ホーム > トピックス2007 >
海外情報
2007年11月掲載

広帯域サービスの普及で対照的な政策
−米国と欧州の大きなギャップ。豪州でも論議−

 「広帯域サービスをどのようにして早急に普及させるか」をめぐる政策が米国と欧州ではまったく正反対の施策に向かって動いている。両者ともに広帯域サービスの早期普及は、近未来の国民経済の成長や企業/国民の情報力に決定的な影響を持つと認識し、アジアとの格差などに神経をとがらせている。

 たとえば米国では、通信政策を担うFCCの一委員が、最近、有力紙ワシントン・ポストに投稿して、次のようにFCCの広帯域政策と措置の立ち遅れを厳しく論断している。

  • 「ITUの調査でも、米国の広帯域サービスの普及率は世界で15位であり、料金等の他の要因をも考慮した場合には21位で、Estoniaの次にくる。アジアや欧州では25-100Mbpsなのに、米国ではその1/20の速度のサービスに対し2倍の高い料金を支払っている。」
  • 「FCC(の広帯域普及状況報告書)は、われわれが世界の他の国々に遅れかかっているという事実を曖昧にするようにデザインされているように見える。FCCは未だに広帯域サービスを200kbpsと定義しており、ある郵便番号区域で広帯域へのアクセスができるならそれだけで誰もが実際にアクセスしているものと推定し、料金についてのデータを集めようともしていない。」
  • 「われわれの広帯域の失敗が生産性の頭打ち阻害要因となっている。ダイヤル・アップに留まっていて、どうして地方の小さな町がデジタル経済に対応していけるであろうか? デジタル・クラスルームが実現できるであろうか? インターネットには、大都市に住まない人々にもライフ・チェンジの機会をもたらす力があるが、それもそれが利用でき、かつ安価で利用できてこそである。ある専門家の試算によれば、広帯域がひろく普及すれば、米国経済は5,000億ドル増え、120万もの新たな仕事が創造されるとしている。われわれの子孫たちがわれわれの失敗を償うこととなる。Albert Einsteinは「複利」(compound interest)こそが宇宙でもっとも強力な力を持っているといったといわれているが、インフラへの投資こそ国がこの恐るべき複利という波及効果(multiplier)をコントロールできる方法なのである。フアィバ・ツゥ・ザ・ホームの加入者が昨年80%も伸びたのは、米国ではなく日本なのである。」

■広帯域普及促進政策での両極端の政策

 このように広帯域サービスの普及の重要性では認識が一致しているにもかかわらず、そのための政策や施策では、米国と欧州はまったく反対の方向を目指している。

米国は、既存事業者の広帯域設備への投資意欲促進のため、競争事業者との共用強制を廃止

 米国では1996年電気通信法制定以来、一時期、ローカル通信での競争を通信政策の第一目標にしていたが、FCCは共和党政権となった2003年頃から政策変更を目指し始めていた。「競争事業者偏重」から「既存事業者にも配慮」という軸足の置き換えである。

 ローカル通信での競争促進のための便法の一つとして同法はUNE制度(Unbundled Network Elements)」を設けた。これは、ローカル通信市場に新規に参入する競争事業者は、必要な全設備を自前で建設するのでは、資金的、時間的にも無理があるので、ローカル通信サービスを10項目以上の要素(elements)に区分細分(unbundle)し、競争事業者は、「加入者回線のみ」とか「市内交換機能も」とか、必要な要素だけを既存事業者に貸与/利用を要請できることとした。しかもその場合の事業者間料金は、半額程度のきわめて安い規制料金とされている。既存事業者は競争事業者の要請を断れないという義務付きである。これでは既存事業者は、折角多額の資金を使って設備を建設しても、赤字料金でライバル参入者にその一部を利用させねばならないこととなるので、広帯域設備への投資を尻込みするのではないかという懸念からである。

 さらにPowell委員長は、「ローカル通信参入の原則は、自前設備による参入」を明確にFCCの方針とした。一般の電話設備はともかく、普及促進が1996年電気通信法でも求められている「高度通信」、すなわち、広帯域サービス関係の設備は、UNE制度の義務から既存事業者を開放、救済した。

 1996年電気通信法による改正1934年通信法では、その第10条として、「法令の規定の適用差し控え」(forbearance)の条項が盛り込まれた。これは「競争が進展し、法令による規制が不要となった場合には、法令の改正を待たず、FCCはその適用を差し控えねばならない」というものである。FCCはこのforbearanceという制度を利用して、既存事業者に広帯域サービス等についてはライバル事業者への設備貸与等を免除するという救済を与えたのである。

 さらにこれを発展させて2006年には、第2位の大手電話会社のVerizonからの申請に基づき、広帯域サービス等の料金規制等の諸義務()タリフ事前届出など)からも免除した。また、最近10月末には、最大手のAT&Tにも同様な救済を付与し、規制緩和/削減の流れを一貫したものとしている。これらは広帯域サービスの料金設定をタリフではなく顧客との個別契約などで弾力的に行えるようにすることで、既存事業者の広帯域への投資をより一層魅力的にすることを狙っているのである。

欧州では逆に広帯域規制の強化の方向へ

 10月15日のForbes紙によれば、欧州委員会は加盟各国での広帯域普及状況の報告書を発表した。加盟国のトップ諸国での普及は順調で、世界をリードする国もある反面、低位国とのギャップが開きつつあるとし、懸念を表明している。成績の良いデンマークとオランダでは、人口に対する広帯域サービス利用者の比率が、それぞれ37.2%と33.1%だが、その利用者のきわめて多くが既存事業者以外の事業者のインフラを利用しているとしている。

 欧州委員会は、こうしたギャップの主な理由として、「競争の欠如」と「規制が弱いこと」をその挙げている。委員会は、11月13日の幹部会合でこうした欠点に対処する方策を採択する予定という。低率国は代替インフラがないことが一つの理由だとして、投資促進と事態改善のための新たな規制の導入の必要を訴えているとのことである。

 また、最近の日経新聞のドイツ支局からの報道では、欧州委員会は広帯域サービスの普及促進策として、設備運用管理を別個の会社として切り離し、すべての事業者が同一の条件でサービス提供ができるような形を模索しているとされる。こうした欧州委員会の動きに対し、独政府は反対しているとも伝えている。

 なお、7月12日のウオールストリート・ジャーナルによれば、欧州委員会は、電気通信の規制を各国レベルから吸い上げて集約する動きを始めた。加盟各国の事業者は、長年の歴史のある企業の解体やインフラ投資能力の妨げになると懸念しているという。

豪州での政府とTelstraの対立

 ウオールストリート・ジャーナル紙(2006/7/1)によれば、豪州では、政府が最大手の元政府系事業者Telstraに対し、広帯域網のライバル事業者への解放義務を課す方針で、TelstraのCEO  Sol Trujilloはこれにに反対し、「株主が納得できる正当な補償を要求」していた。InfoWorld 紙(2006/6/30)は、Telstraは、「その建設を計画している広帯域をライバル事業者にも規制下の低料金で貸し出す義務をつけられるのであれば、22億ドルのFTTNネットワークの建設を行わないと脅した。CEOは、「Telstraの160万の株主が納得できる報酬が補償されるような規制環境が整わないかぎり、FTTNには投資しないであろう」としている。

 また最近、Sydney Morning Herald (2007/6/18)は、「豪州政府は、全土にわたる高速広帯域サービスの展開のための補助の増額を検討している。また、FTTNの建設のためにタースクフォースを創設した。」としている。

米国では広帯域サービスも「ユニバーサル・サービス」補助制度の対象に

 米国の連邦のユニバーサル・サービス制度の改革を検討しているFCCと各州の公益事業委員会の第費用の合同委員会は、9月6日、「広帯域サービスを今後、ユニバーサル・サービスの対象として考えていく」との中間報告を採択している。基本的な最小必要限度の通信サービスだけを助成するのが本旨だったユニバーサル・サービスが、「広帯域サービスはもはや贅沢品ではない」と決定した「画期的な決定だ」とFCCのCopps委員は声明を出している。

 各国ともに広帯域サービス振興の重要性の認識の点ではいっちしているものの、具体的な施策への取り組みには、このようにまるで正反対の方向というべき開きがある。とくに欧州委員会の規制は、一部には、各国の規制の屋上屋だとの批判や、自己の存在理由を賭けての規制志向だとの指摘もあるが、政治的な統合を目指す以上、EUとしての規制を声高に主張していかざるを得ない事情もあろう。いずれが正しいか、見守っていきたい。ただ、いずれが勝つにせよ、負けたほうは結果的にこのように数年間まったくのまちがった方向に漂流したこととなり、取り返しの利かない立ち遅れとなるのは間違いなく、そのダメージはそれこそ計り知れないものとなろう。

寄稿 木村 寛治
▲このページのトップへ
InfoComニューズレター
Copyright© 情報通信総合研究所. 当サイト内に掲載されたすべての内容について、無断転載、複製、複写、盗用を禁じます。
InfoComニューズレターを書籍・雑誌等でご紹介いただく場合は、あらかじめ編集室へご連絡ください。