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2009年3月掲載

戦略で明暗を分けたAT&Tとベライゾンの決算

 今次の景気後退が伝統的な固定電話サービスの衰退のスピードを速めているが、米国通信事業1位のAT&Tと2位のベライゾンは、互いに相手を出し抜く対照的な戦略を追い求めている。AT&Tはその成長の多くを携帯電話事業に賭け、「iフォン」のようなハイエンド端末を積極的に販売してきた。一方、第2位のベライゾンは高精細テレビを含む光ファイバー・ベースのサービスで成長を目指すとともに、ケーブルテレビ業界からの脅威に対抗しようとしている。この戦略の違いが2008年第4四半期の決算で、両社ともに増収だったものの、AT&Tの減益、ベライゾンの増益と明暗を分けたのではないか。
(表)AT&Tとベライゾンの2008年の経営成果比較
区  分 AT&T ベライゾン
収 入 (08年間) 1240億ドル(4.3%) 974億ドル(4.2%)
    (08第4四半期) 311(3.4%) 246(3.4%)
純利益 (08年間) 129 (7.7%) 64    (16%)
    (08第4四半期) 24(‐22.6%) 12 (15%)
携帯電話(期末) 7700万加入(10%) 7210万加入 ( 8%)(注2)
同収入 (年間) 493億ドル(15.6%) 493億ドル (12.4%)(注3)
光TV (期末) 100万加入 190万契約(2.1倍)
光ブロードバンド(期末) 不明 250万契約(67%)
投資額 (年間) 197億ドル 172億ドル

(注1)カッコ内は前年同期比増加率
(注2)合併したAlltelの加入数を含まない、含めた場合の加入数は8000万加入。
(注3)収入は全額計上されるが、純利益は持ち株比率の55%しか計上されない。

■「iフォン」3GがAT&Tの収入を押し上げる

 急激な景気後退の中で、米国通信事業1位のAT&Tと同2位のベライゾンは、2008年通年で共に収入を4%のばした。AT&TのステフェンソンCEOは「厳しい経済環境下にもかかわらず、われわれは2008年の収入を伸ばした。2009年も全体の収入の増加が期待でき、AT&Tは堅実に進歩するだろう。」と語っている。

 しかし、AT&Tは2009年の投資額を、2008年の197億ドルから10〜15%に削減することを明らかにした。公表された同社の第4四半期の経営成果は、同社の成長部門と顧客を失い続けている伝統的な固定回線による音声サービスとの間の相違を鮮明に浮き彫りにした。さらに、第4四半期の純利益が、収入が2%伸びたにもかかわらず、前年同期比23%減の24億ドルに急減した。

 第4四半期における純利益の落ち込みは、主としてアップルの「iフォン」3Gに対する端末補助金によるものだという(注1)。同補助金は4.5億ドルで(単純に期中のアクチベート数190万で割ると1端末当たり237ドルとなる)、1株当たり5セントに当たる。このほか、企業買収、従業員削減、ハリケーンによる災害復旧、為替の動向にともなうコストなどが純利益を圧迫した。

(注1)iPhone take up boosts AT&T revenues(Financial Times online / January 28,2009)

 AT&Tのモバイル・ビジネスは、第4四半期における顧客の純増数は210万だった。注目の「iフォン」3Gのアクチベート数は190万(累計では430万)で、およそ40%はAT&Tの新規顧客だった。同社の新規顧客のおよそ60%はスマートフォンを購入し、ウェブ・サーフィングとビデオ・ダウンロードを含むモバイル・データの収入は51%増加した。「iフォン」ユーザーは毎月30ドルのデータ料金を支払っており、典型的なAT&Tの顧客が支払う料金よりも60%も多いという。AT&Tが米国内における「iフォン」の独占的な提供者となったことは、携帯電話市場の成長が減速しつつある中で、ライバル他社の顧客を引き寄せる有効な戦略であることが実証されたわけだが、反面費用の負担も大きく、利益の圧迫要因ともなっている。

 AT&Tの光ファイバー(FTTC:Fiber To The Curb方式、curbは歩道の縁石の意味)によるTVサービスであるU-verse IPTV事業は、第4四半期に契約数を予想を上回る26.4万増加させ、2008年末の加入数を100万の大台にのせた。これとは対照的にAT&Tの固定回線ビジネスは、住宅用加入者回線の減少が続いており、第4四半期では前年同期比5.3%減少した。景気の影響を受ける企業向けビジネスも3.7%の減収で、利益を減らした。

 一方、IPデータ収入は、U-verse、VPNおよびビジネス顧客向けmanaged Internetなどが寄与して、前年同期比14%増加した。積極的な販売に方針転換した卸売部門の収入も1%増加した

 アナリストは、AT&Tの携帯電話事業に減速する兆候がないことから、おおむねその成長を心配していないが、伝統的な固定回線の音声サービスが予想を下回る成果しかあげられないのではないかと危惧しているという。(前掲フィナンシャル・タイムズ・オンライン/2009年1月28日)AT&Tの2009 Outlookも、携帯電話とIPデータ・サービスの成長によって、「1桁台の下の方」の増収を見込んでいる。

■ベライゾンの第4四半期の純利益が15%アップ

 米国2位の通信会社ベライゾンは、2008年第4四半期の収入を前年同期比3.4%、純利益を15%伸ばし、厳しい経済環境の下で、増収増益を達成した(注2)。ライバルのAT&Tが第4四半期の純利益を23%減らしたのとは対照的だった。

(注2)景気悪化で個人消費が冷え込むなか、増収増益を達成した企業は少ない。不振の小売業界で「独り勝ち」として話題になった米アマゾンは、08年第4四半期の売上高が前年同期比18%、純利益が9%の増収増益だった。「低価格、品揃え、無料配送で顧客のニーズに応えた」こととネットの利便性向上が好業績の背景とベゾスCEOは分析している。ベライゾンはこれを上回る好業績をあげたことになる。

 Alltelの合併にともない売却した営業区域に含まれる加入数12.2万を除くと、第4四半期の携帯電話加入数の純増は140万だった。「iフォン」3Gの販売が好調だったベライゾンの210万に比べればかなり少ない。しかし、解約率の低減やARPU(1加入当たり月額収入)の若干の改善(前年同期比1.2%増の51.7ドル)が見られたという。新規顧客の93%はポストペイドの顧客で、景気悪化にともないプリペイド契約への変更が続出するという業界のトレンドとは無縁だった。顧客がもっと安い料金プランや新サービスに移行するという状況は、現時点では確認されないという(注3)。Alltelの合併で米国の携帯電話事業で1位(顧客数8000万)となったベライゾン・ワイヤレスだが、その持ち株比率はベライゾン・コミュニケーションズが55%、ボーダフォン・グループが45%であるため、利益などはその比率でしかベライゾンの財務諸表に寄与しないという問題は依然として残されたままである。

(注3)Verizon 4Q earnings up 15 percent(The Associated Press / January 27,2009)

 「iフォン」3Gの対抗機種として注目を集めたタッチ・スクリーン・インターフェイスの「ブラックベリーStorm」が11月の後半から導入され、ベライゾンは期中に100万台を販売した。在庫があればさらに20万台販売できたろうという。このことは、Stormが「iフォン」3Gに対抗できる商品であることを意味している、とアナリストは評価している。

 固定通信事業の収入は、第4四半期に前年同期比2.7%減の119億ドルにとどまった。ベライゾンは2008年に住宅用電話の12.2%を失った。解約した顧客がケーブルTV会社の電話サービスを利用するようにしたか、携帯電話だけを利用することにしたからだ。アナリストによれば、特に第4四半期に解約がスピード・アップしたとみている。

 しかし、固定通信事業は第4四半期に、光ファイバーを利用したテレビ(FiOS TV)顧客を30.3万、高速インターネット(FiOS Internet)顧客を28.2万増加させた(注4)。いずれもウオール・ストリートの予測を大幅に上回った。ベライゾンは銅線の電話回線を光ファイバーに置き換える10年計画に着手して、高精細のTVや超高速のインターネット・サービスを提供できるようにしたいと考えていた。ブロードバンドとビデオ・サービスは、今や消費者固定通信事業の収入の31%を占めている。そして、通常の電話回線の減少が進行する中で、僅かではあるが同事業の収入を増加させている。(前掲 The Associated Press / 2009年1月27日)

(注4)2008年末の契約数はFiOS TV 190万、FiOS Internet 250万である。2008年末現在ベライゾンの営業区域における総世帯の40%でFiOSサービスが利用可能である。

 ベライゾンの企業顧客サービス事業は、第4四半期の販売が落ち込み、前年同期比2.2%の減収となった。アナリストは2009年には前年を上回る落ち込みとなるとみている。べライゾンの幹部は競争他社のレイオフの効果を注目していると語っている。同社は、2008年に固定通信部門で1万人削減を実施している。

■携帯電話に賭けるAT&TとFiOSに注力するベライゾン

 今次の景気後退が伝統的な固定電話サービスの衰退のスピードを速めるにつれて、米国通信事業1位のAT&Tと2位のベライゾンは、互いに相手を出し抜く対照的な戦略を追い求めている。AT&Tはその成長の多くを携帯電話事業に賭け、「iフォン」のようなハイエンド端末を積極的に販売してきた。一方、第2位のベライゾンは家庭向けに質の高いテレビジョン・サービスを推進してきた(注5)

(注5)AT&T, Verizon make different calls(The Wall Street Journal online / January 28,2009)

 AT&Tも自社のTVサービスであるU-verseを提供している。しかし、全社的に2009年の設備投資を10〜15%削減するという動きの中で、U-verseの展開スピードを遅らすよう計画していることを去る1月28日に明かにした。この動きは2008年第4四半期の利益が、対前年同期比23%も減少したことによる。AT&Tは厳しい景気後退の時期を切り抜けるため、次第にワイヤレス部門、特にApple社の「iフォン」の成功に対する依存を高めている。

 AT&Tの携帯電話事業は2008年第4四半期における顧客純増数が210万で、140万だったベライゾンを大きく引き離した。この成果は主として「iフォン」3Gの独占的提供によってもたらされた。しかし、その見返りにAT&Tは当期に4.5億ドルの販売奨励金をアップルに支払っており、それが減益の原因となった。「iフォン」の利用料金が他よりも高いのは確かだが、多額の販売奨励金を負担しても利益をあげられるのか疑問が残る。もう1つの問題は、「iフォン」向けのアプリケーションやソフトの開発は、アップルが提供する開発キットを使えば誰でも自由にできるが、その配信と課金はアップルの運営する「App Store」が握っており、AT&Tは関与できないという問題である。「iフォン」で顧客数が増加しても、パイプの能力だけを求められる携帯電話会社に未来はあるのだろうか。しかも、グーグル、マイクロソフトやノキアなども、相次いで「App Store」類似の仕組みを整えようとしている。

 ベライゾンは、ボーダフォン・グループとのジョイント・ベンチャーであるベライゾン・ワイヤレスの成長を期待する一方、同社のFiOS TVとFiOSインターネットの積極的拡大に邁進してきた。2008年に計画を上回る成果をあげたベライゾンに、2009年におけるFiOSの拡大を遅らす計画はないという。FiOSが顧客に受け入れられたのはバンドル料金プラン「Verizon FiOS Triple Freedom」の存在も見逃せない。FiOS TV、FiOS InternetおよびVerizon Freedom(利用制限なしの国内電話定額プラン)をバンドルした3つのプラン(Verizon FiOS Bundles)で、月額料金は99.99〜139.99ドルである(注6)

(注6)月額99.99ドルのプランは、FiOS Internet 10/2 Mbps 、FiOS TV EssentialsおよびVerizon Freedom Essentialsのバンドル・サービス、個別に契約するより41ドル安い。月額139.99ドルのプランは、FiOS Internet 20/5 Mbps、FiOS TV PremiumChannelおよびVerizon Freedom Essentialsのバンドル・サービス、個別に契約するより53ドル安い。この他、2年契約の締結で150ドルがバックされる。また、オンラインで申し込めば1年間毎月5ドル(合計60ドル)が割り引かれる。

 AT&TのU-verse TVは、2008年第4四半期に26.4万の顧客を加え、2008年末の加入数は約100万となったが、30.3万の顧客を加え2008年末の加入数が190万となったベライゾンのFiOS TVに後れを取った(注7)

(注7)2008年第4四半期におけるFiOSインターネットの純増数は28.2万で、2008年末における契約数の合計は250万となった。FiOS TVとインターネットの収入の合計は12億ドルに達した。

 通信業界の観察者は、どちらの戦略が将来より多くの利益を生むかを、現時点で語るのは早すぎると語っている。AT&Tが保守的な方針を踏襲する一方、ベライゾンの先手の役を果たすFiOSは、常により高い財務上のリスクに曝されてきた。ビデオ・ビジネスで健全な利益をあげるためには、長い時間が必要だからである。FiOSは2009年に初めてキャッシュフローの黒字化を見込んでいる。しかし長期的には、TV、電話、およびインターネットのバンドル・サービスの一部としてTVを提供するベライゾンの能力によって、顧客を巡るケーブル・プロバイダーとの戦いで困難を乗り越えられるかもしれない、と前掲のウオール・ストリート・ジャーナル紙(2009年1月28日)は書いている。

 ベライゾンは、FiOSの営業を開始した地域で全世帯の20%と加入契約を交わしている状況から、現状のFiOSの展開を早すぎることはない、この点がベライゾンとAT&Tの大きな違いだと考える、とStifel Nicolausのアナリストは指摘している。AT&Tは、TVサービスについてより慎重なアプローチを行うのが常であるが、ビデオ・サービスから、AT&Tが伝統的な電話サービスから得られる利益を期待しても無理というものだという。

 AT&Tとベライゾンが市場を支配し、相互に激しく競争している携帯電話と違って、誕生後日の浅い両社のTVサービスは、ケーブル・プロバイダーが市場を支配している地域を両社が重複しないようにターゲットにしている。U-verseは主としてWest、SouthwestおよびMidwestの市場を、FiOSはNortheasおよびMid-Atlanticの市場をカバーしている。

<謝辞> 1996年からインフォコム・アイを担当してきましたが、最近原稿作成にいささか負担を感ずるようになりました。思えば1955年に当時の電電公社に入社以来、NTT、情報通信総合研究所と通信の世界で半世紀を超えて過ごしてきました。このあたりで区切りをつけて、筆を擱くことにしたいと思います。読者の皆様に心から感謝申し上げます。
特別研究員 本間 雅雄
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