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志村一隆「ロックメディア」
2008年9月掲載
ロックメディア 第16回

北京オリンピックとNBC


志村一隆(略歴はこちら)

毎夏、甲子園で泣く。今年は、浦添商だった。伊波の投球に、心が揺れた。プレイの閃きとそれを実現できる身体能力が両立、一番野球が上手い時期かもしれないプレーを見れて感動した。

ジーコは、「シュートは練習でなくて、歯磨きと同じ習慣だ」と言ったそうだが、浦商バッテリーにも練習を充分積んだ「場慣れ感」があった。四谷大塚のテストを毎週受け続けていると、なぜかどんなテストでも緊張しなくなるのだが、それと同じだ。

もうひとつのイベント、北京オリンピック。IOC(国際オリンピック協会)の発表によると、全世界で47億人がオリンピックを見たという。今まではテレビで見ている人だけだった。これからは、インターネットで見る人も増えるだろう。北京は将来、インターネットの動画配信が本格化した大会と言われるに違いない。

9億ドルで買って、10億ドル稼いだ

北京オリンピックは、NBC(アメリカの大手テレビ4局のひとつ)にとって、8.94億ドルで仕入れて、売り捌く商品だ。仕入れたのは、2002年。まだYouTubeはなく、Napsterが敗訴した頃。エンターテイメントがインターネットで楽しめるようになってまだ間もない頃である。

結果は上々。10億ドルを売上げたといわれる。NBCは、系列テレビ局を最大限動員、放送枠=広告枠を増やし、人気のあるオリンピック競技、水泳、体操、ビーチバレーを、現地午前、アメリカのプライムタムに開始するよう、IOCと交渉した。もう6年前=2002年から交渉していたという。アテネと北京の比較表を作成したので参考にしてほしい。

問題はここからだ。

Yahoo!に負けたNBC Olympic.com

NBCは、自社が運営するオリンピックサイト、”NBCOlympic.com”を持っている。ここで、生中継、オンデマンドなど、大量の動画配信を行った。ところが、”NBCOlympic.com”のビュー数が、動画のない‘Yahoo! Sports’に負けてしまった。(ページビュー数比較はこちら)動画がキラーコンテンツにならなかったのだ。

原因はなんだろうか。巷間言われている原因は、2点。ひとつは、動画を見るのに、マイクロソフトの‘SilverLight’というソフトをダウンロードしなければならなかったから。もうひとつは、人気競技の動画をネットで流さなかったから、というものだ。

 ソフトのダウンロード、これはわかる。新しいモノを自分のパソコンに入れるのって抵抗ある。私はアドビ‘Reader’のバージョンアップを無視し続けている。‘Silverlight’ダウンロードの時点で、かなりの人が動画を諦めただろう(アメリカの友人もそう言っていた。ただ、私がサンディエゴのホテルからアクセスしてみると、動画を見るのに‘Silverlgiht’をダウンロードする必要はなかったのだが・・・)

ボルトの100m走は、米国ではネットで見れない。テック系サイトやブログは、フランスの‘DailyMotion’の映像を貼って、NBCを揶揄している。

私がもうひとつあげたいのは、動画を見ることができない人が多い点だ。アメリカのブロードバンド普及率は、まだ60%程度である。インターネットは、Yahooニュースの見出しだけで満足する人が大半だったのではないか。

マイクロソフトの思惑

問題は、NBCがなんでそんな面倒くさいことをネットユーザーに強いたのかということだ。NBCはFOXと共同で自社コンテンツの配信サイト(無料!)‘Hulu’を運営している。”Hulu”には、オンライン文化「シェア=共有」の仕組みが満載されている。

それなのになんで・・・

マイクロソフトへの独占配信権は、NBCの放送権コストのリスク分散戦略だろう。もしマイクロソフトが大金(ネット配信で減ると思われるテレビ広告費分)を払っていたら、NBCはネットでも人気競技を配信せざるを得なかったはずだ。

マイクロソフトの‘Silverlight’は、アドビ社のFlashの対抗馬だ。マイクロソフトは、AT&T、欧州IPTV事業者のSTB、放送システムを受託、納入している。IPの映像ビジネスの覇権を狙う、やる気マンマンな感じなのだが、北京オリンピックは、そのわりになぁ・・・という感じがぬぐえない。本気でシェア拡大を狙っているのだったら、人気競技を配信するくらいの金銭補償をしてもいいはずだ。

ネットとテレビの商売の仕方は違う

NBCがYahoo!に負けた根本的な理由は、NBC(というよりNBC Sports)はテレビビジネスの考え方でネット配信ビジネスを運営してしまったことだろう。インターネットでは、テレビ局的な「独占放送!」商売は通用しない。放送権の独占は、寡占競争下でのみ効果がある。消費者に、代替手段がないからだ。

ところが、オープンでデファクト・スタンダードなインターネット上では、映像・情報の送り手、運び手は1企業が担うわけではない。情報はシェアされ、拡大していく。消費者に多様な選択肢がある環境下での、コンテンツの権利、流通の独占は、消費者にコンテンツが届かず失速する。

NBC SportsとHuluにも、組織間のバリアがあるのだろう。20年前からオリンピック中継を担当、2週間で10億ドルを稼ぐ事業部が、たったの575万ドルしか稼がない新参ネット部門のアイデアに耳を貸さないことは想像がつく。

権利元のIOCは、視聴者数が増えれば嬉しいのだろう(公式スポンサーも増える)、大会後に出すレポートでもオンラインの‘Interactive service’は、オリンピック視聴のチャンスを増やしていると評価している。しかし、ネット配信が増えることで、高い放送権を支払ってくれるテレビ局が衰退しても意味がない。

ただ、インターネット上では、コンテンツの囲い込みは商売にならない、ことだけは確かだ。NBC SportsのZenkel氏は「映像の権利を転売して、無為な競争にさらされたくない」と言う。4年の歳月は長い、次回も同じ施策はとれないだろう。

ロンドンは期待できる、BBCのiPlayerがあるから

BBC(日本のNHKみたいなテレビ局、視聴料で支えられている)は、‘iPlayer’というネット配信サイトをやっていて、BBCで放送された番組は、7日間インターネットで配信される。「キャッチアップ配信」と呼ばれるものだ。

4年後、視聴者の主役は、今モバイル視聴もこなす若者たちだ。様々な調査機関の市場予想は、概ね2008年の3-4倍(50億ドル〜100億ドル)となっている。

もちろん、NBCが本気にならないと、アメリカ国内の状況は変わらないのだが・・・

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