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ブロードバンドフューチャー
2001年9月掲載

通信の未来〜エンロンの通信事業モデルから考える(上)

■米国通信セクターの現状

 通信セクターの不振が続いている。特に1998年以来米国でアクセス回線のブロードバンド化を展開する先駆け的な存在であったDSL回線の卸売事業者(=DLEC)は、壊滅的状況に追い込まれている。2001年初めにNorthPointが破産申請を行い、その後も8月にRhythms、Covadが相次いで破産申請を行った。(8月末現在、再建計画に基づいて事業を継続しているのはCovadのみ。)

 また、通信のブロードバンド化を推進するのは、アクセス系の事業者ばかりではなく、バックボーン・ネットワークから市内のメトロ・ネットワークまでを手掛ける長距離系のキャリアズ・キャリアもまた、厳しい経営環境に直面している。米国内でキャリアズ・キャリアが脚光を浴び始めたのは1996-97年頃のことであり、Level3やWilliams、Qwest、IXC(現Broadwing)などがその代表的な事業者である(国際海底ケーブルではグローバル・クロッシング等)。これらのキャリアズ・キャリアは、新興系の通信事業者の中では、比較的堅調に事業を成長させてきた。というのも、キャリアズ・キャリアは本来的に建設業に近い業態であるため、膨大な光ファイバー網の敷設コストの大半は、回線容量の一部を売却することによって、短期間で回収することができたためである。新興系の通信ベンチャーが長期にわたって資金を本来事業から回収できず、資本市場に依存し続けている状況とは、この一点において大きく異なる。

 現在、これらの事業者は、既に次の段階へと中核事業を移行しつつあり、キャリアズ・キャリア事業はその一部に過ぎなくなっている。Level3とWilliamsは水平的なトランスポート(伝送)事業にフォーカスした通信事業者へ、Qwestは1998年に米長距離電話第4位のLCIを買収したほか、Icon CMT社を買収してハイエンド向けデータセンター事業およびASP事業に本格進出した。また、2000年6月には、ベル電話会社のUSウェストと合併し、DSLを含む市内アクセス事業から長距離トランスポート、アプリケーション事業まで広範に手掛ける垂直的・統合的な通信事業者へと変移している。通信事業者の成長戦略における時間枠を考えるとき、第1段階の事業でまとまったキャッシュを取得することは、次の段階でさらに投資を必要とするために、より重要な検討項目になることが分かる。

 また、ブロードバンドのボトルネックは回線容量ばかりではなく、バックボーン同士が相互接続するIX(インターネット・エクスチェンジ)もネットワークの混雑を引き起こす要因の1つとなっているが、ブロードバンド・コンテンツをインターネット上で高速配信するために、これらの公衆IXをバイパスするモデルを展開してきたのが、AkamaiやDigital Island等のCDN(コンテンツ配信ネットワーク)事業者や、InterNAPに代表される高品質コネクティビティのプロバイダーである。AkamaiとInterNAPは、自前のネットワークを所有しないモデルを採用し、新興系の通信ベンチャーが軒並み経営不振で倒れている中では、比較的早い段階でキャッシュフローが黒字化すると見られている。しかし、CDNのカテゴリーキラーであるAkamaiも、Kontiki等のP2Pコンテンツ配信ネットワークの脅威に直面しており、また、自前のネットワークを所有する設備ベースのCDN事業者、Digital Islandは既にC&Wによって買収された。

 このように現在の通信事業者はますます統合的になってきており、各事業者のポジショニングを行うのは意外に難しい作業である。最初の市場参入モデルを検討し、買収等による業容拡大、ターゲットとする顧客セグメント・地理的範囲、提供するサービスの種類等を勘案し、さらに時間枠で事業の変移を捉える必要がある。さらに、経営陣の将来ビジョン等を読み、今後進んでいくであろう方向も理解できればなお良い。

■エンロンの通信事業モデルが注目される理由

 こうした通信セクターの中で、2000年に大きな注目を集めたのがエンロン社の通信事業参入である。エンロンは米国テキサス州を本拠とし、物理的なコモディティ(日用品)に関連するファイナンシャル/リスク・マネジメント・サービスを提供するほか、電力発電や天然ガス等のエネルギー関連設備の建設・運用、また、これらのオンライン取引を促進するためのトレーディング・プラットフォーム(「EnronOnline」)を展開することで知られる、B2Bマーケットプレースの巨人である。また、電力市場への参入では、市場競争原理を至上命題として高らかに掲げ、市場の流動性を確保するためには、非効率な会社や株価が割安な会社を換骨奪胎する買収手法を活用し、既存事業者による排他的取引を排除するためには、積極的に独占禁止法を適用することをロビイングしていくことも、同社の凄みとして広く知られている。

 エンロンの通信事業が最初に注目されたのは、(1)従来の取引品目に「帯域取引(Bandwidth Trading)」を加えたためである。それまで、中立的な帯域取引の仲介事業者としてはRateXchange社やBand-X社が知られてきたが、エンロンの通信事業は単なる帯域取引の仲介にとどまらず、自らもサービスを提供する通信事業者である点が特徴的であった。(2)また、VOD等のビデオ・コンテンツを効率的に配信するため、自社のネットワーク上に高度なソフトウェア制御によるインテリジェント・ルーティング機能を導入し、AkamaiやDigital Island等によるCDNと比較し得るモデルを展開したことも、大いに注目すべき点の1つである。エンロンがこれらのCDNと違う点は、公衆インターネット網に全く依存しないプライベートなインテリジェント・ネットワークを構築した点であるが、ますますトラヒックの混雑がひどくなる公衆IXをボトルネックとして回避するという点では、同じ目的を志向している。(3)さらに、帯域が日用品化する将来には、その広帯域ネットワーク上で伝送されるビデオ・コンテンツがキラー・アプリケーションになるとの前提に立って、ビデオレンタル・チェーン最大手のBlockbusterと提携するなど、ビデオ・オンデマンド(VOD)事業を見据えていたことも注目される。(4)最後に、エンロンの強みである金融技術を駆使して、企業向けに各種の「帯域ソリューション」を手掛けたことも、目玉の1つである。「オンデマンド帯域」サービス等を含むこの事業領域は、次世代型通信を考える上でもっとも示唆に富む分野の1つである。

 このように、エンロンの通信事業は様々な要素を含んでおり、通信事業モデルの「百貨店」とでも呼べるほどの広範な事業展開の推移を検討することは、通信の未来を考える際に非常に有用なケースであると考える。

(注)エンロンの通信事業には、消費者向けの「小売」は含まれていない。あくまで事業者向け、あるいは事業者間の「卸売」と、大口法人向けの「ソリューション」提供が中核となっている。また、ラスト・ワンマイルの市内アクセス回線も手掛けないため、エンロンから見れば、DLECやベル電話会社はパートナーであり、ディストリビューターとして位置付けられる。

[エンロンの通信事業モデルと比較対象事業者]

(情総研まとめ)
事業類型 概要 比較対象事業者
(1)帯域取引 自社網を構築するために帯域取引を活用するほか(スワップ等)、事業者間の帯域取引を仲介。 RateXchange、Band-X等

(2)インテリジェント・ネットワーク

光ファイバー網をベースに高度なソフトウェア制御によるルーティング機能を実装(オンネットCDN等)。分散コンピューティングを志向。

Williams、Broadwing、

Level3、InterNAP等

(3)VOD関連事業 TV品質のストリーミング・メディア配信サービスの提供。柔軟な課金やQoS等のプラットフォーム・サービスを提供 Digital Island、Akamai等
(4)帯域ソリューション 金融技術とIT技術を駆使した企業向けソリューション事業。単なるダークファイバーや専用線、波長サービスの提供から、スポットなどのオンデマンド帯域サービスやストレージ・スペースとの組合せなどを提供。 Williams、Broadwing、

Level3等

■エンロンの通信事業参入

 エンロンが通信事業に参入したのは1998年のことである。光ファイバー設備の建設を進めながら、ダークファイバーのスワップや先物取引による売却を通じて建設資金を補ったと伝えられている(=キャリアズ・キャリア方式での市場参入)。これまでのエネルギー市場への参入の際と同じく、エンロンはあくまで市場の流動性を高めるために、当初、設備ベースで市場に参入する。流動性が高まり取り扱い品目が日用品化すれば、エンロンは裁定取引を中核事業としていくため、自社で供給設備を保有する必要はなくなる。

 エンロンは1998年末には、NASAの分散ネットワーク管理システムを管理するコンソーシアムであったModulus社を買収した。エンロンはこの買収により、データ伝送のための最適ルーティングをリアルタイムで行い、自社ネットワーク上にインテリジェント機能を実装することを可能にした(=インテリジェント・ネットワークの構築)。同社が構築する光ファイバー網をベースとしたピュアIP網は、「エンロン・インテリジェント・ネットワーク(EIN)」という名称で知られる。このネットワークは、混雑した公衆インターネットをバイパスしたプライベート・ネットワークであり、「広帯域オペレーティング・システム(BOS)」ソフトウェアや、特許を取得しているミドルウェア・ソフトウェア「InterAgent」で制御され、ブロードバンド・コンテンツ配信やリアルタイムの帯域取引に最適化されている(OSI参照モデルのレイヤー7においてQoSの管理を行うという)。エンロンはまた、光ファイバー網と、拡張的な分散サーバ・アーキテクチャーとを統合することにより、ブロードバンド・コンテンツをエンドユーザーから「ワンホップ」のサーバ(POPに設置)へ蓄積し、そこからディストリビューション・プロバイダー(DSL事業者等)を通じて、デスクトップにコンテンツを届ける(=AkamaiやDigital Island等のCDN)。ちなみに、インテリジェント・ネットワークの構築においては、2001年1月にサン・マイクロシステムズとサーバ供与で提携したほか、Sycamoreネットワークス社とは光ネットワーキング製品の供与で提携している。Sycamoreは製品供与だけでなく、「ポイント・アンド・クリック」によるネットワーク提供を可能とする技術を供与することでも合意した(これは、後述する「オンデマンド帯域」サービス提供において重要となる技術)。エンロンは他にも2000年中に、WarpSpeed社(大企業向けオンデマンド帯域のプロバイダー)を買収したほか、Trellis Photonic社(オプティカル・スイッチ開発)にも出資を行っている。

 エンロンが実際に通信サービスを開始したのは1999年12月のことである。グローバル・クロッシングとともに、他のキャリアやISP向けに米国の都市間(「シティ・ペア」)の帯域取引を開始したほか、企業向けに月単位でのオンデマンド帯域(ここでは短期の「スポット」のみ)を提供開始した(=帯域取引および帯域ソリューションの提供開始)。

 現時点で提供されている帯域取引は、都市と都市とを結ぶ「線」の帯域容量であり、帯域の購入者側は、それをエンド・ツー・エンドのコネクティビティの中継部分に組み込むか、あるいはIXを介して公衆インターネット網に相互接続することによって、活用していくことになる。エンロンは帯域取引を提供する両端側の相互接続設備を「プーリング・ポイント」と呼んでいる。「線」を終端する両側の「点」である。この点を利用してもらうためには、様々な通信事業者が「線」を引き込んでくる集積「点」にしなければならない。インターネットのIXは既にこのような集積「点」となっており、エンロンはプーリング・ポイントをIXと高速接続して、仮想的に同じ「点」にあるものとして利用できるようにするなどの工夫をしている。「点」や「線」を相互に結び、「面」としてのカバレッジをもって、通信サービスが提供されるのである。

 エンロンは2000年1月には、通信子会社の社名を「EBS」(Enron Broadband Services)へと改称し、ネットワークをカナダや欧州に拡大した。また、ブロードバンド・コンテンツのディストリビューターとして、USウェスト(現Qwest傘下)やベルサウス、Verizon、英BTなどと相次いで提携したほか、配信するコンテンツ供給では、Webcasts.comやAtom Films、また、金融系コンテンツとしてRoad-Show.comやQ4i.comなどと提携した。そしてコンテンツ供給提携で目玉となったのが、2000年7月のBlockbusterとの20年間の独占契約であり、2001年初めにも本格的なVODサービスを開始するとあって、各種メディアで大きく取り上げられたことを記憶しておられる方も多いであろう。

 また、2000年11月には日本法人エンロン・ジャパンが設立され、電力のトレーディング事業の立ち上げが大々的に報じられた。さらに、来日したケネス・L・レイ会長は、日本での通信事業進出を明らかにし、米国と同様に、大容量の通信回線の帯域貸し出しや、ビデオ配信のインフラ提供などブロードバンド関連の事業を進めていくと述べた。

 マッキンゼー等大手コンサルティング・ファームや投資銀行の出身者や、ロケット・サイエンティスト・金融工学の専門家、元CIA幹部等から構成されるエンロンが、異分野の通信市場に参入し、どのような成果を得たのか。通信の未来を見据えた長期的な展望と、そこへ至るための段階的ステップを組み込んだ戦略的洗練度の高いエンロンの通信事業は、現在どうなっているのか。次回は、エンロンの各通信事業の現状について、順に追ってみたい。

次号(下)に続く。

政策研究グループ リサーチャー 杉本幸太郎

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