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2001年3月掲載

米国の通信政策に変化の兆し

 米国で1996年通信法(以下新通信法)が成立してから5年が経過した。この法律が期待した通りに、通信産業の規制緩和と競争促進は進んだのだろうか、その評価について議論が起きている。また、ブッシュ新政権が誕生し、共和党系の新FCC長官も指名され、米国の通信政策が変わるのではないか、という徴候もある。これらを巡る議論を以下に紹介する。

■低い地域市場の競争促進に関する評価

 「新通信法成立以来5年間に、投資家は何百億ドルもの資金を新世代通信やインターネットの会社に注ぎ込んで来た。何万マイルものケーブルが舗道の下に埋設され、通信衛星がいくつも打ち上げられ、無線タワーが全国に建設された。そして、情報化時代の製品が地球上のほとんどの地域に伝送されるようになった。しかし、多額の投資と魔法のような技術が注入されたにもかかわらず、新通信法の成立にあたって議会が約束した、最も基本的な通信サービス(市内電話)の競争が未だ実現していない。全米の住宅用顧客のうち、旧態依然とした市内電話サービスに代わるサービスを選択できる人達はほんの僅かで、既存のベル電話会社と独立系電話会社が地域固定電話の93%のシェア(FCC調査)を握っている。」(Local Phone Choice Still Elusive , washingtonpost.com , 2001,2, 2 )

 消費者団体は、ベル電話会社による通信回線の「ラスト・ワン・マイル」の支配が続いたことで競争が進展せず、多くの利用者の便益が増大する機会を奪った、と批判している。大口利用者向け長距離および移動通信の料金が目覚ましく下がったにもかかわらず、市内電話料金は消費者物価の上昇率にほぼスライドして上昇し、ケーブル・テレビの料金も新通信法によって料金のコントロールを廃止(1999年3月)したこともあって、約3分の1値上がりした。米国の市内電話市場では、明らかに競争の創出に失敗した。議会が期待した産業組織(ベル電話会社と長距離会社およびケーブル・テレビ会社の市場相互参入)は実現していない、と消費者団体は指摘している。

 ベル電話会社は、競争促進を阻害した原因は、新通信法それ自体とそれにもとづく規制にあると主張している。ベル電話会社は、議会とパウエル新FCC委員長に対して、規制を撤廃するようロビー活動を強化している。

 しかし、新通信法を支持するグループは、前記の両方の批判を近視眼的として非難している。規制緩和によって多額の投資が行われ、多くの新しい通信会社が誕生し、通信産業の競争環境は以前とはまったく変わった。「競争的地域通信事業者」が何社か倒産し、現在進行中の業界再編によって統合が行われても、これらの資産は持続可能なビジネスとして今後も他社に受け継がれ、事業として継続していくだろう、と主張する。「新通信法は、情報分野への投資を2倍にした。この法律の成功は、米国経済の成長に直接寄与している。」と、新通信法の最初の2年間の執行を指揮したハント元FCC委員長は言っている。

■新通信法とその施行上の問題

 単純化して言えば、新たな競争者に対し地域市場を開放するインセンティブをベル電話会社に与えることによって、競争を促進することを狙ったのが1996年通信法だった。ベル電話会社が自社網に競争会社の接続を認め、ベル電話会社の回線を経由して競争会社が顧客にサービスを提供出来るようになれば、ベル電話会社は長距離通信市場ヘ進出する権利を獲得する、という仕組みである。

 民主党系の2人の委員長(ハントおよびケナード氏)のもとで、FCCは新通信法の施行にあたって強硬路線をとり、ベル電話会社に加入者回線を競争者と共用することを命ずる規則を制定した。また、競争会社からの回線使用の申し込みが如何に早くかつ確実に処理されるかを厳密に検証することを定める規則を制定するなど、ベル電話会社に長距離市場参入を認める際の審査基準を厳しく設定した。

 この結果、現在まで2つのベル電話会社が4州で長距離市場に参入を認められたに過ぎない。(ベル・アトランティック、現ベライゾン・コミュニケーションズがニューヨーク州で、SBCがテキサス、カンザス、オクラホマ州で、ただしカンザス、オクラホマの2州はケナード前委員長が辞任する直前<2001年1月24日>の承認)FCCは、その他の5州の長距離市場算入申請を、対応するベル電話会社が依然として競争者の地域市場算入を邪魔しているという理由で拒否している。

 ベル電話会社は、地域市場を開放するためかなりの努力をしており、自分たちは規制権限を手放したくない連邦の官僚主義の犠牲者である、と主張する。ライバルの通信会社は、自分たちの事業展開が遅々として進まない本当の理由、すなわち通信網を構築し通信事業を運営することが如何に難しいか、を隠すためベル電話会社による非協力というありもしない非難を言いふらしている、と非難している。地域市場への参入は、道路の掘削などにカネと時間と手間が必要で、100年前から事業を続けているベル電話会社への挑戦はそれほど簡単ではないのだといっている。

■インセンティブ規制の限界

 ベル電話会社が主張するように、FCCが一括して単純にベル電話会社に長距離市場への進出を認めていれば、長距離通信会社は自分たちの顧客を奪われまいとして地域通信サービスの提供を余儀なくされ、競争はもっと進展したかもしれない。「ニューヨークとテキサスを見よ。利用者は電話会社を選択できる。我々が長距離市場に進出すれば、競争は一段と進む。」とベル電話会社はいう。確かに、多くの人たちが上記2州では競争促進に成功したことを認めている。ニューヨーク州では、200万(加入数の16%、2000年6月現在、FCC調べ)の加入者が競争相手(ベル電話会社の長距離サービスを利用)の手中にあり、猛烈な広告と料金戦争が始まっている。

 しかし、消費者団体、ベル電話会社のライバルとFCCの高官たちは、長距離事業進出の許可申請を保留して、州と連邦の規制当局がベル・アトランティック(現ベライゾン・コミュニケーションズ)に地域市場を開放するよう圧力をかけなかったら、ニューヨーク州での競争進展はなかった、と主張している。「厳しい規制が、競争による成果をもたらした。」のだという。このトレード・オフが新通信法のポイントだった。大口ビジネス顧客は、あらゆる通信サービスを1社で提供して欲しいという要望を持っていることが多く、これらの魅力的な顧客を獲得するためには、ベル電話会社は長距離市場に参入するのに必要なことは何でもやらざるを得ないだろう、と考えていた。

 しかし、多くのアナリストや競争事業者は、このロジックに誤りがあることに気付くようになった。ベル電話会社にとって、長距離通信市場は今や料金と利益の低下を促進する新たな競争事業者によって包囲されており、ベル電話会社がそこに参入してあげられる利益は、地域市場における独占的支配力(ドミナンス)を放棄することによる損失よりも小さくなった。ベル電話会社が長距離市場参入に関心を持っているのは、大企業が濃密に集中する最も大な州だけで、残りの州では地域市場における利益を守るため市場開放を遅らせている、とライバルは主張している。

■新政権の誕生で通信政策に変化の兆候

 新興通信会社は、 ベル電話会社のネットワークを開放させられるのは、 FCCによるより強い規制以外にない、という。しかし、政治的状況は別の方向に動いているように思われる。

 新政権に指名されたパウエルFCC委員長は記者会見(2月7日)で、通信、ケーブル・テレビ、放送の各業界を競争させるためには、政府が介入せず規制を廃止していくことが最も効果的であると述べた。また、規制の目的はイノベーションを促進させ、消費者の利益を護ることであり、より強力な既存の通信事業者から新興企業を保護することではない、と強調した。

 新委員長はさらに、規制緩和は競争促進に不可欠な構成要素であり、競争のご褒美として与えられるべきではないと指摘するとともに、新通信法はブロードバンド技術への投資を促進したが、FCCは「すべての通信市場において自由な競争を実現するための証明」をベル電話会社に与えるのに時間をかけ過ぎた、と批判した。また新委員長は、携帯電話事業者の周波数保有制限や放送事業者のオーナーシップ規制の見直しも含め、規制の簡素化に取り組むのではないかと見られている。

 もう一人の注目人物、下院のビリー・タウジン新エネルギー・商業委員長(共和党、ルイジアナ州選出)は、常々今年の自分の関心は、FCCの改革(注1)、相互補償を巡るジレンマの解決(注2)、ベル電話会社による営業区域内LATA間データ・サービスの提供に関する規制の撤廃である、と述べている。ベル電話会社による長距離通信市場進出を容易にするため、新通信法を見直すことも視野に入っているかもしれない。

(注1)各種申請の審査の迅速化、M&A審査を司法省へ移管、FCCのスリム化など

(注2)2000年3月ワシントン連邦控訴裁は、インターネット・サービス・プロバイダー (ISP)のダイヤルアップ接続は州際通信であり州際管轄権に属する、とするFCC規則を差し戻す判決を下した。一方各州は、ISPとの接続は市内通信として扱い、相互補償(Reciprocal Compensation)の対象としているため、発信時間の長いベル電話会社側はISPが契約している「競争的通信事業者」への支払超過が続いていた。

■競争維持のため規制緩和を牽制

 しかし、議会やFCCがベル電話会社寄りの政策をとれば、ベル電話に対抗する通信事業は壊滅するかもしれない。損失の発生が確実に予想される会社に、投資を続ける人はいないからだ。そのような意味で、米国の通信産業は大きな変化の崖っぷちにある、と主張するのは地域サービスを提供する新興通信会社の団体である。彼らが作成した資料によれば、1997年から2000年にかけて、これらの会社はネットワーク構築に550億ドルを投じたが、会社が倒産すればこれらの投資は消えて無くなってしまう。彼らはブッシュ政権に、経済成長を望むなら競争が機能する状況を維持する必要があり、このことはニュー・エコノミーの基本で、地域電話市場における競争よりも大きな問題である、と訴えている。

 地域電話市場における競争が、米国の大部分の地域に拡大することはない(とくに過疎地域などへは)だろうという見方もある。すべての利用者が「チョイス」を持ち、競争が広がることは理想だが、そんな状況は実現しないだろう。十分な経済的機会がなければ、過疎地域のバスルートで競争が起きないのと同様の理由からだ。

 しかし、1996年通信法の施行後5年間にわたり通信事業の監督に携わった人達は、新通信法は競争が出現するのに適切な条件を創り出した、と主張している。解決にはもっと時間が必要なだけであるという。ケナード前FCC委員長は、我々は十分に前進し、地域電話市場の競争に関する重要な足がかりを築いた、と語っている。

 米国における新通信法施行後5年間の成果を巡る議論を紹介したが、ベル電話会社の市場支配力を弱める規制を先行させることで、地域市場における競争を促進させようとする施策が十分な成果をあげられなかったことを批判する共和党政権(ベル電話会社寄りと見られている)の誕生で、 FCC改革と1996年通信法の見直しの論議が本格化するのは避けられない状況である。

 総務省は、NTTによる独占状態を打破して電気通信事業者間の競争を促進するため、電気通信事業法を改正して市場支配力による規制(ドミナント規制)を導入するなどNTTに対する規制を強化する構えである。しかし米国では、「競争を促進するために規制を強化する」施策も「市場を開放した褒美として新市場参入を認める」(インセンティブ)規制も、地域通信市場の競争促進にはほとんど効果を発揮せず、改めて規制撤廃を軸とする規制改革に取り組もうとしている。

 総務省も、地域通信市場の現状だけに着目してNTTの独占状態を問題にするのではなく、競争が何故進展しなかったのかその原因(NTTの市場支配力、競争事業者の戦略の失敗と意欲の欠如、市場機会の不足、規制の失敗など)を分析・評価して有効な施策を提起すべきではないか。NTTグループの他社が、赤字の地域通信事業に算入しグループ内競争を展開する可能性は、大企業の密集する都心地域(熾烈な競争が展開されようとしている)を除いて、期待できそうもない。このような非現実的なインセンティブに期待する「競争政策」に多くを望むのは無理というものである。

(参考)

  • Local Phone Choice Still Elusive (washingtonpost.com ,Feb 02,2001)
  • FCC Chairman Signals Change , Plans to Limit U.S. Intervention (WSJ.com ,Feb 07,2001)
  • FCC pushes for deregulation (FT.com,Feb 07,2001)
相談役 本間 雅雄
編集室宛>nl@icr.co.jp
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