2012年4月27日掲載

2012年3月号(通巻276号)

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InfoComモバイル通信T&S

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サービス関連(通信・オペレーション)

Mobile World Congress 2012に見る最新業界動向

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新たなエコシステムを模索する通信事業者

2012年の「Mobile World Congress(以下、MWC)」は、例年より約2週間遅い、2月最終週(2月27日〜3月1日)にスペイン・バルセロナで開催された。そのおかげか好天に恵まれ、参加者数も過去最高の6万人以上と発表されている。国内でも、スマートフォンやタブレット等を中心に多くの情報が報じられているが、ここでは通信事業者と通信網に関する部分にフォーカスし、感じた印象を展示や講演模様からピックアップしながら紹介したい。

通信事業者・・・新たなエコシステムの模索へ

日本国内では、2011年末以降頻発している通信障害とそれへの各通信事業者の対応、またデータ従量制導入・定額制廃止に関する議論が盛り上がっているが、2012年のMWCではデータ・トラヒックの急増への悩みを訴える通信事業者の姿を見ることはなかった。通信事業者のそうした姿は2010年、2011年のMWCにおいて多く見られたが、今年はその先についての議論が交わされていた。

(1)AT&T

AT&Tモビリティのラルフ・デ・ラ・ベガCEOは基調講演において、消費者の価値観が変わってきていること、開発者が直面している課題などに触れ、好循環なイノベーションサイクルをいかに維持・拡大すべきかについて語った。

AT&T

(2)ボーダフォン

ボーダフォンのヴィットーリオ・コラオCEOは、消費者がこれまで以上にモバイルへの依存度を強めていること、また将来は仕事がモバイル化することを指摘した上で、通信事業者には「オープンなインフラ、協調投資」「新サービスへのコラボレーション」「支援的な規制」が必要であるとし、規制当局の理解を求める姿勢を見せた。世界各国へ広く事業展開する同社が、新興市場への支援的な取り組みや各国規制当局へのメッセージを前面に出してくるのは、昨年同様である。

ボーダフォン
ボーダフォン

(3)オレンジ

仏オレンジは、「Business Transformation」と題するセッションの中で、通信事業者の将来像を描く上で、新たな提携関係を目指すべき、と語った。とくに、新たなエコシステムを構築するためには、お互いの境界線が明確な、干渉しあわない関係ではなく、通信事業者はパートナーをよりよく理解しながら、時には柔軟な姿勢で妥協し「Frenemy」(Friend+Enemy、ある部分では競合する友人)とより深い関係を築くべきだとしている。

オレンジ
オレンジ

(4)ドイツ・テレコム

独ドイツ・テレコムのレネ・オーバーマンCEOは、「Exploring the Mobile Cloud」と題する基調講演の中で、「今は、あらゆるものがクラウドに向かう」「クラウドは、ダムパイプでは(=スマートパイプでないと)成り立たない」とした。その上で、通信事業者のイノベーションとは「つなぐこと」「できるようにすること」「製品」の3点にあり、昨今語られるようになってきたQoE(ユーザー体験の品質。かつてのQoSに代わる概念)とは「優れた・スマートな接続性」と「セキュリティ」にあると結論づけている。

ドイツ・テレコム

(5)SKテレコム

韓SKテレコムは、「Mobile Cloud」に関するセッションの中で、通信サービス自体をSKテレコム本体に残し、他レイヤーに関する事業を分社化、SKプラネットとして自社顧客に閉じない市場での事業展開を進めている現状と今後について語った。通信事業者が直面する課題として、OTT(Over the Top)プレイヤー(Google、Apple、Amazonなどが例示された)がモバイルクラウドを先導しており通信事業者に主導権が無いこと、トラヒックと収益の不均衡が拡大していることを挙げ、SKテレコムの戦略の方向性は「1.スマートパイプへの移行(位置情報、プレゼンス、消費行動等の提供)」「2.設備の効率性向上(共通プラットフォーム導入によるCAPEX圧縮)」「3.IT市場への参入(通信事業者の網に基づいたクラウドサービス提供)」の3段階としている。

SKテレコム
SKテレコム

通信ネットワーク逼迫対策・・・新たな技術、新たな動き

海外では、通信ネットワーク技術は機器ベンダーが開発・提案し、それを通信事業者が適宜採用するケースが一般的である。スマートフォンの急速な普及で、先進市場では通信網の逼迫は大きな課題となっているが、これについて、多くのプレイヤーが解決に向けた動きを見せている。

(1)エリクソン

スウェーデンのエリクソンは、通信事業者向けのネットワーク機器の提供では先進企業の一つであるが、彼らがMWC 2012の中で展示した中で目についたものが、「スマートフォンのトラヒック分析ソリューション」と、「RNC in POOL」である。

「スマートフォン・ネットワーク・アナライザ」は、スマートフォンの動作中に、どのようなトラヒックを発生させているかをモニタリングするソフトウェアである。ここでは、実際にスマートフォンを動作させながら、「トラヒック量」「電池消耗度」「制御信号量」を測ることが出来る。デモでは、同じHSPA網上で、Android2.3のスマートフォンとAndroid4.0のスマートフォンで、同じ動画コンテンツにアクセスした際にどの程度の違いが出るかを見せていた。上記の3要素は、同じAndroidであってもバージョンによって異なる。Androidであれば、4.0の方がネットワークへの負荷を軽減する機能がより多く盛り込まれており、ネットワークにやさしいことが、このソフトウェアでわかりやすく見ることができる。なお、Androidの場合は各メーカーがOSに若干手を加えてくるため、同じバージョンのAndroidであっても、端末によって発生するトラヒックには違いがあるとのことである。

エリクソン

「RNC in POOL」は、移動通信網の複数の基地局をまとめて制御するRNC(Radio Network Controller)を管理する新しい仕組みである。移動通信網では通常、1つのRNCが一定のエリアにある基地局を収容する形になっている。この「RNC in POOL」では、そのRNC同士を独立させるのではなく、複数のRNCをプールする形で管理することで、あるRNCにトラヒックが集中した場合でも他のRNCでの空きリソースを有効活用することが可能となり、結果的に無線アクセスネットワークの容量を拡大することができる。

具体的には、1つのRNCで8万程度のアクティブユーザーを収容できる場合、16のRNCをプールすることで収容できるアクティブユーザー数を480万に、32のRNCであれば同ユーザー数を1,000万にまで増やすことができ、局所的な通信の発生による無線アクセスネットワークの逼迫を大きく緩和することが可能だとしている。日本でも、この技術の導入を検討している通信事業者があるそうだ。

エリクソン
エリクソン

(2)SKテレコム

韓SKテレコムは、自社の展示ブースにおいて、通信網関連の技術を紹介していたが、うち「Smart Push」と「LTE+Wi-Fi ハイブリッド」技術には注目したい。

「Smart Push」は、「カカオトーク」「LINE」等のIM系のOTTアプリに関してSKテレコムが制御信号をコントロールする技術である。これにより、アプリが生成する制御信号を大幅に減らすことが可能となるとしている。IM系のOTTアプリによるトラヒックは、全モバイルトラヒックの5%にすぎないが、call attemptベースでは全体の40%を占めるとのこと。例えば、カカオトークでは20分毎にcall attemptが発生するが、このソリューションの導入で、60分毎などにコントロールすることができる。これは、ネットワークの状況に応じて変化させることが可能だそうだ。

具体的な成果としては、SKテレコムではこのシステムの導入前後で、すべてのcall attempt(アプリだけでなく、SMSやwebアクセスも含めたもの)で12%の減、keep aliveメッセージに至っては70%も減らすことができたとのことである。

SKテレコム

また、LTEとWi-Fiのハイブリッド通信は、「ハイブリッド・ネットワーク・ゲートウェイ」技術で実現する。自社Wi-Fi網の配下でのインターネットアクセスを、SKテレコムのLTE等の通信網と一括管理する技術で、これによりユーザーに届く実効値を高速化できる。なお、このソリューションについては2012年3月、SKテレコムとサムスンが共同で、海外に販売すると発表された。

SKテレコム

(3)スモールセル・フォーラム

通信機器ベンダーを中心とする団体であるスモールセル・フォーラムは、MWC 2012の展示ブースにおいて今後の取組と通信網に関するビジョンを発表した。スモールセル・フォーラムによれば、現状のデータ通信量の急増への対応としてスモールセルやWi-Fiが極めて重要視されるとし、2015年には携帯電話基地局の約90%がスモールセルになるだろう、との予測を紹介した。

スモールセル・フォーラム
スモールセル・フォーラム
スモールセル・フォーラム

◇◆◇

このように、今回のMWC 2012では、OTTプレイヤーによって崩されつつある既存の通信事業のエコシステムを、いかに再構築し、また維持に向けた工夫をするか、という点で展示や発表に一貫性が感じられる。また、通信網逼迫対策についても数多くの提案がなされ、これらを適切に組み合わせることで、通信網の混み具合の改善も期待できる。海外ではこうした通信障害が日本よりも早く発生していたこともあるからであろう、それへの対策については海外が先行している印象を受けた。

岸田 重行


スマートフォンを中心とした端末開発のトレンド

2011年のMWCでは、ハイエンド向けを中心に新たに発表した端末のほとんどがスマートフォンという状況であったが、この傾向は2012年も変わらず、脚光を集めた端末はスマートフォン一色という状況であった。さらに2012年は、アンドロイド端末を中心に低価格化の議論や新製品の発表が目立っていた。スマートフォン時代が定着してきたという印象を受ける。

スマートフォンは高機能化が進んでいる。本年の目玉となったのはクアッドコア・プロセッサー搭載のスマートフォンだろう。サムスン、フアウェイを筆頭に数社の端末メーカーがこれを搭載した端末をフラッグシップ製品として展示していた。カメラや画像技術に注力したメーカーも目立つ。しかしながら、端末自体の差別化に苦戦している状況が顕著になっているのも事実である。製品の低価格化、コモディティ化も加速している状況が浮き彫りになっていた。その一方で新たにサービスやコンテンツ、クラウドなどとの連携により、端末以外の面で付加価値を付ける動きがより活発化している。

また、高揚しているのがタブレット市場である。タブレット端末はスマートフォンと比較して、より様々な取り組みが発表されている。ディスプレイの大きさや製品設計、その用途、ユーザーへの訴求点など各社それぞれの取り組みが見られ、製品開発の方向性を各社が模索している様子がうかがえた。

メーカー別で見ると、ZTE、フアウェイといった中国系企業のプレゼンスが著しく向上している。この傾向は特に2010年頃から見られるようになったが、本年ではその存在感がサムスンを超えるかと思われる程である。展示された端末のラインナップでも主要携帯電話メーカーとして他社に引けを取らないレベルまで向上しており、クアッドコア・プロセッサーやLTE対応を全面に押し出して製品をアピールしていた。

端末メーカーで予想外に注目を集めていたのはノキアである。同社はここ数年展示ブースを設けておらず、MWCからも撤退したかのようなイメージがあったが、本年はホール7に大規模な展示ブースを設け新製品を紹介しその存在感をアピールしていた。このようなノキアの発表に対する報道陣の注目度は高く、初日に開催された報道発表では、MWCでもっとも混雑するとも言われる基調講演が開催される時間帯にもかかわらず、広い会場に溢れんばかりの報道陣やアナリストが詰めかけており、かつての巨人ノキアの復活を予兆させるようであった。カールツァイス社と数年掛りで共同開発した新製品「Nokia 808 PureView」は、41メガピクセルカメラと独自イメージング技術を搭載しており、その話題性は高かったが、この製品に関する業界の評価は割れており、今後の動きが注目される。

MWC 2012では、日系携帯電話メーカーの展示も見られた。国内携帯電話メーカーはここ数年海外進出体制を強化しており、参加する企業の数や展示の広さも拡大している。しかしながら、莫大な予算を捻出し強烈にその存在をアピールする他の主要携帯電話メーカーを前に、その存在感は薄れがちであり、さらなる工夫が求められるとも言える状況ではなかったか。

宮下 洋子

ノキア・ブースの様子
報道に頻繁に登場したフアウェイのオブジェ

激化するHTML5ベースのアプリ配信プラットフォーム競争

MWC 2012では、クアッドコアのスマートフォンやデータ・トラヒック対策もさることながら、HTML5に関するキーノートやセッション、発表が相次いだ。本稿では、MWCで語られたHTML5を巡る主要な動きをレポートする。

Facebook

Facebookのブレット・テイラーCTOは、MWC初日にあたる2012年2月27日のキーノートでHTML5の3つの課題を示した。3つの課題とはすなわち、

  1. アプリストアが存在しない(ネイティブ・アプリ用のアプリストアはあるが、ウェブ・アプリは見つけにくい)
  2. ブラウザのフラグメンテーション(ブラウザごとにHTML5との互換性が区々である)
  3. 有効な決済システムが存在しない(ネイティブ・アプリにはアプリ内課金があるが、ウェブ・アプリにはない)

である(写真1)。

写真1

テイラーCTO自身が「業界全体の課題」と述べた通り、HTML5を巡るこれら3つの課題はあらゆるプレイヤーが共有している。

Facebookは問題提起だけではなく、それぞれの課題に対応したソリューションも示している。このソリューションを通じ、FacebookはOSや端末の違いに左右されないHTML5の開発に積極的に関与していく姿勢を示した。

(1)「Open Graph」

テイラーCTOは「アプリストアが存在しないウェブ・アプリの提供を円滑なものにする。開発者がOpen Graphを利用することで、OSや端末の違いに関係なく、Facebookユーザーにアプリを見つけてもらうことができる」と述べた。

Open Graphとは、Facebookのタイムライン機能と各種アプリを連携させるプラットフォーム。2011年に開発者向けのカンファレンスでタイムライン機能と共に発表された。なお、Open GraphはOpen Graph Protocol(OGP)という規格として、既に多数のウェブサイトに実装されている。Facebookには「いいね!」ボタンがあるが、Open Graphはこれを拡張する。これまでは、任意の対象(具体的にはウェブサイト)に「いいね!」を付与することで、ユーザーと対象を結びつけていた。Open Graphでは単に「いいね!」ということではなく、例えば「Spotifyで音楽を聴く」、「Amazonで本を読む」といった動詞に対応することができる。つまり、ユーザーと対象と行動を結びつけることができる。「いいね!」ボタンはシンプルであるというメリットがある反面、ユーザー個人の主観や価値観に依存する。

このOpen Graphの仕組みを利用すれば、あるユーザーが「Spotifyで音楽を聴く」という行動をとることで、タイムライン上でそれを見た他のユーザーが同じ行動をとることによって繋がっていく。また、こうした行動とそれに紐付くデータを収集・活用することで、精度の高い予測機能やターゲティング広告を展開していくこともできると考えられる。つまり、Open Graphを利用することで、ユーザー同士の関係性の中でウェブ・アプリ(上記の例ではSpotify)を共有し、その繋がりを広げていくことができる。こうした環境が、現行のアプリストアにとって代わるFacebookのオルタナティブである。

(2)「Ringmark」

現在、主要なものだけでもChrome、Safari、Internet Explorer、Mozilla、Operaなど多数のモバイルブラウザが存在する。さらにブラウザごとに複数のバージョンがリリースされており、それぞれでHTML5との互換性は区々となっている(HTML5のAという機能には対応しているが、Bという機能には対応していない、など)。こうした状況を指して、ブラウザのフラグメンテーションという。

Facebookはブラウザのフラグメンテーションに対し、各ブラウザのHTML5との互換性を測定するテストスイートとしてRingmarkを開発した。Ringmarkのサイトにアクセスすると、利用中のブラウザのHTML5との互換性がグラフィカル表示される。内側の円はHTML5の基本的機能、外側の円は複雑・高度な機能を表している(図1)。なお、このRingmarkで収集されたテスト結果は、標準化団体のW3Cにフィードバックされるという。

【図1】Ringmark
【図1】Ringmark 出典:ZDNet
出典:ZDNet

また、Facebookは通信事業者やベンダーと協調し、W3Cのコミュニティグループである「Core Mobile Web Platform」を創設した。

(3)通信事業者との提携を通じたワンステップの決済システム

特に欧米市場では現在、アプリやコンテンツの決済時の認証はプレミアムSMSによるものが主流である。テイラーCTOはこの認証方法について「ユーザー・エクスペリエンスを大きく損なっている。ウェブ・アプリを本国以外で提供する場合、海外の通信事業者が採用するそれぞれの決済システムに対応する必要がある」と指摘している。Facebookは合計9社の通信事業者と提携し、提携通信事業者間の決済システムを統合した。テイラーCTOは、認証にプレミアムSMSを使わない形で決済システムを統合したことにより、ユーザーと開発者の双方のエクスペリエンスを向上させることができるとしている。なお、Facebookと提携した8社のうち2社は日本のKDDIとSoftbankである(写真2)。

【写真2】決済システムで提携した通信事業者
【写真2】決済システムで提携した通信事業者

AT&T

AT&Tのジョン・サマーズSVP(アプリケーションおよびサービス・インフラストラクチャ担当)は2012年2月28日のセッションで、APIの公開を軸としたプラットフォームのオープン化戦略が重要であることを強調した。AT&Tの狙いは、サード・パーティによるアプリ開発の促進である。サマーズSVPは「AT&Tのプラットフォーム上でのAPIトランザクション数は著しい伸びを見せており、2011年は1カ月あたり45億件だった。2012年は同100億件に達すると見ている」と述べている(写真3)。

【写真3】AT&Tの月間APIトランザクション数
【写真3】AT&Tの月間APIトランザクション数

また、「開発者にAT&Tのネットワーク上で動く優れたアプリをいかに制作してもらうかに注力している。一連のAPI群がキャリア各社のネットワークを跨って動く環境整備を目指している」と述べている。

AT&Tは開発者を支援するため、9,000万ドル以上を投資してAT&T Foundryという開発者支援拠点を立ち上げた。このAT&T Foundryは米国2カ所、イスラエル1カ所の計3カ所にある(写真4)。

【写真4】AT&T Foundry
【写真4】AT&T Foundry

また、HTML5ベースのウェブ・アプリ向けのアプリストアがないという課題(Facebookと共通認識)については「検索ツールだけでなく、アプリストアでもウェブ・アプリを見つけられるようにしなければならない」との見解を示した。

また、AT&TはMWCに先立つ2012年1月、HTML5ベースのウェブ・アプリ開発を促進するCloud Architectureを発表済み。アプリ内課金APIを公開することで、開発者に決済プラットフォームを提供することなどが骨子となっている。

WAC

WACはMWC期間中の2012年2月28日、アプリ内課金ネットワークAPIのベータ版を発表した(図2)。

【図2】アプリ内課金ネットワークAPI
【図2】アプリ内課金ネットワークAPI 出典:WAC
出典:WAC

このAPIにより、スマートフォン、タブレット、PCなどの端末種別にかかわらず、アプリ内課金を通信事業者からの請求にまとめることが可能となる。WACによると、通信事業者による課金(料金回収代行)はデビットカードやクレジットカード、プレミアムSMSによる決済に比べ、アプリの購買率が2〜3倍高いという。

WACのアプリ内課金ネットワークAPIが開発者にもたらすベネフィットはセキュアかつ購買率の高い決済プラットフォームだけに留まらない。ユーザーからのアプリに対するフィードバックを「ほぼリアルタイム」に受けることができるため、開発者にとってはTime-to-Market(上市期間)が短くなる、市場環境に応じてアプリ価格をフレキシブルに変更することができるなどのメリットもある。

WACは「認証や課金などのAPIには、通信事業者を跨ったソリューションが必要」としている。しかし、現時点ではWACに加盟する全通信事業者(15社)がアプリ内課金ネットワークAPIをサポートしているわけではない。同APIをサポートしているのはAT&T(米国)、Deutsche Telekom(ドイツ)、KT(韓国)、LG U+(韓国)、Telefonica(スペイン)、Telenor(ノルウェー)、Telekom Austria Group(オーストリア)、SK Telecom(韓国)、Smart Communications(フィリピン)の9社。

また、WACはアプリ内課金ネットワークAPIを利用してHTML5ベースのウェブ・アプリを制作する開発者がノウハウをシェアするためのコミュニティとしてHTML5 Hackathonを立ち上げている。HTML5 Hackathonの初のイベントは米国で開催される予定なっており、AT&TとFacebookが支援するという。偶然か必然か、Facebookが決済システムの統合で提携した通信事業者は全てWACに加盟している。具体的にはKDDI、Softbankの他、Verizon(米国)、AT&T(米国)、Deutsche Telekom(ドイツ)、Telefonica(スペイン)、Orange(フランス)、Vodafone(英国)である。AT&TとTelefonicaはFacebookとWACの取り組みの両方に参加しているが、両決済システムの今後の関係は注目していく必要があると考えられる。

Mozilla

Mozillaは2012年2月27日、地元スペインの通信事業者Telefonicaと共同でHTML5ベースのOpen Web Devicesを発表した(図3)。

【図3】Open Web Devicesのプレスリリース
【図3】Open Web Devicesのプレスリリース 出典:Telefonica
出典:Telefonica

Open Web Devicesとは、通話、メッセージング、ブラウジングなどの各機能がMozillaブラウザ上でウェブ・アプリとして動作する端末の総称である(写真5)。

【写真5】Open Web Devicesのデモ
【写真5】Open Web Devicesのデモ 出典:Telefonica
出典:Telefonica

Mozillaは2011年7月にモバイル端末向けのオープンソース新OSプロジェクト「Boot to Gecko(B2G)」を発表したが、同プロジェクトの成果が今回のOpen Web Devicesという形で表れた。2012年中に対応端末のリリースが予定されている。

Open Web Devicesは各機能がウェブ・アプリとして動作するため、従来に比べて端末のハードウェアを省略することができ、低コストでの供給が可能となる。Telefonicaが着目しているのは主にこの点である。Telefonicaによると、Open Web Devicesの端末価格はiPhoneの1/10程度になるという。これにより、価格面でスマートフォンに手が届かなかったユーザー層にもリーチすることが可能になる。換言すれば、スマートフォンの機能をフィーチャーフォンの価格で提供することが可能になる。Telefonicaは本国スペインを含む欧州だけでなく、ブラジルを中心とした中南米事業に力を入れている。中南米市場では欧州市場ほどスマートフォンの普及が進んでおらず、フィーチャーフォンを利用するユーザーがまだ大半を占めている。Telefonicaには、こうしたユーザーにOpen Web Devicesに供給することで、データ収入の増加を図ると共に他の通信事業者に先んじてHTML5ベースのプラットフォームを押さえるという狙いがあると考えられる。興味深いことに、Telefonicaのカルロス・ドミンゴ氏は「通信事業者のコンソーシアムをスターティング・ポイントとはしたくなかった。というのも、短期間でOpen Web Devicesを推進していくには、まずは実行によって示すことが重要と認識しているからである」とのコメントを残している。「通信事業者のコンソーシアム」とはおそらくWACのことを指していると考えられる。TelefonicaはWACにも加盟しているが、2010年のWAC発足から2年が経っても通信事業者間の足並みが揃わず、WAC 3.0がロードマップ通りにリリースされていないことに不満があると推察される。

また、従来のHTMLとJavaScriptをベースとしたアプリは端末のハードウェア(通話機能、SMS、カメラ、USB、Bluetooth、NFCなど)へのアクセスが限定的だが、Open Web DevicesではAPIにより、各ハードウェアにも完全にアクセス可能であるという。MozillaはOpen Web Devicesのこうしたメリットを主張し、W3Cでの標準化も目指している。さらに、MozillaはOSや端末に依存しないアプリストアを発表しており、MWC期間中の2012年2月27日から開発者登録を開始している(図4)。

【図4】 Mozillaのアプリストア
【図4】 Mozillaのアプリストア 出典:marketplace.mozilla.org
出典:marketplace.mozilla.org

まとめ

Android、iOS、Windows PhoneといったOS領域における主導権争いは続いているが、2012年のMWCでは、これに加えてブラウザ領域における主導権争いが激化したことが顕著となった。つまり、これまではネイティブ・アプリを中心としたアプリ配信プラットフォームの競争であったのに対し、配信対象の中心がHTML5ベースのウェブ・アプリに移行していくことに伴い、新たなアプリ配信プラットフォームの競争が顕在化してきたと捉えることができる。

この新たな競争の主役は、上記のFacebookやMozilla、Googleといったインターネット系かつ米国のプレイヤーである。一方、通信事業者各社は新たな競争に本格参戦するというよりも、ユーザー・アカウントを保有していることを強みとして課金プラットフォームとしての役割を果たしつつ、HTML5のエコシステムへの一定の影響力を確保しようとしている。

小川 敦

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