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2004年4月掲載

米国における通信政策混迷の根源

 昨年2月に米国連邦通信委員会(FCC)は、「アンバンドル網要素(UNE)の3年毎の見直し命令」を採択し、UNEプラットフォーム(UNE-P)(注)の提供義務を継続する一方、光加入者回線(FTTH)の開放と加入者銅回線の共用(高周波数部分をDSLと共用)の義務を廃止する、というブロードバンドの規制改革に踏み切った。しかし「命令」はFCCの委員(5人)間の意見調整に手間取り、8月にその詳細が公表され、10月にようやく発効した。これに対し、既存の地域電話会社(ILEC)とその業界団体のUSTAはUNE-Pの提供義務の存続を不服とし、また競争地域電話会社(CLEC)はブロードバンドの規制撤廃を不服として,ワシントンDCの連邦控訴裁に提訴していた。この裁判で去る3月2日にILECを支持する判決があった。FCCは最高裁に上告して争うか、連邦控訴裁の判決に従って「規則」制定をやり直すかの判断を迫られている。一方、ブッシュ大統領はさる3月26日に、遊説先のニューメキシコ州で演説し、2007年までに全米の家庭でブロードバンド通信を利用できるようにする構想を明らかにした。今後、目標実現にどのような政策で臨むのか注目される。本稿では、連邦控訴裁の判決要旨を紹介し、米国における通信政策混迷の根源は何かを考えてみたい。

 なお、本稿の作成にあたっては、当研究所政策研究グループの清水憲人氏に種々ご教授いただいたことを付記して感謝します。

(注)現行FCC規則では、市内加入者回線(ローカル・ループ)、市内交換機能など7項目のUNEの提供をILECに義務づけているが、近年州公益事業委員会などの主導で、複数のUNEを一括して購入し、高い割引率(個々のUNEを購入するより40%程度の割引となる)で通信プラットフォームとして利用する形態(UNE-P)が増加している。FCCの資料によると、2002年末における米国の固定電話加入数派は1億8,750万回線で、うちCLECが提供するのは2,480万回線(13%)。内訳は自社設備640万(26%)、再販売470万(19%)、UNE1,370万(55%)で、UNEのほとんどはUNE-Pの利用とみられている。なお、FCCの「3年毎の見直し命令」については「本格化する米国のブロードバンド政策の転換」本間雅雄 (InfoComアイ 2003年9月)を参照されたい。

■控訴裁、UNE-Pを否定

 ILECは1996年通信法によってアンバンドル網要素(UNE)の提供を義務づけられている。具体的にどのようなUNEを提供すべきかについては、FCCが通信法に従って決定することになっているが、通信法はFCCが提供すべきUNEを決定する際に少なくとも以下のことを考慮しなければならないとして、(1)本来的な独占のため当該ネットワークへのアクセスが必要かどうか (2)当該ネットワーク要素へのアクセスを提供しないことによって、その電気通信事業者のサービス提供能力が阻害(impair)されるかどうか、の基準を示している。

 FCCの「3年毎の見直し命令」では、原則としてUNE-P(マス市場向け市内交換)の義務づけの継続を認め、FCCが定める一定の基準(注)を充たす場合、州の規制当局の判断でILECに対しUNE-Pの義務づけを免除できるとしていた。しかし、今回の控訴審の判決では、(1)通信法はILECが提供すべきUNEの決定をFCCが行うよう規定しており、委任に関する明確な権限無しに第3者(州公益事業委員会)に阻害性の判断を委ねたことは違法 (2)他事業者交換機への回線切替えの問題のみに基づいて、FCCは全国レベルで競争阻害性ありと判断したことは、市場が異なっている場合にはより詳細に分析するよう命じた2002年5月の控訴裁判決に従っておらず無効、としている。

(注)UNE-Pの「市内交換機能」について、 (1)自社の交換設備を使用して住宅用サービスを提供するILEC以外の競争事業者が3社以上存在するか (2)ILECの競争相手に交換サービスを提供する設備ベースの競争事業者が2社以上存在する場合。

 1.5Mbpsと45Mbpの企業向けのループ及びダークファイバーのUNE提供については、「FCC命令」では原則としてILECに提供を義務づけ、FCCが定める一定の基準を充たす場合、州の規制当局の判断で義務づけを免除することができるとしていた。しかし、今回の控訴裁の判決では、前記のUNE-P同様、競争阻害性の判断を州の公益事業委員会に委任したことは違法、また判断材料が十分でないにもかかわらず、全国レベルで競争阻害性があると判断したことは誤りとして、「FCC命令」を差し戻した。

■ブロードバンドに対するFCCの決定を支持

 今回の控訴際判決では、ILECによる銅線ループの高周波数部分の共用(ラインシェアリング)義務を廃止した「FCC命令」を支持している。「FCC命令」で回線共用の義務づけを廃止したのは、銅線ループのフル・アンバンドル(ドライカッパー)で対応が可能なこと、新たにラインスプリティング(フル・アンバンドル回線でCLEC2社が音声もしくはDSLを別々に提供できる)が利用可能であること、ケーブル・テレビなど他市場との間に競争が存在すること、などが理由である。

 これに対して控訴裁は、次のような判断を示して「FCC命令」を擁護した。第1に、仮に回線共用義務の廃止に関して何らかの競争阻害性が存在するとしたCLECの主張が正しいとしても、その他の考慮事項がいかなる阻害性をも上回るとしたFCCの判断は妥当である。第2に、我々はFCCが、少なくとも回線共用は将来当該市場の健全な競争維持に必要不可欠ではないと判断したと考えるが、この結論は容認できる検討に基づいており、記録の中の証拠によって裏付けられている、と書いている。

 「FCC命令」では住宅用光ファイバー・ループ(FTTH)の開放(UNE提供)義務を原則として撤廃した。その理由は、(1)開放義務の撤廃によりILECだけでなく競争事業者の投資インセンティブが高まる、(2)FTTHを提供可能な世帯の3分の2が競争事業者の営業地域内にある、(3)新規にFTTHを敷設するコストはILECと競争事業者間に差がない、(4)市場が揺籃期にある、というものだった。

 これに対し、控訴裁は以下のような理由で「FCC命令」のブロードバンドに関する決定を支持している。我々は(ブロードバンドの開放廃止によって)たとえCLECに競争が阻害される状況が生じたとしても、FTTHや銅線ループなどの共用に関し、アンバンドリングは好ましくない方向に投資インセンティブを歪め、またケーブル・テレビなどとのモード間競争がブロードバンドにおける相当な競争の持続を保証するという証拠に照らし、これらの網要素をアンバンドルしないとした(FCCの)決定の根拠は合理的である。

■判決に対する反響と今後の取り扱い

 連邦控訴裁は判決文で、適法なFCC規則が制定されなければ、60日後には判決が発効することを表明している。「(1996年通信法制定後)8年間もありながら、FCCは法律に則した開放ルールを作成せず、(最高裁および連邦控訴裁の)判決を無視し続けたのだから、この(短い)期間でも妥当」と控訴裁の判事はFCCを厳しく批判している。

 FCCパウエル委員長は、先の[FCC命令]において設備ベースの競争を支持しUNE-Pの廃止を主張したが、共和党系の委員が民主党系の委員と組んで多数派を形成し阻止された。今回の控訴裁判決を「高度サービスと真の競争がもたらされる機会が回復された。」として歓迎している。一方、UNE-Pを支持した多数派委員は、「判決に失望した」として、判決の差し止めおよび連邦最高裁への上告を主張しており、今後の見通しは不明確だ。

 地域電話会社の業界団体USTAは、連邦控訴裁が管理された競争を拒絶する決定を行ったことを評価し、この決定は消費者の選択、技術革新および自由市場にとって決定的な勝利である、と声明を出している。大手ILECのSBCは「今回の判決によって、業界は健全で持続可能かつ経済合理的な競争を促進する方向に向かうだろう。」とコメントしこの判決を歓迎している。また、問題はUNE-Pそれ自体にあるのではなく、それをコスト以下で提供しなければならないことにある、として卸売事業(相互接続)が今後もSBCにとって重要なビジネスであることを強調している。

 一方、消費者団体とCLECは、今回の判決は料金値上げにつながるとして控訴する意向を早々と明らかにしている。また、業界団体CompTelは、この判決は劣悪なサービス、高い料金および少ない選択しかもたらさなかった市場の独占支配時代に時計の針を戻すものだ、と非難している。

(注)AT&Tは、市内電話網に市場価格以下の料金でアクセスができなければ、顧客料金を上げざるを得ないと主張している。しかし、同社の「ワンレートUSA」の例が示すように、料金値上げが必ず起こるとは限らない。この料金プランはミズーリ州では月額49,95ドルで、市内電話網への規制された接続料金は月額19ドルであるのに対し、隣のイリノイ州では接続料金は月額12ドルと安いのに顧客料金は月額49.95ドルと変わらない。このことは、顧客料金はコスト・コントロールではなく、市場競争で決まることを示している。(The telecom follies : The Wall Street Journal / March 26,2004))

 ところで、この判決(3人の裁判官のパネルによる)の扱いはどうなるのか。第1は、判決に従い控訴裁判決の発効日から60日以内にFCCが規則を書き直すことだが、FCC委員の多数派が反対しており、この可能性は極めて小さい。第2は、連邦控訴裁に裁判官全員(9人)による再審を請求する(期限は判決の発効日45日まで)ことである。第3は、連邦最高裁への上告(期限は控訴裁への再審請求却下から90日後)である。FCCはすでに最高裁で1回、控訴裁で2回の差し戻し判決を受けており、すんなり最高裁で受理されるかが疑問視されている。受理されても判決が確定するまで、さらに2年は政策不在が続くことになるだろう。その間、控訴裁判決の効力停止が認められかもはっきりしない。

 しかし、別の解決があるのかもしれない。今回の控訴裁判決が発効すれば、設備開放義務の一部が無効になり、UNE-Pの料金は相互接続協定に基づき商業ベースによる事業者間の協議によって決まることになる。FCCは去る3月31日に、通信市場における確実性を回復し競争を維持するため、誠実に(相互接続料金の)協議を促進して欲しいとする5人の全委員が署名した手紙を通信会社及び関係業界団体に送った。しかし、FCCが議論の枠組みも示さないまま、州の公益事業委員会の監視下で、ILECは一社づつ協議する必要がある。通信会社の経営者の多くは、これまでのこの種々の試みが失敗に終わった経験に鑑み、この大きな亀裂がそう簡単に埋まらないと疑念を表明している(注)

(注)FCC urges telecoms to reach settlement on sharing networks(WSJ.com / April 1, 2004)

■混迷する米国の通信政策の根源

 ウオール・ストリート・ジャーナルは去る3月4日の社説で次のように述べている(注)。FCCは「競争」という名のもとであれば、通信事業の経営に介入しても良いと考え、地域電話会社の通信インフラを市場価格ではなく、政府の決めた価格で競争相手と相乗りできるようにしてしまった。結果は予想通り、競争が促進されるどころか弱まってしまった。設備を借りられる新興企業は自ら構築しようとせず、地域電話会社も競争相手との回線共用を(赤字で)強制されるぐらいなら、通信網の高度化を急がない。投資家も政府が勝手に投資リターンを決めていると疑っている。米国の通信政策の混乱は、政権内のリーダー不在がもたらしたものだが、裁判所が再度政策転換の与えているこの機会をホワイトハウスは逃してはならない、と指摘している。

(注)Review & outlook ; Strike Three at the FCC(The Wall Street Journal / March 4,2004)

 同じ紙面に高名なメディア問題の専門家のジョージ・ギルダー氏が意見を寄せている(注)。彼の見方は大要次の通りである。前政権時代のFCCは、本来は規制緩和を目指した96年通信法を、ラストマイル回線の「再規制」と解釈して、その投資リスクを民間企業に押し付けながら、回線開放や共用義務を課してそこからのリターンを公共化し、新インフラ投資の価値を減少させ、新ローカル・ループの敷設を中止に追い込んだ。ローカル・ループを技術革新を競い合う闘技場とは考えず、退屈な公益事業とみて開放や共用を強いてきた時代遅れの政策が、今日の米国におけるブロードバンドの立ち遅れの原因である。

(注)Stop the Broadbandits by George Gilder(The Wall Street Journal / March 4,2004)

 さらに彼は、今必要な政策は、家庭やオフイスに接続するマルチメガビットの真のブロードバンド(現在米国で広く利用されている低速回線ではない)を、通信サービスとして規制するのではなく、技術革新の新たな事業領域として自由化することだと強調している。

 ブッシュ大統領は去る3月26日にニューメキシコ州で演説し、2007年までに米国の全家庭でブロードバンドを利用できるようにする構想を明らかにした。この演説は、対抗馬である民主党のケリー上院議員が雇用の回復に関連して「将来を左右するブロードバンド技術のような新産業の成長を加速する」経済プランを発表したことを意識したものだ。ブッシュ大統領がブロードバンドに言及したのは一昨年の夏以来だという。演説では「広く、誰でも利用できる費用で(universal,affordable)2007年までにブロードバンド技術にアクセスできるようにする。」と言っている。演説ではその実現のための具体的な施策に触れていないが、議会はブロードバンドのアクセスに課税すべきではないと付け加えている。演説で、選択肢が多ければより価格は下がると強調していることから、規制撤廃も当然視野に入っていると見られている(注)

(注)Bush sets Internet access goal(washingtonpost.com / March 27、2004)

 ウオール・ストリート・ジャーナルが3月26日の社説で指摘している懸念は的を得ているように思う(注)。「我々の懸念は、情報技術のパイを政府の官僚が切り分けることを容認したアル・ゴア/リード・ハント(前FCC委員長)の産業政策が、現政権の下でも残っているのではないかということだ。ワシントンでは誰も注目しないが、規制緩和が進んで非常に競争的な無線産業が繁栄している。一方、ブロードバンド市場は、規制を惰性に近い形で推進した州や市などの役人の手に委ねられてしまった。卸売価格を低く設定したため、既存の通信会社には新しいネットワークの構築はいうに及ばず、既存のネットワークを改善するインセンティブもほとんど存在しなかった。」

(注)Review & outlook:The telecom follies(The Wall Street Journal / March 26,2004)

 わが国でも、米国と同じ問題に直面しているように思う。規制を強めれば既存事業者の負担で、ある程度まではブロードバンドの普及が進むかもしれない。しかし、既存事業者のインセンティブを殺ぎ体力を害えば、国全体として失うものは大きく、長期的な目標達成は困難になる。それに、リスクを取るものだけがリターンを得るということでなければ、誰がインフラを供給するのだろうか。

特別研究員 本間 雅雄
編集室宛>nl@icr.co.jp
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