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2004年7月掲載

新段階に入った米国における通信事業の競争

 昨年2月に米国連邦通信委員会(FCC)は、「アンバンドル網要素(UNE)の3年毎の見直し命令」を採択し、UNEプラットフォーム(UNE-P)(注1)の提供義務を継続する一方、FTTH(ファイバー・トゥー・ザ・ホーム)のアンバンドル義務と加入者銅回線の共用(高周波部分をDSLで利用)義務を廃止する規制改革に踏切った。この「命令」が発効したのは昨年の10月だったが、これに対しベル電話会社など(ILEC)とその業界団体のUSTAはUNE-Pの提供義務の存続を不服とし、また競争的地域電話会社(CLEC)はブロードバンドの規制撤廃を不服として、夫々ワシントンDCの連邦控訴裁に提訴していた。

 この裁判で去る3月26日に、ほぼILEC側の主張を認める内容の判決があった(注2)。司法省の首席検事は結局最高裁への上告をしないことを決定し、FCCもそれに追随することを決めたため、FCC「命令」は6月16日に失効した。FCCは出来るだけ早い時期に「暫定規則」を制定し、今年中には「新規則」の制定を行うことを表明しており、その間現行のUNE-P料金の値上げを行わないとの約束をベル電話会社から取り付けたので、当面の混乱は避けられる見通しである。しかし、AT&TやMCIなどは一部の州において消費者向け地域電話事業からの撤退を表明するなど、従来から進めてきた競争促進政策が後退し、地域電話料金の値上げを招くのではないかとの批判もでている。本レポートでは新段階に入った米国における通信事業の競争と政策について考えてみたい(注3)

(注1)従来のFCC規則では、市内加入者回線(ローカル・ループ)、市内交換機能など7項目のUNEの提供をILECに義務づけているが、近年州公益事業委員会などの主導で、銅線ループと消費者向け市内交換機能などUNEの組み合わせを一括して購入し、高い割引率(個々のUNEを購入するより4割程度割安となるという)の適用を受け、通信プラットフォームとして利用する形態(UNE-P)が主流となっていた。

(注2)控訴裁の判決の概要については「米国における通信政策混迷の根源」本間雅雄(Infocomアイ2004年4月)参照

(注3)Telecom:The day after(BusinessWeek online / JUNE 26,2004)などを参考にした。

■ベル電話会社の勝利か

 連邦控訴裁の判決が発効し、ベル電話会社など(ILEC)が強く主張してきたUNE-Pの廃止が認められたこと、回線共用義務やFTTHの料金規制の廃止などが確定したことは、間違いなくベル電話会社などに有利な状況である。今後もUNEを競争事業者(CLEC)に提供する必要があるものの、来年以降利用料金の値上げ(ベル電話会社側からはコスト割れの是正)が行われるものと見られる。地域電話会社大手のSBCは「この判決によって、通信業界は健全で持続可能かつ経済合理的な競争が促進される方向に向かうだろう。」と歓迎している。また、「問題はUNE-Pそれ自体にあるのではなく、それをコスト以下で提供せねばならないことにある。」として競争企業に対する卸売が今後も同社にとって重要なビジネスであることを強調している。

 しかし、ベル電話会社による卸売料金の値上げは競争企業による地域通信事業の規模を縮小させる可能性がある。前掲のビジネスウイーク誌が引用しているレーマン・ブラザーズの調査によると、来年ベル電話会社はCLECから消費者およびビジネス顧客を400万(全体は1,500万)奪回するだろうという。この傾向が続けば、ベル電話会社は今後3年間に30億ドルの追加収入をあげる可能性がある。もちろん、1996年通信法の改正でベル電話会社に認められた、長距離と地域通信サービスのバンドル提供は今後も継続できる。

 ベル電話会社は米国通信法271条によって、長距離市場への参入条件として14項目のチェックリストの遵守を義務づけられており、その中に「アンバンドル市内ループ」も含まれている。今回義務づけが廃止されたのは251条による「卸売価格による再販」であり、光ループのアンバンドル義務は廃止されていない、という解釈もあるようだ。ベル電話会社は251条の義務づけが廃止されたアンバンドル要素については、該当する271条の義務づけも廃止すべきだとする請願をFCCに提出している。いずれFCCの定める新規則の中で明らかになるだろうが、規制料金による提供義務が撤廃されれば、事実上ベル電話会社側の主張が通ったと見るべきだろう。

 通信料金の値上げをもたらすかもしれない判決を、ブッシュ政権が何故最高裁に控訴して阻止しようとしなかったのか。前掲のビジネスウイーク誌によると、無線(携帯電話や無線LANなど)やインターネット電話サービスなどの技術革新によって、ベル電話会社に対し新たな競争が十分に用意されているからだという。秋に選挙を控えたブッシュ大統領は去る3月、「米国民なら何処でも、誰でも利用できる料金で(universal,affordable)2007年までにブロードバンド技術にアクセス出来るようにする。」とニューメキシコ州の演説で公約した。その後、インターネットへの課税禁止以外これはという具体的なブロードバンド政策の内容が公表されていないが、この控訴見送り表明は、遅れている米国のブロードバンドへの投資を促進する有力なシグナルとして、ブッシュ政権は期待したのではないか。

■地域電話料金は値上がりしない

 ベル電話会社はアンバンドル料金を2004年中は値上げしないと約束している。しかし、2005年に値上げされる可能性が高い。前掲ビジネスウイーク誌によれば、ベル電話会社はアンバンドル料金を承認する各州の公益事業委員会に、現在の月額19ドル/回線(平均)から28ドルへの値上げを認めるよう働きかけているという。調査会社のヤンキー・グループによれば、各世帯が支払っている地域電話料金は1ヶ月約40ドルで、ベル電話会社はアンバンドル料金が値上げされても、長距離電話会社(CLEC)にかなりの利益が残ると主張しているという。

 一方長距離電話会社側は、アンバンドル料金が値上げされれば、消費者向け地域電話事業に参入し続けることを正当化することが困難になると反論している。AT&Tによると、地域電話サービスの1顧客当り月額コストは29ドルであり、AT&Tが地域と国内長距離電話のパッケージ・サービス(利用無制限)を月額50ドルで提供している状況を勘案すると、値上げによって地域電話サービスの利益はほとんど失われてしまうという。CTA(競争通信事業者協会)は、AT&TとMCIから地域サービスを購入している顧客は750万人で、その売上額(長距離を含む)を年間110億ドルと推定している。ベル電話会社がアンバンドル料金を上げれば、それを利用者料金に転嫁させない限り長距離会社の利益を減少させる。一方、携帯電話などの無線とIP電話などからの競争に直面しているベル電話会社は、利用者料金の値下げを今後も続けざるを得ないと見られ、AT&Tなどが値上がり分を利用者に転嫁するのはる困難と見られる。結局、アンバンドル料金が値上げされれば、AT&TなどのCLECは、市内サービスが赤字になる市場から撤退を余儀なくされるのではないか。

 AT&Tは去る6月25日に、7州で消費者向け地域電話事業の新規顧客募集を中止し、今後どんなオプションを選択するかを検討中であると発表した。地域と長距離のバンドル・サービスを提供できなければ、AT&Tは消費者向けサービスでベル電話会社に対抗するのは困難であることに気が付くだろう、と前掲のビジネスウイーク誌は指摘している。MCIは既にインターネット・サービスなどの企業向けビジネスに集中しようとしている。地域電話網を所有しているスプリントも、携帯電話などの無線事業とインターネット・サービスへの集中を開始している。いずれにしても、長距離通信会社の事業の、分野の見直しは避けられないのではないか。

(注)AT&Tは7州における地域通信事業の新規顧客募集中止の発表と同時に、2004年の業績見込みを引き下げた(2003年度に対し売上高は13%、リストラ費用を除く営業利益は70%夫々減少する)ため、株価が一気に9.8%下がった。市場は、AT&Tがベル電話会社に支払う市内接続料金がいずれ値上げされるなど先行きの不透明さを織り込んで、株価への影響が大きいと見たようだ。同社の発行する長期債券に対するS&Pの格付けは現在BBBだが、ジャンク・レベルへの引き下げもありうるという。S&Pはコマーシャル・ペーパーや短期債務の格付けの引き下げも検討中である。長期的には現在同社の売上げの70%を占めるビジネス分野けの集中は避けられないとする見方が有力だ。

■地域電話サービスはベル電話会社の独占には戻らない

 例えAT&Tなどの長距離電話会社が地域電話サービスから撤退しても、無線とIP電話技術がベル電話会社の地域電話サービスの強力な代替手段となるだろうという。しかし、すべての利用者が無線とIP電話を代替手段として受け入れるとは限らない。現在、米国の携帯電話加入者数は約1億6000万だが、携帯電話の信頼性に不安があることもあって、その95%は固定電話にも加入している。しかし、ヤンキー・グループの予測によれば、携帯電話の通話品質の改善もあって、2008年には固定電話を持たない携帯電話利用者は15%に増加するという。

 IP電話サービスはスタートしたばかりで、現在米国においてブロードバンド回線上でIP電話を利用する加入者は20万程度に過ぎない。しかし、この状況は変わろうとしている。今年になって、コムキャストやタイム・ワーナー・ケーブルなどの大手のケーブル・テレビ会社は、相次いで消費者向けウェブ・フォン・サービス(IP電話)の開始を発表している。長距離通信会社のAT&Tや地域電話会社のベライゾンなどもIP電話への進出を明らかにしており、来年には残りのベル電話会社もIP電話に進出すると見られている。この他、現在先行しているボネージなどのベンチャー企業も存在感を増している。調査会社のガートナーは、2008年には米国の19%の世帯がIP電話を利用すると予測している。

 このような市場の変化を考えると、地域電話市場が再びベル電話会社の独占に戻る可能性は小さい。それよりもベル電話会社は、ケーブル・テレビや無線などからの競争激化とIP電話などによる将来の収入減をどうやって乗り切り、ブロードバンド時代につなげて行くかが課題ではないか。

■一斉に動き出したブロードバンド・インフラへの投資

 米国の「通信政策の転換」に、ベル電話会社は相次いでブロードバンドに対する投資を増加させる計画を発表するなど、敏感な反応を示している。地域電話会社第2位のSBCコミュニケーションズは去る6月22日に、今後5年間で40〜60億ドルを投資し、ケーブル・テレビ網に対抗できる光ファイバー網を構築する計画を明らかにした(注)。SBCの計画は、いわばファイバー・ツー・ザ・ノードといったもので、400〜500世帯毎に設置されるノードまでを光ファイバーで結び、ノードから先数百フィートは現用の銅線を活用してブロードバンド・サービスを提供し、投資額を抑制しようという構想である。同社の幹部によれば同社のFTTNはFTTH(米国における利用者は現在約7万に過ぎない)の4分の1のコストで可能だという。

(注)SBC plans fiber optic nettowork(FinancialTimes.com /June 22 2004)

 SBCのウィテカーCEOは「光ファイバー技術とIPベースのサービスは通信革命を可能にし、消費者およびビジネス向けにビデオ、データ及び音声サービスを統合したサービスの提供を実現する。これらは現在のネットワークでは実現できないサービスだ。」と強調している。SBCはこの光ファイバー網で高精細(HD)テレビ、IP電話及び超高速ブロードバンドの統合サービスを提供していく考えだ。今年末にはマイクロソフトのIPTVソフトを使って、標準及び高精細テレビ放送、カスタム化可能なチャンネルの提供、ビデオ・オン・デマンド、デジタル・ビデオ・レコーディング、マルチメディア・インターラクティブ番組ガイドなどの実験に取り組む計画である。

 先行する地域通信最大手のベライゾン・コミュニケーションズも、2004年に10億ドルを投じ東部の9州で100万世帯を結ぶ光ファイバー網の構築に取り組んでおり、来年にはビデオ・サービスを提供する予定である。地域通信第3位のベルサウスも、今後1年以内に現用の銅線を利用したビデオ・サービスの実験を開始することを最近明らかにした。

 携帯電話会社大手のスプリントとシンギュラー・ワイヤレスは6月22日無線ブロードバンド・サービスの導入計画を前倒しにすると発表した。スプリントは2005年までに10億ドルを投じてCDMA2000 EV−DO網を構築し、米国の主要な大都市でADSLやケーブル・ブロードバンドに匹敵する高速データ・サービスを提供する。スプリントは2006年にも同程度の投資を行う計画だ。シンギュラーは今後数年間に数十億ドルを投じて超高速移動データ・サービスを提供できるHSDPA(High Speed Downlink Packet Access)を展開し、2005年にはノートブック型PC向けのデータ・サービスを開始する。

 ケーブル・テレビ最大手のコムキャストは2005年末までに約2000万世帯でIP電話を利用できるようにする。ケーブルビジョン・システムズは番組配信とインターネット接続を契約している利用者は、ほぼ無料でIP電話を利用できる料金プランを設けた。

 確かに「新ルール」では地域電話サービスについて地域電話会社が有利な立場にあり、長距離電話会社が不利な状況にあることは確かだが、それらに携帯電話会社、ケーブル・テレビ及び新興企業が加わった通信市場における競争で、いずれが勝つかは誰も分からない。ここで重要なことは、ブロードバンドに対する原則規制撤廃の方向が明確になったことで、リスクをある程度計算できるようになり、一刻も早く自社に有利な状況を自ら創り出すべく一斉に動き出したことだ。その結果ブロードバンド・インフラへの投資が活発化し、「新規則」制定以前に狙った目標(ブロードバンドの加速)を達成できたのではないか。

■競争に関する「新公式」は消費者にとってプラスかマイナスか

 前掲のビジネスウイーク誌は、最後に上の見出しのような問題提起をしている。技術革新の進展は従来存在しなかった利便性を消費者にもたらす。しかし、その価格が安いとは限らない。消費者運動家は、将来(特定の地域で)たった2つ(ベル電話会社とケーブル・テレビ会社)のプレーヤーが市場を支配することを心配している。ブッシュ政権は一歩下がって、技術変化が通信産業に大きな影響を及ぼす状況を見守るという決定を行った。しかし、この2つの巨大怪獣は,お互いの料金を引き下げるような競争を行うのか、それとも安易な競争の真似事にとどまるのか?これがブッシュ政権によって未回答のまま残された大きな問題である、というのがその答えである。

 日本の状況を踏まえて、我々はこの米国の経験から何を学んだらよいのだろうか。基本は技術革新の成果を制約するような規制を見直し、設備ベースでの競争を中心に事業者がリスクを取って新分野に挑戦できる環境を整備することだ。通信事業の将来のモデルは、音声、高速インターネット接続およびビデオのトリプル・プレイに携帯電話やWi-Fiなどの無線が加わった「トリプル・プレイ・プラス」ではないか。技術が融合する方向にある以上、先ず特定の事業者に特定分野の市場参入を認めないとする規制の撤廃が必要だ。特に通信事業による放送事業参入(逆方向は既に自由)を自由化しなければ、光ファイバーの能力をフルに発揮しコストを引き下げることはできない。

 次に光ファイバーのアンバンドル提供義務と価格規制の見直しである。総務省は、開放義務があると投資意欲がなくなるというが、東西NTTはどんどん光ファイバーに投資しており(2003年度に、光ファイバーとFTTH機器で合計約3330億円の投資を行った)、当面両社の開放義務は撤廃しないと言っている(注)。開放義務もさることながら、光加入者線の料金が月額5000円程度というのは、インフラ維持が可能なコストなのか、投資リスクをどう評価しているのか。そもそも代替性のあるADSL、ケーブル・テレビなどのブロードバンド料金が競争の中で決定されている状況下で、料金規制が必要だとは思えない。それに、丸の内地区も地方都市でも画一的な料金というのも合理性を欠いている。現実に東西NTTがある程度の投資を続けている(株主と利用者の負担で)からインセンティブがあると結論付けるのも乱暴過ぎる。米国と市場構造が異なるとしても、きちんとした議論をすべきだ。

(注)再編5年、NTTの強さは本物か (第3回)(日経コミュニケーションズ / 2004年6月28日)

 最後に通信料金の定額制が主流になりつつある時代に、組織を距離の概念で律するという非現実的な状況を放置すべきでない。米国では地域電話会社が長距離市場に参入する見返りとして長距離電話会社にコストを無視したUNE-Pを強制した。これをコストに見合った料金に改定すると、長距離電話会社は地域通信市場から撤退するしかないというのであれば、長距離電話会社による地域通信市場参入は見せかけの競争を演出するものでしかなかったのではないか。たとえ長距離会社が消費者向け地域市場から撤退しても、地域市場における競争はケーブル・テレビ、ワイヤレス及びIP電話会社などに主役が移って継続するだろう。主戦場も電話からブロードバンドに移る。このような状況下で、地域会社と長距離会社という区分は意味をなさなくなった。NTT東西とNTTコミュニケーションズは一旦統合して、経営責任を負うNTTの判断(組織は戦略に従うべきだ)で新たな体制に再々編成すべきではないか。

特別研究員 本間 雅雄
編集室宛>nl@icr.co.jp
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