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2007年3月掲載

市場の変化に応じて規制を差し控えるFCC

 FCCが、また、ベル系電話会社の一つであるQwestを一段重い「支配的事業者」の規制から外し、規制を軽減した。米国通信市場では長距離通信と地域通信がバンドルされ、一体化した料金プランが当たり前になりつつあるという「事情の変化」に順応した弾力的な措置である。

■Qwestにとって2度目の規制緩和

 今回のFCCによるQwestに対する規制の軽減は、2回目である。FCCは2005年9月にも、Omaha地区で、異業種のCATV事業者のCox Communicationsが通信事業にも乗り出してかなりの設備投資を行い、Qwestと対抗するまでになっていることを認定し、「競争の進展」を理由として、同社の「既存地域事業者」(後述)としての法制上の義務からの解放を行っている。

 このケースでは、ロッキー山脈周辺の13州をその営業区域とするベル系地域電話会社Qwestは、都市部のOmahaでの競争が進展していることを理由に、FCCに対し、ライバル事業者への安価での設備貸与義務の適用の「差控え」(forbearance)を申請し、FCCがこれを承認したのである。この義務は、1996年電気通信法により改正された1934年通信法第251条が定める「アンバンドリング等の義務」(市内通信サービスをいくつかの要素[Unbundled Network Element: UNE]に分解・細分し(unbundle)、新規競争参入事業者が必要とする要素を低廉な事業者間の規制料金で利用させる義務:UNE)であり、長距離通信事業者等が迅速な市内サービスの展開に大いに利用した方法である。

 Qwestに対するこれら二件の規制緩和は、「競争の進展」または「事情の変化」などで規制が現状にそぐわなくなった場合に、法令の改正を待たずに、FCCに対し「規制を差し控える」義務を課した新1934年通信法第10条の「規制の弾力性」の条項に基づくものである。FCCが自発的に規制差し控えを提起するばかりでなく、事業者がFCCに対して差し控えを申請することもでき、Qwestに関する二件はいずれもQwest側からの申請をうけてFCCがこれを認める形で行われた。

 前回の規制緩和がOmaha地区だけに限定しての緩和であるのに対し、今回は13州の全域での緩和であり、そのマグニチュードは比較にならないほど大きい。我が国にはないメカニズムであるが、意義の大きいことでもあり、詳しく見てみたい。 案件が若干テクニカルで規制の仕組みも複雑であり、また、Qwestはベル系電話会社のなかでもその生い立ちが他社とは大きく異なるので、まず、補足的な説明から始めることとする。

規制の差し控え (Forbearance)

 1996年電気通信法により一部改正された1934年通信法では、第10条にRegulatory Flexibility(規制の弾力性)という新たな条項が設けられた。FCCは、競争の進展等の環境の変化により、事業者が差別的な不当な措置等を行う恐れがなくなり、かつ、公益に叶うと認定した場合には、法令・規則等による規制を「差し控え」ねばならないこととされた。

ベル系電話会社に対する制約

 1996年電気通信法制定当時は、ベル系電話会社が強力となるのではないかとの懸念から、「ベル系電話会社に関する特別規定」(第271条から第276条)が設けられ、種々の制約が課された。すなわち、

  • ベル系電話会社の長距離通信事業への進出は原則禁止。市内網をライバル事業者に十分に解放したと州当局およびFCCが認定した場合にのみ、州単位に長距離通信事業に進出できる。(第271条)
  • 第271条により長距離通信事業進出が認められた場合でも、不透明な会計のもとで内部相互補助や競争事業者を差別することを防止するために、ベル系電話会社自身は長距離通信事業を行えず、会計分離された子会社が業務を運営しなければならない。(第272条)
  • 1984年の「AT&T分割」の際、通信事業者の系列メーカー(Western Electric社)の問題が大きな論点の一つであったことに鑑み、ベル系電話会社が通信機器を製造する場合に、一定の制限を設けた。(第273条)
    等である。

 もっとも、第272条には、「sunset」条項(一定期間経過により自動的に失効する定め)がつけられており、子会社が長距離通信事業を開始してから3年間経過後は、ベル系電話会社(親会社)が直接長距離通信サービスの提供ができることとされ、Qwestの場合もすでにこの規定による子会社の必要性はなくなっている。
しかし、Qwestは、「支配的事業者」と指定されるのを避けるために、一体化して提供している地域内、州際、LATA間の電気通信サービスは、現在でも第272条に基づく分離子会社を通じて行っている。

ベル系電話会社

 「ベル系電話会社」とは、1984年の「AT&T分割」でそれまでのいわゆる「ベル・システム」といわれたものが、AT&T、ベル系電話会社(7社の持ち株会社とその運営子会社)に分割され、両者間では業務、資本、人事が厳しく切り離された。AT&Tは長距離通信のみ、ベル系電話会社は地域通信(市内およびLATA内の近距離)に業務範囲も峻別された。

情勢の激変

 1996年電気通信法制定当時は、ベル系電話会社等の地域電話会社と、AT&T、MCI等の長距離通信会社が激しく対立していた。ベル系以外のGTE等の独立系電話会社や中小の地域電話会社は、長距離通信事業もあわせて行なっていたが、大都市をほとんど網羅したベル系電話会社は1984年のAT&Tの分割で事業領域を厳しく限定され、長距離通信サービスの提供を厳禁された。
しかし、長距離通信会社側は次第に、地域電話会社に支払う高額なアクセス・チャージ負担の軽減を目指し、1996年電気通信法の「地域通信への新規参入の助成」(UNEやリセール制度等)を追い風に、自ら地域事業に積極的に進出し始めた。
一方、ベル系電話会社側も、1996年電気通信法により新たに開かれた方法(第271条により、自分の市内ネットワークをライバル参入者[長距離通信事業者が主体]に解放し、州およびFCCの州別個別認可を取得すれば、例外的に長距離通信市場に進出が認められる)によって、2000年頃から急速に長距離通信市場に進出しはじめた。

 さらに、長距離通信会社は、AT&T、MCI、Sprint等大手同士が長年激しい顧客獲得競争のため長距離通信料金の値下げを行い、体力が落ちていたところへ、携帯電話やケーブル会社の参入もあって追い討ちをかけられた。さらに2000年頃からベル系電話会社が州単位に順次長距離通信の認可を取得し、全国で認可を獲得して、長距離通信会社の地盤の蚕食に成功した。

 結局、AT&Tはベル系電話会社最大手のSBC、MCIもVerizonにそれぞれ買収され吸収された。(SBCは、吸収合併以降、AT&Tに社名変更)
 さらに、ベル系電話会社同士でも合併が進行し、現在では、7社がAT&T、Verizon、Qwestの3社に集約されている。
 最近では、地域通信と長距離通信のバンドルは申すに及ばず、音声通信、広帯域インターネット・アクセス、携帯電話の三者をバンドルして一括提供するいわゆる「トリプルプレイ」、さらにはテレビも含めて「カドラップルプレイ」が盛行しはじめている。

Qwestとは?

 Qwestは、元ベル系電話会社の一つで経営不振だったUS Westが新興の長距離通信事業者Qwestに吸収合併されたものであり、現在でも最小ではあるもののベル系電話会社の一翼を担っている。そのため、1934年通信法のベル系電話会社の特別規定が適用され、長距離通信も子会社経由で提供を余儀なくされた。その自然失効後も、「支配的事業者」としてタリフの届出等でも一段重い規制を避けるため、子会社経由の提供を続けてきた。今回はその軽減をFCCに申請していたのである。

■今回の規制差し控え

 FCCがこのほど一部条件つきで承認したのは、『一体化して提供される地域内、州際、LATA間の電気通信サービスに関する支配的事業者としての規制を「差し控え」(forbear)てほしい』とのQwestからの申請である。

 1934年通信法第251条は、電気通信事業者を次のように三通りに区分している。

  1. 電気通信事業者全般[Common Carrier]
  2. 地域交換事業者[Local Exchange Carrier]
  3. 既存地域交換事業者 [Incumbent Local Exchange Carrier]  (1996年電気通信法施行以前から市内電話交換事業を営み、競争事業者の参入により競争を受ける者)

 すべての「電気通信事業者」は「相互接続」等の基本的な義務を負うが、「地域交換事業者」は、これに加えて、競争事業者からのリセール等の申請に同意する義務等の一段重い義務を負わされている。「既存地域交換事業者」となると、さらに義務が加重され、1996年電気通信法により新たに加えられた競争事業者からのUNE(市内交換サービスの細分された要素)制度に基づく設備利用申請に同意する義務等が加わる。

 このほかに前述の「ベル系電話会社に関する特別規定」(第271条から第276条)に基づく「ベル系電話会社」の義務もあり、さらにFCCは、「支配的事業者」 [Dominant Carrier]
という区分も設けている。これは市場でのシェアの高い事業者に、料金タリフの事前届け出等の加重された義務を課し、地位の乱用を防止するための規制を行うものである。

 最近では、電気通信事業者は、顧客の囲い込みとインターネット電話への対抗のため、市内/長距離通信を一体化したパッケージ・サービスの提供に力を入れている。Qwestも競争上現在すでに、地域内/州際/LATA間の電気通信サービスの提供 (provision, on an integrated basis, of in-region, interstate, interLATA telecommunications services)を行っているが、支配的事業者の規制を避けるため、1934年通信法第272条に沿って、これらのサービスを分離(会計)系列子会社(separate affiliates)を通じて行っている。

 この種のサービスでの競争の激化に伴い、Qwestは、機動的、戦略的に対応を強化するため、子会社ではなく、グループの中核をなすベル系電話会社部門みずからがこの重要なサービスの企画、提供を行いたいが、その場合には「支配的事業者」として料金タリフの事前届け出などの足かせをかけられたのでは意味がなくなる。そこで今回の申請を行ったわけである。

 FCCは、今回の承認において、次のように述べている。

「FCCの市場分析によれば、Qwestは、地域内、州際、LATA間の電気通信サービスにおいて伝統的な意味での市場力を欠いている。すなわち、Qwestは、これらの諸サービスを競争的な水準を超えて単独で値上げしたり維持したりする能力に欠けている。しかしながらQwestは、Qwestが排他的な市場力、すなわち、その営業区域でのボトルネック設備に対する市場力をもはや有してはいないことを十分に立証することができなかった。FCCは本件に関しては、Qwestが引き続き、ローカルでのアクセス設備のコントロールを持っているためライバル事業者のコストを引き上げる能力を有しているものと推定する。FCCは、すでに存在するセーフガードと、今回規制の差し控え(forbearance)の承認に伴う諸条件とがあいまって、Qwestが排他的な市場力を行使することを防止するのに十分であるものと結論した。これらの理由により、また、FCCは支配的事業者規制の重荷が利点を上回わっていると認定したため、Qwestが一体化して提供している地域内、州際、LATA間の電気通信サービスに対して支配的事業者の規制の適用を差し控える(forbear)ものである。」

 すなわち、FCCは、Qwestには恣意的な料金設定能力などの市場力を欠いているが、加入者網などのいわゆるボトルネック設備は依然保有しているので、まったく危険がないとは言い切れないが、今回、いろいろな条件とセーフガードもつけ、また、低利用の顧客向けのいくつかの料金パッケージの継続とその値上げを自粛する約束も取り付けたので、「支配的事業者」としての「規制の差し控え」は、一部を除き、承認するとしたのである。

 その効果としてFCCは次のように述べ、このサービスをQwestのベル系電話会社部門自身が提供することになっても支配的事業者の規制は行わないことを明確にした。
「今回のFCC命令は、Qwestがこれらの諸サービスを、支配的事業者の規制に服することなく、そのBOC(ベル系電話会社)を通じるか、または、それとは異なる第272条ないしその条項の実施に関するFCCの規則には該当しないQwestの系列会社を通じて、提供することを条件付きで認めるものである。」

■意義と問題点

 今回のFCCの措置は、先述のように、市場でのバンドル・サービスの普及という変化に応じて、規制の軽減を図ったものであり、しかも、前回のようなQwestの特定の地域だけに限った規制緩和にとどまらず、その営業区域全域について、これからの中核的なサービスとなるバンドル・サービスについての規制緩和である点が大きい。

 もっとも、バンドル・サービスとなれば、他のベル系電話会社の新AT&TやVerizonも同様な規制緩和申請を出してくることも考えられる。「規制の差し控え」という制度自体が、法令の規定はそのままで、特定の地域やケースに限って、例外的に規制を緩和するという制度である以上、これはやむをえないことなのかもしれない。むしろ、バンドル・サービスについては全事業者について抜本的に規制を改正する必要があるのであろう。

 今回のケースでも、FCCの5名の委員のうち野党・民主党系の2名の委員は、今回の措置には「同意」したものの、連名での声明で次のように述べているが、これも同様な趣旨なのであろう。
「 4年近く前にFCCは、「第272条の自然失効に関する更なる注意喚起」を行い、長距離通信市場での諸変化と申請者のような事業者の規制の枠組についてのコメントを二度目として募集した。この手続は、今回の「規制差し控えの申請」と同様に、第272条に基く独立系列会社経由というような要件が時間の経過により自然失効(sunset)した後に、ベル系電話会社を規制するルールはどうあるべきかという重要な問題に対処するはずのものであった。議会がこれらの要件は3年経過後に自然失効と定めたにせよ、われわれは業界全体をカバーする形でこれに代わるセーフガードが必要かどうかを真剣に検討すべきであると繰り返し主張してきたところである。しかしFCCは、この規則制定の手続を完了せずに、本件命令で一連の諸条件---一部は自発的またその他は非自発的----を採択した。これは、当初の申請どおりに承認された場合には重大な疑問を生じたかもしれないので、「規制差し控え」の申請の案件の早期処理のために行なわれたものである。
われわれとしてはFCCがその第272条の自然失効に関する手続を完了することを望んだ。」

寄稿 木村 寛治
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