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2007年6月掲載

米国最高裁、大手電話会社の不可侵密約疑惑の訴訟を棄却
----ベル系電話会社の骨肉の争いは?----
----失速したローカル通信での競争----

 米国の最高裁は、5月21日、ベル系電話会社4社が、「お互いの営業区域に競争進出してローカル通信と高速インターネット・アクセスの二つのサービスを計画することはしない」との密約を行い、独禁法違反の行為をしていると消費者団体が提訴した訴訟を棄却した。

 被告は、Bell Atlantic、Bell South、Qwest、SBCで、いずれも元ベル系電話会社である。当時これら4社は地域電話市場の90%以上をコントロールしていたとされる。[現在では、合併の結果、SBC/Bell Southは新AT&Tとなり、Bell AtlanticはVerizonとなっており、Qwestとともにベル系電話会社は3社に統合されている。]

 原告側の消費者とその高名な弁護士事務所は、「電話会社が競争するよりは自己の営業区域に閉じこもった」と訴えた。また、これらの大手地域電話会社は、自己の市場に群小会社が進出してこないように共同謀議を行い、成功したとも非難していた。

 第二審の控訴栽は消費者側に同意して「本件提訴の主張する共同謀議は、いかにもありうる(plausible)ことである」と判定していたのを、最高裁は覆したことになる。

 最高裁は、棄却の理由としては、原告の消費者側が共同謀議の具体的な証拠の提示ができなかったとし、“plausibleモと認定するにはモconceivableモ(考えうる)よりも一段進んで、密約の会合日時、場所などの証拠が必要であるとした。

 被告のVerizon(元Bell Atlantic)の副法務部長は、「今回の最高裁の判断は、電話会社がどの市場に参入し、または参入しないかについて独立した判断を行う自由を守るという重要な原則を帯したものである」とコメントしている。大手電話会社側は、「各自が希少なリソースを新市場に参入するというリスキーな事業にあてることには反対するという同様な意思決定を各自が独立して行ったというのも理解できる」と主張してきた。

■ローカル通信で競争相手として参入したのは長距離通信会社

 ところが実際にローカル通信市場で進展した競争は、ベル系電話会社の兄弟同士の競争ではなく、当時の長距離通信会社の参入による競争であった。

 1996年電気通信法が制定された当時、1984年のAT&T分割(the Divestiture)で誕生したベル系電話会社(持株会社)は7社あったが、AT&T分割時の条件により、ベル系電話会社は長距離(LATA間)通信を厳しく禁止され、それぞれの傘下の電話会社がローカル通信(いわゆる市内通信とLATA内の近距離市外通信)だけを行っていた。我が国の「県内通信」に相当するといえよう。

 1996年電気通信法はこれを多少改めて、ベル系電話会社もそのローカル通信網を新規参入ライバルに完全に解放し、州単位に州当局とFCCの双方がそれを追認した場合には、例外的に長距離通信への進出を認めることとした(1996年電気通信法により改正された「1934年通信法」第271条)。つまり、既存事業者によるローカル通信網の競争事業者への解放を促すことで競争の促進の餌としたのである。

 さらに、このとき、「自己の営業区域の外」(out-of-region)で発信する長距離通信事業については、禁止を直ちに廃止した。ベル系電話会社同士がお互いの縄張りに進出することで長距離通信での競争の促進を目論んだからである。前記の州やFCCの認可を要するのは、「自己の営業区域発信の」(in-region originating)長距離通信事業だけとしたのである。

 しかし、議会やFCCの目論見であった「ベル系電話会社が兄弟会社の縄張りに進出して市内網を作り、それを土台に長距離通信事業を開始する」ようなケースはほとんど見られなかった。

 実際にベル系電話会社の営業区域に進出してローカル通信事業を営もうと本気で努力したのは、今は亡き大手長距離通信事業者(旧AT&TとMCI)だった。この両社は、専業の長距離通信の両端ではベル系電話会社等のローカル事業者に「最初の発信」と「最後の終端」を頼まざるをえず、その対価として巨額なアクセスチャージを支払っていた。

 また、1996年電気通信法が、ローカル通信での競争促進策として、「リセール」や「UNE」(Unbundled Network Elements)[市内通信を、加入者回線、交換機能、ダクト、電柱等のいくつかの細かいネットワーク要素(network elements)に細分(unbundle)し、既存事業者は新規参入をはかる競争事業者の要請するUNEを、義務として規制当局が定める格安の事業者間料金で利用させなければならないとする制度]という便法を創設した。競争事業者が自前の設備を建設することなく、既存事業者の設備を利用してローカル通信事業に簡単に参入することを助成するものであり、これが長距離通信事業者にとって大きな追い風となった。

 長距離通信事業者は、自らローカル通信事業者となることでアクセスチャージの支払いを不要とすること以外にも、さらに、お互いの激しい料金割引競争で売上高が毎年早いスピードで減少しつつあったので、市内通信事業という新たな新天地を求めたという事情もあったのである。

■失速したローカル通信市場での競争

 この新事業者によりもたらされた競争は一時、順調に成長し成功するかの様相を呈した。しかし、以下の表でも明瞭なように、2005年頃をピークに競争事業者のローカル回線数は減少に転じた。最大の要因は、FCCの心変わりであった。

 1996年電気通信法制定以降、FCCは一貫してローカル市場での競争事業者の参入を極端なまでに肩入れして助成してきたが、共和党政権となって2003年ごろからは、「競争の本来の姿は、自前の設備による参入でなければならない。UNEやリセールのような競争事業者の設備に依存した安易で形ばかりの競争は邪道である」との方針を明確にした。とりわけ競争事業者が頼みとしてきたUNE制度のうち、交換機能まですべての要素を既存事業者に依存するUNE-P(UNE-Platform)は禁止され、一年以内に他のアレンジメントへの切替えを命じられた。

 このため折角参入してローカル通信事業を立ち上げようとしていた長距離通信事業者等は、「二階にあがってハシゴを外された」形になり、困惑した。

 さらに長距離通信事業者にとって悪いことには、ベル系電話会社は、第271条が定めに従い、ローカル網を長距離通信会社等に順次開放して州とFCCの認定をうけ、2003年には50州すべてで「自己の営業区域発信」の長距離通信事業への進出を認可されてしまい、ローカル通信と長距離通信を一体にしたワンストップ・ショッピングの提供に力を入れ始めた。

[ローカル通信での競争事業者のシェアの推移]

長距離通信事業者の挫折と消滅

 長年にわたる激しい料金値下げ競争で既に体力の弱っていた長距離通信事業者は、2000年頃の通信不況で追い打ちをうけ、さらにベル系電話会社が順次、長距離通信の認可を受けて進出し、折角努力を傾注したローカル通信市場への参入も、政策の変更で一部撤退を余儀なくされた。こうした事情が重なって、長距離通信会社の業績は低迷し、2005年末に、AT&TはSBCに、MCIはVerizonにと、最大手の長距離通信会社2社がいずれもベル系電話会社に吸収合併されてしまった。

 これはとりもなおさず、最大のローカル通信市場への参入者の挫折でもあった

■兄弟会社同士の縄張争いよりも合併へ

 これまでベル系電話会社は、お互いの縄張りへ進出して戦うというよりは、合併の道を歩んできたといえる。SBCが兄弟会社のPacific Telesis, Ameritech, Bell Southを飲み込み新AT&Tとなり、Bell AtlanticがNynexと独立系電話会社のGTEを併合してVerizonとなったのである。

 近年、長距離通信会社を吸収合併した新AT&T(元SBC)とVerizonは、いずれも巨額を投じて光ファイバ網を建設中であり、ケーブルテレビ会社の縄張りであったビデオ事業の展開に躍起となっている。

 しかし、最近さらに兄弟会社のBell Southをも吸収したAT&Tは、設備レベルの劣る旧Bell South地域のレベルアップに注力していることからもわかるように、兄弟会社であるVerizonやQwestの縄張りに進出するよりも、まず、自身の王国(turf)の整備拡充で手一杯の有様である。

 ベル系電話会社は、前述のように7社が買収/合併で3社に統合されてしまっている。ベル系電話会社は、最小のQwestを除き、超巨大化し、その営業区域も広大化した。そして熱意を見せているのは、兄弟会社の縄張りでローカル事業を立ち上げることよりも、光ファイバ等を利用した高速インターネット・アクセス事業とビデオ事業への進出である。

■ベル系電話会社はビデオ事業への進出でケーブルテレビ会社との天下分け目の競争へ

 新AT&TとVerizonのベル系電話会社2社は、FTTHやFTTNという光ファイバ網の建設を急ぐ傍ら、いわゆる「トリプルプレイ」という固定電話、高速インターネット・アクセス、ビデオの三つのサービスの一体提供での顧客の囲い込みに熱中している。VerizonはFios、新AT&T(元SBC)はU-verseというブランドでのテレビ事業の立ち上げに必死である。

 ケーブルテレビ会社のほうも、設備の高度化/双方向化に注力し、電話事業や高速インターネット・サービスへの進出を推進している。最近では、電話会社もケーブル会社もともに「トリプルプレイ」に携帯電話を加えて、「クァドラップルプレイ」(四重プレイ)を志向し、今後は両者がこの土俵でガップリ四つの激突の様相を強めている。

 ベル系電話会社はそれぞれがグループ内に携帯電話会社をもっており、ケーブル会社は、かっては長距離通信会社であったが最近は携帯電話事業に専念しているSprint/Nextelの携帯電話を自己のビデオ番組と組み合わせて、これまた顧客の獲得に動いている。

■訴訟が想定した「ベル系電話会社同士の競争」モデルは、もはや----

 以上見てきたように、市場環境の大きな変化により、競争は「異業種間の競争」(inter-modal competition)となりつつある。かっては長距離通信事業者とベル系電話会社との競争育成が主体だったFCCの通信政策も、衛星通信事業者、電力線利用の通信事業者、さらにはケーブル事業者による新しい競争に重点が移っているのである。現に、昨年末に新AT&Tによる兄弟会社Bell Southの吸収合併を認可した際に、FCCは、競争の減少の懸念に対しこれらの新しい競争事業者の進出に期待していることを明確にしている。

 本件の訴訟が想定したベル系電話会社同士の競争といったモデルは、もはや時代の進展で霞んでしまっているというべきであろう。

 もっとも、ベル系電話会社がお互いに互いの営業区域に進出し、仁義なき戦いを展開することは、将来ともにないとは言えまい。顧客が高密度で収益性の高いニューヨークやロサンゼルスといった大都市は大きな魅力であることは事実である。しかし、ベル系地域電話会社は、すくなくとも当面は、ホームグラウンドでのFTTHやFTTN(C)網の拡充整備に専心し、ケーブル会社との戦いに全力を傾注するのではあるまいか。

寄稿 木村 寛治
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