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ブロードバンドフューチャー
2001年10月掲載

通信の未来〜エンロンの通信事業モデルから考える(下)

 前回はエンロンの通信事業参入の経緯を中心に説明を行ったが、以下では、これらの通信事業が現在どのような状況に至っているのかを順に追っていくことにしたい。

■(1)帯域取引−帯域は日用品化しないのか

 エンロンが帯域取引市場に参入する前には、通信キャリアにとってのこの市場はあくまで「ニッチ」という位置付けであった。格安航空券のように、余剰の帯域(通話分数を含む)を卸すための場であったのである。したがって、長距離系の通信キャリアは、AT&Tやワールドコム等の既存事業者、WilliamsやBroadwing等の新興事業者ともに、自社で帯域取引の仲介事業に参入することは想定してもいなかったであろう。何故なら、帯域価格を透明にすればするほど、既存の提供サービスにおける値下げ圧力が強まることが明白であったためである。

 2000年春に香港で開催された帯域取引のコンファレンスで、筆者がエンロン幹部に接触した際に、同氏は「エンロンの通信事業の中で中核的なのが『帯域取引』である」と語っていた。何故なら「帯域取引を手掛けることによって、ルートごとの帯域に対する需給が分かり、他の競合キャリアのネットワーク戦略がつかめるからだ」という。これは反面、帯域取引ではエンロンの顧客となる他のキャリアに不要な脅威を生じさせる発言でもある。マーケットプレースに必要な「中立性」に重大な疑問が生じるのは当然のことでもあろう。いずれにしても、エンロンの帯域取引事業への参入により、キャリアズ・キャリアのWilliamsやBroadwingも戦略の転換を余儀なくされ、同市場に進出することとなった。

 通信網設備の建設にかかる膨大な投資コストや長期にわたるネットワークの敷設期間は、帯域価格の下落傾向と明確でない需要見通しという環境下では、特に大きなリスクとなる。キャリアズ・キャリアは先物取引によってこのリスクを最小化する。しかしこうした帯域を購入する側のサービス・プロバイダーは、市場に流動性があるからといって、特定の都市間の帯域を取引市場で確保すれば通信サービスを提供できるわけではない(例えば、両端の都市から他の通信網に相互接続するなど、「線」を「面」にすることが必要)。また、ネットワークを所有しない方が、帯域価格の下落傾向という環境下では有利ということになれば、誰も自前でネットワークを敷設するインセンティブをもてなくなってしまう。

 エンロンの帯域取引仲介は、2000年第4四半期に、前期の59件から236件へ大幅に増加したものの、損失も大きく拡大した。エンロンの通信事業の2000年通期での売上高は4億800万ドル(うち第4四半期の売上高は6,300万ドル)、通期の純損失は6,000万ドル(うち第4四半期の純損失は3,200万ドル)であった。また、2001年第1四半期の純損失は3,500万ドルであったが、エンロンの通信以外の事業は堅調で、同期の総売上高は501億ドル、純利益は4億500万ドルであった。帯域取引の契約総額は4,500万ドルで、事業を開始した2000年第1四半期の3,100万ドルから余り成長しておらず、通信事業の不振を示唆する業績となっている。

 帯域取引は当面の間、事業者間の仲介による「手数料の獲得」という方向よりもむしろ、自社の「ネットワーク戦略」(建設のリスク分散、帯域調達の方法、余剰帯域の再販売ルートの確保等)の一環として組み込まれる方向が、より妥当のように思われる。例えばLevel3のやり方は示唆的である。同社は光ファイバー網建設にあたって、平均して12本の管路を敷設しており、これは当面需要が見込まれる帯域を相当上回った供給が可能なキャパシティである。この戦略の優位性の1つは、余剰な管路の容量は、別の通信キャリアとスワップして別のルートの容量を獲得するか、あるいはキャッシュを取得するために売却することが可能な点である。Level3は既に、12本のうちの1本の管路(16,000ルート・マイル)を約7億ドルで売却している。このことは、敷設したネットワーク容量の12分の1(約8%)を売却しただけで、合計建設コストの20-25%を回収していることを意味するのである。さらに、管路さえ敷いてあれば、将来の需要見合いで、最新のファイバーと通信機器をその時点で導入できるオプションをもっている点で、大きな柔軟性を確保しているともいえるのである。

■(2)インテリジェント・ネットワークの構築

 エンロンだけでなく大半の通信キャリアは、自社の物理的ネットワークの容量拡大のほかに、そのネットワーク上に光通信機器やルーター、ソフトウェアを実装し、次世代型の付加価値通信サービスを提供しようとしている。

 物理的なネットワークでいえば、エンロンは2000年末時点で、6本のファイバー・ペアで構成される15,000ルート・マイルの光ファイバー網を運用し、1本当たりOC-192を80接続まで多重できるという。エンロンが買収や提携を通じてインテリジェント・ネットワークを構築してきた経緯は、前述したとおりである。

 ここでは、次の点に注意を喚起しておきたい。それは、帯域取引が目指す「通信の日用品化」というビジョンと、インテリジェント・ネットワークが目指す「通信の付加価値化」というビジョンが、部分的に矛盾する要素を孕んでいる点である。特にサービス・プロバイダーが自社独自の付加価値サービスを提供するとき、品質等の標準が絶対的な前提として必要とされる帯域取引との相互運用性を阻害するものとなる。つまり、技術革新が激しい光通信技術と、それを各々の選択で実装するサービス・プロバイダーとが濫立している状況は、「通信の日用品化」を阻害する1つの要因になっているということである。既に帯域を所有している通信キャリアにしてみれば、これは「防衛」戦略の一環と見なすこともできるであろう。

■(3)VOD関連事業−「プラットフォーム」の幻想?

 エンロンとBlockbusterは2000年12月、シアトルやオレゴン州ポートランド、ニューヨーク市等の1,000世帯を対象に、一般家庭に対するVODサービスの試験提供を開始した。試験プログラムの参加者は、PCではなく、自宅のテレビで直接デジタル映画を視聴できるというもので、アクセス回線には2Mbps以上のDSL回線を使用した(ニューヨーク市ではVerizonのDSLサービス)。Blockbusterは、こうしたペイパービュー方式のVODサービスを提供するため、TiVo社と提携しており、また、今回のエンロンとの提携によるDSLを介した配信だけでなく、衛星を介した配信方法も確保した(DirecTVとの提携)。

 しかし、2001年3月には、エンロンとBlockbusterは提携を解消すると発表し、期待されたVOD事業は失敗に帰することとなった(試験サービスも3月末で終了)。提携解消の詳細な理由は発表されていないが、エンロンは独自でVOD事業を進めた方がやりやすいとしたうえで、「Blockbusterの保有していたビデオの量と質は、サービスを展開するために必要な条件に満たなかった」と述べている。また、当時の報道等によれば、ビデオの著作権をもつハリウッドの映画制作スタジオが、Napsterのようなオンライン・ビデオ交換の出現への脅威から、自分たちでVODサービスを立ち上げようとしたことも、今回の提携解消の要因として挙げられている。ちなみに、Blockbusterの親会社はViacomである。

 実際に2001年8月、ハリウッドの大手映画会社の5社(MGM、Viacom傘下のパラマウント・ピクチャーズ、ソニー・ピクチャーズ・エンターテイメント、Vivendi傘下のユニバーサル・スタジオ、AOL-TW傘下のワーナー・ブラザーズ)が、VOD事業を始めるために提携した。サービスの開始時期や料金等は明らかにされていないが、広帯域インターネット接続加入者が1,000万世帯に達し、VOD事業を推進しても採算がとれると判断したという。一方、この提携に入らなかったディズニーとフォックス(豪ニューズ傘下)も近くVOD事業への参入を発表すると見られる(両社は翌9月にVOD事業での提携合意を明らかにし、「Movies.comサービス」を2002年中に開始すると発表)。

 これらの映画会社はこれまで、ケーブルTVや衛星TV分野でVOD事業に取り組んできており、インターネットを介したVOD事業の本格展開は今回が初めてである。米国のケーブル事業者の大半は、既に設置されているデジタル・セットトップ・ボックスに組み込まれている著作権保護機能を、今日まで作動させていないといわれる。ビデオ・コンテンツを所有する大手映画会社にとって、著作権保護のアーキテクチャーは死活的に重要ということであり、防衛的な観点から自発的にインターネット市場に進出していくという図式がここに見られる。他の脅威が本格化しない限り、本腰を入れない可能性も否定できないところである。

 コンテンツ所有者、配信プラットフォーム(中継網を含む)、ディストリビューター(広帯域アクセス)というプレイヤーをめぐる合従連衡は、なかなか収束を迎えることがない。コンテンツ所有者はNapsterのようなモデルで著作権収入が中抜きされることを恐れ、また、できるだけ多くの配信チャネルを抑えようとする。そして、あわよくば配信コストを中抜きできるのであれば、中間事業者を排除しようとする。これをもっとも恐れるのが、中間事業者としての配信プラットフォームであるが、映像配信では新規に市場を開拓する側の通信事業者は、単なる帯域提供で利益が見込めない故に余計、この「プラットフォーム」というあいまいな領域に進出していくことになる。

 しかし、エンロンとBlockbusterのVOD事業の例でいえば、映画1本当たり5ドル程度のサービス料金でなければ、従来から提供されているペイパービュー・サービスと競争できない。エンロンの配信プラットフォームは、配信したコンテンツ量に応じて課金する料金体系を導入しており、1Mbps当たり4.5-5.0セントになるということであった。プラットフォーマーは利幅が薄い事業を規模で補うことが必要になるのである。

 日本でも8月に、CS放送のスカイパーフェクト・コミュニケーションズが、ブロードバンド通信網経由のコンテンツ配信について事業性の検討に乗り出すと発表した。ディストリビューション・パートナーとして、NTT東日本の「フレッツ・スクエア」で7月から開始しているほか、日本テレコムの「Media Stream Broadband」で9月から、NTTブロードバンドイニシアチブとKDDIの「ブロードバンドDION」でそれぞれ秋から配信試験を開始するという。

 米国では衛星放送のDirecTV自らがDSL事業に参入するなど、異なった配信ネットワークを組み合わせていく場面も一部に出てきそうな状況である。既得権をもつ多くの関係当事者が存在し、その巻き返しが想定される以上、映像配信を固定網にフルに代替させていくことは到底できない手筋である。衛星インターネットのように(下りは衛星波、上りは電話網)、補完的なネットワークを組み合わせて全体のサービスを提供していくというシナリオも、今後あらためて検討してみたいテーマである。

■(4)帯域ソリューション−オンデマンド帯域のイメージ

 帯域ソリューション事業は、帯域取引の1つとして見ることができるが、通信の未来を考える上でより大きな発展性を有している。エンロンが2000年中に提供したスポット(月単位の帯域提供)DS-3(45Mbps)は、累計で5,209件に達した。このスポットは、「オンデマンド帯域」の第1段階のサービスとして、主に企業を対象として提供されている。

 基本的な思想は、必要な帯域を必要なときに利用でき、利用した分だけの料金を支払うというものである。例えば、160Mbpsの帯域を必要とするアプリケーションを利用する場合、現在の通信サービスで提供されるOC-3(150Mbps)では不足するが、次の高速サービスOC-12(622Mbps)では余剰帯域が多すぎるということになる。しかしこれしか選択肢がないとなれば、企業はOC-12を引き込み、利用しない分も固定的な料金として支払うことになってしまう。エンロンの帯域ソリューションが描いているビジョンには、このような企業の帯域を余剰の際に買い上げて転売する等、企業の(帯域)資産価値を最大化するというところまで含まれる。

 これをさらに拡張していくとどうなるのか? エンロンは2001年1月に、StorageNetworks社と提携し、ストレージ・スペースの取引もあわせて提供していく方針を打ち出した。SETI@Homeのように、デスクトップの空きCPUを活用することも視野にあるであろう。これは既に無料ISPのJunoが、広告以外の収入源を確保するための方法として導入している。

 エンロンのほか、WilliamsやBroadwing、Level3等も「オンデマンド帯域」の提供に向けて準備を整えている。2001年末にも、本格的なオンデマンド帯域が、バックボーンのコア・ネットワークと都市内のメトロ・ネットワークで実現することが期待されている。

 Broadwingは2001年3月に、IP、ATM、フレームリレーを10Gbpsで伝送する「オール・オプティカル・ネットワーク」の運用を開始し、年内にも顧客が1Mbpsずつの帯域追加を設定するなどの従量課金を含む、「ユーザー主導」のオプションを提供開始する予定である。同社は既に、顧客の注文から2週間以内にOC-48(2.5Gbps)まで帯域を拡張するサービスを開始しており、ネット上で国際ファッションショーを開催するなどのニーズに対応している。業界ではOC-48の提供までに平均して3ヶ月の期間を要しており、大半のプロバイダーが実際にはこれだけの帯域を所有していないことが背景にあるという(Broadwing)。

 オンデマンド帯域は、一般のマスユーザーにも十分訴求するものであるが、当面は、遠隔からの注文に対する迅速な帯域提供という「プロビジョニング」の側面が強調されると見られる。例えば、企業がリモート・ストレージを行う際に、毎週火曜日の30分間だけOC-192の帯域を利用するといった利用シーンや、Webベースの注文など「ポイント・アンド・クリック」によるプロビジョニングである。

 Williamsは2001年第4四半期にも、オンデマンド帯域を開始する予定である。顧客はWebインターフェースによって、サービス品質等のSLA情報を受け取り、帯域の注文が出せるという。同社は既に、「バースト対応ビリング」というオンデマンド帯域サービスを提供している。顧客は、例えばOC-3というポート単位で契約し、その中で50Mbpsというサービスを利用するが、いつの時点でもフルレートの150Mbpsまで拡張して利用できるオプションをもつ。Williamsによれば、ポイント・アンド・クリックによるユーザー・インターフェースと、運用サポート・システム(OSS)の統合に力を入れてきている。また、ポイント・アンド・クリックのプロビジョニングの完全な実現には、次世代型の光クロスコネクト技術の実装が、コア・ネットワークからメトロにまで拡大される必要がある。

■エンロンの通信事業モデルから何を学ぶか

 エンロンの通信子会社(EBS)は2001年第2四半期に1億200万ドルの損失を計上し、EBSを率いるケン・ライスCEOの更迭が決まったほか、EBSはエンロン・ホールセール・サービシズの事業部門として再統合されることが固まった。この業績発表時に、エンロン本社のジェフリー・スキリング社長は、今後も帯域取引仲介を中核にネットワーク・サービスとコンテンツ・ビジネスを継続していく方針を明らかにしたが、2001年8月14日には一転してスキリング氏の辞任が発表された。視界不良の状況といえよう。あらためて資本集約的な通信事業への参入の難しさを考えさせられる一例である。

 DLECの相次ぐ破産やNorthPointの突然のサービス停止は、顧客に大きな混乱をもたらしたが、日本でもYahoo!BBによる新サービス発表以来、DSLサービスの価格破壊が起きている。この帰結は、必然的に事業者の淘汰となるであろう。サービスの継続的な提供そのものが事業目標ではないが、通信インフラを提供するにあたってはこのことが前提として考慮されてしかるべきである。

 エンロンの事業モデルが示唆する通信の未来とはどのような「かたち」をしているのか?これは結局のところ、ユーザーの立場に立って、そのニーズに応えることのできる柔軟な通信サービスの創出という基本に行き着くのではなかろうか。そうした次世代型の通信サービスを創出することを目的に、金融技術やIT技術を「ツール」として駆使するという点が重要なポイントである。

 Webインターフェースの「ポイント・アンド・クリック」によるオンデマンドの帯域サービスなど、1-2年先には実現すると期待される未来の通信には、既に「ユーザーが通信サービスをコントロールする」かたちが組み込まれることになる。帯域ソリューションの方向性は、余剰帯域の柔軟な活用方法の1つとしての「共用型ネットワーク」の実現や、ユーザーが自分のニーズに適合したサービス創出を自ら行うシーンを、十分に示唆している。

政策研究グループリサーチャー 杉本幸太郎

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