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Global Perspective 2011
2011年11月28日掲載

インターネットは政府を誠実にさせるか:国際社会におけるネットの役割を再考する

グローバル研究グループ 佐藤 仁
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 2011年11月12日、ハワイのホノルルで開催されていたアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議と同時に行われたビジネスリーダー会議でグーグルのエリック・シュミット会長が講演を行ったことが報じられた。

 シュミット氏のスピーチと2010年末に”Foreign Affairs”に同氏が寄稿したレポートを元にインターネットと政府、市民、国際社会の在り方について考えてみたい。

インターネットは政府を誠実にさせる

 2011年11月にAPECと同時開催されたビジネスリーダー会議でシュミット氏は、インターネットは市民にとって権力の乱用をチェックする新たな力であり、インターネットが普及することによって各国の政府を誠実にさせることができると語った。

 世界各国で、市民たちは政府を誠実でいさせるためにオンラインツールを利用している。内部告発は以前にまして容易になったと述べた。

 さらに、チュニジアやエジプトでのデモ(ジャスミン革命、アラブの春)についても触れ、活動家たちがFacebook、Twitterを使ってデモの計画を立て情報交換・発信を行い、YouTubeで世界に向けて情報発信したことにも言及した。

 現在、世界人口の52%は30歳以下である。1995年以降に生まれた世代は、デジタル・ネィティブでインターネットがあるのは当たり前の世代である。彼らは、多くの世界の問題に対してインターネットを活用して今まで以上に大きな発言力を持つようになっている。但し、世界人口70億人のうちインターネットに接続しているのは約20億人で、まだインターネットが普及する余地はある。つまりまだインターネットにアクセスできない人の方が圧倒的に多いのだ。

 シュミット氏は、政府はネットで行われる抗議行動を無視してはならないが、ネットでの抗議活動は誇張されたものになるとも注意喚起している。

 ネットの世界では、大騒ぎした革命の印象、イメージを生み出すことが簡単にできる。正当な抗議活動と、興奮してただ騒いでいるだけの行為を見極めることが重要であるとも言及している。

 インターネットがさらに普及することで、2つのグローバルなシステムが生まれると述べている。

  1. 政府が市民に権力を行使できる物理的な世界
  2. 市民がもっと強い影響力を持つことができるバーチャルな世界

 市民に対する残虐行為があれば、それが進行しているうちからその事実をネットで容易に伝えられるようになる。そして悪いことをした者は隠れる場所はなくなっていく、と指摘している。

The Digital Disruption

 今回のシュミット氏の講演のちょうど1年前に米国の外交雑誌「Foreign Affairs」(Volume 89 No.6/ 2010年 November/December)にシュミット氏は"The Digital Disruption: Connectivity and the Diffusion of Power"というレポートをグーグル社のJared Cohen氏と共著で寄稿している。まだ「アラブの春」が発生する2か月前である。

 その中ではシュミット氏は、インターネットが国際政治、政府・市民に与える影響として以下の点について言及している。主要な点を列挙する。

  • ネットにアクセスできる環境にいる人たちであれば、生活水準や国籍に関係なく変化を起こすパワーを持っている。
  • 新興国では、ネット(原文:Connection technologies)はオープンで透明性ある社会の実現に用いられるが、政府による封じ込め策にも利用され、かえってクローズド(閉鎖的)な社会になってしまう恐れもある。
  • ヒラリー クリントン国務長官は、"Freedom to connect"を発表した(2010年1月21日)が、今後はこの概念を体現できる国と、この概念を脅威とみなす国との対立が生じる可能性がある。
     →このジレンマに対応することが、民主国家にとって、オープンと自由の原則を共有するという観点から重要な問題になる。
  • もはや古い時代のやり方は通用しなくなる。今後、政府は「市民のパワー(citizen power)」と「国家の本質(nature of the state)」の変化に応じて、非営利団体、民間企業などとの新たな連携の模索が必要になってくる。
  • 民主主義社会における、自由、平等、人権の世界的な拡大は政府のイニシアティブよりも市民がネットを通じて情報発信する方が効率的になっていることを各国政府は理解すべきである。
  • 民主化プロセスの変化の過程における新たな情報発信元としての「フラッシュ・モブズ(flash mobs)」の存在は無視できなくなっている。
  • 人々の自由を求める欲望とネットの融合によって、政治変化は今まで想像もしなかったような地域で起こっている。
    (例としてシュミット氏は以下を挙げている)
    • 2008年コロンビアではFacebookとSkypeを活用して、左翼ゲリラコロンビア革命軍への大規模デモを組織し、成功させる。これは40年間コロンビア大統領の誰もできなかったこと。
    • 2009年モルドバではTwitterを利用して不正選挙に対して、15,000人のデモから国際的なイベントにした。そして選挙結果は無効となり、モルドバに半世紀ぶりに非共産政権が誕生した。
    • 2009年イランでYoutubeの映像、Twitter、Facebookを活用して市民らが大統領選挙の不正を告発した。
  • しかし、民主的な良い利用方法としてネットや技術が活用されるだけでなく、メキシコの麻薬組織、マフィア、アルカイダ、タリバンなどによって悪用されることもあり、「諸刃の剣」であることも述べている。
*シュミット氏が執筆した時は、まだ「アラブの春」の直前であるが、もし後数ヵ月後に書いていたらチュニジア、エジプトも例として取り上げられていただろう。
  • 相互接続、バーチャル・スペースの世界では政府、個人、非政府団体、民間企業がそれぞれの利益のバランスを取ることによって成立する。
  • またシュミット氏は、"Chinese model of Internet"と表して、政府がネットへのアクセスの管理することによって、政府の政治的・経済的パワーを維持するためにネットを活用していると述べている。
  • ネット(Connection Technology)と国家権力の攻防はブラジル、インド、ロシアでも行われている。これらの国々では、ネットが犯罪者や反政府組織らに利用されていることを理解していながらも、ネットという新技術を経済成長拡大に寄与するとして歓迎している。
  • ネットの研究開発やインフラ投資を積極的に行う国々(フィンランド、イスラエル、スウェーデンなどで、シュミットはこれらを"hyper connected states"と表している)は今後さらにネットの恩恵を受けることになるだろう。
  • シュミット氏は、新興国を"partially connected nations"と表して、新興国にはネットの拡散に伴い、良い面と悪い面があることを指摘している。
     (良い面)ネットの拡散によって、年連、性別、社会、経済的地位という伝統的な壁が崩壊される。また農業発展、モバイル送金など経済的なメリットもある。政府が提供できないサービスを民間企業が提供できるようになった。
    (悪い面)ネットが入り込むことによって政府の体制が動揺して社会が不安定化する可能性がある。
  • 新興国の人々がネットを通じて情報を得ることによって政府の現状に不満を持ち、ネットを活用して情報発信することは政府にとっては脅威である。
  • 次いで、新興国ほどネットやインフラ環境が整備されていない途上国を"connecting nations"と表している。(まだconnected されていないからだろう)これらの国ではネットが大きな機会や脅威になるほど普及していない。まだ今後どうなるかわからない。キューバ、ミャンマー、イエメンを例にあげている。
  • シュミット氏はレポートの結びとして以下のように述べている。
    • 個人のパワーが強くなってきている時代においては、ネットに対応できる政府は影響力を手にして、それができない政府は自国民との対立を招きかねない
    • 同盟関係にある民主主義国家間は、ネットの世界でも同様に連携できるだろう。ネットだけで世界が変わるということはない。しかしネットは政府に弾圧され、自由な表現を抑圧されている人々を保護する新たな手段である。

*本稿においては、シュミット氏のレポートにある「Connection technologies」を基本的にインターネット(ネット)としたが、その中には携帯電話の通話、SMS(ショートメッセージ)なども含まれている可能性はある。

(図1) Connectivity発展の推移とそれぞれの特徴
(図1) Connectivity発展の推移とそれぞれの特徴
(出所:シュミット氏のレポートを元に筆者作成)

今後もインターネットは世界を変えていく

 インターネットが一般市民に普及するようになって約15年が経つ。これは先進国や新興国でも中流〜富裕層での話である。
インターネットが新たなツールとして登場し、国際社会の場において世界を変えてきたのは周知の事実だし、今後も国際社会において大きな役割を果たしていくことに疑いはない。

 最近では、サイバー攻撃といったインターネットというメディア・ツールが「武器」にもなりつつあり、新たな問題として台頭してきた。これもまたインターネットが世界を変える「国際政治の一部」として今後の国際社会(国家、非政府団体、市民ら全てのアクター)での対応が求められている。
ネットによって政府が正直になるかどうかは今後しばらく様子を見ていく必要はあるだろうが、ネットというツールによって市民が容易に情報発信していくことができるようになったのは事実である。

 さらに、まだ世界には約50億人の人がネットにアクセスできない環境にいることも忘れてはならない。これらのデジタル・デバイドの解消も喫緊の課題である。これらの国々は、シュミット氏がレポートで指摘している新興国や途上国を表した"partially connected nations"、"connecting nations"である。彼らがネットというツールを使いこなすようになってから、「インターネットは政府を誠実にさせる」かどうかの真価を見極めることができるようになるのではないだろうか。

 ネットの発展とそれに関わる市民の行動、政府の対応について国際社会は注目し続ける必要がある。これは決して他国だけの問題ではない。
日本はシュミット氏の論では、おそらく”Hyper connected states”であるが、ネットによる政治への影響、政府が誠実になっているかどうかについては改めて考えてみる必要があるのではないだろうか。

補記

 Foreign Affairsへの寄稿と同時期の2010年11月3日に米国外交問題評議会(Council on Foreign Relations:CFR)主催の講演会にて同タイトルで講演を行っている。同スピーチの原稿も公開されている。また下記には公開されている動画も掲載しておく。

【参考動画:シュミット氏らのCFRでの講演(2010年11月3日)】

(参考文献)
"Foreign Affairs"(Volume 89 No.6/ 2010 November/December): "The Digital Disruption: Connectivity and the Diffusion of Power" (p75-p85)

"Republic.com 2.0" Cass R. Sunstein, Princeton Univ Pr 2007

*本情報は2011年11月15日現在のものである。

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