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2001年11月掲載 |
米国におけるブロードバンドの現状と政策の動向11月11日から米国のラスベガスで国際見本市「コムデックス」が開催された。基調講演に立ったシスコシステムズのチェンバースCEOは、「どこでも、なんでもネットの時代」の到来を強調したが、米国にブロードバンド・インフラ構築の政策がないことや、次世代携帯電話技術の普及が遅れていることを指摘し、このままでは次世代ITで日本や欧州に後れを取るのではないか、と警鐘を鳴らした(注)。米国におけるブロードバンドの普及のもたつきが、回線需要の増大を前提に積極投資を推進してきた通信産業を供給過剰の状態に陥れ、IT不況を深刻化させている。最近における米国のブロードバンド市場の状況と政策の動向を紹介し、それらを踏まえてわが国における問題点を考えてみたい。(注)日経産業新聞(2001.11.14) ■成長が鈍化した米国のブロードバンド市場米国では2001年にブロードバンドがブレークアウトすると見られていたが、ここにきてスピードが鈍っている。最近、スプリントとSBCが今後の事業の本命とみられていた、住宅用と小企業向け高速インターネット接続サービスの縮小を発表した。また、AT&Tワイヤレスが無線によるブロードバンド・サービスを中止した。さらに事態を悪化させているのは、360万のケーブル・テレビ利用者に高速インターネット接続を提供するExcite AT Homeが破産を申請し、債権者はサービスを中止するよう圧力を強めていることである。このような状況を反映して、2001年第2四半期のDSLの増加率(対前年同期比)は14%となり、第1四半期の20%より減少している(TeleChoice Inc.による)。一方、ケーブル・テレビ回線を利用する高速インターネット・サービス(ケーブル・モデム)の2001年第2四半期の契約数は第1四半期のそれに対し、12%減少した(Yankee Groupによる)。因みに、米国におけるブロードバンドの世帯普及率は10%、全米の73%の世帯はケーブル・モデム・サービスの利用が可能で、DSLが利用可能な世帯は45%、両方のうち少なくとも一方が利用できる世帯は85%、両方を選択できる世帯は12%である(注)。 (注)出所:National Summit on Broadband Deployment(Washington,D.C./ October 25,2001)におけるPowell FCC委員長の講演(J.P.Morganの調査を引用) Northpoint Communications Inc.やRhythms NetConnections Inc.のような独立系のDSLプロバイダーが相次いで倒産しサービスの中止に追い込まれた。その時点でベル電話会社は、ブロードバンドは結局期待していたほど魅力的なビジネスではないことに気が付いた(注1)。DSLビジネスは、サービス展開のための高いコストで苦境に陥っている。一方、米国の住宅用ブロードバンド接続数約1,000万の68%を占めるケーブル・テレビからの激しい競争に直面している。地域電話会社にとって事態をさらに悪化させているのは、その儲かる2回線目の電話ビジネスをケーブル・テレビとDSLに奪われていることだ(注2)。 (注1) After Billion-Dollar Build-Up, Broadband Plans Are Put Off:The Wall Street DSLが提供されている地域においてさえ、実際に何時でも利用できるとは限らない。DSLを申し込んでも工事に何ヶ月も待たされるし、持っているパソコンと電話会社の設備との間の不可解な技術難問にも取り組まねばならない。DSLの設置工事とサービスの品質はしばしば劣悪で、ベル電話会社の評判を落としかねない、という。 スプリントが1998年に導入したIONサービス(高速データと音声接続の統合サービスをハイエンドの住宅用ユーザーおよび小企業に提供する30億ドルのプロジェクト)は、何百万ものブロードバンド・ユーザーに利用されるだろうと期待されていた。しかし、技術とサポート上の問題もあって、IONは僅か4,500の顧客を集めたに過ぎなかった。顧客を増やすたびに損失が増えることから、スプリントは10月初旬にIONからの撤退を表明した。スプリントの責任者は、ブロードバンドの高コストはその早急な展開を阻んでおり、政府が強く期待するようにはその早期実現は困難である、と語っている。 今日までの最も徹底したブロードバンドの計画の縮小はSBC(本社テキサス州サンアントニオ)によるもので、2002年末までに同社の営業区域である13州の80%にDSLサービスを提供する60億ドルの計画、Project Prontoを大幅に縮小した。地域ベル電話会社の経営陣は経営が困難な状況にあることに気づき、株主をなだめるため経済のスローダウンに合わせて、支出を削減せざるを得なくなったからだ。そのうえ、高速インターネット接続に少なくとも2年は先行しているケーブル・テレビ会社に、最上の顧客の一部を奪われる危険もある。 地域ベル電話会社(なかでも突出しているのはSBCだが)は、ブロードバンドのスローダウンを規制当局に原因があると非難している。ベル電話会社に自社のネットワークを競争相手と割引料金で共用することを義務づけたことは、技術革新とサービス拡大に対するインセンティブを削いでいる、という主張である。DSLの導入はベル電話会社にとって悩みの種となっていた。ベル電話会社はその初期の不具合の多くを解決したといっているが、旧来の電話回線をデータ伝送の速度にまで高める技術(DSL)は、自社で開発したものではなく、扱いにくいうえに、セットアップするのに予想を超える困難をともなった。 確かに、ベル電話会社はブロードバンドを中止せよと声高に叫ぶことはしないが、例えばベルサウス(本社ジョージア州アトランタ)は、DSLの販売を既に展開済みの地域に限定する意向だ。同社のアッカ−マンCEOは、ほとんどのプロバイダーがこの夏に月40ドルの料金を50ドルに値上げしたことを念頭において、DSLビジネスは注意深く経営しないと、成長はするものの利益がほとんどでないという結果になりかねない、と警告している(注)。一方、ベライゾン(本社ニューヨーク市)は3ヶ月間の特別プローモションを月30ドルでスタートさせるなど、強気な姿勢を変えていない。 (注)前掲 The Wall Street Journal/interactive版(October 29,2001) さらに厄介な問題は、ブロードバンドが本命になろうとしている一方で、解約する顧客がいることである。最初からの技術マニアには、より速いウェブ接続の価値を確信させる必要もなかった。しかし、現在では主流の顧客がDSLサービスで得をしそうもないことに気がついている。自分のe−メールのチェックに月50ドルの支払いが必要だなんて、とても考えられないと彼らは言っている。DSLサービスの魅力を一層アッピールするためには、通信事業者は料金を下げる必要がある。しかし、そこで通信事業者は投資した資金の回収を一層困難にすることになる、とヤンキ−・グループのアナリストは指摘する(注)。 (注)前掲 The Wall Street Journal/interactive版(October 29,2001) 総じて電話会社がブロードバンド(DSL)の推進に慎重な姿勢をとっているの対して、ケーブル・テレビの回線を利用したブロードバンドの積極的な展開が目立つ。この9月から、Time Warner CableはAmerica Online(米国第1位のサービス・プロバイダー)とその競争相手であるEarthLink(第3位)への高速インターネット接続の提供(注)を開始した。現在は10都市でしか利用できないが、年末には20都市に拡大する計画である。最近、マイクロソフトのMSN(第2位)は地域ベル電話会社と協定を締結して、ケーブル・モデムに加えて、全米でDSLによるインターネット・サービスの提供を始めた。 (注)今年1月のAOLとTime Warnerとの合併承認の際の条件となった。 (表)米国における媒体別ブーロドバンドの予測(単位万)
(出所)前掲 The Wall Street Journal(October 29,2001) しかし、ブロードバンドの利益率がダイヤルアップのそれより低いため、ブロードバンドへの移行は、これらのサービス・プロバイダーにとって厳しい試練となりそうだ。例えばEarthLinkでは、ダイヤルアップの収入10ドルのうち通信および設備コストの支出は3ドルであるのに対し、ブロードバンドでは8ドルである。DSLサービスのコストは、ケーブル・モデム・サービスよりも高い。EarthLinkでは、DSLサービスを月額49.95ドルで、ケーブル・モデム・サービスを41.95ドルで提供している。同社によれば、数年以内に利益率の向上が期待できるだろうから、それまでの間はDSLよりも利益率の高いケーブル・サービスを積極的に販売していくことになるだろう、という(注)。 (注)Internet-Service Providers See Broadband As Sound Alternative For High-Level ■FCCのブロードバンド・ポリシー高速インターネット接続は、生産性を高め、新通信網の利用を促進し、コンピュータとソフトウエアの需要を高めるなど経済活動を活性化し、ニュー・エコノミーの柱になると期待されていた。FCCのパウエル委員長は最近の講演などで、現在世帯普及率10%に低迷するブロードバンドの展開促進が、FCCの最優先課題であると強調した。また、インテルのバレットCEOは、政府は連邦ハイウエー・プログラムと同様なイニシャティブを創設してブロードバンドの低成長を打開すべきだ、またブロードバンドの投資に規制上のインセンティブを与えるべきだ、と語っている。 FCCのPowell委員長がブロードバンド・ポリシーを語る(注)のは、ブロードバンドの期待外れの低い成長を意識してのことではないかと思われる。「広範なブロードバンド・インフラの展開が今日の通信政策における中心的課題となった。どこでも、だれでも利用できる(ubiquitous)ブロードバンドの展開は、消費者に価値のあるサービスを提供し、経済活動を刺激し、国の生産性を高め、教育の改善やより多くの米国人に経済的機会を与えるなど価値ある目標を前進させる、と信じられている。FCCはこの考え方を支持し、合理的でタイムリーな展開を支援して、その役割を果たしたい。」と彼は語っている。以下に彼のブロードバンド・ポリシーを紹介する。 (注)"Digital Broadband Migration" Part?,FCC Press Conference (Oct 23,2001) FCC委員長が掲げたブロードバンド・ポリシーの主要な目標は以下の通りである。
ブロードバンド政策の主要な目標としては掲げなかったが、Powell委員長が特に配慮が必要と指摘したのは以下の点である。
Powell FCC委員長は、「代替的プラットフォームを通じてもたらされる真に競争的な選択」を重視し、「競争者に最終的には自分の設備でサービスを提供するインセンティブを与える」こと、および「ブロードバンド・サービスは最小限の規制環境で提供されるべきである」と主張する。しかし米国のIT関係者の多くは、政府主導でブロードバンドの展開を促進すべきだと主張し、現在の米国にはブロードバンド政策は不在だと批判している。 これに対しPowell 委員長は、このような政府主導のアプローチ(彼によるとnational industrial policy)にメリットがあるかもしれないが、自分はこのような国の役割(デジタル・テレビではそのようなアプローチをした)については概して疑念を持っている。市場の失敗の発見と解決は明確に政府の役割であるが、市場への挑戦はプレーヤーに委ねられるべきだ、としてこの二つのアプローチの混同を避けるべきだと主張している。 ■わが国におけるブロードバンド・ポリシー最後にわが国におけるブロードバンド・ポリシーに簡単に触れておきたい。政府(IT戦略本部など)はもともとIT革命を推進するにあたって、インターネットの利用料金の内外格差を問題にしていたが、ブロードバンドの料金が先進国の最低レベルに低下する逆転現象が起きて、今後は公正競争確保が最大の課題になる、としている(注)。具体的には、NTT東西会社を市場支配的事業者とみなして非対称規制(禁止行為類型の明確化とファイアーウォール措置など)を拡充し、公正取引委員会と総務省が共同で反競争的行為を明文化したガイドラインを策定し、NTT東西会社のインターネット分野進出を認めるにあたって基準となる地域網のオープン化を中心にガイドラインを策定する、ことなどである。 (注)テレコミュニケーション 2001年11月号 総務省吉良事業政策課長のコメント このような制度面の整備に加えて総務省は、ブロードバンドに対応した多様なビジネスモデルの登場を促すため、端末、ネットワーク、プラットフォーム、コンテントの各レイヤーごとに必要なパーツを自由に組み合わせてビジネス展開を行ないうる競争環境が必要ではないか、という問題意識のもとに「研究会」で主要論点を明らかにしている。(注) (注)「情報通信新時代のビジネスモデルと競争環境整備の在り方に関する研究会」における主要論点 総務省(2001年10月24日) 「研究会」の提起する競争環境の整備は望ましいが、ブロードバンド市場それ自体が揺籃期にあり、様々な可能性の芽を摘むことのないよう、そのプロセスは市場に委ねることを基本に考えるべきではないか。行政の役割は「市場の失敗」への対処と「明らかな反競争的リスク」を排除することであり、この点は2001年の法改正で十分対応できる。ブロードバンド政策に必要なのは、規制のコストと不確実性を最小限にすることである。 「研究会」は、「各レーヤ−ごとの水平的な競争環境整備と各レーヤ−間を横断する垂直的な競争環境整備の双方を視野に入れて検討していく必要がある」、と問題を提起している。しかし、必要なパーツを自由に組み合わせてビジネスが展開できる「水平的な競争環境」が整備されれば、「垂直的競争環境」(規模と範囲の経済が存在する)を問題にする理由はないのではないか。問題は、市場支配力を前提にした反競争的行為の排除だけである。ブロードバンド市場はコンピューティングのネクスト・フロンティアでもあり、通信の規制を持ち込んでそのダイナミズムを失わせることのないようにすべきだ。 ブロードバンド政策が「NTTの在り方」をめぐる問題に絡んで提起されている。電気通信事業では、新規事業者が参入し競争するためには、既存事業者が所有するボトルネック設備(市内アクセス網)への公正で無差なアクセスを保証することが不可欠であり、規制当局はアクセス規制を整備して対処してきた。しかし、アクセス規制に重点を置いたやりかたでは、競争を促進するうえで限界があるだけでなく、それは規制を強化ないし永続化し、規制コスト増加させる点でも望ましくないという考え方もある。規制の重点を構造規制にシフトさせることを検討(事業分離もしくは卸売り/小売りの上下分離)すべきである、とするOECD「構造分離に関する報告書」が提起している問題である(注)。 (注)山本哲三(早稲田大学教授) 公益事業、分離・分割急げ(日経新聞 2001.10.29) ブロードバンドの推進には、プロバイダーの熾烈な競争が不可欠である。今後の日本経済の牽引役として期待されるブロードバンドの普及を促進するためには、アクセス規制を中心とする現在の規制では限界があり、NTTの構造分離に踏み切るべきだ、という主張がある。しかし、構造分離にともなう「便益」がコストを確実に上回るという保証はない。規模や範囲の経済性の喪失、取引費用の増大、改革に伴う過渡的な費用の発生と混乱を考えると、利用者にメリットがあるか疑わしい。今や先進国でもっとも安いADSL料金が実現したことを考えると、わが国のアクセス規制はブロードバンドの促進を制約する条件ではないのではないか。また、電力、鉄道、上下水道事業などのもつ光ファイバー網と電柱や管路などの開放によって、設備ベースでの競争が進む余地が十分に残されていることも考慮すべきである。 (訂正のおしらせ) |
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相談役 本間 雅雄 編集室宛>nl@icr.co.jp |
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