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1996年11月掲載

BTとMCIの合併が意味するもの

 英国の代表的通信会社British Telecom.と米国第2位の長距離通信会社MCI コミュニケ−ションズの合併計画が11月4日に明らかになり、世界の通信事業関係者を驚かせた。
この合併(BTが220 億ドルでMCI を完全取得)が認められ、新会社Concert Global Communications(予定)が発足すると、大西洋をはさんで英米にまたがる、売り上げ規模約380 億ドル、世界第4位(NTT,AT&T, ドイツテレコムに次ぐ)の巨大通信会社が誕生する。

 BTはすでにMCI の株の20% を保有し、多国籍企業向けのグロ−バル通信ネットワ−ク構築事業や高度インタ−ネット事業を手がけるMCI との合弁会社Concert を共同で運営しており、両社の緊密な関係はよく知られているところだが、この時期に一挙に合併まで進むと予測した者は誰もいない。またこの5月には、主としてアジア地域の活動を強化するためCable&Wireless社の買収を計画したが、不調に終わった直後でもあった。
 そんなこともあって、合併の目的は何か、なぜ今なのかという疑問が提起されている。 BTとMCI の合併の意義と電気通信業界に与えるインパクトについて考えてみたい。

1.BTによる欧州戦略の強化

 今回のBT/MCIの取引きの大きな動機は、欧州における競争の激化に対応するためである 、という見方がある(The New York Times 96.11.4) 。BTの欧州における提携戦略は、フ ランスではジェネラル・デ・ゾ−(水道会社)とフランス全域での通信網建設の提携には 成功したが、ドイツでは同国最大の電力会社RWE とのコンソ−シアム設立に失敗した。 RWE はBTとの交渉を急に取り止め、同国第4のコングロマリット企業であるフェ−バ・グ ル−プと提携する決定をしたが、このアライアンスにはBTの競争相手であるC&W が参加す ることになった。BTはMCI を合併することによって、欧州における高度な通信サ−ビスの販 売活動の強化をはかろうとしている、というのである。アナリストの多くは、あからさま に言えば、この合併はC&Wの買収に失敗したBTの残念賞である、とみている。すでにBTは 、数十人のMCI のキ−・マネ−ジャ−を欧州戦略に投入し、MCI マンのカウボ−イ的体質 を注入することを計画している。(Business Week 96.11.18)

2.MCI の株価対策

 The Wall Street Journal(96.11.4)は「この合併のメリットは、MCI の株価の上昇以外 に考えられない。」という、あるアナリストの指摘を紹介している。MCI は、数年前に導 入した「フレンズ・アンド・ファミリ−」以来、住宅市場向けのサ−ビスで大きなヒット がない。逆に、米国長距離通信市場3位のSprintや4位のWorldCom、急激に市場を拡大し ている再販事業者に追い上げられて、現状のシェア20% を維持するのがやっと、という状 況で従来のような高成長は望めない。過去2年間のMCI の株価は20ドル台を低迷していた 。そのうえ、いずれベル電話会社が長距離通信市場に進出してくる。
 さらに、世はグロ−バル・メガコンペティションの時代であり、高度な通信網をグロ−バ ル規模で構築するために、MCI は膨大な資金を必要としていた。また、同社の米国内の市 内通信網構築計画(MCI メトロ)はこれまでのところうまく行っておらず、今後さらに多 額の投資を必要としており、運営のノウハウの取得も課題であった。

 結局、MCI はいずれ他の事業者と合併せざるを得ない状況にあったわけで、最終的にBT との合併を決定するまで、他の事業者(ベルアトランティック/ナイネックス、パクテル 、GTE など)と交渉を重ねてきたという。しかし、MCI がそのブランドにこだわり、高す ぎるプレミアムを求めたため、交渉は成立しなかった。一方、93年にBTがMCI の株式の20 % を43億ドルで取得する際、他の事業者との合併には向こう7年間BTの承認が必要という 条件が盛りこまれていた。MCI にはBT以外の選択肢はほとんどなかったようだ。最終的 に、BTはMCI の株主に44% のプレミアムを与える(1株36ドルに相当)という好条件で話 を纏めた。合併の発表によってMCI の株価は急騰した。低迷していたBTの株価も持ち直 し、株主対策としては成功したといえる。

3.グロ−バル戦略の再構築

 「魅力的な多国籍企業の通信市場の争奪戦を勝ち抜き新市場を開拓するためには、シ− ムレスなグロ−バル組織が必要であり、BTとMCI の大合併(megamerger)は、競争相手が支 持するか否かにかかわらず、そのための定番(standard)となる。」という見方がある。 (Business Week 96.11.18)

 過去3年間、世界のテレコム巨人達は、グロ−バルに拡大する高度な通信サ−ビスに的 確に対応するため、提携、買収、出資などによって試行錯誤を繰り返してきたが、必ずし も成果をあげているとはいえない状況にある。

 AT&Tのコンソ−シアムであるワ−ルドパ−トナ−ズは、緩やかな提携であることもあり 、参加した16の電話会社の調整の拙劣さと経営陣の変更に悩まされてきた。フランス・テ レコム、ドイツ・テレコムとスプリントのコンソ−シアムであるグロ−バル・ワンは、各 国の地元市場を除いて、ヨ−ロッパの主要な市場への目立った進出を果たしていない。BT とMCI のコンサ−トでは、別々の販売部隊を持ち多国籍企業に提案活動を行ってきた ため、競合と責任の重複を招いてきた。この結果、顧客は米英両国で似たようなサ−ビス ・パッケ−ジの提供を受けるのに、別々の契約を結ぶことを余儀なくされた。それでも、 コンサ−トは他のコンソ−シアムを一歩リ−ドしていると見られていた(3コンソ−シア ムが獲得した契約額は33億ドル、うちコンサ−トは15億ドル)。

 BTの新CEO のボンフィ−ルド氏は、今年の始めに着任以来、顧客の声を取り上げるとと もにコンサ−トの見直しのために、春遅くワシントンに赴いて協議を開始した。両社は、 従来の市場の地理的な分担制を止め、統合する方向で検討を始めた。6月にBTは国際部門 の統合を提案したが、MCI のCEO ロバ−ツ氏からさらに踏み込んだ完全合併案が提起され 、それから事態の急展開が始まったという。(Business Week 96.11.18など)

4.定まらない評価

 BT/MCIの合併は、本当の意味での国際電気通信会社、ボ−ダレス通信事業者の出現を意 味する。世界の他の通信事業者も、クロスーボーダな提携戦略の推進によって対応するし かない。将来のグロ−バル情報通信市場は、通信サ−ビス、TV放送、インタ−ネット接続、 ワイヤレスなどを統合的に扱う一握りの企業に支配されることになる(Business Week)という見方がある。

 一方、世界のテレコム産業に革命が起きる前兆として、アナリストは歓迎しているよう だが、よく考えてみると、現状にほとんど影響を与えない防御的な動きであることがわか る、とする見方がある(The Economist 96.11.9) 。93年にスタ−トしたコンサ−トは他の 2つのコンソ−シアムに比べれば、それなりにうまくいっている。しかし、BTはMCI が自 分より大きな米国の事業者によって買収されるのではないか、と困惑していた。BTはMCI の株主に破格の好条件を与えても、MCI を自陣営に引き止めたかったのだという。
 いずれの見方が当たっているのかは何年か後でなければわからない。

5.BT/MCI合併の余波

 両社の合併の結果、期待できるコスト節約効果は5年間で約25億ドル、5年後の1年間 には8.5 億ドルと見られており、まず国際通話の値下げ競争に拍車がかかるだろうとい う見方が強い。英米間の通話が一つの会社によって提供されるという新たな経験をする ことになるが、国際通信の決済ル−ルである国際計算料金の適用から自由になれば、米英 間の通信で競争が激化し、次いで米EU間に波及し、さらに全世界へと一般向け国際通信料 金の価格革命が進んでいくのではなかろうか。

 多国籍企業向け通信サ−ビスの分野では、インタ−ネットの技術とアプリケ−ションを 利用して、グロ−バルな情報ネットワ−クを構築するイントラネットの方向に転換が進 もうとしている。MCI はこの分野での技術、経験、人材を保有し、他をリ−ドしており、 当面のEU市場での競争では力を発揮しそうである。ユ−ザ−は選択肢の増加と販売部隊の 統合には大歓迎だろう。

 BTは民営化以後12年近くを経ているが、英国市場の90% のシェアを占めている。規制 機関のオフテルは、徹底した市場開放と競争促進を打ちだしており、国内外の事業者の参 入が活発化するとみられており、国内でのシェアの低下は避けられないとすれば、海外 事業を強化せざるを得ないわけで、MCI を合併し米国における足場を強固にしたことは BT戦略にとっては大きな意味がある。

 コンサ−トの運営では、両社の企業カルチャ−が不協和音として語られることが多かっ たが、今後はむしろMCI のアグレッシブで動きの早い企業カルチャ−を、BTの組織のなか に積極的に取りこんで、如何に早く体質改善を進めるかが課題になるだろう。ビジネスウ ィ−ク誌は、合併新会社の財務、技術、戦略の各責任者に、現在のMCI の責任者がそのま ま就任することに驚いている。BTをグロ−バル企業に変身させ、生き残りを賭けるという トップの意気込みが感じられる。

6.日本の通信政策の転換を

 85年の通信自由化以後の日本の電気通信政策は、NTT の分割の是非を中心に展開されて きた。市内通信は将来とも独占で、NTT の市内網独占による市場支配力によって競争市場 (長距離など)の公正な競争を阻害する恐れのないよう、NTT を両市場に構造分離しなけ ればならない、というのが分割論の根拠である。

 この10年間で技術が大きく進歩し、通信網のデジタル化が完了しようとしている。無線 分野でもセルラ−電話の普及が進み、固定網電話の三分の一の規模(10月末現在)に達し ている。市場も電話の時代からインタ−ネット/イントラネットの時代への移行期にある 。市内通信も自然独占ではなく、適切な相互接続ル−ルが定着すれば、十分競争市場にな り得ることがはっきりしてきただけでなく、インタ−ネットに見られるように市内と長距離の区分も無意味になりつつある。 ユ−ザ−の期待は、グロ−バルな規模で自分が望む形態でのシ−ムレスな通信とア フォ−ダブル(誰でも利用のできる程度に低廉な)な料金の実現ということにある。そのために は、垣根なき競争の一層の促進が課題であり、独占禁止法に違反しないかぎり、提携、出資、合併 などの自由を認めるべきである。

 BT/MCIの合併で明らかになったように、グロ−バル市場での競争は、顧客のニ−ズに如 何に早く応えることができるかで勝負が決まり、それを支えるのが技術力と体力(資金力 と顧客ベ−スなど)ということではないだろうか。米国も10年来続けてきた、市内/長距 離に市場の垣根をを設ける政策を放棄し、全面的に相互参入を促進する体制に移行した。 競争に生き残る過程でしか企業の体力は蓄積されない。

7.今後も続くグロ−バル・アライアンス再編の動き

予想外に早くやってきたグロ−バル・アライアンスの再編成は、今後も続くだろう。最 近では、ドイツ・テレコムとフランス・テレコムがスプリントへの出資比率を高める動き やこの3社によるグロ−バル・ワンへのC&W の参加の動きが話題になっている。次に、今 までは通信事業にとどまっていたアライアンスが、ハ−ド/ソフトのベンダ−、コンテン ツ・プロバイダ−、グロ−バル企業ユ−ザ−に及んでいくだろう。(BT/MCIとマイクロソ フトはインタ−ネットを企業向け情報通信網として活用するイントラネット事業を共同で 世界展開する、と発表した。11月13日)

 EUの次はアジアに関心が移り、なかでもNTT の帰趨が話題になるだろう。MCI がBTの市 内電話事業運営のノ−ハウを評価したように、事業分割はNTT の体力だけでなく潜在力の 評価を低くするだけだ。また最近、自国内だけでなくニューヨーク、東京市場に株式の上場を果たしたドイツ・テレコムは「これを機にグローバルプレーヤーになる」と宣言している。世界的大競争の時代にグローバル市場で活躍できなければ、世界に通用する通信事業者としては認められないからだ。実力のあるNTTに国際通信市場で活躍できる機会を与えるべきだ。

 日本以外のアジアの通信事業者も実力をつけている。ビジネスウイ−ク誌(96.7.8)によ ればシンガポ−ル・テレコムは世界で3番目(株式時価総額426 億ドル)、香港テレコム は世界で10番目(同210 億ドル)の巨大通信事業者である。韓国テレコムも株式が公開さ れていないが、これらのアライアンスの検討対象になるだろう。郵政省がどう弁解しても 、日本の通信事業の規制は厳しく、現状では本格的に参入する魅力に欠けると見られてお り、規制緩和が進まなければ、日本の事業者を素通りしてこれらの事業者とのアライアン スが進む可能性もある。

弊社社長 本間 雅雄
編集室宛>nl@icr.co.jp
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