の金曜日に、情報通信政策フォーラム(ICPF)が主催した「電子書籍を巡る動向 政府の動き」というセミナーに参加してきた。

 合計2時間のセミナーで、前半は総務省情報流通行政局情報流通振興課の安藤課長と文化庁長官官房著作物流通推進室の川瀬室長が講演し、政府の懇談会での検討状況や、普及に向けた課題などが説明された。残りの1時間が質疑応答にあてられたのだが、その中で会場から興味深い意見が出された。

「電子書籍によって出版業界は活性化する可能性があるのではないか」というのだ。

 電子書籍が読者に与えるメリットはわかりやすい。本を保存するスペースが不要。内容の検索が容易。価格が下がる。「絶版で手に入らない」ということが少なくなる。。。など、いくつも思い付く。

 本を執筆する著者にとってもメリットがある。出版へのハードルが下がることになるからだ。

 出版社もビジネスなので、当然のことながら儲けが見込めなさそうな本は積極的には取り扱ってくれない。しかし、電子書籍であれば、印刷や配本などの費用がかからないため、その基準はずっと下がる。また、これまで10%が標準と言われてきた著者の取り分(印税率)も大幅に上がりそうだ。出版社の手を借りるのがいやならセルフパブリッシングという方法もある。

 一方、アマゾンのKindleやアップルのiPadを「黒船」に例える報道が目立つことからもわかる通り、電子書籍は通常、出版社や取次、書店など、流通を担う人達にとっては脅威と捉えられている。

 それにも関わらず、「出版業界が活性化する」というのはどういうことだろうか。

 委託販売制度を採用している日本では、日々、膨大な数の書籍を配本しては、返本を行うということが繰り返されている(返本率は平均で約4割)。この大量の返本が出版社や取次、書店にもたらすコストは膨大なものになっているが、この無駄が電子書籍によって効率化されるというのだ。

 もちろん「電子書籍が普及して、紙の書籍が一掃される」のならば、既存の流通は大打撃を受ける。しかし、両者は共存可能だという見方もある。たとえば、電子書籍で読んだ本の中で、「この本は所有していたい」というニーズがあるものだけが紙で出版され、棲み分けがなされるという考え方だ。

 売れるかどうか未知数のものは電子書籍になり、ヒットが確実視されているものや、電子書籍でリクエストの多かった本だけが紙の印刷物として出版される。そうすれば、出版社はリスクに応じて電子書籍と紙媒体を使い分けることが可能になり、書店は売れる確率の高い書籍だけを取り扱うことができるようになる。さらに電子書籍の登場が、読者層の拡大にも寄与するとすれば、市場全体の活性化も期待できる。

 電子書籍が、読者、著者に加え、書籍を流通させる会社にもメリットをもたらすという、いわば「三方一両得」のこのシナリオ。はたして現実のものになるだろうか。

※本コラムでは当初、書籍出版の基準(「いくらの本で、何冊程度売れる見込みがあれば出版にこぎつけることができるのか」)について記載していましたが、「基準については、ケースバイケースでかなり違う」等のご指摘を、複数の出版関係者の方から頂戴したため、記述の一部を修正いたしました。ご指摘いただいた方に感謝申し上げます。


▲このページのトップへ
InfoComニューズレター
Copyright© 情報通信総合研究所. 当サイト内に掲載されたすべての内容について、無断転載、複製、複写、盗用を禁じます。
InfoComニューズレターを書籍・雑誌等でご紹介いただく場合は、あらかじめ編集室へご連絡ください。