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2007年9月掲載

時代の変遷にあわせて、時代遅れとなった法律の規定の適用を差し控えるFCC −ベル系電話会社に対する長距離通信事業とローカル通信事業を分離する義務を廃止−

 FCCがまた、時代の進展に沿って脱皮した。

 1996年電気通信法制定から10年以上を経過し、米国の電気通信業界の姿は激変と言ってよいほどすっかり様変わりした。この間法律の改正はまだ一度も行われておらず、FCCはこれまでも現状に合わなくなった法の規定の適用を「差し控える」(forbear)ことで弾力的にルールを変革してきたが、8月末にまた、新たな弾力的な方針を打ち出した。

■ベル系電話会社の長距離通信事業への進出に関する規制の変革が今回のテーマ

 FCCが今回打ち出したのは、ベル系電話会社の長距離通信事業への進出に際しての会計分離系列会社経由という厳しい条件の適用除外である。

かって、ベル系電話会社はローカル通信事業に限定

 1984年の「AT&T分割」で親会社のAT&Tから分離独立した7社のベル系電話会社(BOCs)は、その業務範囲をローカル通信だけに厳格に限定された。米国は全土を200あまりのLATAという区域に分割され、各州は平均5程度のLATAを持つこととなったが、ベル系電話会社はLATA内の通信だけに限定された。具体的には、市内通信とLATA内の短距離の市外通信だけが許された。我が国で「県内通信」と「県外通信」に区分したのと似ている。LATAをまたがる通信は「長距離通信」(Inter-LATA long distance service)とされ、ベル系電話会社はこれを扱えないこととされたのである。長距離通信はAT&TやMCI、Sprint等の「長距離通信事業者」にまかされた。

 しかし時代の進展とともにテクノロジーも著しく進歩し、長距離通信料金は事業者間の激しい競争もあって、急激に低落し、「ローカル通信」「長距離通信」の垣根は次第に低くなった。

1996年電気通信法がベル系電話会社の長距離通信進出の道を開く

 1996年電気通信法は、ベル系電話会社の営業区域以外の地域での長距離通信事業は直ちに解禁した。つまりベル系電話会社が兄弟会社の縄張りに進出して長距離通信事業を開始することは競争促進につながるとして歓迎したのである。しかし、ベル系電話会社の本拠地から発信される長距離通信については、ベル系電話会社が強くなりすぎる恐れがあるとして、ベル系電話会社の長距離通信事業禁止の原則を承継した。しかしながら、ローカル通信での競争増進のため、「市内網をライバル事業者にも十分に開放したと州当局およびFCCが州単位に認定した場合に限り、例外的にベル系電話会社が、自己の営業区域発信であっても、長距離通信市場に進出できる道」を設けた。つまりローカル市場解放のために「長距離通信への進出」という人参をぶら下げたわけである。(1996年電気通信法により大幅改正された1934年通信法の第271条)

 ベル系電話会社は、電話架設が既に飽和状態に近付いていたため収入が伸び悩んでいたので、長距離通信への進出は魅力的であり、さっそくいくつかの申請を行ったが、法制定からしばらくの間は、ベル系電話会社の市内網開放が不十分と認定されるケースが相次ぎ、却下が続いた。しかし、2000年ごろから次第に州ごとに認可されるようになり、ベル系電話会社は2003年12月には全国の州すべてで、自己の営業区域発信の長距離通信市場に進出できることとなった。つまり例外が原則になってしまったのである。

ベル系電話会社の長距離通信進出にセーフガード

 1996年電気通信法はこのようにベル系電話会社の長距離通信事業への進出の道を開いたが、ベル系電話会社が内部相互補助により競争事業者に対して差別的で不当に有利な料金設定等を行う恐れがあるとして、会計を別にして明確化を図る目的で、改正1934年通信法の「ベル系電話会社に関する特別規定」のうち第272条の規定により、会計の「独立した系列子会社を通して長距離通信サービスの提供を行なわねばならない」とのセーフガードを付けている。

ベル系電話会社の長距離通信事業への進出時のセーフガード

 この第272条のセーフガード要件は、大要次のとおりである。

  1. BOCsは、自己の営業区域発信の長距離通信サービスを会計分離の系列会社を通してのみ提供できる
  2. この分離系列会社は、BOCからは独立して運営される
  3. この分離系列会社は、BOCとは別個の帳簿、記録、勘定を保有する
  4. この分離系列会社は、BOCとの取引を別会社との取引として行う(on an armユs length basis)
  5. この分離系列会社は、資材、サービス、設備および情報の提供や購入で系列会社を他の者と差別なしに行う
  6. BOCsは第271条の認可を取得した後は、第272条を順守しているかどうかに関して連邦/州合同の監査をうけ、その費用を負担する。

 これらのセーフガードは、ベル系電話会社が長距離通信への進出を認可されてから3年間経過したときに自然失効(sunset)することとされた。もっとも、FCCがこの期限を延長することはできることとされた。実際にはFCCはこうした期限の延伸の決定は一件もおこなっていなかった。

老舗の長距離通信事業者の退潮

 AT&T、MCI、Sprint等の老舗の長距離通信専業会社は、お互いが顧客獲得のため熾烈な料金値下げ競争で体力を失いつつあったところに、財務基盤のしっかりしたベル系電話会社がすでに競争の激化していた長距離通信市場にも参入してきた。顧客側にもいわゆる便利なワンストップ・ショッピングの要請があり、ベル系電話会社のローカル通信と長距離通信を組み合わせた事業は順調に長距離通信市場でのそのシェアを伸ばした。

 さらに、これらの大手の長距離通信事業者は、ベル系電話会社等のローカル通信事業者に支払う多額のアクセスチャージの節減のため、また、料金値下げで年々縮む収入の増大のため、自らローカル通信市場に逆進出をはかり、1996年電気通信法やFCCの市内通信での競争促進策(UNEやリセール)の助成を追い風として一時はローカル通信でのシェアを20%近くまで伸ばした時期もあった。

 しかし、共和党政権の時代となり、FCCの多数派も共和党系の委員となってからは、FCCの競争事業者偏重の方針がUターンし、ベル系電話会社等の既存ローカル通信事業者の投資インセンティブ重視となり、「自前の設備で市内通信に参入するのが本筋」という考え方に傾き、UNEやリセールといったローカル通信への進出の便法を制限する方針に変わったため、長距離通信事業者はそれまでに着手していたローカル通信事業を断念するケースが増えた。

ベル系電話会社が大手老舗長距離通信事業者を呑み込む

 こうして弱体化した長距離通信事業者は、ついに経営に行き詰まり、政府もその受け皿をベル系電話会社に求めざるをえなくなり、2005年末に、サービス最大手のAT&TとMCIの2社がほぼ同時に相次いでベル系電話会社(それぞれSBCとVerizon)に吸収合併される事態となった。SBCは社名を(新)AT&Tと変更した。

すっかり変わった電気通信業界

 以上のように、1996年電気通信法制定から10年を経て、電気通信業界の姿はすっかり変わってしまった。最大手の長距離通信会社2社はベル系電話会社に吸収されて消滅し、ベル系電話会社は全土で自己の営業区域発信の長距離通信を(第272条の系列会社を通じてではあるが)どんどん提供するようになっている。市内、短距離、長距離通信のすべてをまとめて(バンドルして)月間定額で提供するのさえ当たり前になりつつある。このような市場での変化の中で、「ベル系電話会社は長距離通信を会計の独立した分離系列会社を通じて提供しなければならない」という第272条のセーフガードを果たして存続させるべきかどうかという疑問が生ずるのは当然である。さらに、ベル系電話会社の長距離通信への進出案件の最後の認可が2003年12月であるから、今年の12月にはすべてが3年以上経過することとなる。大部分の案件はもう既に3年間という第272条のセーフガードの自然失効期限を過ぎてしまっている。

FCCも2002年から検討を開始。ベル系電話会社も規制簡素化の申請。

 FCCも2002年5月に既にこの問題の検討を開始していた。すなわちFCCは、第272条の自然失効に関する規則制定に関する手続を開始し、BOCによる営業区域発信の長距離通信サービスに対して、第272条(f)(1)によりセーフガードが自然失効した後に、いかなる規制の枠組を適用すべきかを決定することとなった。FCCは、議会が定めた各州について3年間という期限を超えてこれらのセーフガードを延伸すべきかについてコメントを求めた。

 2005年11月にはベル系電話会社の一つであるQwestがFCCに対し、同社が第272条の要件やFCCの実施規則に従わない方法で、営業区域発信の長距離通信サービスを提供する場合であっても、FCCの「支配的事業者」のルールを同社に適用するのを差し控えるよう要請した。

 FCCはこの申請に対し、いくつかの条件に従い、一部は承認、一部は却下の措置をとった。すなわち、FCCは、Qwestが営業区域発信の長距離通信サービスの提供に際して、古典的な意味での市場力は欠くものの、Qwestはそのボトルネック設備のコントロールにより、これらのサービスで排他的な市場力を今後ももち続ける可能性もあると認定した。しかしながら、FCCは、このような可能性にもかかわらず、支配的事業者の規制に対応するための重荷のほうが、便益を上回ると認定した。

今回のFCCの措置

 今回のFCCの命令は、Qwestについての適用除外という個別のケースでのアクションではなく、すべてのベル系電話会社の長距離通信事業への進出に関する普遍的なアクションである点でその意義が大きい。

FCCは、序文で以下のように今回の措置を簡潔に説明している。

序文

  1. 本件の命令でFCCは、ベル系電話会社(BOCs)とその系列の独立既存ローカル交換事業者(incumbent LEC)の営業区域内サービス、長距離通信サービスの提供を規律する新たな枠組を作るものである。この新しい枠組は、不必要で重荷となっている規制を、より一層干渉の少ない、しかし、重要な顧客の利害を守れる手段によって置き換えるものであり、同時にまた、BOCsとその独立既存LEC系列会社が市場の要請に効果的効率的に応えられるようにするものである。われわれは、この新しい枠組が、BOCsとその系列会社が顧客のニーズに応えられ革新的な長距離通信サービスを開発し展開する能力を増強すると考えている。

  2. われわれの新たな枠組は、AT&T, QwestおよびVerizonに適用されるものであるが、先のFCCのQwestに関する規制の差し控え命令とも一貫したものである。そのなかでも触れられているようにも、今日のルールは、BOCsに対して営業区域内発信の長距離通信サービスの提供に際して、異なる二通りの規制体制のいずれかを選択することを強制している。これらはいずれもが膨大な重荷とコストを課すものである。すなわち、BOCは、これらのサービスを(1934年通信法)第272条の分離系列会社により非支配的事業者ベースで提供するか、あるいは、自己が直接または第272条の系列会社ではない別の系列会社により、支配的事業者の規制に服してこれらのサービスを提供するかの選択である。支配的事業者規制では料金規制とタリフの届出の要件が課される。AT&TとVerizonの分離系列会社は、営業区域内発信の国内長距離通信サービスおよび営業区域内発信の国際通信サービスをrule 64.1903 separate affiliatesの規則に準拠して提供しなければならない。われわれは以下に述べる理由により、新しい規制枠組のほうが一層妥当であると結論した。われわれの新枠組は、AT&T, QwestおよびVerizonが、営業区域内発信の州際長距離通信サービスの提供を、直接、または、第272条の系列会社でも、また、rule 64.1903 separate affiliatesの規則の別の系列会社でもない系列会社を通して、提供することを認めることとなる。しかも、彼らが以下に定める目標を定めたセーフガードを順守し、また、今後も適用が継続されるその他の法令や規制上の諸義務を順守するかぎり、非支配的事業者の規制に服することとなる。

  3. FCCはまた、BOCsに対するEqual Access Scripting Requirement (EA Scripting Requirement)の要件の適用をも除外する。この要件のもとでは、既存LECsは、新たな電話交換サービスを求める顧客に対し、長距離通信の選択に関する一部の情報を提供する義務を負わされるが、この要件が採択されてから以降での市場の変遷に鑑み、さらに、この要件がもたらすコストと利益に鑑み、もはやこの要件をAT&T, QwestおよびVerizonに適用することは正当化できないものと考える。われわれはさらにBOCsの系列会社に対してもEA Scripting Requirementの適用を差し控えるに足りる理由があると決定した。」

また、FCCのプレスレリーズは、その背景を次のように説明している。

「FCCは本日、ベル系電話会社(BOC)とその系列会社である独立した既存のローカル電話交換事業者(既存のLocal Exchange Company;LEC)による区域内発信長距離通信サービスの提供を規制する新たな枠組を創設した。これまでの古い枠組では、BOCがそのローカル通信事業と長距離通信事業とを分離することを義務づけていたが、これら二つのサービスが最近ますますバンドルされた形で市場に提供されるようになりつつある以上、こうした古い制度はおかしなものとなっている。新しい枠組は、こうした重荷となりつつある規制を、より制約とならない手段によって置き換え、消費者の利益を保護するとともに、BOCsやその系列会社である既存のLECが市場の要請に効率的かつ効果的に対応できるようにするものである。

具体的には、あまり長距離通信を発信しない消費者を守るため、BOCsがこうした顧客に向いた特別な料金プランを3年間は提供することを約している。BOCsはさらに、ローカル通信/長距離通信を一本化した単一料金プラン(single-rate local/long distance plans)を提供し、消費者がその月間利用状況や長距離通信の利用に関する十分な情報を取得できるようにし、消費者が長距離通信の利用に関して可能な選択ができるようにすることも約している。FCCはこれらの約束を新たな規制枠組のための条件として採用している。」

 つまり今回のFCCの措置は、第272条セーフガードが時代にそぐわなくなっていることを明確にしたうえで、ベル系電話会社が長距離通信を「独立系列会社を通して提供しなければならない」とするセーフガードを廃止し、みずから直接提供することも認めるものである。さらに、その場合であっても「支配的事業者」としてのタリフ提出等の重い規制は適用しないとまで踏み切っている。

規制の弾力的な変更

 法律の規定はそのままで、FCCがその適用を「差し控える」(forbear)のは、1996年電気通信法により改正された1934年通信法第10条にその根拠がある。

 同条は、市場の変化等から法令の規定の適用がかえって公益に反するようになった場合とか、競争が進展して規制の必要がなくなった場合に、FCCは規制を差し控えねばならないと規定している。今回のFCCの措置もこれに基づいている。

 今回の措置では、多数派の共和党委員のみでなく民主党委員も(部分的に一部は反対としつつも) 基本的には当然として規制緩和に同調している。FCCは「支配的事業者の規制」についても、「(膨大な統計や資料作成等)労多いばかりで益は少ない」とするなど、規制の簡素化の方向を一貫して目指している。

 また、今回のFCCの措置は、「ベル系電話会社とその系列会社が顧客のニーズに応えられ革新的な長距離通信サービスを開発し展開する能力を増強できるよう規制を緩和する」という積極的な面にも配意していることも注目されよう。

寄稿 木村 寛治
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