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InfoComアイ
1996年5月掲載

始動した情報通信産業

 NTTの分割問題のみに焦点の当たった昨年度であったが、しかも分割問題が1年先送りされたため我が国の情報通信産業はまた足踏みを余儀なくされたという観測が専らである。
確かにその面は否定できないがそれほど悲観するには当たらないのではないか。

1.ネットワーク社会への胎動

 情報通信産業の多くの分野で新しい動きが始まっている。
 パソコンやインターネットの加速度的な普及、インターネット上のさまざまなアプリケーションの実験の盛況、NTTが発表したオープン・コンピュータ・ネットワークによる定額制で低廉なネットワークサービスの提供、NCCによる全国一律のネットワークアクセスサービスの提供、CATV事業者による高速のインターネットアクセスサービスの提供や電話サービスの提供、パーフェクTVやディレクTVのようなデジタル衛星多チャンネル放送のサービス開始、ゲームソフトやコンピュータソフト、その他のソフト情報を提供するデータ放送の開始、携帯電話やPHSの爆発的成長とこれを利用したデータ通信サービスの提供などがそれである。

2.発展の鍵はアプリケーション

 昨今のパソコンブームやインターネットブームをどう見るかだが、日本はこういう状態になると少なくともハードの面では意外に早くアメリカにキャッチアップ出来るように思う。
 問題は日本に適したアプリケーションをどう開発するかにかかってくる。
我が国の法制度や商取引の仕組には電子的な処理を想定していないものが多く、これらが新しいアプリケーションの足を引っ張ることは想像に難くない。
 これらを早急に改めることはもちろん必要だがそれ以上に重要なのが新しい発想を育てることである。ビデオ・オン・デマンドなどの映像情報検索サービス、エレクトロニックコマースに代表されるホームショッピングや求人情報サービスなどが試みられているがこれらは本当にビジネスになり得るのだろうか。
 現在提供されているホームページを見るかぎりでは残念ながら大したビジネスにはならないと思われる。新し物好きの人々がせいぜい物珍しさから時々利用する程度であろう。
 なぜなら、これらのサービスは現在他の手段で可能なものを単に電子ネットワークの上にのせ換えたにすぎないからである。
そこには電子ネットワークサービスならではの今までのサービスにないユーザをひきつける魅力がほとんど感じられない。

3.今、なすべきこと

 電子ネットワークによる情報の送受は時間や手間の節約を除けば他の手段による送受に比べて優れているものがあまりない。これは電子技術がまだそこまで進歩していないからなのだが、だからこそ電子ネットワークを利用する新しいアプリケーションは他の手段にない新鮮な魅力を必要とする。そしてその魅力を作り出すためには社会の、個人の、企業の求めるものに関する深い洞察とそれを形にする新しい発想とが必要である。
 その意味で今我々がなすべきことは我々が必要と思い、あるいは欲しいと思うものでまだ持っていないものを探すことである。
 OSやミドルウェアではアメリカに遅れたがアプリケーションやコンテンツではまだ巻き返す余地は十分ある。日本人の感性を活かしたサービスを開発し世界の人々に提供しようではないか。

4.一つのシナリオ

 情報通信技術の進歩は世の中を随分便利にしてきたと言われる。確かにそういう評価も成り立つ。しかしそのことによって我々はより幸せになっただろうか。
 技術進歩は経済社会の効率化には大いに貢献した。我々は豊かな生活を手に入れたように見える。その半面、我々は時間に追われ、際限の無い欲望に追い立てられて動き続けている。
 技術は心のゆとりとか豊かさを生み出すことは出来ないのだろうか。これらを求められるのは宗教の世界だけと言うのではあまりにもさびしい。楽しい、快い無駄を作り出すという方向性を持った技術開発が望まれる。

5.もう一つの課題

 情報通信産業には多くの課題があるがその最大のものの一つは人間が情報機器に接する際のバリアーを無くすことである。
 現在の情報機器はまだまだ不完全なものである。キーボード、マウス、画面の大きさ、チラツキ、精細度、言語の壁など改善を要するものに事欠かない。ゼロックスが提唱したユービキタス・コンピューティングの世界にはすぐに行けないまでも技術革新の速度を加速することが必要であろう。
 情報通信産業はそれへの期待の大きさにもかかわらずまだ発展の出発点に立ったばかりである。あまり焦らずに人類の発展という長期的な視野に立ってじっくり事業に、開発に取り組んでほしい。
取締役 通信事業研究部長 小澤 隆弘
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