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2006年8月掲載

「新競争促進プログラム2010」を考える

 総務省の「IP化の進展に対応した競争ルールの在り方に関する懇談会」(IP懇談会)は去る7月14日に「新競争促進プログラム2010」と題する報告書(案)を発表した。この報告書は懇談会による総務省への政策提言という位置づけながら2010年までの通信行政のあり方を方向づけるものになっている。通信基盤のブロードバンド化とIP化が急速に進展する中で、競争ルールの見直しから相互接続や料金規制のあり方まで、広範囲な提言をしているが、ここでは特に議論が高まりそうな3テーマについて考えてみたい。第1に、NTTグループが構築に取り組んでいる次世代通信網に対する規制のあり方。第2に、移動通信における再販事業(MVNO)及び販売奨励金の問題。第3に、NTT東西の光アクセス回線の貸出料金についてである。報告書は8月23日までパブリック・コメントを受け付け、9月にも最終報告書として決定される予定である。

■「次世代ネットワーク」はNTTの自発的「オープン化」が最良の選択

 NTT東西が中核となって構築を推進しようとしているNTTグループの「次世代ネットワーク(NGN)」について、「報告書」は次のように評価している。「(NTT東西の)次世代ネットワークについては接続ポイントの集約化や伝送容量の飛躍的拡大が実現することにより、アクセス網はもとよりコア網においても従来以上に規模の経済性や範囲の経済性が働き、市場支配力が高まる可能性をあることを念頭に置く必要がある。」(44ページ)「(前略)垂直統合型ビジネスモデルに対応した公正競争確保の在り方について検討することが必要である。例えばレイヤー(注)を縦断する形で何らかの市場支配力の濫用が行なわれる可能性(例えば通信レイヤーから上位レイヤーへの市場支配力の濫用等)が懸念されるところであり、これに対処して行くことが必要である。」(11ページ)など、リスクを賭けて「次世代ネットワーク(NGN)」の構築にトライするNTTに理解を示すよりも、それによる市場支配力強化を警戒する論調となっている。

(注)報告書ではIP時代のビジネスモデルを分析するための枠組みとして、「レイヤー型競争モデル」を採用している。下位から、物理層レイヤー、通信サービス・レイヤー(この2つを通信レイヤーと呼ぶこともある)、プラットフォーム(課金、認証、QoS管理など)・レイヤー、コンテンツ・アプリケーション・レイヤー。

 わが国の電気通信事業に対する規制は、累次の規制緩和措置を経て競争ルールの見直しが行われ、事前規制は市場支配力の濫用を防止するドミナント規制に限定されている。その典型的な例が市内アクセス回線に対する規制だろう。最近NTTが提供するドライカッパ―を利用した直収電話による競争が進み、基本料までが競争料金となったが、この場合はアクセス網を含め各社自前の設備でネットワークを構築している。これはPSTN(回線交換網)だが、インターネットについてもアクセス回線はNTT東西に多くを依存するとしても、ネットワークはISP(Internet Service Provider)が自ら設置しているか他のISPに接続もしくは委託して運営している。NGNで提供されるサービスの差別化は、プラットフォーム、アプリケーション及びコンテンツをどう構成するかによるだろうから、NTT東西のNGNを競争相手が利用する可能性は極めて小さいのではないか。現実にNTT東西の地域IP網を競争他社が利用している例はないという。(報告書41ページ)「次世代ネットワーク」はルーターとサーバーで構成され、市販設備の利用が可能でコストは大幅に安くなるはずだ。設備ベースの競争促進のためにも、投資のインセンティブを確保する観点からも、規制によってNTTのNGNを競争他社に開放を義務付けるのではなく、自発的開放を誘導する政策を基本とすべきではないか。

 報告書が指摘するのは、規模や範囲の経済による市場支配力が高まる可能性であり、通信レイヤーからの上位レイヤーへの市場支配力の濫用の懸念である。しかし、技術の変化が激しく、NTTが「次世代ネットワーク」の展開で確実に市場支配力を高められる保証はどこにも存在しない。例えば、ソフトバンクが推進を計画しているFTTN(Fiber To The Node)が成功すれば、NTTの光アクセス回線の相当部分が不良資産化するリスクに曝されるかもしれない。同様の例がWiFiやWiMAXなどの無線アクセス技術でもみられる(注)。NTTの次世代ネットワークも段階的に整備が進むのだから、実際に市場にどのように受け入れられるかを把握してから、規制が必要かどうかを判断しても遅くはないだろう。

(注)サンフランシスコやフィラデルフィアにおいて、市全域をカバーする市営の格安高速無線ブロードバンド(WiFi)網の構築が進行中であるが、連邦議会はこの動きをサポートするため、新無線技術,例えば地上波TVのチャンンル間の空きスペース(干渉を防止するための未使用周波数帯、ニューヨーク市では2、4、5,7,及び9チャンネルの周波数帯をUMA(Unlisenced Mobile Access)として活用する)を強力なWiFiに類似したサービスに開放する提案などに関する新たな闘いを始めた。(Thephone companies still donユt get it:BusinessWeek / July 31,2006) この提案がなされた2001年当時は、この構想は非現実的とみられていたが、今日では FCCもこの提案に強い関心を持ち、パブリック・コメントを招請する段階にある。(WiFi eyes the empty airwaves:BusinesWeek online / July 31,2006)

 「通信レイヤーから上位レイヤーへの市場支配力の濫用の懸念」(特に携帯電話でその懸念が強い)についても、最近ウェブ上でアプリケーションを利用する形態が急速に普及し始めており、端末側でアプリケーションを実装しなくても、上位レイヤーで提供されるアプリケーションをネットワーク上で利用できるようになったことで、事実上問題は解決されるのではないか。それよりも、上位レイヤーのグーグル、ヤフー及びAOLなどが、利用者に広告を提供することと引き換えに、メールなどの通信サービスを無料で提供する戦略を強めており、通信会社はその対応に苦慮している。むしろ、上位レイヤーから通信レイヤーに対する市場破壊力が強力に働いているように思える。

 NTTグループのNGNはNTT東西(将来ドコモが加わる)が構築する。しかし、NTT東西の本来の業務は地域(県内)通信事業で、NGNが目指す全国シームレスな通信サービスの提供には「活用業務認可制度」に基づく認可が必要である。(報告書46ページ)活用業務認可に際しては、ガイドラインに沿って、ネットワークのオープン化、ネットワーク情報の開示、必要不可欠な情報へのアクセスの同等性確保など公正競争確保のための措置を講ずることを求めている。しかし、NTTの次世代の通信基盤を担うネットワークが、本来業務ではなく例外として認められる「活用業務」として規律され、それ故に一段と厳しい規制の対象となるというのは納得し難い話ではないか。

 「報告書」はNTT東西のNGNは「新たに一から設置されるものではなく、その大半があくまで既存の物理網に立脚して従来のネットワークを更新して構築されるものである以上、新規のネットワークであって規制の対象とはならないという考え方は妥当ではない。」と断じている。(44ページ)競争他社がNTTのNGN利用してサービスを提供することは当然あり得るが、その提供条件まで規制で定めなければ公正競争が確保できないとは考えられない。インターネットで明らかなように、IPネットワークの時代はネットワーク・サービスの新規参入の垣根は、PSTN時代に較べて格段に低くなるはずだからだ。

 「通信・放送の在り方に関する政府与党合意」(06年6月20日)において、「NTTの組織問題については、ブロードバンドの普及状況やNTTの中期経営戦略の動向などを見極めた上で2010年の時点で検討を行い、その後速やかに結論を得る」こととされたことから、「報告書」は「本報告書で提言した一連の競争ルールの見直しを積極的に推進するとともに、(中略)2010年代初頭段階においては、(中略)通信関連法制の在り方について総合的に検証を行うことが求められる。」として、制度の抜本見直しの時期を2010年と見定めているようだ。そうであれば、2010年の抜本見直しまでの間に推進される競争ルールの見直しは、整合性確保の観点から必要最小限にとどめるべきだろう。

 通信の技術とサービスは、融合(固定/移動、有線/無線、通信/放送など)、バンドル化、ワンストップ化の方向に急速に動いている。NGNはこれらのトレンドを最も効率的に実現するため、IPベースの「One Converged Network」を目指している。距離と業務領域をメルクマールにしているNTTの現在の組織が、電話時代の遺物であることはNTT自身も認めるところだろう。IPネットワーク時代に、何がキラー・アプリケーションなのか、何がベストの事業モデルなのかを探るためには、試行錯誤の繰返しは避けられないだろう。顧客の支持を集めるのは通信よりも、斬新なアプリケーション、充実したコンテンツ、それに魅力的な端末ではないかという予感がする。

 NTTの組織がどう在るべきかは、基本的にはNTTの戦略に従うべきで、公正競争を確保する上で問題が生ずれば、その部分についてどう解決するかを考えればよい。消費者、IT産業及びNTT自身にとって最良の選択肢は「オープン化」戦略だろう。NTTはNGNを極力オープン化して、事業者間の協議によって他事業者が必要とする形態で提供すべきだ。競争他社とのビジネスは、対価が合理的な水準であれば、営業的にも十分意味がある。一方、行政はボトルネック設備(IPネットワーク時代におけるボトルネック設備とは何かについても問題があるが)にとどめているドミナント規制の拡大を控えるべきだ。もちろん、ボトルネック設備保有者による公正競争の妨害行為があれば、独占禁止法などによって事後的に介入するなどの対応が必要なことはいうまでもない。

■携帯電話の販売奨励金の問題に行政の介入は不必要

 「報告書」は現在の移動通信市場を、周波数制約に基づく寡占的な市場と認識して、移動通信市場における規制の見直しを2つのポイントから提起している。第1は、MVNO(Mobile Virtual Network Operator)の参入による競争促進の問題である。第2は、携帯端末に対する販売奨励金の問題である。何故か、周波数の競売に対する言及はない。

 「報告書」は、第1のポイントであるMVNOの市場参加は、MVNOの利用者がMNO(Mobile Network Operator)のネットワークを利用することによる増収、MVNOの有するブランド力を活用した市場開拓、これらによる周波数資源の有効活用などの効果があると指摘している。

 現在、MVNOがMNOの無線ネットワークを利用する方法には、卸売電気通信役務の提供を受ける以外に事業者間接続によることも可能である。そのいずれの場合であっても、MNOからMVNOに対する一般的義務(役務提供義務若しくは接続義務)が存在し、事業者間の協議でまとまらない場合は、協議開始命令や裁定若しくは斡旋・仲裁といった紛争解決のための制度も用意されている。

 「報告書」の結論は、MVNOの参入促進に向けて、06年中を目途に「MVNO事業化ガイドライン」を改正し、MNO側の技術仕様・取引条件(例えば、接続拒否が認められる自由)の明確化などを併せて行い、MVNO市場の健全な発展を促すことが適当である、というものだ。当初マスコミで噂された、MNOにMVNOに対する卸売役務の提供や相互接続を義務づけ、その提供条件についても規制下に置く、といった案は採用されなかった。ソフトバンク・グループやイー・モバイルなどの新規参入によって、MVNOの本格的参入が早まる期待もある。規制によるMVNO参入を見送った判断は妥当というべきだろう。

 「報告者」が指摘する移動通信の第2のポイントは、端末に対する販売奨励金の問題である。わが国の携帯端末市場では、通信事業者が端末仕様を決定し、これに沿ってベンダーが端末を製造・販売、これを通信事業者に一括納入した上で、通信事業者の販売代理店などを通じて販売されてきた。また、端末価格を低位に据え置く観点から、代理店に販売奨励金を支給し、そのコストを利用者から料金の一部として回収してきた。

 「報告書」はこうしたビジネスモデルは、携帯電話の発展期には比較的低廉な価格で機能性の高い端末を広く普及させるなど大きな効果を上げてきたが、市場の環境が変化する中で、適応不全に陥っていると指摘している。第1に、携帯端末市場も閉鎖型モデルから開放型モデルに転換を余儀なくされていること、第2に、ベンダーが安定的に需要が見込まれる国内市場に経営資源を集中的に投入したため海外市場のニーズと乖離が生じ国際競争力を失ったこと、第3に、頻繁に端末を買い換える利用者のコストの一部をそうでない利用者が負担することになり、負担の公平性が担保されていない。この点について、「報告書」は各社の販売奨励金が端末1台あたり4万円弱は、端末の買換えサイクルは概ね2年なので、ARPU(1加入当り月額平均収入)の4分の1にあたると指摘している。

 2006年4〜6月期のNTTドコモの決算資料によると、同社の端末機器原価は3,007億円(前年同期比2%増)だったのに対し、販売額は1,236億円(3%減)で、逆ザヤは1,770億円と428億円も拡大した。これは、原価5万円強(11%増)の端末を2万円(5%減)で販売し、赤字は5千円増えて3万円となったということだ。ドコモが当期の営業利益を減少(149億円、5%)させた最大の理由は、この秋に予定されている番号継続制度の実施を睨んで高機能(高価格)の「FOMA」を積極的に販売して、高額の販売奨励金を支払ったからだ。

 「報告書」は、携帯電話市場の成熟化の中で限界の見え始めた現在のビジネスモデルを、市場環境の変化に対応して見直すことを提起している。販売奨励金の廃止、もしくは販売奨励金を低く抑えた別の選択肢をメニューとして加えることである。しかし、4万円の販売奨励金をそのまま上乗せして、高機能端末が本当に売れるのかという疑問がある。当然、ベンダーは開発コストを圧縮する努力をせざるを得なくなるだろう。そもそも日本市場に10社ものメーカーがあることが異常で、業界再編は避けられないと見る人も少なくない。
携帯電話端末の開発費の6〜7割を占めるソフトウエアの企業を超えた共通化が課題で、うまくいけば開発コストを半分以下に圧縮可能だという。

 「報告書」でも指摘しているように、販売奨励金の問題は経営戦略若しくはビジネスモデルの選択の問題である。販売奨励金を引き下げればその分料金の引き下げが可能になるからで、規制によって画一的に扱うのは適当でない。世界では、フィンランドや韓国のように法律で販売奨励金を原則禁止している国もあるが(注)、複数年契約を条件に利用者に端末の割引を実施しているケースが一般的で、その額は100ドル程度が上限のようだ。問題は日本の販売奨励金の額が極端に多いということにある。携帯電話会社はその弊害を十分認識しながら、それでも止められなかったのだ。この問題は、従来から携帯電話会社各社がなんとかしなければならないと考えていた問題であり、各社が早急に解決すべき課題である。行政の介入(ある意味では官製談合)に頼るのは慎むべきだ。ここはリーディング企業であるNTTドコモの見識が問われる場面でもある。

(注)フィンランドと韓国は第3世代携帯電話に対する端末補助金は容認している。
仮にKDDIの移動通信事業で販売コミッションの平均単価3.8万円を1万円に引き下げることができれば、料金を2割近く引き下げられる計算となる。(06年4~6月期の決算から推定)

■光ファイバーの貸出料金をめぐる問題

 NTTはかねてから、光アクセス回線の接続料(ダークファイバーの貸出料金:現在月額5,074円)について、現時点において実績コストと予測コストとの間に大幅な乖離が生じており、算定期間(10年)内に適正なコスト回収を図ることは困難であることから、早急な見直しが必要であるとの見解を表明していた。

 「報告書」は光アクセス回線に係る接続料の算定の在り方について、次の5点について検討の方向を提起している(注)。(1)現行接続料の算定期間(01〜07年度)経過後も需要が継続的に見込まれるため、引続き将来原価方式を採用することが適当。(2)接続料の算定に際しては稼働芯線の見込みとその検証が必要であるが、NTTからは稼働芯線の見込みとその根拠が示されていない。(3)実績コストと予測コストの間の大幅な乖離については、実需要に見合う投資と先行投資に分けて検討し、先行投資分を除いたコストを算定する必要がある。(4)光ファイバーの減価償却における耐用年数は、現在は税法による10年を使用しているが、設備の使用実態に即して見直しが必要である。(5)光ファイバー網についてNTT東西は開放義務を課されているが、競争事業者の需要に起因する投資リスクまで負担を求められることに合理的根拠がない。そのため、競争事業者側の要因によって需要の予測と実績が乖離した場合の取り扱いについて、ルール化する方向で検討する必要がある。

(注)この5つの提起によって、一般的には総務省は光アクセス回線に係る接続料の値下げの検討に入ったと受け取られている。

 光アクセス回線については、この他にも種々の議論がある。整備途上の光アクセス回線(06年末546万回線、総アクセス回線の10%未満)は開放を義務付けられるべきボトルネック設備なのか、第一種指定電気通信設備の指定は各都道府県ごとの光アクセス回線のシェアが閾値(全体の50%)を超えているかどうかで判断すべきではないか。(光とメタリック回線の間に片方向の代替性しかなく独立の市場とみるべきだ)、光アクセス回線の接続料は全国一律である必要があるのか、などである。現時点で、欧米で光アクセス回線に開放義務を課している国はない。設備競争を促進するというのが政策目標であれば、「束縛なき競争」を目指すべきで、そのためにはむしろ電柱や管路など「Right of Way」の開放と代替技術の開発促進こそ喫緊の課題ではないだろうか。

 「報告書」には、設備開放義務が課されていても、光回線接続料についてはその投資リスクに対する適正な報酬率が確保されている。適正なコストが回収困難だとすればその挙証責任はNTTにあると書かれている。(54ページ)NTTも、光アクセス回線事業の収支と赤字の理由を是非とも明らかにして、同じ土俵で論議ができるようにして欲しい。さらに「報告書」は、ご親切にもNTT東西においては接続料を変更すべき合理的な理由があれば、適宜(算定期間の終了以前でも)、行政当局に対して申請を行うことは可能である」とも書いている。(54ページ)。

特別研究員 本間 雅雄
編集室宛>nl@icr.co.jp
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