2007年10月号(通巻223号)
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世界の移動・パーソナル通信T&S
<世界のニュース:市場・企業>

買収・統合が進む、米国中堅携帯キャリアの最新動向

 米国の大手携帯電話事業者はこの数年、度重なる企業間の買収・合併といった過程(表1)を通じて、その事業規模を拡大してきた。そして2006年末の新生AT&T誕生により、固定・携帯市場にまたがるAT&Tおよびベライゾンという2つの巨大キャリアへの再編につながった。携帯電話市場では同2社の携帯部門に加え、携帯専業の3番手であるスプリント・ネクステル、ドイツ系外資の4番手T−モバイルによる4大キャリア体制に集約された感がある(2006年末の段階で上位4社の占有シェアは約85%となった)。なお、米国携帯電話市場全体は人口普及率が2006年末で75%を突破し徐々に飽和化が進みつつあるものの、加入者数動向・売上高等は引続き約10〜15%超の成長局面にあり(図1・2)、各社とも業績拡大に向けて積極的なスタンスを取っている。
表1:2000年前後からの米国大手携帯電話事業者に関わる大型買収・統合案件の一覧
年月 現行会社名 主な買収・統合等の動き
1999年6月 Verizon Wireless 英ボーダフォンがベル・アトランティックとの競合の結果、620億ドルを投じて、米西海 岸を基盤とするエアタッチ・コミュニケーションズを買収
2000年5月 Verizon Wireless 英ボーダフォン・エアタッチと米ベル・アトランティックが同一ブランドでの携帯電話事業統合に合意、合弁会社「ベライゾン・ワイヤレス」を発足。
2000年7月 T-Mobile 独DT(ドイツ・テレコム)が、米ボイスストリーム社を507億ドルで買収することを発 表、FCCの承認を受け、2001年5月に買収完了。
2000年10月 AT&T 米地域電話会社大手のSBCコミュニケーションズとベルサウスが両社の携帯電話事業を統合し、合弁会社「シンギュラー・ワイヤレス」を発足。
2004年10月 AT&T 携帯電話シェア第2位のシンギュラー・ワイヤレスによる、総額410億ドルでの業界3位
AT&Tワイヤレス買収が条件付きで承認され、シンギュラーは米最大の携帯電話会社に。
2004年12月 Sprint 携帯電話シェア第3位のスプリントによる、総額360億ドル超での業界5位ネクステル
買収が合意に達した。新会社スプリント・ネクステルは米3位の携帯電話会社に。
2006年12月 AT&T AT&T(旧SBCコミュニケーションズ)が米地域会社のベルサウスを買収、新生AT&Tに。シンギュラー・ワイヤレスはその完全子会社として、AT&T Mobilityに社名変更。

図1:米国携帯加入者数と前年比増加率の推移

図2:米国携帯電話産業の売上高と増加率の推移

 そのような中、2007年に入ってからも米国では買収・統合のトレンドが引続き目立っており、その範囲は特定市場専業でサービスを展開してきた中堅キャリアに及んでいる。特にこの数ヵ月、大手キャリアは相次いでローカルエリアに特化して営業してきた中堅携帯キャリアの買収を決断した(注)。6月にまずはAT&Tが先陣を切って、「Cellular One」ブランドの下、中西部・南部等を中心とした16州にまたがる地域でサービスを提供する大手ローカル事業者のDobson Communicationsを買収することを発表した(28億米ドル)。なお、Dobson Communicationsは米GSM系事業者の観点で見ると、加入者ベースでは米国の同大手AT&T、T−モバイルに続き3番手に位置付けられる、最大手の地域専業事業者であった。

 このAT&Tの動きに呼応する形で7月、ベライゾン・ワイヤレスが全米各地のローカル小規模市場でGSM/CDMA事業を展開するRural Cellularの買収を発表(26.7億米ドル、債務分含む)。また、昨年末より身売の方針を明らかにしていた、南部を事業基盤に持つSunCom Wireless Holdingsについては、9月になってT−モバイルが24億米ドルで買収することが決定した。その結果、表2にもある通り、米国の加入数順におけるトップ12社(70万加入以上を有するキャリア)のうち、3社が大手4社に吸収され、独立系ローカルキャリアとして残ったのは、オールテル、USセルラー、MetroPCS、Leap Wireless、Centennialの5社のみとなっている。

 大手キャリア各社は買収の主要目的として、事業者間のローミング費用削減を通じたコスト圧縮を掲げている。また数少なくなった未開拓の市場や顧客ベースを他社に先行して取り込みつつ、自社網のローカルエリアのカバレッジ充実を図りたい、との意向も窺える。一方、ローカル専業の中堅事業者にとって、大手4社への寡占化が加速する中、地理的条件の有利さのみで大手との料金競争、サービスメニューの取り揃えやマーケティング活動等に単独で対抗するには資金面・体力的にも限界が来ているのが現状だ。大手・ローカル系共に携帯キャリアの業績が比較的好調なことも背景にあって、このタイミングでの大手による中堅キャリア買収事例が続いた、と見られる。

表2:米国携帯電話事業者の加入者順ランキング(2006年末時点データ)、図3:2006年末米国携帯電話事業者の加入者数別占有シェア

■オールテルはPEファンドの手に

 加入数が1,000万を超え、4大キャリアに次ぐシェアを有する米中堅キャリア最大手のオールテルについては、年初より様々な買収の噂が飛び交った。CDMA事業者であることから事業上の親和性が高いベライゾン・ワイヤレスやスプリント・ネクステルの既存大手キャリアとの合併に関する憶測が取り沙汰されたが、最終的にオールテル経営陣は5月、業界外部のプライベート・エクイティー・ファンド(PEファンド)2社(TPG CapitalとGS Capital Partners=ゴールドマン・サックスの投資系ファンド)の連合による買収提案(総額263億ドル)を受け入れることになった。

 本件の注目点として、提示金額が高額となったこともさることながら、PEファンドが過去にはあまり実績のなかった米通信キャリアの買収を手掛けたことにある。PEファンドは一般的に業績不振企業の解体・再生に伴う売却益等の確保を事業として得意とするが、オールテルは資金面が潤沢で、業績も好調な企業であることから、どのような形でPEファンドが同社経営に関与し、収益確保を模索するのか、興味深い事例だ。既に業界では、オールテルが成長戦略として経営シナジーを見込めるUSセルラー等の他携帯キャリアに合併を持ちかける、との憶測も出ている。今後、異業種経営によるオールテルの事業動向が、米国の更なる携帯事業再編に影響を与える局面があり得る。

■都市型のローカル系携帯キャリアが展開するサービスとは?

 米国のローカル系キャリアの中で、最近その成長力が注目されているのがMetroPCSとLeap Wirelessだ。多くの中小携帯キャリアが地方を営業基盤としているのに対し、同2社は競争が激しいながらも人口密集度が高い米国都市部の営業エリアにフォーカスした地域事業者である。両社とも大手とは差別化された、特色あるサービス(主要ブランド名は各々「MetroPCS」、「Cricket」)を売りにし、若年層を中心に人気を博している。特徴は廉価でシンプルな定額の料金パッケージの提供のみに特化し、(1)プリペイド型(契約拘束期間は無)(2)自社営業エリア内でのかけ放題、を実現していることだ。その成功要因として、地域限定ながら大手携帯事業者が十分取り込めていない顧客層のニーズを的確に捉えて、独自のサービスモデルを築いている点に見出せるだろう。

 なお、MetroPCSとLeap Wirelessは昨年実施されたAWSの周波数免許オークションにおいて、共に主要な落札者としてその名を連ねた。今後は取得した周波数帯を活用して、更に全米の各都市部へと営業エリアを急速に拡大していく方針である。また、この2社についてはその事業戦略やターゲット顧客が似通っていることから、合併によるスケールメリット等を通じた相乗効果が高いとされる。2008年1月にFCCが実施する700Mhz帯の全米周波数免許のオークションを控え、その応札を単独で行なえる等、両社にとって現時点での合併メリットは大きい。実際にMetroPCSは9月、 Leap Wirelessに対して51億米ドルでの同社買収提案を公式に提示した。検討の結果、Leap社は提示条件が不服として一度提案を却下したものの、長期的な両社の成長戦略に照らし合わせると、近日中に合併が成立する可能性が十分にある、との市場観測が支配的だ。実現した場合、全米の大手携帯事業者とは違った、特色あるローカル携帯キャリアとして、市場全体に一石を投じる存在となりそうだ。

■再編を通じて躍動する米国の携帯電話市場

 米国の携帯電話市場は大手キャリア4社の再編が一段落したことから、日本から見ていると一見、市場が落ち着いているように見えるが、実際はローカルレベルで相次ぐ買収・統合を繰り返しながら、企業間の「陣取り合戦」が続く激しい競争市場の様相を呈している。MVNOを始めとした異業種プレイヤーの参入や新たなビジネスモデルで台頭する事業者の出現等もあり、米国の携帯電話市場は成長力を糧にその活力を維持している。先進国市場の多くは飽和化が進み、市場構造等が硬直化している国も多いが、米国は引続き魅力ある市場として更に発展する余力がありそうだ。

 グローバル研究グループ 渡辺 祥
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