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2002年2月掲載

米国での消費者むけ長距離通信事業の凋落
−料金戦争の休戦、一転値上げへ。厄介者扱い−

 わが国では昨年、マイライン登録戦争で、とりわけ県外通信で激烈な顧客争奪戦が繰り広げられ、各社がこぞって安い長距離通信料金を標榜し料金戦争を戦ったことは記憶に新しい。しかし競争先進国の米国では、最近、とりわけ消費者むけの長距離通信料金は値上げが相次ぎ、潮目が変わり、まったく対照的なトレンドが現れてきている。果たして日本でもこれからは同様な推移を辿るのだろうか。まず米国の料金戦争とその休戦の背景を見てみよう。

■値下げの潮目が逆流しつつある米国

 米国の長距離通信市場では、1970年代にMCIが初めてAT&Tによるほぼ独占的な市場支配に挑戦をはじめて以来、スプリントも加えた三大事業者が顧客獲得にしのぎを削り、1996年電気通信法施行以降はさらにワールドコム、クゥエストなどの新興事業者が加わり、多くの群小リセール事業者も入り乱れ、激しい料金戦争で料金は永年にわたり大幅な値下がりが続いてきた。FCCによれば、1996年に通信事業が規制緩和されて以来、平均的な消費者が支払う毎月の長距離通信料金は1995年の21ドルから2000年には18ドルに値下がりした。

 しかし、収益の悪化もあり2000年末ごろから一転、休戦ムードとなり、最近では明確に値上がり傾向に転じている。ことに採算の取りにくい消費者むけの長距離通信市場では、料金戦争、顧客獲得戦争もすっかり様変わりしはじめている。低利用顧客の場合、「一分あたりの基本料金」を堂々と正面きって値上げするほか、毎月5ドル程度の最低定額料金等の少額の月額定額料金を付加するなど、目立たない形で値上げを策す事業者が増えており、さらには消費者むけ長距離通信事業をお荷物と公言する事業者も出始め、ビジネス顧客に焦点を絞るうごきが際立ってきた。

■まず動いたAT&T

 AT&Tは1960年代までは長距離/国際通信をほぼ独占的に支配してきた。1970年代からMCIがAT&Tに挑戦、その後スプリントも参戦して、最近のAT&Tのシェアは50%程度まで落ち込んでいる。この間、大手三社間ですさまじい料金値下げ戦争が展開されてきた。

 こうした流れの中でまず変わった動きをしたのはAT&Tである。すなわち、1999年後半に同社は、低利用顧客に対し3ドル程度の少額ながら定額の「ミニマム月額料金」を課した。当時AT&Tはその正当化の理由として表向きは「低利用者の長距離通信は、コスト割れだ。負担の公平のための措置だ。」としていたが、今にして思えば、1年後には4分割案を打ち出さねばならなくなるほどAT&Tの財務が相当悪化していた苦しい内情を踏まえた収支改善の一環だったというべきであろう。

 FCCは、こうしたAT&Tの動きは実質的には低利用者に対する料金値上げだとして厳しく対処した。FCCは2000年6月のアクセス・チャージ改革の一環として、長距離通信事業者が市内地域事業者に支払うアクセス・チャージ(分あたり)を32億ドル削減したが、それを顧客に料金値下げという形で還元するべきであると指導し、長距離通信利用者に定額の課金を強行するのは理解に苦しむとのコメントも出した。またFCCは、この点を強調した消費者PRも積極的に行い、「消費者はどの長距離通信事業者の料金が安いか、よく比較検討し、shop-aroundすべきだ」とまで宣伝した。AT&Tは定額課金を引っ込めはしなかったが、いったん申請していたそのさらなる値上げ申請は2000年6月に撤回した。

■MCIも追従

 1969年にMCIがマイクロウエーブを用いてシカゴ/セントルイスか間でまず専用線サービスの提供でAT&Tに挑戦して以来、同社は次第に公衆回線利用の長距離通信サービスでもシェアを伸ばし、きめ細かいマーケティング戦略で次々と顧客を獲得してきた。その原動力となったのはなんといっても低料金戦略であった。その後1997年に、活発に世界網の建設に邁進してきた新興長距離国際通信事業者のワールドコムが老舗MCIを吸収合併し、MCIはワールドコム・グループの一員となったが、MCIのこの戦略は引き継がれた。

 しかし2000年になると米国経済の失速から通信不況が顕在化し、ITバブルが急速にしぼみはじめ、多くの通信事業者が設備の過剰容量とそれまでの過大投資の結果である過大負債に悩むなかで、MCIワールドコムも財務状況が急速に悪化した。

 2000年7月には、「ワールドコムは、MCIから引継いだ消費者むけの長距離通信事業からの撤退を検討している。」との報道がなされた。ワールドコム自体はもともと企業顧客むけに長距離通信サービスを割引料金でリセールすることから今日を築いた。消費者向けの長距離通信事業の大半はMCIから引継いだものであり、その時点では住宅顧客はわずか20万程度しかなかった。当時、MCIワールドコムの全売上高380億ドルのうち消費者長距離通信収入は1/5程度にすぎなかった。消費者長距離通信事業の年成長率が1‐2%どまりなのに対し企業むけのデータ、インターネット、国際通信は32%もの高成長を誇っていた。

■スプリントも含め大手三社が休戦協定

 2000年11月には、さらにスプリントも加わり、料金戦争の休戦が協定されたとフィナンシャル・タイムズが報じた。すなわち、同紙によれば、「スプリントは先週、『新規に長距離通信顧客を獲得する戦いは今後はしない』と表明し、来年の長距離通信収入を10%減と予測した。AT&Tとワールドコムもタオルをリングに投げ込んでいる。料金戦争は終わった。今回の休戦の背景には、かって過当競争で自滅した航空業界の姿があるとみるアナリストもいる。スプリントだけは『住宅むけ通信市場を放棄しない』と宣言はしているものの、その戦略変更はライバル2社と同様である。同社は、自己の長距離通信顧客に対し、他社の市内サービスをリセールする不採算な事業は中止し、自己設備だけを利用した市内/長距離/広帯域の『組み合わせ一貫サービス』だけに重点を絞っていくとしている。」

■消費者長距離通信事業はお荷物

 2000年10月、AT&Tは「消費者(長距離通信)部門」「ビジネス顧客部門」「携帯電話部門」「CATV広帯域部門」への四分割案を発表した。こうした抜本的なリストラ構想は、折からの株価低落の中で、伸びるどころか縮小していく消費者むけ長距離通信部門がAT&T全体の業績の足を引っ張り、投資家のAT&Tへの投資意欲をそいでいるため、他の成長部門に必要な設備投資資金の手当てもままならないという事情が背景となっている。携帯電話部門やビジネス顧客部門、さらには広帯域部門など、投資家に魅力のある成長部門を個別に切り離し、会社分割やトラッキング・ストック(部門業績反映株式)の形で独立させようというわけである。

 MCIワールドコムも同月、時を同じくして、消費者部門とビジネス顧客部門のトラッキング・ストック構想を打ち出した。結局これはほぼ1年後の2001年7月に、消費者部門中心のMCIをワールドコムから独立したトラッキング・ストックとして独立させ、ワールドコム自体はビジネス顧客に専心する形で実現された。

 要するに、消費者むけの長距離通信事業は、「伸びるあてのないお荷物」として厄介者扱いすることにつきる。消費者のうちでも利用度数が多く料金に敏感な顧客は、派手な割引を武器とする中小リセール事業者や、無料度数込みの携帯電話に逃げ、残るのはほとんど通話しない形だけの顧客だけである。さらに、1996年電気通信法により、それまで全面的に禁止されていたベル系地域電話会社が、市内市場の開放という条件付きではあるが次第に長距離通信市場に進出を認可されはじめて、この分野の競争はさらに激しくなる。さりとて料金戦争をすれば、一層の財務悪化を招き、かって過当競争で自滅した航空業界(TWA, PanAm等)の二の舞になるという危機感が背後にある。

■最近の相次ぐ値上げのうごき

・1月21日付のウォールストリート・ジャーナルは次のように報じている。

 「最近の長距離電話料金の請求書は着実に値上がりが続いている。事業者が様々な料金や定額の最低月額料金を加算しはじめているのがその原因である。スプリントの『いつでも10セントプラン』では、週末、祝日、夕刻に限らず平日昼間でも『一分当たり5セント』と宣伝しているものの、すべての料金や州内料金も計算にいれれば、消費者にとり『一分当たり16セント』にもついている計算となる。たしかに州をまたがる長距離通信料金はどの時間帯であっても広告どおり一分当たり5セントだが、特定州内に終始する長距離通信料金(本来近距離)は一分当たり12セントもしている。さらにこの料金プランでは、8.95ドルの月額定額が課されるうえに、その他の金額や税金が課される。しかし、もっとも値上り額の大きいのは、こうした割引プランを利用しない2,500万もの顧客に課されるベーシックな一分当たり料金である。AT&T、MCI、スプリントの三大長距離通信事業者は、2000年には約26セントだったこの料金を35セント程度に、既に値上げしたり、または値上げを予定している。AT&Tが来月から実施を計画している値上げ計画では、夕方の料金も、現在の25セントから29.5セントに跳ね上がる。ほんの2年前の16セントにくらべれば実に85%もの値上がりとなる。」

 「その他の付加料金も値上げが続いている。スプリントは8月に「事業者固定資産税」を顧客に転嫁した。これはすべての州際および国際通話の総額に対し1.08%を付加するというもので、スプリントが支払う固定資産税の一部を回収するものだとされている。」

 「その他の付加料金の値上げで最大のものは、連邦が強制しているユニバーサル・サービス基金への拠出である。これは僻地や低所得地域にサービスを提供する市内地域電話会社への助成金である。今月AT&Tは、現在は毎月の長距離通信料金の9.9%である「ユニバーサル・サービス料金」を11.5%に値上げした。これは同基金への拠出を回収するために必要だと説明している。1999年後半では、MCIは7.2%、スプリントは8.4%を課していたが、今日では両社ともに9.9%を課している。」

 「ワシントンの消費者連盟の幹部は、次のように言っている。『こうした値上げが、長距離通信サービスのコストが実際には低減しているなかで起こっているのが問題だ。すなわち、テクノロジーの進歩によるコスト低減に加え、長距離通信事業者が地域通信事業者に支払う接続料が30億ドルも安くなった事情もあるのにだ』。」

・また、本年1月1日付のワシントン・ポストも以下のような記事を掲載している。

 「年が変わるとともに米国市民はより高い長距離通信料金を覚悟しなければならないであろう。大手の長距離通信事業者は料金を値上げしようとしている。一部は今日からスタートするものもある。一部の値上げは『一分あたり料金』の値上げという明確な形をとるが、通常は既に事業者が毎月の請求書に付加している様々な料金にからむため、なかなか目立ちにくい。たとえばMCIの『いつでも7セントプラン』の利用者の月額付加料金は、現在の3.95ドルから4.95ドルに値上げとなる。」

 「最大の長距離通信事業者であるAT&Tは、今日から『ユニバーサル・サービス付加料金』の料率を9.9%から11.5%に引き上げる。これは僻地や低所得層の通信料金の補助のための基金であり、事業者は連邦/州政府により強制的に徴収されている拠出金の転嫁であるが、長距離通信事業者が実際に支払っているのは長距離通信収入の7%にしか過ぎない点に注意する必要があろう。さらに来月から、6千万の住宅顧客の1/3を占めている『割引プランを利用していない顧客』の昼間通話料金を17%も値上げするとしている。すなわち、2月1日から、普通基本料金の顧客の場合、朝7時から夕刻7時までの一分あたり料金は現行の30セントから35セントに引き上げられることとなっており、夕刻の割引料金も25セントから29.5セントに18%値上がりする。週末の料金も16セントが18.5に16%値上げされる。こうしたAT&Tの値上げは最近の一年間で二度目である。AT&Tが分割され、長距離通信市場で真剣な競争が開始されてから、かれこれ20年も経とうとしているが、いまだに住宅顧客の1/4ないし1/3は普通基本料金、つまりもっとも高額の料金のままである。かたや、毎月4.95ドルないし5.95ドルの定額加算料金を払う利用度数の多い顧客の『一分あたり料金』は5セントに割り引かれている。毎月160分の長距離通信を行うとした場合、彼が支払うのは、一分あたり9セント(税別)にすぎない。」

 「スプリントも普通基本料金の一部を値上げしようとしている。スプリントは現在、長距離通信料金を市内料金請求書で一括した場合、毎月1.5ドルの加算料金を課している。さらに固定資産税の一部を転嫁して、1.08%の付加料金も請求している。」

■長距離通信事業者の言い分

 AT&Tの広報担当は、「きびしい競争環境であり、われわれは競争で生き残るためには改良投資をしていかねばならない。ときには基本料金の値上げの必要がある。」としている。

 スプリントの説明理由はAT&Tとは多少異なっている。すなわち、「いま行われつつあるのは、リバランシングである。つまり、利用度の低い顧客のコストが完全に回収されないため、大口顧客がその一部を転嫁されることがないようにしているのである。」としている。

■今後の見通し

 市内地域市場では米国でも競争がなかなか進展していないが、米国の長距離通信市場では、無名の小規模リセール事業者の割引料金、「無料通話度数こみ」の携帯電話からの競争があるうえ、さらには1996年電気通信法施行以降ベル系地域電話会社の長距離通信事業への進出も次第に認められるなど、競争要因が多々ある。

 しかし、一部の識者の見方では、こうした長距離通信事業者の消費者料金の値上げは、「長期的な傾向となろう」としている。その理由として挙げられているのは次の事情である。

  1. 激烈な料金戦争で、料金に敏感な利用度数の多い好ましい顧客が失われ、長距離通信事業者は消費者むけのサービスでは収益率が下がったり、赤字に陥ったりしている。2001年にはAT&Tの消費者長距離通信事業は17%も落ち込み、2002年にはさらに30%も縮むとの予測さえある。長距離通信事業者は、低利用の消費者顧客を厄介者扱いし始め、取引をやめるか、または彼らからもっと収入を上げるかという課題に直面しつつある。

  2. ベル系地域電話会社が次第に長距離通信事業へ進出を認められはじめてはいるものの、こうした環境が長距離通信料金の値下げ要因として働く見込みは小さいとされている。シンクタンクのヤンキー・グループの見方では、ベル系地域電話会社は「市内サービスと長距離通信サービスの一体的な提供」をセールス・ポイントとしており、低料金を売り込みの狙いとはしていないとする。現にVerizonはニューヨーク地域でAT&Tと同水準の長距離通信料金としている。
寄稿 木村 寛治
編集室宛>nl@icr.co.jp
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