米国の外交雑誌「Foreign Affairs」(Volume 90 No.1/ 2011年 January/February)にニューヨーク大学のClay Shirky教授は"The Political Power of Social Media: Technology,the Public Sphere,and Political Change"という論文を寄稿している。雑誌発刊時にはちょうど「アラブの春」真っ只中であったが、執筆時はアラブでは革命が起きていなかったので、同論文では「アラブの春」は言及されていない。
2001年1月にフィリピンのエストラーダ大統領の不正をめぐる裁判中に、エストラーダ支持派が重要な証拠公開を阻む決議を採択。それを知った民衆がマニラの主要ストリートに集まった。携帯電話のSMS(ショートメッセージ)で「Go 2 ESDA, Wear Blk.」(黒い服を着て、Epifanio de los Santos Avenue(ESDA)へ行こう)というメッセージが民衆の間に拡散したのが原因だった。1週間に700万のショートメッセージが送信された。民衆の大規模抗議活動を受けて、大統領派も、資料を提出しエストラーダは追い込まれた。彼自身も「ショートメッセージ世代」にやられたと述べていた。
2010年1月、ヒラリークリントン国務長官は、"Freedom to connect"を発表し、アメリカが対外政策として「インターネットの自由」を促進していくことを強調した。その中で、ネットにアクセス制限がされている国にはネットアクセスに向けた開発支援(資金援助)を表明した。アメリカ政府は権威主義国家のネット検閲に対しては迅速な対応をすべきで、それが可能であるとも述べている。
→この方法は政治的アピールにはなっているし、行動主義的だが、間違っている点もある。逆に国際関係においては危険になる可能性もある。過去の事例として、「Haystack」と「Freegate」を挙げている。ソーシャルメディアが短期的に"どこかの国を民主化させるための武器"とみるのは難しいとClay Shirky教授は指摘している。
東西冷戦を思い出す必要がある。冷戦期にアメリカはVOA(Voice Of America)を通じて東側に様々な情報を発信してきた。しかし、それらが冷戦終結に直結したよりも、「経済の変化(macroeconomic force)」の方が大きい。西側諸国からの情報、市民間のコミュニケーションはあくまでも補助的ツールであった。これらのツールが直接、冷戦期の共産党政権を崩壊させたわけではない。
「保守派のジレンマ」が示す行動は、検閲とプロパガンダ。しかし、これらは市民を静かにさせるための手段としては適切ではない。むしろ状況を悪化させる。万が一、インターネットへのアクセスや携帯電話を禁止したら、国内政治状況だけでなく経済的なダメージも大きく、今まで政治に関心のなかった人々までも政治的な行動に走る可能性があり危険である。(ネットにアクセスできないことで、かわいい猫の写真にアクセスできない人々まで政府に抵抗するようになるとのことで、ハーバード大学のEthan Zuckermanはこのような現象を「the cute cat theory of digital activism」と称している)
アメリカが「言論の自由」を推進することを一番のプライオリティにしたとしても、民主主義国家同盟国間ではうまく機能するかもしれないが、非民主主義同盟国とはうまくいかないだろう。まして同盟関係にない国とは機能することはない。
→アメリカ政府は、経済活動促進のためにインターネット技術へのアクセスを各国に推奨していくべきである。各国ともに経済成長を望んでいる。経済成長のためには、インターネットは不可欠な技術である。「自由の美徳(virtue of freedome)」よりも「経済的利益」に訴えた方が効果的である。
2011年3月31日に米国外交問題評議会(Council on Foreign Relations:CFR)主催の講演会にて、「Digital Power: Social Media And Political Change」という対談を国務省政策部長のAnne-Marie Slaughter氏と行っている。プレサイダーはForeign Affairs編集長のGideon Rose氏が務めている。
同スピーチの原稿も公開されている。また下記には公開されている動画も掲載しておく。詳細は、原稿と動画を閲覧頂きたい。
ここでは国務省でクリントン国務長官らと「Freedom to connect」に関わっていたAnne-Marie Slaughter氏の考えるインターネットと民主化についてのポイントを取り上げてみたい。
アメリカ政府はアラブで革命が起きる2年前に既にインターネットの自由として「Freedom to connect」を表明していた。
「Freedom to connect」は民主主義に繋がるということではない。まずはインターネット自身にアクセスできることであり、世界の知識・情報にアクセスし、自分がいる社会の内外の人々とも繋がる自由があることだ。クリントン国務長官も言っているように、21世紀の外交は「政府と政府」で行われるだけでなく、「政府と(相手国の)社会、市民」で行われることになるのだ。
【参考動画:CFR主催の対談 "Digital Power: Social Media & Political Change"(2011年)】
(参考)"Theorizing ICTs in the Arab World: Informational Capitalism and the Public Sphere" Emma C. Murphy,International Studies Quarterly Volume 53, Issue 4, pages 1131–1153, December 2009