ホーム > InfoComアイ2004 >
InfoComアイ
2004年2月掲載

日本の通信インフラは5年後にパンクする?

 データ通信量の急増で、現在のバックボーン・ネットワークを構成する光ファイバー網は数年(早ければ5年)後には容量不足に陥る、という衝撃的なニュースが流れた(注)。総務省も去る2月3日に、「次世代IPインフラ研究会」を発足させると発表した。将来的なトラフィック急増に対応し得る次世代のIPインフラの在り方やそれに対する政策支援の在り方などの検討を開始し、6月をめどに第1次報告をまとめることにしている。ADSLの街頭販売、モデムの無料提供や数ヶ月の無料お試し期間など、ブロードバンドの熾烈な販売競争が今も続くなかで、唐突に浮上したという感じもするこの問題をどう考えたらよいのだろうか。

(注)麻生総務相「回線容量不足も」 朝日新聞(2004年1月17日)など

■「勉強会」の提起した問題

 この経緯を比較的詳しく報じた日経ビジネスの記事(注)によれば、総務省が研究会を立ち上げたのは「日本の通信インフラは本当に危ういのか、まだそうとは言えないのか、実際にデータを持ち寄って検証しよう」という視点から、鈴木幸一IIJ社長が音頭を取り通信関係者が集まり、昨秋から会合を重ねた「勉強会」の衝撃的な結論が背景にあるという。その報告書によると、国内を流れるデータ通信量は、この10年で1,000倍近くに膨らんでいる。これは毎年、前年比2倍の伸びを続けたのに等しい。今後もこの伸び率が続くと仮定した場合、現在の通信インフラのままでは対応しきれなくなるというものだった。

(注)「通信インフラは5年でパンクする」(日経ビジネス 2004年2月2日)

 例えば、光ファイバーで構成されているバックボーン・ネットワークは、2003年末現在の最大容量は80Gbpsである。1芯の光ファイバーを波長多重化する技術「WDM」を用いても、最大容量は1T(テラ)bps止まりとされる。これに対して同時期の最大通信量は40Gbpsで、現在の設備のままだと早ければ5年後(2の5乗は32倍 筆者注)に実際の通信量が最大容量を上回る計算になる、と説明されている。

 さらに、通信ネットワークを構成するルーターやスイッチなどの能力に限界が見え始めているという。大容量通信を遅滞なくさばくには、10Tbps以上の情報量を処理できる大容量ルーターが必要になる。だが、新規開発には巨額の投資を伴うこともあり、大容量ルーターの具体的開発を明らかにしているメーカーは見当らない。IP規格に対応した通信規格として企業内や中継網で広く使われているイーサネットにしても、ようやく通信速度10Gbpsの規格が実用化され始めたばかりで、40Gbps以上の実用化のメドは今のところ立っていない、と指摘している。

 こうした状況下で急増するデータ通信量に対応するには、光ファイバーの増設や通信機器を増設して中継網の容量を増やすなど、通信インフラへ再投資が不可欠になるとして、勉強会が試算した結果では、技術革新を待たずに現時点で入手できる通信回線と機器を大量に投入して通信インフラを整備した場合、初期投資は80〜150兆円にも達するという。

 何故このような事態に直面するに至ったのか、IIJの鈴木社長はインタービューで次のように語っている。「定額常時接続のADSLや光ファイバー回線などサービスの安売りが激化し、原価を割る水準で過当競争が続いている。ブロードバンド通信がじゃぶじゃぶ使われ、バックボーンに注がれている。既存の光ファイバー回線に余裕があるので、通信インフラは無限のように錯覚されているが、限界はある。」(注)

(注)官民一体でインフラ整備を IIJ・鈴木社長に聞く(毎日新聞 2004年1月23日)

■期待される客観的なデータの公開

 「勉強会」の問題提起は警鐘として評価すべきだ。しかし、日経ビジネスなどの記事を読んだ限りでは、5年後に通信インフラが容量不足に陥るとする結論をだすにはデータが不足しているように思う。「通信量は毎年2倍ずつ増加する」とする予測に使われたデータは、東京・大阪のIX(接続点)を通るピーク時通信量の過去の数値と思われるが、このデータだけで全体の通信量を予測するのは困難ではないか。今後インターネットの通信量が増加すれば、IXの地方分散やIXを経由しないピアリングも進むだろう。増加している通信量が映像などの大容量データだということが明らかになれば、もっと効率的に配信する技術も導入されるのではないか。しかし、今後5年間のスパンで考えた場合、(年間倍増はともかくとして)通信量の増加は今後も続くとみるべきだろう。

 一方、インターネットを介して、音楽や映像などのファイルを個人間で直接交換するP2P(peer to peer)ソフトを利用する少数の利用者が回線容量の大部分を占有し、一般ユーザーに影響を与えている問題が深刻化して、ISPがファイル交換ソフトを検出して制限できる帯域制御装置を導入し、次々に対策に乗りだし始めた。昨年11月、ゲームや映像ソフトをP2Pソフトの一つ「Winny」で送信可能な状態にしていた二人が、著作権侵害の疑いで京都府警に逮捕された時は、ISPを相互に接続するサービス会社の通信量が15%減少したという(注)。このような通信需要を今後どうみるかで、予測値は大きく変わる可能性がある。

(注)大量データが回線“占領” 読売新聞(夕刊)2004年1月27日 この記事で、合法なファイルにはタグをつけて、違法なトラフィックだけ排除する実証実験が米国で行われていることを紹介している。

 通信インフラの容量不足を結論づけるのに、今後5年間技術進歩がないと仮定するのも、日進月歩のIT産業ではあまりに非現実的な想定ではないだろうか。それとも、過当競争に明け暮れた日本のIT産業には、R&Dに資源を投入する余力がないということなのか。

 現在、電話(ISDNを含む)サービスのトラフィックについては、かなりのデータが公表されていてマクロなトレンドを読み取ることが出来る。今後通信事業の主軸となり、eジャパンの基盤にもなるインターネットの通信量について、客観的なデータを出来るだけ体系的に収集して公開して欲しいものだ。そのデータから何を読み取り、何を選択し、何に集中するかはまさに個々の企業の力であり戦略である。

■ブロードバンド事業の正常化こそ急務

 この10年で国内を流れるデータ通信量が急増(2の10乗は1,024倍)する一方、顧客が利用する帯域当りに換算した通信サービスの価格は、技術の進歩と激しい値引き競争で100分の1近くにまで下落したという。通信を利用する立場からは、1Mbps当りのブロードバンド料金で日本が世界で最も安い水準にあることは歓迎すべきかもしれないが、これは過当競争で原価割れに陥った結果であり、事業の維持可能性に重大な疑問が生じるほどの異常な事態である。通信会社がブロードバンド事業の赤字を累増させている現状(注)では、通信インフラに積極的な投資を行う意欲は出てこないだろう。

(注)ADSL接続サービスが主体のイーアクセスは、2004年3月期に黒字化する見通しを明らかにしている。他者に先駆けて最大40Mbspのサービスを多様化して加入数を伸ばし、加入者の増加に合わせてきめ細やかな設備増設を行ったことが功を奏した。また、事業領域がアクセス・サービス主体で、バックボーン事業のウェイトが低かったことも早期黒字化に寄与している。

 過当競争は供給が過剰だから起きる。しかし、今後は需給がタイトになるという見通しがはっきりすれば、ブロードバンドを収益事業に転化するチャンスである。それには、一律定額料金制の見直しが必要である。現在すでに、同じ帯域のサービスであっても企業向けと一般家庭用とでは料金が違っている。ヘビー・ユーザー(特にファイル交換ソフトを多用する)に一般利用者よりも高い料金を負担して貰うのは、負担の公平性と資源の有効利用という観点から合理的である。電話サービスのように、ピーク時料金制なども考えられるかもしれない。いずれにしても、通信インフラは有限の資源であり、料金システムはその合理的な配分に寄与するものであるべきだ。

 IIJの鈴木社長は「既存のインフラをたたき売りしている現状は、補修をしない高速道路に車をどんどん呼び込むようなもの。いずれは必ず事故が起きる。」(前掲日経ビジネス)と警鐘を鳴らしている。どう考えてみても、現在の日本のブロードバンド市場は異常だ。惰性で見通しのない競争を続けるのを止め、将来きちんと収益を見込める事業に再建していくことを、今こそ考える時ではないか。

■政府の関与の在り方

 通信インフラの整備も競争のなかで行われるのは当然である。また、競争にはリスクが伴う。「研究会」という場であっても、市場予測に政府が関与する場合は慎重であって欲しい。2000年末に米国で通信バブルの崩壊が始まったが、それまでの投資ブームの契機となったのは、インターネットのトラフィックが3ヶ月で倍増するという説だったという。当時のワールドコムの子会社UUNetの幹部による自社のバックボーン・トラフィックが「100日で倍増」したという97年の発言が唯一の根拠だったというこの説は、ニュー・エコノミーの期待に乗じて広く流布し、商務省やFCCの報告書に何度も引用され、いつのまにか権威化してしまった。この見通しを鵜呑みにしたわけではないと思うが、ITバブルの破裂で強気の投資に走った新興企業の破綻が2001年以降に急増し、その後遺症(設備過剰)は現在も続いている。例え政府が関与した見通しに基づき投資を行ったとしても、リスクを負うのは各企業であって政府ではない。本来インターネットは自律分散型のネットワークであり、全体を管理する者は存在しないし、存在すべきでもないことを銘記すべきだ。

 それよりも政府が行うべき通信インフラ整備促進策は次の2点である。第1は、通信会社が、インフラ整備やそのためのR&Dを促進するために、インセンティブが働く仕組みをどう作っていくかであり、安易な政府による助成は行なうべきでない。そのためには現在の規制システムの思い切った見直しが必要だ。まず、通信インフラ整備に大きな役割を果すことを期待されているNTTに課している回線開放義務を軽減すべきだ。通信インフラに対する投資はリスクを伴う。NTTに開放義務がある限り、競争事業者はリスクを取るのを回避し、NTTの回線設備を借りようとするのは当然で、両者の投資意欲を阻害している。CATVや無線LANなど代替技術も利用可能だし、何よりも自ら設備を保有しての競争こそ本当の競争ではないか。次に、東西NTTの営業区域に関する地域限定(県内)規制を廃止すべきだ。そもそも距離の概念のないインターネット時代に、この規制は合理性を欠いている。東西NTTがバックボーン市場に参入すれば、容量不足の緩和に寄与できる。

 第2に通信機器の処理能力を高めるなど新たな技術開発に活力を与えることだ。ブロードバンドの普及率では韓国に及ばないものの、日本は現在、単位帯域当りブロードバンドの料金が世界で一番安く、世界のトップを切ってブロードバンド時代をリードできるまたとないチャンスに恵まれている。実際の需要の裏づけがあれば、そのために必要な機器の開発も大きく進む可能性が高い。いつ頃まで、どれだけの速度と容量の機器が必要になるのか、およそのロードマップが示されるだけでも技術開発は大きく進むだろう。目標が明確になればR&Dに対して政府がどのような関与と助成ができるのかも自ずと明らかになるのではないか。

特別研究員 本間 雅雄
編集室宛>nl@icr.co.jp
▲このページのトップへ
InfoComニューズレター
Copyright© 情報通信総合研究所. 当サイト内に掲載されたすべての内容について、無断転載、複製、複写、盗用を禁じます。
InfoComニューズレターを書籍・雑誌等でご紹介いただく場合は、あらかじめ編集室へご連絡ください。