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2006年5月掲載

フランスは如何にして「トリプル・プレー」のリーダーとなったか

  ブロードバンドの普及率や料金で、韓国や日本などのアジア勢が世界の先頭を走っていると思い込んでいたが、どうやらそうでもないらしい。フランスの新興ISPのイリアッドが、市場を支配している巨大な既存通信会社や設備メーカーに挑戦して、ブロードバンドを含む新たな「トリプル・プレー」の市場で優位に立っている。これに対抗する既存通信会社も、巻き返しにでて競争の相乗効果を高めている。従来、売上の過半を固定電話に依存してきた電気通信事業が、現在その基盤を早急に失いつつある。そのプロセスを多少遅らせることができても、電話がいずれブロードバンドのアプリケーションの一つになるのは避けられないだろう。その先にどんなビジネス・モデルがありうるのか、フランスのケースにヒントがあるのではないか。

■新興企業イリアッドがフランスのブロードバンドを刷新

 長い間、フランスの通信産業は国有・独占企業が市場を支配していて、ブロードバンドは世界で最も遅れた市場の一つだった。しかし、6年前の規制緩和のお陰で、フランスの消費者は米国よりもずっと高速で低廉な高速インターネット・サービスにアクセスしている、とウオール・ストリート・ジャーナルは報じている(注)

(注)How France became a leader in offering faster broadband(The Wall Street Journal online / March 28 2006)

 フランスでこれらの変化を利用して競争を引き起こしたのは、新興通信会社のイリアッド(Iliad)である。同社の160万の加入者は、フリー(Free)と呼ばれる「トリプル・プレー」パッケージを月額29.99ユーロ(4,200円)という安い料金で利用している。このパッケージには、81のテレビ・チャンネル、フランス国内および米国を含む14カ国への利用無制限のVoIPによる通話と高速インターネット接続が含まれている。米国のケーブル・テレビ会社や電話会社が提供するこれと同等のパッケージ(含まれるテレビ・チャンネル数は米国の方が若干多い)の最低料金は、月額90ドル(10,000円)を超える。イリアッドの28歳のCEOであるMichael Boukobzaは、「我々は人々の居間に入り込み、彼らの通信サービスの使い方を変えつつある。」と語っている。

 ブロードバンド・サービスで、フランスは如何にして米国に先行できたのかという疑問に、前掲のウオール・ストリート・ジャーナルは以下のように答えている。2000年に、フランスの規制当局は、同国のドミナントな通信会社であるフランス・テレコムに対して、その全国通信網を他の電話およびインターネット・サービス・プロバイダー(ISP)に利用させるように命令した(注)。このため、フランス・テレコムは、何千もの電話回線を集めた多数の地下センターに、イリアッド、Neuf Cegetelおよびイタリア・テレコムのAliceなどの競争相手が、自前の設備を設置することを認めねばならなくなった。規制当局は、フランス・テレコムがISPに貸す回線料金の額や、競争相手の顧客からの苦情を何日で解決しなければならないかなども決めている。 ブロードバンドおよびそれを利用するインターネット電話とテレビジョンに素早く対応したフランスは、市場改革のモデルとして今後も注視する必要がある、とeMarketerのアナリストは評価している。

(注)2000年10月にフランスの電気通信規制当局ARTは、その勧告でフランス・テレコム(FT)がローカル・ループ・アンバンドリング(LLU)の義務を負うことを決定し、01年4月に回線の開放を求める事業者に対する料金およびサービスの非差別的取り扱いの原則を定めた。これに基づき02年6月にFTは回線の開放条件と料金モデルを発表して、複数の事業者に対するLLUの提供を開始した。06年1月推計で、13の事業者がフル・アンバンドル59万回線、ラインシェアリング223万回線の契約を締結済み。

 事実、イリアッドはフランスに激しい競争を引き起こし、その結果ブロードバンドの高速化をもたらした。イリアッドのFreeは、ダウンロード速度24Mbpsまでのブロードバンド・サービスを提供している。これに対し、米国では電話およびケーブル・テレビ会社が提供するブロードバンド接続の平均速度はおよそ1.5Mbpsである。ただし、何社かのISPはFreeと同等もしくはそれを上回る速度のサービスを提供している。

 このFreeの接続速度は新サービスの提供を可能にした。例えば、Freeの利用者は一つのチャンネルでテレビを、もう一つのチャンネルではコンピュータのスクリーンを同時に視ることができる。Freeは、今年の9月までに同社のサービス・パッケージの一部としてハイビジョン・テレビを提供する予定である。これは、欧州の主要な通信会社に対する先制攻撃になるだろうという。Freeはこれで、現在多くのフランスの家庭が受信している半ダース程度のチャンネルよりもはるかに多いテレビ・チャンネルを提供できるだろうという。(フランスのケーブル・テレビ産業は米国のそれに比べずっと小規模である。)

 このFreeのビジネス・モデルは、その収入の大部分を固定電話サービスに依存しているフランス・テレコムに対する大きな挑戦を意味している、と前掲のウオール・ストリート・ジャーナルは指摘している。昨年、フランス・テレコムも「トリプル・プレー」パッケージの提供を始めている。最初の3ヶ月はFreeの料金とほぼ同額であるが、4ヶ月目からは月額40ユーロ(5,700円)に値上りする。フランス・テレコムはインターネット電話も導入済みであり、2005年末加入数は100万である。また、同社のインターネット・テレビの加入数は20万である。

 Freeが小規模でより動きが速いことも、フランス・テレコムにとって脅威である。Freeの従業員が1,100名であるのに対し、フランス・テレコムの従業員は206,500名であり、その大部分は厳しい労働法によって解雇できない。前掲のウオール・ストリート・ジャーナルによると、Freeは新規顧客1名の獲得のために41ユーロ(5,800円)を支出しているのに対し、フランス・テレコムは69ユーロ(9,800)円も使っているという。

 Freeの「なんでも自分でやる(do-it-yourself)」は、イリアッドの創業者のXavier Nielが定着させた気風である。デートのためのメッセージング・ボードで成功したこの38歳の起業家は、Freeを立ち上げるにあたって、定評のある通信設備メーカーであるアルカテルに「トリプル・プレー」用の機器を発注するのを拒否して、イリアッド自身が「フリーボックス(Freebox)」と呼ぶインターネット、音声およびテレビ・サービスを伝送するハードウエアを製作した。イリアッドは加入者宅にデジタル信号を直接発着させるための設備であるDSLAMについても自社で設計している。さらに、イリアッド自身がインターネット・テレビのためのプログラムを書くために、オープン・ソースであるリナックス・ソフトウエアを使っている。同社のインターネット・テレビは2003年12月からサービスを提供しており、これは世界で最初に開始したうちの一つだった。

 前掲のウオール・ストリート・ジャーナルによれば、イリアッドの創業者のNielおよびCEOのBoukobzaは、若くて元気が良い(brash)ので、フランスにおける順応主義(conformist)のビジネス・エスタブリッシュメントの中で、とかく目立つ存在であるという。2003年に同社は、特別料金なしではFreeにコンテントを利用させないとするフランス最大の公共放送局を訴えており、現在も訴訟は継続している。

 イリアッドの経営幹部は、定額の月額料金の他に余分の料金を顧客に支払って貰えるような新サービスを「フリーボックス」に追加し続けることが、自分達の戦略であると語っている。最近同社は、ビデオ・オン・デマンドとBBCやCNNのようなペイ・テレビ・チャンネルの提供を開始している。

 Freeは、特に顧客サービスにおいて、今なお多少の「成長の苦痛」を経験しているようだ。昨年、フランスの消費者保護庁に寄せられたISPに関する苦情は3倍になったが、そのうち約半数がFreeに対するものだった。イリアッドの2005年の収入は対前年比62%増の7.24億ユーロ、利益は同69%増の6,890万ユ―ロだった。

 インターネット電話への移行が予想を上回る勢いで進んでおり、Freeはフランスにおいて依然としてこれらの技術に対するインパクトを有している。フランスの伝統的な固定電話の全市場の40%ほどが、今年末までにインターネット技術を使った通話に切替えられるだろう(2005年末は約15%だった)、とフランス・テレコムのDidier Lombard CEOは語っている。

 同時に、フランス政府は同国におけるブロードバンド接続数を増加させたいと望んでおり、フランスは現在他の多くの国々を追いかけている。OECDの調査によると、2005年6月現在におけるフランスのブロードバンド接続の人口普及率は12.8%である。これに対し米国は14.5%であり韓国は25.5%である。

■フランス・テレコムの経営戦略の見直し

 上記のような新興通信企業の攻勢に対して、既存通信会社のフランス・テレコムはどのように経営戦略を見直して対抗しようとしているのだろうか。フィナンシャル・タイムズに掲載された同社のDidier Lombard会長兼CEOに対するインタービュー記事をもとに紹介する(注)

(注)France Telecomユs big rethink(Financial Times online / April 5 2006)

 Lombard氏はインタービューで、彼がフランス・テレコムのトップに就任した2005年2月以降、以前は事実上独占企業だった同社の伝統的ビジネス・モデルの大部分が、如何に速く失われたかについて語ったという。彼がとくに言及したのは、自宅から電話をかけるのに最早相応の料金を支払いたくない顧客の数が増加したことである。これらの顧客は、ブロードバンド・インターネット接続を経由して通話を伝送する非常に安い(時には無料の)サービスであるVoIPに群がりつつある。

 これは恐らく、デジタル写真の出現によってイーストマン・コダック社のようなフィルム・メーカーが壊滅的な打撃を受けた最近の事例に良く似ているという。昨年末にフランス・テレコムの株価は、フランスの代表的企業を組み込んだ株価指数CAC40を大きく下回り、既に「Kodak Moment」に直面しているが、Lombard CEOは例え動きが余り敏捷でない一部国有の企業であっても、これらの極端な変動に対応できる方策があると主張している。

 彼によると、フランス・テレコムのような伝統的な電話会社は、現在大変革の真っ只中にあり、単純化していえば、最早顧客は固定電話の料金を支払いたくないのだという。通信市場の規制緩和によって、フランスは固定電話からインターネット電話への移行が最も先行しており、彼はこのことを電話会社の他のボス達よりも強く感じている。携帯電話事業のオレンジ(Orange)およびインターネット・サービスのワナドゥー(Wanadoo)を傘下に持つフランス・テレコムは、2005年の販売目標を達成できなかったが、その理由の一つは第4四半期(通常最も販売が期待できる時期)における顧客のVoIPへの移行だった。

 このことがフランス・テレコムの経営構造の弱点を顕にした。Lombard CEOは、情報を入手するのが遅れたことを認め、販売市場における速い動きに適切に対応できる意思決定の方法を見つけようとしている。彼は、24人が集まる経営幹部会を廃止し、1月末に9人で構成するより厳挌な経営委員会を創設した。このことは、彼が昨年9月に表明した経営幹部組織を「強化しつつ簡素化する」見直しの第2段階にあたる。従来同社は、月次もしくは四半期ベースの決算を幹部会に報告し検討していたが、経営委員会設置後の2月中旬以降は週ベースになった。月曜日の午前9時に経営委員がパリの本部に集合し、前週の成果を2時間検討する。午後には同社の「変革(transformation)」に集中して2〜3時間の協議を行なっているという。

 しかし、昨年における販売未達成の原因の一部は、Lombard CEOおよびその同僚による反撃の結果でもあった。彼らの小規模な競争相手であるFreeやNeuf Telecomの「トリプル・プレー」パッケージによる攻勢を見守る代わりに、例え旧来の音声トラフィックからの収入の流れを枯渇させるのを早めるとしても、フランス・テレコムは同社のVoIPバンドルの契約を獲得するために多くの要員を投入したからだ。VoIPへの移行を遅くらせても、結局は移行が進んで、その時に打撃を受けることになる。技術的変化の潮流を抑止することができないことをLombard CEOはよく知っているという。

自社のVoIPパッケージを提供することによって、フランス・テレコムは顧客離れを食い止め、これらの顧客に彼らが喜んで料金を払って貰える娯楽、ホーム・セキュリティおよび健康などの分野の新サービスを販売することで、少なくとも失われた音声サービスの幾分かを取り戻すことができるだろう、とLombard CEOは計算している。4月4日に同社は、インターネット顧客向けのビデオ・オン・デマンドにMiramax FilmsおよびTouchstone Picturesの映画を加える契約を締結したことを公表している。

 Lombard CEOは、VoIPを契約済みの加入者のうち価値にこだわる人達は、若干の追加料金を支払ってもより品質の良いサービスを利用したいと考えるだろうと主張している。そこでフランス・テレコムは、4月に音質の良い新「ブロードバンド」VoIPサービスを導入した。このサービスは「まるでコンサート・ホールにいるような印象を与える」という。

 新サービスの開発では、通信以外の分野の企業との提携が含まれるが、周辺産業の買収を始めることはないだろうとLombard CEOは語っている。利用者が携帯電話でテレビを視聴するのに慣れてきて、通信会社と所謂コンテント・プロバイダーの間の境界が曖昧になってくることから、特にメディア・セクターは買収の対象になりがちである。しかし、彼は「得意分野ではないコンテント産業に我々が参入することはないだろう。外部が作成したコンテントを我々は利用する。」と語っている。

 以前の独占企業として、フランス・テレコムには今なお厳しい規制が課されており、略奪的行動という批判無しでは料金を思い切って値下げすることは困難である。この戦略的挑戦に対するLombard CEOの答えは、ライバル他社によって提供される製品と「同等でない価値のあるもの(something)を提供する」ことだという。同社は年初に従業員1,500名の製品開発に専念する部門を立ち上げ、ワイドバンドVoIPなどを開発している。Lombard CEOによると、以前に独占企業であったフランスとポーランドの事業は規制の重荷を背負わされるものの、英国、スペインおよびベルギーの事業(携帯電話)では、より束縛の少ない挑戦者であることを強調している。

 昨年の夏にLombard CEOはフランス・テレコムの戦略を明らかにし、今年早々からVoIPへの移行を加速させることにしたが、その際、Orangeブランドの利用を徐々に増加させ、Wanadooを徐々に止める意向を明らかにした。彼は、将来このブランドの移行が完了すれば、新しい融合サービスにとって大いにプラスになるだろうと期待している。移動と固定電話間を統合するサービスの提供は、フランス・テレコムにとって強力なセールス・ポイントになり得る。このような事業の広がりを持たないライバル達が、我々を真似るのは困難ではないか、と彼は語っている。

 しかし、ビジネス・モデルが逆立ちして、今やVoIPがモバイルでも利用できるようになり始めた。この破壊的技術の新しいアプリケーションが離陸すれば、フランス・テレコムはその固定通信事業で学んだ教訓をオレンジ事業に適用する必要に迫られるかもしれない。Lombard CEOがよく知っているように、潮流には流れが強すぎてそれに逆らって泳ぐことができないものがある、と前掲のフィナンシャル・タイムズは書いている。

■Freeが「クワドルプル・プレー」に挑戦

 フランスで「トリプル・プレー」を提供した最初のISPで、フランスのブロードバンド・バンドル料金引き下げの主役となったFreeが、去る4月20日に、最新のセット・トップ・ボックス(フリーボックス)と、Wi-Fiベースの通話を可能にするコンパチブルなモバイル端末の導入によって、モバイルVoIPが利用出来るようになると発表した(注)。Freeの加入者はWi-FiベースのVoIPを、固定回線に対する追加料金なしで(月額29.99ユーロのままで)、フランス国内および米国を含む14の国々への通話で利用できる。

(注)Iliad's wireless bundle proves potent challenge(Financial Times online / April 21 2006)

 Freeは公然と携帯電話会社をターゲットにしている。Freeを提供しているイリアッドによれば、フランスの携帯電話利用者が発信する通話のうち40%は家屋の中からだという。アナリストによると、フランスの携帯電話利用者の多くはバンドル・サービスを契約しており、実際の影響はこの数値よりもずっと小さいだろうという。しかし、同社はそこにチャンスがあると考えている。さらに、イリアッドの財務責任者は、携帯電話会社は現時点で高い利益率をあげている、それは素晴らしいことであり、彼らはそうすべきだが、そこには顧客に提供すべきコスト・セービングも存在する、と語っている。それでも、FreeによるモバイルVoIPへの参入は「携帯電話の中に送り込まれたトロイの木馬」とか「羊の檻に侵入した狼」という見方をする向きも少なくないという。

 オレンジ・フランス、SFRおよびブイグ・テレコムの3社がフランスのドミナントな携帯電話会社であるが、この3社は昨年12月に料金設定の共謀によって、新記録となる5億3,400万ユーロの罰金を課されている。また、4月にはバージン・モバイルがフランスで営業を開始した。創業者のブランソン卿は「フランスの市場を精査したところ、フランスの多くの人たちはかなりの金額を(既存の携帯電話会社から)剥ぎ取られていることが分かった。」と語っている。

 前掲のフィナンシャル・タイムズは、イリアッドは過去3年間、常に月額29.99ユーロで同社の「フリーボックス」を提供し、また定期的に新サービスを追加してきたことで、フランス・テレコムに対する可能性のある挑戦者であることを証明したと評価している。一方、フランス・テレコムはこの1月に、同社の顧客が予想以上に速く固定電話を見捨てて、VoIPに移行していると投資家に警告している。イリアッドやNeuf Telecomを含む新興ISPのお陰で、フランスは欧州でVoIPの最も高い普及率を誇っている。Freeは2005年末160万だった加入数を、今年末には200万に増加させことを目標にしている。

特別研究員 本間 雅雄
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