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2007年10月掲載

「分離プラン」の導入で携帯電話市場はどう変わるか

 去る10月4日にKDDIが発表した新料金案は、従来あいまいだった端末価格と通信料金の区分けを明確にする「分離プラン」だった。一方、従来型料金プランでも、「端末奨励金」のうち21,000円を端末「購入補助金」と明示し、2年間の「利用期間付契約制」を導入した。これらの料金改定は、9月に公表された総務省の研究会報告書の提言(注1)に沿ったもので、携帯電話料金の透明性を高め、オープン型のビジネス環境を実現することに狙いがある。最大手のNTTドコモも同趣旨の「分離プラン」を年内にも導入する予定だ。ソフトバンク・モバイルは、端末価格を引上げて割賦販売とする代わりに、通信料金を引き下げる料金プランを導入済みである。これらの「分離プラン」の導入によって、高額の「販売奨励金」を使い大幅に割り引いた価格で端末を提供して顧客を囲い込み、後にそのコストを通信料金に上乗せして回収するという携帯電話の日本型ビジネス・モデルは成立しなくなる。「パンドラの箱」の中から何が飛び出すのかを考えてみたい。

(注1) 総務省;モバイルビジネス研究会報告書―オープン型モバイルビジネス環境の実現に向けて−(2007年9月)

■KDDIの新料金プラン

 KDDIが10月4日に発表した新料金プランの目玉は「シンプルコース」である。これまであいまいだった端末価格と通信料の区分を明確にし、両者を分離するプランを導入して透明性を高めた。端末価格に販売奨励金による割引はないが、月額料金を2割程度安くする。通信料を安くした「プラン1」と基本料を抑えた「プラン2」の2つのプランから選択できる(注2)。この料金プランは11月12日以降に、新規契約もしくは機種変更した顧客から順次適用される。

(注2)KDDIの新料金プラン(シンプルコース)

(通話料では約3割の値下げ、全体では約2割の値下げとなった模様)
区 分 月額基本料 通話料金
コース1 2,625円 10.5円/分
コース2 1,050円 15.75円/30秒

 KDDIは同時に、従来型料金を拡充した「フルサポートコース」も用意している。基本料と通信料は現行通りだが、端末は「販売奨励金」のうち21,000円を端末「購入補助金」と明示して値引する。ただし、契約期間を2年とし、期間未了の解約や機種変更の場合には、解約金を支払う「利用期間付契約」制を導入する。従来プランにおいても端末「購入補助金」の額を明示して透明性を高め、契約期間中の解約などには解約金を課すことで、端末を長く使う顧客と、頻繁に買い替える顧客間の不公平感をなくすよう配慮している。

 NTTドコモも、端末価格と通信料金を分離する新料金案を検討中で、年内にも導入する予定だという。端末価格の値引きを止め、通信料を2~3割引き下げるとみられている。そのうえ、端末を割賦販売することで、端末価格の値上がりの負担を軽減することを検討しているようだ。ソフトバンク・モバイルは、端末価格を引上げて割賦販売とする代わりに,通信料を引き下げる料金プランを導入済みであるが、KDDIの新料金案に対抗する「シンプルオレンジ」を11月12日に導入すると発表した。同社の公約通り基本料金の最も安いプランは、KDDIより200円安い月額850円である。

 KDDIやNTTドコモは、現行の料金プランを残すことにしており、利用者は「分離プラン」のいずれかを選択できるが、購入した新端末を2年以上使い続けた場合は、「分離プラン」が概ね有利になるようだ。しかし、従来型の料金プランは、ポイントがたまり易く、機種変更時の端末購入や、期間中の解約料などに充当できるので、利用が多くかつ短期間で端末を買い替える利用者には有利である。KDDIの事前調査によれば、「分離プラン」を選択したいと答えた人は約2割だったという。

 「販売奨励金」を原資に端末価格を低くして市場の早期拡大と顧客の囲い込みを図り、そのコストを料金で回収するという日本型携帯電話事業モデルは、「分離プラン」の導入で転機を迎えることになった。「分離プラン」の導入は、前掲の総務省の研究会における提言によるところが大きい。本来、「販売奨励金」の問題は、市場が解決すべき課題であって、行政の介入は望ましくなかった。しかし、「1円端末」など市場の行き過ぎが明らかになって、「何とかしなければ」という認識を共有しながらも、市場には解決する能力がなかった。結局、「行政指導」によって解決が図られるという残念な結果になり、今後に課題を残すことになった。

■日本型携帯電話事業モデルの転換

 携帯電話各社は、これまで端末1台あたり平均約4万円(前掲総務省研究会報告書)の「販売奨励金」を販売店に支払っていた。販売店は、この「販売奨励金」を原資に、端末の価格を値引きして顧客に提供し、高機能端末に対する需要を顕在化させ、市場の拡大に貢献してきた。前掲の総務省研究会報告書によると、概ね2年程度の頻度で端末の買い替え需要を創出し、端末市場の規模の維持と新端末の開発資金を確保することを可能とし、例えば、2Gから3Gへの移行(2006年度末72%)が円滑に進んでいる主因の一つとなっているという。

 「販売奨励金」は、上記のように需要の創出にあたって評価すべき点もあるが、「販売奨励金」が通信料金に含めて回収されるため、利用者は自分が支払う料金の一部で端末コストを負担しているにもかかわらず、そのことに対する認識が必ずしも十分でない状況にあり、このことが料金システムを不透明にしている。また、頻繁に端末を買い替える利用者とそうでない利用者との間でコスト負担の公平性が保たれていないという問題も生じている。

 どうしてこのような問題のある仕組みが長く続いたのか。従来のレンタル制に代えて、94年4月から「端末売り切り制」を導入する際、当時の郵政省は報告書で、販売主体を制限する「事業者売り切り制」では、メーカー間、販売店間の自由競争による市場の活性化が多く望めず、販売主体を制限しない「完全売り切り制」が望ましいと指摘していた。しかし、実際に市場で圧倒的に優位を占めたのは「事業者売り切り制」だった。

 「事業者売り切り制」が優位を占めた理由は次の2点である。第1は、「販売奨励金」の存在である。端末価格を値引きする原資としての「販売奨励金」を、事後的に(料金で)回収できるのは携帯電話会社に限られる。第2はSIMロックである。SIMカードは、端末間で差し替えることにより、異なる端末でも通信サービスを利用できるようにするものだ。しかし、わが国では3GにはSIMカードを搭載しているにもかかわらず、他社の端末には使えないようSIMロック(キャリアロック)している。(KDDIは同一事業者内でも利用できない)これは、「販売奨励金」を回収するためは、一定期間通信料金からそのコストを回収する必要があり、端末ごと他社へのスイッチができないよう、携帯電話会社の判断によって、SIMロックしていたのだという。

 「販売奨励金」の問題は端末価格と通信料金を分離する料金プランの導入で問題解決が図られる。SIMロックについては、KDDIの新料金「フルサポートコース」では、2年間の「利用期間付契約」の導入によって、端末割引のコストを回収する担保としてのSIMロックの必要はなくなる。「事業者売り切り制」を支えた2つの大きな柱は、存続する理由がなくなったのだ。

■「分離プラン」の導入は携帯電話市場にどんな変化をもたらすか

 端末価格と通信料金の区分けを明確にする「分離プラン」の登場によって、携帯電話市場にどのような変化が予想されるのか。

 第1に、「販売奨励金」のない端末の販売が増加することにより、買替え需要の鈍化が見込まれることだ。業界では年間4,500万台の国内携帯電話販売数(2006年度実績)が、約2割減の3,700万台程度まで下がるとの試算があるという(注3)。そうだとすれば、11社ある国内携帯電話端末メーカーの統合・再編は現実の問題になるだろう。

(注3) 日本経済新聞 (2007年10月4日)

 第2に、「分離プラン」の導入によって、利用者は利用できる端末の機能と価格との関連を、より厳しく評価して購入するようになるだろう。使うことのない機能を搭載したハイエンド端末は敬遠される。ほどほどの機能を持ったリーズナブルな価格のミドル・レンジの端末に需要がシフトする可能性があり、海外メーカーにもチャンスがあるかもしれない。ハイエンド端末には、パソコンと同様の中古市場なども誕生するのではないか。

 第3に、SIMロックが解除されれば、現端末持込で事業者間の契約変更が可能になる。そうなれば、解約率は高くなるだろう。メーカーや販売店が独自端末を開発して、エンドユーザーに直接販売することも可能になる。一方、携帯電話会社にはSIMカードだけをウェブ上で販売するなどの、新しい販売モデルが登場する可能性もある。(ドイツ・テレコムはSIMオンリーの販売を、第2ブランドの「コングスター」で立ち上げている)いずれにしても、端末市場での競争激化は避けられないだろう。

 第4は、「販売奨励金」のほとんどは、現在、通信料金の原価に参入されており、それをベースに接続料や卸電気通信役務の料金が算定されている問題だ。端末価格と通信料金の区分の明確化によって「販売奨励金」のうち少なくとも端末「購入補助金」は接続料原価などのコストから除外することを求められるだろう。そうなれば、接続料やリセール料金はかなり引き下げられ、リセール・ベースでの新規参入に弾みがつくかもしれない。

 第5に、これまで既存の携帯電話会社がとってきた「販売奨励金」と「SIMロック」によって顧客を囲い込み、独自のアプリケーションとコンテンツを提供するというビジネスモデルは、今後は維持できなくなる。その場合、総務省の提起する固定通信との融合を睨んだ「オープン型モバイルビジネス環境」に向かって市場が動くかどうかはわからないが、既存携帯電話会社による通信サービスおよび端末市場の支配は終わり、新たな勢力の新規参入によって競争はさらに激しさを増すだろう。その中で、既存携帯電話3社が寡占体制の中であげてきた高収益も、いずれ維持するのが困難になるのではないか。

特別研究員 本間 雅雄
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