ホーム > トピックス2002 >
海外情報
2002年5月掲載

混迷する米国のテレコム産業と携帯電話事業の動向

  2002年第1四半期のGDP成長率が5.8%(対前期比年率換算)を記録したと伝えられるなど、米国経済の先行きにようやく明るさが見えてきたようだ。しかし、テレコム産業は回復の兆しが見られないばかりか、混迷の度を一層深めている。以下に、米国のテレコム産業における混迷の背景とそこからの脱出を模索する携帯電話事業の動向を紹介する。

■過大設備、過大債務、そして需要の伸び悩みと止まらない料金の値下がり

 通信産業を襲った嵐は、新興企業だけでなく、大手通信会社の幾つかに脅威を与えるまでに広がっている。数ヶ月前までは被害の大部分は、投資資金を借金で賄ってベル電話会社に競争を挑む新興通信会社か、膨大な光ケーブルを敷設し低料金で参入した光ファイバー会社に限られていた。しかし、去る1月にグローバル・クロッシングが米国史上4番目に大きい破産申請をしてからは状況が一変した。会計処理疑惑や、相次ぐ事業見通しの下方修正によって、投資家や銀行は怖気づき、年間売り上げ3000億ドル規模の通信産業から撤退しようとしている。ダウ・ジョーンズの推計によれば、過去2年間における通信産業(通信機器製造を含む)の株価総額は60%下落し、投資家は計算上2兆ドルの損失を蒙っているという。以下は、最近における通信産業の災難の一端である。

  • 2月に長距離通信No.3のスプリントは、比較的金利の安いコマーシャル・ペーパー市場から短期資金を調達することに失敗した。結局、10億ドルの資金を銀行から借りるのに、電話帳事業を担保とせざるを得なかった。
  • 3月にワールドコムとクエストは、会計処理に関して証券取引委員会(SEC)の調査を受けていることを認めた。議会の二つの委員会もSECと共同でグローバル・クロッシングの帳簿を調査している。会計処理疑惑は通信産業の信認を低下させた。
  • 通信機器メーカーのルーセントは、今年は黒字に転じるとする従来の見通しを変更し、2003年までに利益を計上するのは困難と発表した。
  • 携帯電話No.3のAT&Tワイヤレスは、新規加入者の伸びが鈍る一方で料金の値下がりが進み、それを埋め合わせる利用増が見込めない、として2002年の業績見通しを下方修正した。
  • 4月に国際海底光ケーブル事業大手のフラッグ・テレコムと長距離光ファイバー網事業のウイリアムズ・コミュニケーションズが連邦破産法11条の申請を行った。
  • 長距離通信No.2のワールドコムは2002年の収入見通しを5%下方修正した。4月30日には、エバースCEOが経営不振と会社からの個人的借入れ(3.66億ドル)の責任をとって辞任した。
  • 格付け会社2社が地域通信大手のクエストの長期債格付けを、ジャンク債直近まで引き下げた。
  • 5月10日にムーディーズなどの格付け会社が、ワールドコムの長期債の格付けを3段階引き下げ「投機的」グレードとした。株価は21%下がり1.58ドル(年初の株価に対し90%の値下がり)、10年物債券は額面1ドルに対し43セントに値下りした。

 混迷する米国の通信産業における問題の多くは過剰設備に帰着する。規制産業を競争に開放することを約束した1996年通信改革法に触発されて、通信産業は設備拡張の競争に突き進んだ。インターネット・バブルが破裂する時までに、推定3,900万マイルの光ファイバー・ケーブルが全米の地下に敷設された。しかし、メリル・リンチの最近の推定によれば、そのうち現時点で利用されているのは僅か10%に過ぎないという。設備拡張の競争は、ベル電話会社に対抗して地域電話サービスやインターネットを提供する多数の新興企業を巻き込んだが、これらの企業の多くはすでに消滅している。通信産業の下降傾向は、新興企業と通信機器メーカーから長距離通信事業、巨大地域電話会社にまで広がっている。通信産業の成長エンジンとして期待された携帯電話事業についても、ナショナル・プレィヤー6社が全米規模の通信ネットワークの構築に狂奔したが、競争者が多すぎることを大方が認める結果となった、とウォ−ルストリート・ジャーナル紙(注1)は指摘している。(注2)

(注1)Telecom Industry Leaders Struggle With Growing Debt,Overcapacity:     The Wall Street Journal online版(March 13,2002)

〈注2〉ビジネスウイーク誌が引用したメリル・リンチの調査によると、米国の「伝送ネットワークの平均利用率は容量の6.6%」で、テレコム産業の回復は2002年遅くか2003年までは期待できないとしている。Profits−And Pessimism:BusinessWeek / April 22,2002

 この設備拡張競争の資金を賄うため、通信企業は巨額の債務を負うことになった。トムソン・フィナンシャルによると、1996年以降通信企業は1兆5,000億ドル以上を銀行から借り入れ、6,300億ドル以上の債券を発行するなど巨額の資金を調達して投資した。しかし昨年後半には、利用の伸び悩みと過剰設備、それに料金戦争の激化によって、市場の成長は顕著にスロー・ダウンしつつあることが明らかになった。例えば、ワールドコムの2001年第4四半期におけるデータ収入の伸び率は、従来の2桁成長から5%(対前年同期比)に下がったが、このことはデータ収入の2桁成長が今後も続き、電話サービスの減収を埋め合わせることを期待していたアナリスト達にショックを与えた。(注)

(注)前掲 The Wall Street Journal online版(March 13,2002)

 モルガン・スタンレーのアナリストは、米国におけるテレコム産業の不調の理由を三つあげている。第1は需要の停滞である。第2は、規制の転換や企業の合併などでは解決できそうもない熾烈な競争をもたらす現在の市場構造。第3は、通信産業全般にわたる成長のための投資を疑問視する信用危機である。現在この影響を一番強く受けているのは長距離通信会社であるが、普及率(人口)が50%に近づきつつある携帯電話事業も、競争の激化と低利用加入者の増加によるARPU(1加入当たり利用金額)の低下が進むにつれ、利益をあげることが益々難しくなるだろう、と指摘している。(注)

(注)U.S.telecoms dislocates from wider economy−Morgan Stanley (12 April,2002) 

■料金戦争は携帯電話市場にも波及

 料金戦争は2000年に長距離通信市場から始まり、現在では通信市場全般に及んでいる。長距離通信サービスは、大口契約を獲得するための過酷な競争によって、1分間1セントまで低下した。その一方で、割引プランを利用しない消費者向けサービスの料金は最近値上りしている。(注) データ伝送の料金は、過剰な光ファイバーによる値下げ圧力によって、1年間で50%も下がり、距離と時間に関係のないフラット・レート料金が、伝統的な通信会社にまで広がっている。例えばAT&Tは、自社の顧客相互の通話であれば使い放題で月額19.95ドルという料金プランを発表した。携帯電話でも、Leap Wireless Internationalはローカル通話の料金(着信料金を含む)を,使い放題の月額32ドルで提供している。

(注)Telecom Woes Crunch Consumers As Meltdown Sparks Rate Increases :The Wall Street Journal online版 (May 7,2002)

 携帯電話事業も過酷な料金競争に直面している。昨年携帯電話会社が、割引料金プランに夜間および週末の無料通話をバンドルして、より多くの通話時間を提供する競争を展開したため、急激な料金の値下がりが始まった。このプランは、料金の値下がりを上回る加入数の爆発的な増加があってこそうまくいく。しかし、市場の成長にブレーキが掛かったうえに、これまで比較的安定していたピーク・ミニッツの料金が最近下がり始めたことに、投資家は危惧の念を抱き始めている。

 去る3月1日にAT&Tワイヤレスが2002年の業績見通しを下方修正した際、同社は利用時間の増加が料金の値下がりを穴埋めできなくなったのは初めての経験だと語ったが、このことは投資家の危惧を裏書きする結果となった。消費者も携帯電話の利用に徐々に賢くなっており、昼間の利用は契約分数以内に抑え込み、それ以外の利用は無料の夜間および週末まで極力延ばしている、と同社は見ている。(注) 米国の電話利用者は、多くの無料通話時間の提供にともなって、益々携帯電話に多くを頼ろうとしている。調査会社のIDCによれば、携帯電話を自宅でも利用する人の比率が急激に増加している。携帯電話しか使わない利用者は現在5%未満だが、2本目3本目の電話として携帯電話の利用が増加する一方、長距離電話会社との契約を取りやめる携帯電話利用者はかなりの数にのぼっているという。

(注)前掲The Wall Street Journal online版(March 13,2002)など

■成熟期を迎えた米国の携帯電話市場

 固定電話ならかなり高い料金が必要なコーラーID、コール・ウェイティングや音声メールなどの付加サービスも携帯電話では無料である。メリル・リンチによると米国の携帯電話料金は過去3年間に毎年25%下がり、現在は平均1分間14セントである。(注1)この状況をビジネスウイーク誌(注2)は「米国の携帯電話産業は、多くの産業エキスパートが持続不可能(unsustainable)と考える、厳しい財務的プレッシャーに苦しんでいる。料金は下げ止まらず、加入数の伸びも鈍化したが、設備投資は新技術の導入のため高い水準にあり、信用危機が携帯電話会社にも波及し、経営を圧迫している。携帯電話会社の株価は、年初来(3月下旬まで)平均45%値下がりし、株主価値を450億ドルも減少させた。」と書き、モルガン・スタンレーのアナリストは米国の「携帯電話事業は病気だ」とコメントした。

(注1) NTTドコモの平均1分間の料金は39円(30セント)
   (1ヶ月あたりの利用時間178分、音声ARPU 6,940円)2001年度決算資料

(注2)Special Report;What Ails U.S.Wireless:BusinessWeek / April1,2002)

 米国の2001年における携帯電話事業の収入は24%(前年比)増加し850億ドルとなったが、料金の値下げ競争が激し過ぎたため、利益を計上できたのはベライゾン・ワイヤレスとシンギュラーの2社だけだった(表参照)。今後も加入数の高い増加率(2000年は27%)が続けば残りの4社も黒字に転ずる可能性もあるが、2001年には18%に下がり、メリル・リンチの予測によれば2002年には13%となる見込みだ。それ以降も増加率は減少し、2005年には6%(人口普及率61%)となるという。普及率が高まれば、利用の少ない10代の若者や高齢者の比重が高まるという問題もあり、携帯電話会社は一層厳しい経営環境を迎えそうだ。そこで携帯電話各社が期待しているのはデータとインターネット・サービスであるが、これも厳しい競争に曝され、何時利益を出せるか見通せない。因みに米国における無線データの市場規模は2001年に12億ドルだったが、2005年には200億ドルに成長する(フロスト&サリバンの予測)と見られている。

(表)ナショナル・プレイヤー6社の業績
(2001年/2001年末 △は損失)

(注1)営業利益(純利益は未公表)

(注2)資料出所:前掲BusinessWeek(April 1, 2002)

会社名 ベライゾン・
ワイヤレス
シンギュラー・
ワイヤレス
AT&T
ワイヤレス
スプリン
トPCS
ネクステル ボイス
ストリーム
加入数
(単位万)
2940 2160 1800 1360 870 700
収入
(単位億ドル)
174 143 136 97 70 40
純利益
(単位億ドル)
23(注1) 25(注1) △8.87 △13 △6.12 △30

■携帯電話市場再生の頼みの綱は企業の統

 このクレージーな市場の状況(べライゾン・ワイヤレスのストリゲルCEO)から脱出する方法は、企業の統合(consolidation)しかない。しかし、如何にうまく携帯電話事業の統合を実現するかは、通信サービスひいては米国経済にとって決定的に重要である。理由は、無線は通信産業における競争実現の最後で最良の希望だからである、として前掲のビジネスウイーク誌(2002年4月1日)は以下のように書いている。

 米国の地域通信市場における固定通信の競争は消滅しようとしている。ベル電話会社に挑んだ50以上の新興企業のほとんどが破産するか経営困難に陥っており、相互に競争することを期待されたベル電話会社は、自分の砦のなかで独占に安住する途を選んだ。近い将来、長距離電話会社はベル電話会社に呑み込まれると、多くの人が思っている。

 このような状況のもとで、無線サービスは伝統的な通信サービスを代替する唯一の手段となるだろう。しかし、携帯電話会社を傘下に持つ強大なベル電話会社が他社を統合すれば、現在の主力商品である音声やデータ・サービスとの共食い(cannibalizing)を避けるため、革新的な無線サービスの導入を見合わせるかもしれない。統合は携帯電話会社の財務の健全性回復を助け、革新的サービスの提供を促進する場合もあるが、行き過ぎた統合は通信産業において最もダイナミックな無線市場での競争を窒息させることもある。

 規制当局は、統合によって革新のペースが妨害されないよう、競争に与える影響を慎重に検討するだろうが、それでも携帯電話会社は統合に期待するしかない状況だ。

 加入数(2001年末)2,940万のべライゾン・ワイヤレスと2,160万のシンギュラーは利益をあげており、今後のネットワークとサービスの高度化のための投資に必要な夫々50億ドルの調達に問題はなさそうだ。しかし、シンギュラーはパッチワーク状態になっている無線技術の統一に多額の投資を必要としており、べライゾンより統合に対する期待は強い。3位のAT&Tワイヤレス(加入数1,800万)は、先行2社に追いつくためには2001年からの3年間に150億ドルの投資が必要である。新データ・サービスの提供に合わせて、同社のネットワークをGSMに切替えようとしているからだが、この多額の投資負担に耐えて同社が競争力を維持できるかに、危惧を持つアナリストも少なくない。

 4位のスプリントPCS(加入数1,360万)は、1996年の発足以来万難を排して成長を追及することを方針としてきたが、株価の急落(最高値からの値下がり率85%)、損失の拡大(2001年の赤字13億ドル)と債務の累増(今年末154億ドル)に直面しているほか、ネットワークの高度化のために20億ドルの資金調達が必要となる。前掲のビジネスウイーク誌は、同社を最も弱みを抱えた携帯電話のナショナル・プレーヤーと評している。

 5位のネクステル(加入数870万)は、91%がビジネス顧客で、料金戦争の影響を強く受けず、ARPUも月額69ドルと最も高い。しかし、合併を繰り返したため負債が140億ドル(収入の2倍)まで積みあがっている。技術が異なるため競争他社は関心が薄い。6位のボイスストリーム(加入数700万)は2001年にドイツ・テレコムに300億ドルで買収されたが、現在の株価総額はその3分の1程度まで下がっている。2001年には合併費用を含め30億ドルの赤字だった。

 米国の携帯電話事業は市場の成熟化に伴い、株主、顧客および規制当局も変化に直面せざるを得なくなった。現状のままでは携帯電話会社が利益をあげるのが難しく、投資家はこれ以上の投資を渋っており、何社かの携帯電話会社は合併を余儀なくされるだろう。しかし、無線産業における競争維持は米国の将来にとって極めて重要な課題だから、規制当局は競争が消滅するような大規模な合併を認めることはないだろう、というのが前掲のビジネスウイーク誌の予想である。

■ビジネスウイーク誌による米国携帯電話事業の合併予想

 そこで、最後に同誌による合併の具体的な予想を紹介する。

 べライゾン・ワイヤレスの幹部は、近い将来の合併には関心がないと言っているが、将来的にはスプリントPCSか携帯/固定のオールテル(Alltel)を合併するだろう。シンギュラーは、今年の後半もしくは来年には合併に動くだろうが、その場合は同一技術を採用するAT&Tワイヤレスかボイスストリームの可能性が高い。AT&Tワイヤレスはべライゾンやシンギュラーと競争するには規模が不足しており、ボイスストリームを買収するか、そうでなければシンギュラーに自らを売却するのではないか。スプリントPCSは買収の標的とされる可能性が一番高く、ネクステルは他社と技術が異なるため買収する魅力が不足している。ボイスストリームは規模の不足が決定的だが、買収時の3分の1となった価格での売却を親会社のドイツ・テレコムがどう考えるかが問題だ。

 いずれにしても、米国における携帯電話のナショナル・プレィヤーは統合され4社以下になるだろう、というのがビジネスウイーク誌の予想である。

寄稿 木村 寛治
編集室宛>nl@icr.co.jp
▲このページのトップへ
InfoComニューズレター
Copyright© 情報通信総合研究所. 当サイト内に掲載されたすべての内容について、無断転載、複製、複写、盗用を禁じます。
InfoComニューズレターを書籍・雑誌等でご紹介いただく場合は、あらかじめ編集室へご連絡ください。