トレンド情報-シリーズ[1997年]

[InfoCom Law Report]
[第1回]パソコン通信事業者を震撼させるニフティ判決

(1997.7)

 5月26日、東京地裁で電子会議室における名誉毀損についての重大な判決が下された。大手パソコン通信サービスニフティサーブのフォーラムの中で運営されている電子会議室上の発言によって中傷されたとする会員への損害賠償請求が認められたのである。
以下事件の概要を示したうえでコメントしてみたい。
  • 当事者
    原告Xニフティサーブ会員
    被告Y1ニフティサーブ会員(本件で問題となった発言を書き込んだ者)
    被告Y2本件フォーラムのシステムオペレーター
    被告Y3ニフティサーブを運営する株式会社
  • 事件の概要
     Xは平成元年4月より会員となりニックネームを使い情報交換を行っていたところ、その発言に反感を持ったY1はXの実名を調べて、93年11月頃より半年間にわたり本件フォーラム内会議室においてXを名指しで批判した。この際Y1もニックネームを使用していた。Xはこの批判を誹謗中傷であるとしてY3、Y2に削除を求めたが、その一部しか削除されなかった。そこで、Xはこの一連の批判により自らの名誉を毀損されたとして1000万円の損害賠償と謝罪広告を求める訴えを提起した。
  • コメント
     本判決はパソコン通信上での発言につき名誉毀損の成立及び通信サービス管理者の責任が争われた我が国初の事例であり、今後パソコン通信会社のみならずインターネット・プロバイダーの活動に大きな影響を与えることが予想される。
    争点は多岐にわたるが、特にパソコン通信会社とシスオペの責任に限って論じてみたい。
  • [シスオペの発言監視義務]
     判旨がフォーラム運営の諸事情を勘案しつつ、「フォーラムに書き込まれる発言の内容を常時監視し、積極的に右のような発言がないかを探知したり、すべての発言の問題性を検討したりというような重い作為義務を負わせるのは、相当でない」と示したことは評価されてよい。Xが主張するような一般的・包括的な監視義務はシスオペ・ひいては通信事業者に過度の負担を課するもので、およそ認められるものではない。その意味でこのような義務がないことを確認した本判決はシスオペ・通信事業者にとって福音となろう。
    [シスオペの削除義務]
     判旨は「他人の名誉を傷つける発言が書き込まれたことを具体的に知ったと認められる場合には、」「必要な措置をとるべき」作為義務が条理上生じうると言う。
     では他人の名誉を傷つける発言であるかどうかはどのように判断できるのだろう。被告シスオペが当該発言を名誉毀損発言と認識しているとの発言を電子会議室に書き込んでいるため問題とはなっていないが、ある発言が他人の名誉を毀損する発言であるか否かは、通常判断が非常に難しい。これでは具体的に線引をしているようで、実は何も基準を示していないとは言えまいか。例えば新聞などでは、痛烈に政治家を皮肉っている風刺漫画が多く見受けられるが、どこまで行けば「必要以上に揶揄しており、極めて侮蔑的である」といえるのだろうか。その線引が難しい以上、シスオペ・通信事業者が当該発言の評価をすることは、当然許されるべきである正当な批評活動をも抑制してしまうことにつながりかねない。
     むしろ問題とされた発言が原告の名誉を毀損する可能性が高いものであってもなお、シスオペは当該発言を削除する義務を負わないと考えるべきではなかろうか。仮に当該発言を削除しても、同様の書き込みをすることも出来るのであるから削除自体は有効な対策とは思われない。電子会議室では誰もが自由に書き込みを行えるのであるから、オープンな議論を行うことで原告の名誉を回復すべきである。もし、オープンな議論を通しても名誉が回復されないということは、裏返せば発言者の批判が正当なものであるということを意味するのではないだろうか。この点を否定的に解する本判決は疑問である。

     このような考え方に対しては、議論が混乱して原告の名誉が回復されないこともあるのではないかという批判がありうる、しかしXの名誉は最終的にはY1に対する法的手段によって回復されれば足りる。確定判決がなされればその結果を自ら当該フォーラムに書き込めばよいのであり、これ以上の名誉回復手段は無いであろう。
     シスオペが発言を削除してよいのは明確に法令に違犯していると判断できるものだけに限られるべきである。その具体例としては近時話題となっている少年法61条に違反するような氏名の書き込みやパソコンソフトの違法コピーのアップロード(発言にファイルを添付している場合など)が挙げられよう。

     判旨の理論を押し進めるとパソコン通信会社、シスオペとも萎縮して、問題を起こしそうな発言はすべて削除するという対策を取らざるをえなくなり、健全な議論すら制限しかねない恐れが出てくる。現に本判決後、会員規約を改定する通信業者が出てきており、事なかれ主義の過剰な発言削除も見受けられるようになっている。パソコン通信の電子会議は思想の自由市場であるべきであり、その誰もが自由に発言できるという特性に注目した判断が望まれるのではないだろうか。

    [ニフティの安全配慮義務]
     安全配慮義務は本来雇用契約において労務の提供過程での被用者の生命・身体の安全について配慮すべき使用者の義務とされるが、近年雇用以外の法律関係においても用いられる傾向にある。しかしながら、「ニフティーサーブ」の会員契約においてこの概念を持ち出すのはやや無理があろう。
     判決は会員契約の主旨からそのような義務は無いと判示し、安全配慮義務を明確に否定した点で評価できるものである。
    [ニフティの使用者責任]
     また、判旨は使用者責任に基づき通信会社であるニフティの責任をも認めている。その根拠は被告ニフティと被告シスオペ間で結ばれたフォーラム運営契約である。実際のフォーラム運営では実質的な指揮監督関係があるとは言えないほど、各フォーラムは独立的であり、ニフティとしても表現の自由との関係から、指揮監督を行っていなかったはずであるが、この点被告ニフティの主張が採用されなかったのは疑問である。

    現在ニフティなど被告らは判決を不服として控訴中であり、上級審の判断が注目される。

    関連リンク
    (通信事業研究部 法・制度研究室 山神 清和)
    e-mail:yamagami@icr.co.jp

    (入稿:1997.7)

    このページの最初へ


    トップページ
    (http://www.icr.co.jp/newsletter/)
    トレンド情報-シリーズ[1997年]