2006年7月号(通巻208号)
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世界の移動・パーソナル通信T&S
<トレンドレポート>

固定・移動融合戦略に転換するボーダフォン

 経営戦略の基本を「ゴー・グローバル」と「モバイル・オンリー」においてきたボーダフォンが、軸足を「総合通信ソリューション」に移すことを明らかにした。顧客のニーズの変化に応えるとともに同社の脆弱な事業ポートフォリオの再構築を狙ったものだが、固定・移動融合サービスを巡るグローバル大競争の幕開けとなる可能性もある。ボーダフォンの戦略転換の背景と今後の見通しについてレポートする。

■コア市場における成長の減速

 ボーダフォンは5月30日に発表した2006年3月期の決算で、218億ポンド(4兆5,800億円)という記録的な最終損失を計上した。これは、ドイツおよびイタリアなどにおいて買収した事業の価値が下がったことを受けて、「のれん代」(実際の価値と買収額との差)の償却を284億ポンド(5兆9,600億円)計上したことによる。このうち日本法人の売却に伴う償却は49億ポンド(1兆300億円)だった。

 しかし、ボーダフォンは同社の経常的な事業は順調に成長していると強調している。当期の同社の携帯電話加入数(M&Aの影響を除き、出資額で比例配分した)は2,150万増加して、期末の加入数(出資額で比例配分した)は同グループ全体で1億7,100万となった。加入数の増加率は15%だった。

 第3世代携帯電話(3G)の当期末の利用者数(配布した端末の数)は770万(日本法人を含まない)で、当期の同グループの収入に占める割合は5%だった。現在カバレッジが60%近くまでになっている3Gネットワークは、さらにHSDPAの導入によって強化され、顧客に対し高品質で革新的なサービス配信する、極めて重要なプラットフォームを同グループに提供するだろうと強調している。

 継続事業ベースの売上高は294億ポンド(6兆1,700億円)でM&Aや為替変動による影響を除き、出資額で比例配分した売上高の対前年度伸び率は7.5%だった。スペイン、米国および新興国市場における好調な業績は、高い普及率と競争の激化の影響を受けて低成長となった同グループのいくつかの先進地域における業績を相殺するのに貢献している。同社のサリーン社長によれば、このことは同グループの活動が如何に広範に渉っているかを示すもので、これらのプレッシャーにもかかわらず、同社の主要な競争相手のすべてよりも、引き続きかなりの好業績をあげることができたという。一時的な支出を除いた営業利益は対前年度11.4%増の94億ポンド(1兆9,700億円、営業利益率32.0%)、継続事業ベースの移動通信事業EBITDAマージンは前年度より0.3ポイント低い40.2%だった(注1)

(注1)NTTドコモの2006年3月期の営業利益率は17.5%、EBITDAマージンは33.7%。EBITDAマージン=利子、税金および原価償却費等控除前利益/売上高

 サリーン社長の強気の発言にもかかわらず、ボーダフォンは危機にあるのではないか、とビジネスウイーク誌(注2)は指摘している。同社の売上の8割、キャッシュ・フローの9割を占めるコア市場である欧州の成長が減速し、利益率が低下している。同社は過去6ヵ月間に3回も、利益見通しを下方修正する警告をだしている。また、経営方針をめぐる対立で「生涯名誉社長」のジェント前社長と5人の取締役が退任に追い込まれた。過去1年のS&P欧州通信サービス株価指数が1%のマイナスだったのに対し、同社の株価は13%以上も下がっている。規模と(モバイル)集中はGSM網を世界に展開し、第3世代携帯電話(3G)サービスを開発するレースでは強みだったが、「ワン・ボーダ フォン」のスローガンにもかかわらず、27ヵ国にわたるオペレーションのパッチワークを統合するのは、当初考えたよりもはるかに困難だった。結局、スウェーデンと日本の事業を売却したものの、米ベライゾン・ワイヤレスの持分(45%)の売却も株主に迫られている。一方、3Gに多額の投資をしたにもかかわらず、データ・サービス事業は未だに離陸できないでいる。

(注2)Vodafone:What went wrong(BusinessWeek online / June 6,2006)

 ボーダフォンは2005/06会計年度を通じて、優れた収益を得ることが困難と目される資産を処分し、株主に対してかなりの付加価値を確保できると信じる事業には積極的に投資するなど、資産のポートフォリオの最適化を追求した。なかでも最も重要な取引は、去る3月に発表したボーダフォン日本法人で、89億ポンド(1兆8,700億円)で売却した。同社はその売却から得られる現金のうち60億ポンドを株主に直接還元することを公約していたが、さらに30億ポンドを追加し総額90億ポンド(1兆8,900億円)を2006/07会計年度に株主に還元することにした。一方、同社はチェコ共和国、ルーマニア、インド、南アフリカおよびトルコなど急成長する新興国市場へ進出した。ボーダフォンによると、これらの企業の買収を通じて、株主に価値をもたらすことができると確信しており、また同社が買収の決定を行った時点における計画を、現在すでに上回っているという。

 同社は、「ワン・ボーダフォン」プログラムの遂行を継続するとともに、規模の利益も求めていくとしている。戦略を再吟味した結果、成熟市場の欧州地域と成長市場の非欧州地域に分けて中期的な目標を設定することにした。欧州地域では、緩やかな収入の増加およびフラットな営業費用を目標とする。この結果、EBITDAマージンは若干下がる。一方、資本効率の向上をはかるため投資を売上高の10%以内とする。非欧州地域では、高い成長が続き、安定したEBITDAマージンが期待できる。顧客の拡大にともなう投資の増加は、大部分が規模の効率性によって相殺されるからだ。投資は初期段階では売上高の10%を上回るが、中長期的トレンドは10%に収斂していくだろう。ニュー・ビジネスの領域では、同社の融合サービス「モバイル・プラス」の収入が3〜4年後に、グループ収入の10%になることを目標にしている。また、「インフラストラクチャー・ライト」アプローチをとることによって、ボーダフォンの投資は中期的には控え目なレベルになるとしている。

 2005/06会計年度における株主配当は、一時的な変動を調整した後の1株当たり利益の60%とし、今後も1株当たりの利益の60%を配当に充てる方針を表明している。これは、当期の株主配当額を1株当たりの利益にリンクさせようという考え方である。また同社は、決算と同時に発表した新戦略体制への移行を円滑に行なうため、現在の格付けより1ランク下の低いシングルAの格付けをターゲットにして、財務上の柔軟性を確保したいと表明している。

 2006/07会計年度における出資額で比例配分したモバイル収入(M&Aと為替変動の影響を除く)の成長率を、ボーダフォン・グループは5〜6.5%とみている。モバイル事業のEBITDAマージンは2005/06会計年度より1%ポイント程度下がる見込みである(注3)

(注3)ボーダフォン・グループの見解や主張は主として2005/06会計年度決算に添付されたChief Executive's Statementによる。

■「モバイル・オンリー」から「総合通信ソリューション」へ

 競争と規制の問題と並んで、ボーダフォンを取り巻く環境も変わりつつある、とサリーン社長は強調している。技術の変化が従来よりもはるかに多くのサービスについての選択を可能にしており、同社の顧客のニーズも進化している。さらに、既存の通信会社が固定/移動融合サービスの提供を目指しているだけでなく、新興のネット企業もまた彼らの通信サービスの拡大を目指しており、同社は競争状況の変化を認識するようになった。しかし、そのような変化があっても、そのユニークな顧客フランチャイズに引き続き影響力を行使し、他の競争相手よりも優れた成果をあげ続けることを確実にする必要があるとしている。

 これらの新しい現実に対応するため、2005/06会計年度の決算発表に合わせて、ボーダフォンは5つの基本的な戦略目標を展開することにした。

  1. より成熟した欧州市場では、コストの削減および増収に集中する。              
  2. 新興国市場では引き続き高い成長を実現する。                       
  3. 顧客のニーズに応えるため、ボーダフォンの現在のモバイル・オンリー・サービスを拡張し、トータル・コミュニケーションズ・ソリューションを提供する。
  4. リターンを最大化するボーダフォンのポートフォリオを積極的に展開する。          
  5. 資本構成および株主還元に関するボーダフォンの財務政策と新戦略を整合させる。

 以下に、ボーダフォンの新戦略の中心となる、通信のトータル・ソリューションの提供について紹介する。同社のニュース・リリースでは(注4)、顧客が必要とするサービスの変化と移動、ブロードバンドおよびインターネットの融合の進展という文脈において、ボーダフォンの第3の戦略目標は、顧客のトータル・コミュニケーションズ・ニーズを先取りし提供することにあると強調している。第3のビジネス・ユニット(注5)である「ニュー・ビジネス」ユニットはこのような目標の推進のために設立された。

(注4)同社ニュース・リリース:Strategy update from Vodafone(May 30 2006)

(注5)同社の第1のビジネス・ユニットは欧州(主として西欧)の統轄、第2のビジネス・ユニットは東欧、中東、アフリカ、アジア・パシフィック(EMAPA)および関連会社(新興国市場を含む)の統轄。

 ボーダフォンの「ニュー・ビジネス」ユニットの活動には3つの支流があるが、いずれも同社の新しい収入の源泉となることを目指しており、「モバイル・プラス」サービスとして知られようになるだろうという。第1の支流は、自宅および事務所において増大しつつある顧客の音声およびブロードバンド・データのサービス・ニーズ(DSLの提供を含む)に応えて、ボーダフォンの提供するサービスを拡張することである。ボーダフォン・ドイツは、子会社の固定通信会社Arcorが提供するDSLアクセスを含むバンドルされたホームゾーン・サービスを、今年の10〜12月に開始すると5月30日に発表している。ドイツ以外ではDSLの再販サービスを活用する。第2の支流は、アプリケーション・レベルで移動通信、パソコンおよびインターネットの統合に注力し、シームレス・サービスのインターオペラビリティの提供を目指す。第3の支流は、顧客に最もアピールしかつ喜ばれる広告ベースのサービスの提供およびビジネス・モデルの確立に注力することである。

 ボーダフォンが今までとってきたモバイル・セントリック・アプローチは、顧客の2つのベーシックな嗜好であるモビリティとパーソナリゼーションに焦点を合わせているので、同社は顧客のトータル・コミュニケーションズ・ニーズを満足させるにあたっても、市場における競争で優位に立てると確信していると強調している。同社は、ドイツにおけるボーダフォン・ツーハウゼ(Zuhause)(注6)およびイタリアにおけるボーダフォン・カーザ(Casa)を含め、自宅や事務所から一定範囲内なら固定電話とほぼ同額の料金で利用できるホーム・ゾーン通話と魅力的なデータ・サービスを呼び物にするこの領域の最初のサービスをすでに開始している。より進化したサービスが間もなく導入されるだろう

(注6)Zuhauseは1年前からサービスを開始し、現在63万の顧客を集めて好評だという。(Vodafone outlines FMS focus;plans to resell DSL / Total Telecom online,May 30 2006)

 これらのボーダフォンの融合サービス「モバイル・プラス」は、ボーダフォンの3G網がHSDPAにアップグレードされることで、大きなプラスになる見通しである。HSDPAはより大きな容量とより高いデータ・レート、DSLを含む新ブロードバンド技術に対する補完的な利用およびIP技術をベースとするサービス創出の機会などを呼び物にしている。ボーダフォンは「モバイル・プラス」の収入が3〜4年後に総収入の10%を占めることを期待している。

■融合に向けた「グローバル大競争」の時代が始まる

 その戦略は大胆、あざやか、そして大成功だった。20年間にわたってボーダフォンは、説得力のある二面作戦、つまり規模の経済を追求する「ゴー・グローバル」と急成長するワイヤレス・セグメントに集中する「モバイル・オンリー」で先頭を切ってきた。この戦略によって、ボーダフォンは27ヵ国に及ぶ1億7,000万超の加入者を擁する(売上額で)世界最大の携帯電話会社(同時に世界最大の通信会社)となった。しかし、今やこの戦略は破綻しようとしており、ボーダフォンは苦悩している、とエコノミスト誌(注7)は書いている。

(注7)Vodafone:Wake-up call(Jun 1 2006)

 同社のコア市場である欧州の携帯電話事業の成長が鈍化し、利益が減少し始めているだけでなく、MVNO(移動通信再販事業者)や無線IP電話との競争によって料金の低下が避けられないとみられる音声通話が、売上の8割を占めているという同社の脆弱な事業ポートフォリオを、投資家は先行き不安視している。「ボーダフォンを興隆させた戦略が、今やその零落の原因になっている。規模は同社にコストの優位を与えたが、効率よりも拡大が強調された。携帯電話が固定通信に対する補足的な通信手段であった時には、ワイヤレスへの集中は賢明なやり方と思えたが、ボーダフォンのライバルが音声通話、ブロードバンド、テレビおよび無線サービスの『クワドルプル(4つの)・プレイ』を提供する準備をしている情況の下では、今やこの戦略は融合の世界の中で孤立しているようにみえる。」と前掲のエコノミスト誌は指摘している。

 このような情況の変化に対応し、顧客と投資家の信頼を得るため、ボーダフォンは抜本的な経営戦略の転換に踏み出したのだとみられている。まず、規模の利益が働かない「異質な」市場である日本法人を売却して、「ゴー・グローバル」戦略の変更を明確にし、その売却収入の大部分を配当に充てる 意向を表明して株主の不満を抑え、時間を稼いだ。次いで、「モバイル・オンリー」戦略を修正し、ブロードバンドを含む複合的なサービス提供する方向に大きく舵を切った。これには、戦略転換を主張するサリーン現社長と伝統的な戦略の踏襲にこだわる実質的創業者のジェント前社長とその支持者の間で繰り広げられた経営戦略を巡る対立で、機関投資家などの支持を取りつけたサリーン社長サイドの勝利で決着したことで、方向が明確になったという背景もあったようだ。

 ボーダフォンが提起した移動通信を核とする「トータル・コミュニケーションズ・ソリューション」を実現する「モバイル・プラス」の第1段階は、自宅や事務所から一定範囲内なら携帯電話料金を固定電話の料金並みにする新サービスだ。すでにドイツとイタリアで開始しており、固定電話の顧客を奪うのが目的で、FMS(Fixed-Mobile Substitution)と呼ばれている。

第2段階は「バンドリング・サービス」で、DSLを利用するブロードバンドとモバイル・サービスをパッケケージにして提供し、顧客の要望に応えることだ。傘下に固定通信会社を持つドイツを除き、再販サービスを活用して「インフラストラクチャー・ライト」に徹する意向だ。一時、ボーダフォンが英BTを買収するという噂があったが、現時点で固定通信会社を買収する計画はないと否定している。
第3段階は、ブロードバンドを利用した「IP電話」の提供である。在宅時は無線LANおよびDSL経由でIP電話を利用でき、外出時にはモバイル網に接続し携帯電話となる固定・移動融合(FMC)サービスである。同社はビジネス向け「ワン・フォン」サービスに注力する意向のようだ。

 ボーダフォンのこれらの戦略変更に対する前掲のエコノミスト誌の評価は「彼らは正しい方向に動いているが、その速さも深さも十分でない。問題は、固定通信会社に打撃を与えるインターネットの料金に対する過激な引き下げ効果は、無線通信会社にも同様の打撃を与えると思われることだ。そして、ボーダフォンは最も脆弱である。」というものだ。これに対しサリーン社長は「近い将来、すべての顧客がクワドルプル・プレイを欲しがると考えるのは間違っている。大部分の顧客は、必要なサービスに対しどの企業がベストかという基準で選択するだろう。我々は(融合サービスの)初期段階にあり、顧客がこれに全面的に賭けると考えるのは慎重さを欠いている。」と反論している。(前掲エコノミスト)

 欧州の大手固定通信会社も、融合サービスで市場の主導権を握りたいと狙っている。しかも、自前の固定および移動通信網を利用して融合サービスを展開できる。各社は、一旦は上場した携帯電話会社やインターネット接続会社などを買い戻し、本体と一体化して融合の時代に備えている。ボーダフォンの戦略転換は、遅れて一歩を踏み出したに過ぎない。これからFMCを軸にした本格的な競争の幕が開くのではないか。

 例えば、欧州第3位の通信会社フランス・テレコムは、同社のインターネット接続、IPTVおよびビジネス向け通信サービスのブランド名を、6月から移動通信サービスのブランド名「オレンジ」にに統合した。従来別々だったポータル・サイトや請求書を一本化するほか、顧客管理を効率化するためサービス窓口も一つにする。インターネット接続の子会社「ワナドゥー」やビジネス向け国際通信 サービスの子会社「イクアント」もオレンジに統合した。フランス・テレコムは国内固定電話だけのブランドになるという。オレンジのブロードバンドに接続することで、自宅や事業所では無制限に利用できるIP電話として、外出時には携帯電話として利用できるFMCサービス「unik(ユニーク)」が9月に始まる。英国のオレンジは月間30ポンド(6,300円)以上の料金プランを契約した携帯電話の顧客に対し、ブロードバンド接続サービスを無料で提供するという(注8)

(注8)「フランス・テレコムのオレンジ・ブランド統一 〜融合展開へ始動〜」(本ニューズレター参照)

通信の新しいビジネス・モデルは、サービスの融合(通信/放送、固定/移動、有線/無線など)、バンドル化、ワンストップ化に動いており、その実現に向けて「グローバル大競争」がすでに始動している。翻ってわが国は、ブロードバンドの普及と料金の低さで世界のトップを走りながら、その利用面での立ち遅れが目立ち、折角の好機を情報通信産業の競争力強化に結びつけられないでいる。融合を軸とする通信の新時代に向けて「グローバル大競争」に取り残されないよう、通信会社、放送会社やネット企業などがあらゆる可能性に挑戦できる「ライト・レギュレーション」の市場環境が整備されるよう期待したい。

特別研究員 本間 雅雄
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