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2007年7月掲載

米国のローカル通信での競争事業者の退潮

 米国のローカル通信で新規参入の競争事業者の退潮が鮮明になってきた。

 ローカル固定通信市場での競争事業者の加入者回線数は1996年電気通信法制定以降順調に伸びて、2005年6月には3,400万に迫っていたが、2006年6月には初めて400万ほど減少し3,000万を割り込んだ。固定通信では既存事業者も加入者回線の減少に悩んでいるが、競争事業者の市場シェアも同じ一年間で19%から17%に落ち込んだ。

 先月のこの欄(「最高裁、ベル系電話会社同士の相互不可侵密約の訴えを棄却」)でもこの新たなトレンドに触れたが、今回は、その背景にある米国のローカル通信での競争政策の沿革とその破綻について詳しく見てみたい。

■急減する競争事業者の回線数

 以下の表は、FCCの定期統計をベースにして先月のこの欄で作成したものである。

ローカル通信での競争事業者のシェアの推移

 この表から次が読み取れる。

  1. 競争事業者の回線数は、2005年6月の3,390万をピークにしてその後着実に減少している。
  2. 既存事業者をも含めた固定網の総体の回線数も、携帯電話への移行等で減少しているが、その中での競争事業者のシェアも、2005年6月の19%をピークにして、その後17%へと減少している。
  3. 「競争事業者回線の内訳」では、「UNE制度(詳細は後述)利用」が多かったのが、「リセール」や「自前設備」に移行しつつある

■1996年電気通信法が目指したローカル通信での競争促進とその枠組

 1996年電気通信法は、ローカル通信での競争促進のため、?リセール、?UNE(Unbundled Network Elements:細分化されたネットワーク要素:アンバンドリング)という便法を設けた。

 「リセール」は、競争事業者が既存地域事業者の市内サービスをまるごと割引料金で買い入れ、それを自己のサービスとして顧客に再販売する方法であり、「UNE:アンバンドリング」は、市内サービスをいくつかの機能要素(UNE:unbundled network elements)に細分し、競争事業者が自身では賄なえない要素だけを既存地域事業者から割引料金で買い入れ、それと自身でまかなう要素とを組合わせて顧客に市内サービスを提供する方法である。

 すなわち、「UNE制度」とは、市内通信を、加入者回線、交換機能、ダクト、電柱等のいくつかの細かいネットワーク要素(network elements)に細分(unbundle)し、既存事業者は新規参入をはかる競争事業者の要請するUNEを、義務として規制当局が定める格安の事業者間料金で利用させなければならないとする制度である。

 1996年電気通信法は、競争事業者による「リセール」と「UNE」の要請を既存地域事業者は拒否できないとし、「相互接続」と同様に既存地域事業者の基本的な責務とし、義務づけた。米国の連邦議会は、UNEについては「新規参入者の参入を阻害する(impair)ことのないよう、FCCはUNE実施のための規則を制定すべし」と命じた。これら二つの便宜的方法により、新規参入事業者はすべてを自己の設備で賄う必要がなく、多額の設備投資なしに簡単に迅速な市内市場参入が可能となったわけである。

■乱用されたUNE制度

 UNE制度は、これだけでも新規参入する競争事業者にとって魅力がある仕組みだったが、さらに、その場合の事業者間料金の設定を州の公益事業委員会が行うこととされ、その基準としてFCCが示したのは、「全要素長期増分コスト」(TELRIC)という算定方法であった。これは、既存事業者の実際のコストに基づくのではなく、最新のテクノロジーで最新の効率的なオペレーションを行なったと想定した場合の低コストとなるようFCCが開発したモデルをであり、この方法の採用には経済学者の間でも異論が多く、裁判沙汰にもなったが、FCCは強行した。

 その結果、事業者間料金の水準は、「リセール」では通常の顧客料金の5-10%引きだったのに対し、「UNE」では同40-50%引きとなり、競争事業者は圧倒的に利幅の大きいUNE制度に殺到した。

 さらに問題となったのは、本来はUNE制度は、競争事業者がある程度自前の設備を建設し、加入者回線だけとか足りない一部の要素を補完的に既存事業者から借り入れて顧客にサービスを提供するというものであったにもかかわらず、FCCが競争実績作りに走った結果、UNE-P(UNE-Platform)といわれる方式が増え、回線のみならず交換機能までも一体とした「リセール」と大差のない「ローカル・サービス」全体を規制下の格安の事業者間料金で既存事業者に提供を義務付ける事態がひろく生じた。

■ローカル通信で競争相手として参入したのは長距離通信会社

 ところが実際にローカル通信市場で進展した競争は、ベル系電話会社の兄弟同士の競争ではなく、当時の長距離通信会社の参入による競争であった。

 1996年電気通信法が制定された当時、1984年のAT&T分割(the Divestiture)で誕生したベル系電話会社(持株会社)は7社あったが、AT&T分割時の条件により、ベル系電話会社は長距離(LATA間)通信を厳しく禁止され、それぞれの傘下の電話会社がローカル通信(いわゆる市内通信とLATA内の近距離市外通信)だけを行っていた。我が国の「県内通信」に相当するといえよう。

 1996年電気通信法はこれを多少改めて、ベル系電話会社もそのローカル通信網を新規参入ライバルに完全に解放し、州単位に州当局とFCCの双方がそれを追認した場合には、例外的に長距離通信への進出を認めることとした(1996年電気通信法により改正された「1934年通信法」第271条)。つまり、既存事業者によるローカル通信網の競争事業者への解放を促すために「長距離通信への進出」を餌としたのである。

 さらに、このとき、「自己の営業区域の外」(out-of-region)で発信する長距離通信事業については、禁止を直ちに廃止した。ベル系電話会社同士がお互いの縄張りに進出することで長距離通信での競争の促進を目論んだからである。前記の州やFCCの認可を要するのは、「自己の営業区域発信の」(in-region originating)長距離通信事業だけとしたのである。

 しかし、議会やFCCの目論見であった「ベル系電話会社が兄弟会社の縄張りに進出して市内網を作り、それを土台に長距離通信事業を開始する」ようなケースはほとんど見られなかった。

 実際にベル系電話会社の営業区域である大都市等に進出してローカル通信事業を営もうと本気で努力したのは、今はすでに亡き大手長距離通信事業者(旧AT&TとMCI)だった。この両社は、専業の長距離通信の両端ではベル系電話会社等のローカル事業者に「最初の発信」と「最後の終端」を頼まざるをえず、その対価として巨額なアクセスチャージを支払っていた。

 長距離通信事業者は、自らローカル通信事業者となることでアクセスチャージの支払いを不要とすること以外にも、さらに、お互いの激しい料金割引競争で売上高が毎年早いスピードで減少しつつあったので、ローカル通信事業という新たな新天地を求めたという事情もあった。 AT&T、MCI等の大手長距離通信事業者は、2000年頃から「リセール」や「UNE」の制度を利用して、積極的にローカル通信市場に進出し始めた。彼らには事業経験も財務力もあり、冒頭に述べたようにある程度の成功を収め、「競争事業者」の中核となったのである。

■FCCのUターン-----UNE制度の厳しい絞り込み

 1996年電気通信法制定当時は民主党政権であったが、 2001年にBush共和党政権となり、競争促進一辺倒の従来のFCCの方針にも変化が芽吹いてきた。FCCはその5名の委員のうち3名が政権党から選ばれるためもあり、今度は共和党系の委員が多数派3名を占めた。一方で、FCCの市内競争規則(UNE規則)が裁判所により二度にわたり違法と判定され、再考慮のためFCCに差し戻された事情もあった。競争事業者の言い分に過度に傾いた規則により損害を受ける既存地域事業者側が提訴したのを裁判所がある程度「理あり」と判断したのである。

 また、1996年電気通信法のもう一つの主要目標である「広帯域等の高度サービスの全国への早急な普及の達成」のためには、既存地域事業者の広帯域設備への投資が必要だという事情も浮かび上がってきた。つまり、既存地域事業者は、折角多額の建設資金を投じて光ファイバ等の広帯域設備を建設しても、それを規制で定められた格安料金でライバル参入事業者からの「リセール」や「アンバンドリング」要請に応ずる義務を課されたのでは、まさに「敵に塩を送る」類であり、設備投資の意欲がそがれるからである。

 さらに、FCCでも「自前の設備をもった競争事業者の参入こそが本道である」との流れになってきた。こうした方針を提唱、強力に主導したのは当時、久方ぶりで登場した共和党系委員長となったPowell委員長だった。同委員長は2003年2月の声明で、次のように力説している。

「私はかねてから自前の設備による競争の尊重に傾いている。競争事業者が既存地域事業者のインフラ等に依存している限り、斬新なサービスの誕生の見込みはなく、インフラへの投資の増加も起こらない。通信機器メーカーの受注も増えず、雇用も増えない。経済成長にも貢献がない。国防やテロ対策の点でも代替インフラができず不安である。」[傍線 筆者]

 これらの様々な背景が重なり合って、FCCは競争政策で明確な「Uターン」(Fransman Edinburgh大学経済学部教授)をおこなったのである。 FCCは2003年2月の第3次市内競争規則で、「光ファイバの加入者回線は、UNE制度から外し、既存地域事業者は競争事業者からの貸出し要請に応じないでもよい」という画期的な方針に転換した。とくに僻地など需要の少ない地域まで光ファイバ等の広帯域インフラを早急に整備普及するには、事実上、財務基盤のある既存地域事業者に依存せざるをえなかったからである。

 FCCのUターンは、その後も、2004年12月15日に、第4次の市内競争規則(UNE)の採択で、次のようにより一層明確に示されている。

  1. 既存地域事業者からの設備貸与(アンバンドリング)がないと競争事業者の市場参入が「阻害 (Impair) されるかどうか」の認定を厳しくして、既存地域事業者の貸出し義務を絞り込む。
  2. アンバンドリングの要素のうち住宅顧客のため「交換機能」は今後は削除し、既存地域事業者の義務としては強制しない。
    (訳注:前述のUNE-Pはできなくなり、現在残っているものは1年以内に他のアレンジに移行しなければならないこととなった。)
  3. 競争事業者は自前設備による競争参入を本筋とする。

■長距離通信事業者の終焉

 このようなFCCの変心の大波をまともにかぶったのがAT&T、MCI等の長距離通信事業者であった。彼らは2000年頃から主としてUNE制度を武器としてローカル市場への進出を開始し、百万単位の市内顧客を獲得し始めていた。その矢先に、FCCがUNE制度の絞り込みを始めたので、長距離通信事業者はいわば「二階に上がったとたんにハシゴを外された」かっこうになった。

 長距離通信事業者は、先述のように、長距離通信事業者同士で激しい料金値下げ競争を展開し、財務基盤が弱体化していた。それに加えてさらに、これまで原則として長距離通信市場への進出が厳しく禁じられてきたベル系地域電話会社が、州単位に認可を得て、長距離通信市場に順次進出し始めたのである。

 1996年電気通信法は、「AT&T分割」の枠組、すなわち、「ベル系地域電話会社はローカル・only」という建前は引継いだものの、市内電話市場での競争促進のため、「市内網をライバル参入者に十分に解放した」とFCCおよび関係州当局がそろって認定した場合に限り、例外的に州単位で長距離通信市場への進出を認めたのである。当初はベル系地域電話会社が申請してもなかなか「十分な解放とは認められない」として却下が相次いだが、2000年ごろから急速に認可が相次ぎ、2003年12月までに全国すべての州で長距離通信業務が認可された。

 電気通信市場では、もともと「市内」「LATA内」「LATA外」「州際」などの旧態依然たる区分が時代錯誤となりつつあった。インターネット通信の影響もあり、これらの区分が不明瞭となり、長距離通信料金でも全国一律一分あたり5ム7セントなどが当たり前となっていた。市内とそれ以外を一体化(bundle)した定額制まで出はじめた。こうした背景の中でベル系地域電話会社が長距離通信進出を果たしたため、いわゆるワンストップ・ショッピングで顧客がベル系地域電話会社に長距離通信も依頼するケースが急増し、長距離通信事業者の顧客を急速に侵食した。

 こうした事情から長距離通信事業者は苦境に立ち、ベル系地域電話会社に相次いで買収されるハメに立ち至ったのである。AT&Tはかっての子会社SBCに、MCIはVerizonに、それぞれ買収されることとなり、2005年10月末にFCCや司法省独禁局の認可も下り、合併が実現した。

■今後は通信事業者とケーブルテレビ事業者の熾烈な競争へ

 以上述べたように、米国ではローカル通信での競争はこれまで競争事業者の中核を占めてきた長距離通信事業者の埋没で、一つの段階が終わった。

 舞台はかわって、通信事業者(中核はベル系地域電話会社の:新AT&TとVerizon)とケーブルテレビ事業者との激突に移りつつある。通信事業者が光ファイバ網を利用してビデオ事業に進出を狙い、それに対抗してケーブルテレビ事業者も通信事業に手を出すという、両者のトリプルプレーないしカドラップルプレーを目指した激烈な戦いは、既に始まっているのである。もはや「ローカル通信での競争」などの次元をはるかに超えてしまっている。

寄稿 木村 寛治
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