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2004年6月掲載

BTグループ復活の戦略

 BTグループの2004年3月期決算が発表された。規制に基づく携帯電話の着信通信料の値下げを除けば、第4四半期(2004年1〜3月)のグループ収入は前年同期比1%の増収となった。2001年11月に携帯電話事業を分離し固定通信会社として再出発して以来、同社にとって初めての実質増収増益である。テレコムバブル期に大型の企業買収に走り、第3世代携帯電話の周波数の競売に多額の投資をし、過大な債務を抱えて経営危機に陥った同社は、携帯電話部門の分離、電話帳部門の売却、国際部門の再編など大幅なリストラを進めてきた。固定通信事業に特化して再生の展望を描くことを余儀なくされた同グループに、ようやく復活の道筋が見えてきたようだ。固定通信事業の減収が止まらない日本の通信事業者にとって、BTグループ復活の戦略は参考になるのではないか。

■「ニュー・ウエーブ」好調

 BTグループは5月20日に2004年3月期の決算と第4四半期の業績を公表した。注目される同社の第4四半期の業績は以下の通りである。(ニュース・リリースによる)

  • グループの収入は前年同期とほぼ同額、携帯電話の着信通信料の値下げによる影響を除けば1%の増収
  • 音声サービスなど「伝統的事業」の収入は9%の減少となったが、「ニュー・ウエーブ」(BTリテールのITソリューション、ブロードバンド、移動通信などの新事業)の収入は前年同期比48%増加(BT小売部門の総収入の21.2%、前年同期は14.2%)
  • 「BTグローバル・サービシーズ」は営業利益が黒字に転換
  • 税、営業権の償却、および例外的費用の控除前利益は前年同期比6%の減少、さらに特別退職手当(今期の1億4,900万ポンドに対し前年同期は7,100万ポンド)を控除した場合は8%の増加
  • 期末の純負債は前年より12%減少し84.3億ポンド(3年前の約3分の1、2003年度売上高の46%)、2007年3月末に70億ポンドまで削減
  • 当四半期におけるITソリューションの契約獲得額は23億ポンド
  • ブロードバンドのエンド・ユーザーは約250万(2004年5月14日現在)
  • 2004年3月末従業員数は前年より5%削減して99,900人
  • フリー・キャッシュフロー(通年)は20.7億ポンドで前年比21%増
  • 資本投資(通年)は26.7億ポンドで前年度比9%増
  • 営業権の償却及び例外的費用控除前の1株当たり利益(通年)は、前年比19%増の16.9ペンス、配当(年間)は前年の1株6.5ペンスから8.5ペンスへ増額
  • 顧客満足度のかなり大きな向上

 BTグループは大きく3つの部門から構成されている。第1は「BTリテール」であり、エンド・ユーザーに直接サービスを販売(小売)する役割を担う。第2は「BTホールセール」であり、他通信事業者に回線サービスを卸売するほかBTリテールに設備の保守を含む各種の回線サービスを提供(卸売)する。第3は「BTグローバル・サービシーズ」であり、グローバル企業に対し世界の拠点を結ぶネットワーク・ソリュ−ションを提供する役割を担い、主な事業にBTソリューションズ及びBTシンテグラがある。

 2004年第4四半期の業績は、「BTリテール」の収入が35.2億ポンドで前年同期比1%の減、営業利益は3.1億ポンドで16%の減(ただし退職特別手当控除前では2%の増)、「BTホールセール」の収入が27.1億ポンドで4%の減、営業利益は4.0億ポンドで16%の減、「BTグローバル・サービシーズ」の収入は16.5億ポンドで8%の増、営業利益は昨年同期の7,900万ポンドの赤字から700万ポンドの黒字に転じた。内部取引相殺後のBTグループの連結収入は47.9億ポンドで、昨年同期とほぼ同額(携帯電話の着信料の値下げを除けば1%の増収)で、減収傾向に歯止めを掛けることに成功したとみられている。BTグループのブランド会長は「これらの成果は、債務を減少させ、株主に酬い、将来を築く継続的能力が我々にあることを実証した。」と強調している。

 BTグループのベン・ヴァヴァイエンCEOは2003年度及び同第4四半期の業績について以下のようなステートメントを出している。「BTグループは現在変革の途上にあるが、この第4四半期の業績は大きな励みになった。「ニュー・ウエーブ」事業の成果は、我々の戦略が適切であることを示している。「ニュー・ウエーブ」事業の収入は第4四半期に38%増加し、「伝統的」事業の減収を補うことができた。ITソリューションの受注額は急激に増加し、第4四半期には23億ポンドで、通年の受注額は70億ポンドを超えた。我々は「ブロードバンド・ブリテン」を実現しようとしている。現在我々は、年間162%増の250万のブロードバンド接続を提供している。我々は1年以内に、英国の99%(人口比)においてブロードバンド接続を可能とすることを目標としており、達成できれば英国はブロードバンド・リーグのトップの座を占めることになる。我々の事業の変革は今後一層加速されるだろう。我々は今後も競争が激しくなる状況に直面している。しかし、我々は既に達成された相当な前進の上に、さらに投資を増加させるつもりだ。我々の行動と将来計画は、将来に関する我々の戦略に自信をもたせている。」

 フィナンシャル・タイムズ(注1)は、BTグループの業績回復が明らかになったにもかかわらず、2004年度の収入見込を開示しなかったことに不安を抱いているようだ。BTリテールは、月平均約10万の住宅用顧客を主としてCATV会社から獲得しているが、一方新規参入通信会社のカーフォーン・ウエアハウス(携帯電話の販売代理店)やTele2などに顧客を奪われ、ネットで月10〜15万の顧客を失っているという(注2)。一方、BTグローバル・ソリューションズは競争相手から市場シェアを獲得しつつあるとして評価している。携帯電話事業を分離したBTを創造的な企業だと考えるのは難しいが、岐路に立たされた同社の「必要性」が、グローバルな通信における最新のトレンドの最前線に向けてBTを駆り立てたのだ、と同紙は書いている。しかし、ITソリューションやブロードバンドなどのより競争的な分野へ進出する中で、利益率の低下に歯止めをかけられるかどうかが、今後のBTの最大の問題だとも指摘している。

(注1) BT stems revenue decline(FinancialTimes.com / May 20 2004)

(注2) 2004年3月末のBTリテールの総回線数(音声、デジタル及びブロードバンドを含む)は前年比0.2%増の2,960万回線、電話回線やISDNの減少をブロードバンドの増加で補った。(BT News release;Preliminary results−year to March 31,2004 / May 20,2004)

■BTグループの復活戦略

 通信バブルの時代に過大な投資やM&Aに走った結果、欧州の通信会社は軒並み経営危機に直面した。BTは特に債務が過大でその早急な削減のために、成長部門の携帯電話事業(mmO2)の分離や安定した収益の見込める電話帳部門の売却、国際通信事業の再編など大幅リストラを余儀なくされたが、既に述べたように最近に至りようやく復活の兆しが見えてきたようだ。BTグループの復活の戦略を考えてみたい(注)

(注) 態勢立て直す英国通信の巨人 週刊東洋経済 (2004.5.1-8)参照

 第1に、債務の返済を最優先させ、事業の分離、売却、再編など思い切ったリストラ策を推進したことだろう。携帯電話事業のような成長分野を分離すれば、例え債務が軽減されても、相対的に価値の低い資産の集合となって、復活の展望は開けないという見方が強かった。しかし、債務の削減を最優先し、バランスシートの健全化に取り組んだことは正解だったようだ。多額の不良資産を抱えたままではコストの削減は困難だからだ。

 第2に、英国内では固定電話などのナローバンドからブロードバンド(注)やITソリューションへ、海外ではグローバル企業に対し世界の拠点を結ぶネットワーク・ソリューションの提供へ特化する明確な戦略をとったことである。市場の早い変化に対応するために、固定電話などの「伝統的」な事業のコストは削減し、その分を「ニュー・ウエーブ」などの新しい分野に集中的に再投資し、さらにその成果を四半期毎に評価し、より良い株主価値を生み出すべくフォローアップして、意思決定を早めていく態勢が整えられた。

(注)BTのヴァヴァイエンCEOは,現状で1Mbps以上の帯域を使うサービスはほとんどなく、ADSLで十分な通信帯域が確保されており、FTTHが必要かどうかに疑問がある、問題はサービスであって技術ではないと語っている。(前掲 週刊東洋経済)

 第3は、顧客の満足度を重視する経営である。社内のすべてが顧客に焦点を当てるために、評価基準に財務的なものだけでなく、顧客満足度といったものを含めるようにしている。リストラが進んだとはいえ、BTグループは従業員10万人の巨大組織であり、それぞれの専門性によって内部組織が構成され、垂直的な部門利益によって評価される。しかし、顧客は会社を部門毎ではなく、全体として(水平的に)評価する。だからBTでは、部門別の利益だけでなく、顧客満足度も評価の対象に含めることにした。自分の部門だけでは問題が解決できず、他部門のせいで顧客満足度が下がることもあるが、それでも顧客満足度を高めていく必要を説得した結果、各部門が顧客満足度を高めるために互いに協力する方向に向かうようになったという。

 第4は、グローバル事業の見直しである。従来は進出した国の国内通信市場でシェアを確保することも目標に、大型のM&Aや提携を推進してきた。しかし、現在BTグループが狙っているのは、グローバル企業に対して世界中の拠点をつなぐネットワーク・ソリューションを提供することである。BTは世界中にプレゼンスがあり、世界中に展開するグローバル企業に、他の通信会社と異なるバリューを提供できるようにすることが目標である。

 第5は、固定電話などの「伝統的」なサービスの減収傾向は避けられないとしても、出来るだけその影響を先送りし緩和する戦略である。BTはパッケージ・サービスの「BTタゲザー」ファミリーの新バージョンを7月1日から導入し、料金を引き下げ、料金体系を簡素化し、競争他社との料金比較を簡単に出来るようにする。この新パッケ−ジ(オプション1)は、競争他社の同様のサービスよりも料金は概ね安く、他社からの顧客の獲得を期待できる。品質を保証できる音声サービスのインフラとして、BTは現在の加入電話網を出来る限り長く活用することを期待している。

(注)例えば「BTタゲザ−」のオプション1(時間プラン)は、月額固定料金10.5ポンド(1ポンド値下げ)、昼間通話3ペンス/分、夕刻・週末通話1時間まで:5.5ペンス/通話 その後:1ペンス/分。従来の標準料金プランは廃止され、顧客はオプション1(現在の利用者500万)に合流する。競争他社はBTの市場支配力の濫用にあたるとして、規制当局のオフコムにBTの卸売回線レンタル料の引き下げを求めている。

 第6は、分離した移動通信事業に対する対応である。BTは既に「MVNO(再販売)」方式でBTブランドのサービスを提供しており、2004年3月末の顧客ベースは14.4万である。個人向けサービスでは、携帯電話から自宅への通話は無料、固定・携帯電話料金の一括請求など移動と固定通信の融合サービスを売り物にしているが、近く携帯電話端末で企業や家庭の固定電話回線を利用できる新融合サービス「ブルーフォン」を開始する予定である。

 BTグループが適切な戦略によって増収増益を実現し、復活の軌道に乗りつつあることは確かだが、今後もこの成果を持続できるかは分からない。電話などの「伝統的」な電気通信サービスがどんなスピードで携帯電話やeメール、さらにIP電話(VoIP)などに移行するか、また先行者利得を得ていると思われる「ニューウエーブ」で価格競争が、いつ頃どんな形で起きるかによるのではないか。

■「ブルーフォン」で携帯電話事業に再参入

 BTは経営危機を回避するため、やむなく携帯電話事業を分離したが、法人顧客などから固定通信だけでなく無線を含むソリューションの提供を強く求められこともあって、MVNO(再販)方式で携帯電話事業に再参入した。しかし、BTの再販事業「BTモバイル」は既に述べたように、請求書上の融合(バンドル・ビリング)にとどまっており、差別化という点からは不満の多いものだった。そこで登場したのが「ブルーフォン」である。

 「ブルーフォン」は、一つの端末で固定・移動通信の両方のサービスを利用できるようにするサービスである。BTの「ブルーフォン」専用端末を使って、自宅や勤務先で利用する時は同社の固定通信網経由(高品質、安い料金)で接続され、将来は公衆無線LAN(注)のアクセスポイントでは無線LANにも接続される。それ以外の場所では携帯電話として利用できる。このサービスの特徴は、利用するネットワークが自動的に切り替わり、利用者は自分がどこにいるかを意識せずに利用できることだ。

(注)BTは「Wi-Fi」をワイヤレス・ブロードバンドとして重視しており、空港、ホテル、レストランなど公共施設約2,000ヶ所で整備を終え、8月までに8,000ヶ所に拡大する予定。(前掲週刊東洋経済)

 以前からこのような固定・移動融合サービスの実現に多くの電話会社が取り組んできたが、ネットワークの切替えに人手が介在する仕組みだったため成功しなかった。「ブルーフォン」では近距離無線通信技術の「ブルートゥース」を端末に組み込み、「ブルートゥース」基地局の圏内(25メートル程度)にいる場合はすべて固定網(基地局と端末間はコードレス)を経由し接続され、圏外に移動すれば携帯電話網に接続される。この切替えがすべて自動的に行われる。BTグループは年内にもサービスを開始したいとしており、提携する携帯電話会社にボーダフォンを選んだ。

 BTグループにとって、顧客に固定、移動通信、ブロードバンド、放送などをバンドル・サービスとして提供する構想の実現に踏み出すためには、「ブルーフォン」を差別化の切り札として移動通信事業に実質的に再参入することは、どうしても必要な選択だったのではないか。

特別研究員 本間 雅雄
編集室宛>nl@icr.co.jp
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