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Global Perspective 2012
2012年2月16日掲載

エスニックMVNOの市場規模

グローバル研究グループ 佐藤 仁
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 移民や難民として自国を離れて生活する人々を対象にしたエスニックMVNOサービスは以前からアメリカ、欧州で事業展開していた。日本では馴染みが薄いかもしれないが、移民が多い欧米では母国への通話やSMSが格安に利用できるエスニックMVNOは移民系住民を中心に人気があるサービスである。
最近また欧州を中心にエスニックMVNOが出始めてきている。欧州でのエスニックMVNOの市場規模を世界の移民・難民の数字を見ながら考察してみたい。
MVNOとはMobile Virtual Network Operatorの略で、自社で回線網を持たずに他事業者から再販を受けて、自社ブランドで通信事業を提供するサービスである。

欧州のエスニックMVNO

 欧州でのエスニックMVNOの主要動向を見ていきたい。代表的なものだけを例示する。

(1)イタリアでの北アフリカ系移民向けMVNOサービス「Bladna」
2012年1月13日、Vodafone EgyptがMVNO運営事業者Effortelと提携してイタリアにおいて北アフリカ系移民を対象にしたMVNOサービス「Bladna」を開始した。Vodafone Egyptにとっては初の国外でのMVNO事業である。
「Bladna」はイタリアからエジプト、モロッコ、アルジェリア、チュニジアには特別料金で国際電話・SMSが利用できるのが特徴である。イタリアの携帯電話市場は普及率が150%を超えているが、いまだに微増ながら成長している。競争が非常に激しい市場に参入するためには、それなりの勝算を見込んでいるのだろう。今後イタリアで一番増加するのが北アフリカからの移民であり、最大のコミュニティになるから市場として魅力的であるとManaging DirectorのSherine Fouad氏は述べている。この背景にあるのは、2010年末からチュニジアを皮切りに始まった「アラブの春」であろう。イタリアのランペドゥーザ島に大量の移民が来たことは記憶に新しい。
なお、Effortel社ではイタリア在住の中国系住民向けMVNOも提供しており30万人が利用している。

(2)チャイナ・テレコムのイギリスでのMVNOサービス「CTExcel」
2011年12月、チャイナ・テレコムはイギリスにおける中国人向けサービス「CTExcel」を発表、2012年1月にはイギリス最大の通信事業者Everything Everywhereの回線を利用したMVNOを2012年中に提供することを発表した。
イギリスに在住する中国系住民およびイギリスを訪問する中国人をターゲットにしている。イギリスには約60万人の中国系住民がいるといわれている。チャイナ・テレコムは中国で約1.2億人のユーザを抱えている3番目の事業者である。1位のチャイナ・モバイル(約6.3億ユーザ)、チャイナ・ユニコム(約1.9億ユーザ)と比すると後塵を拝している。海外に住む中国系住民は重要な新規市場である。今後、国際社会において人の流れで見ると中国人の動きは無視できない。Benton & Piekeの著書「The Chinese in Europe」(1999, Macmillan)において、欧州全域をビジネス範囲と捉えて移動するため国家にこだわりを持っていない中国人を「中国人こそが最良のヨーロッパ人」と評している。今後、母数も圧倒的に多い在外中国系住民市場は注目が必要である。

(3)ドイツでのトルコ系住民をターゲットにしたMVNOサービス
ドイツにおけるトルコ系住民をターゲットにしたMVNOサービスについては、ドイツの通信事業者E-Plusが「ay yildiz」というブランドでサービスを提供している。またトルコ最大の通信事業者Turkcellが2011年4月からドイツ在住のトルコ系住民をターゲットにしたMVNOサービスを提供しており、2011年第3四半期までに20万人のユーザを獲得しておりTurkcellグループの新たな事業として売上に寄与している。(参考記事

(4)フランスでの北アフリカ系住民をターゲットにした「Mobisud」
2006年12月、Maroc TelecomとフランスSFRが北アフリカ系住民をターゲットにしたMVNOサービス「Mobisud」を提供開始している。ベルギーでも2007年5月から同ブランドで北アフリカ系住民をターゲットにしたMVNOを提供している。

世界の移民・難民とエスニックMVNO~限られたパイでの競争

 世界の移民、難民の現状についてみていきたい。
国際連合が発表している世界の移民の現状によると、2010年における全世界の移民の数は約2.1億人。難民は約1,600万である。世界人口が20111年に70億人を突破したが、全世界での移民と難民の合計は全人口の約3%程度しかいない。
欧州には約7,000万の移民・難民が在住している。ドイツには1,200万以上の移民・難民がいて欧州最大である。
冷戦終結後の部族間紛争が激化した1990年代後半がピークであった難民人口は国際情勢の変化とともに年によって増減が見られるが、移民人口は世界全体でも欧州でも毎年増加している。(表1・表2参照)

 移民・難民をターゲットにしたビジネスは非常に限られた市場のパイでの競争となる。もちろん、エスニックMVNOは移民・難民以外でも利用することは可能だ。しかしそのメリットはあまり享受できないだろうし、提供者側もマーケティングの対象として考慮していない。
さらに、移民・難民でも1世は母国との繋がりも深いだろうが、移民先の国で生まれて育った2世、3世にもなると母国との繋がりよりも居住国での生活や文化に馴染みがありエスニックMVNOサービスの訴求に魅力を感じないこともある。

 チャイナ・テレコム、Vodafone Egyptが相次いでエスニックMVNOサービスに参入してきた。自国以外に新たな市場への進出も迫られているのだろうが、エスニックMVNOでの勝算もあると見込んでいるのだろう。市場規模のパイである移民人口の規模の予測は世界情勢と密に関係しているので、将来の成長率を計算するのは一筋縄にはいかない。

 通信事業者が海外でビジネスを行う際のケースとしても今後のエスニックMVNOがどのように進化していくのか注目していく必要がある。

(表1)世界、欧州、イタリア、ドイツ、イギリス、フランスの移民人口
下段の割合は全移民人口に対する各地域、国家の移民人口の割合(表1)世界、欧州、イタリア、ドイツ、イギリス、フランスの移民人口(国際連合発表資料を元に筆者作成)

(表2)世界、欧州、イタリア、ドイツ、イギリス、フランスの難民人口
下段の割合は全難民人口に対する各地域、国家の難民人口の割合(表2)世界、欧州、イタリア、ドイツ、イギリス、フランスの難民人口
(国際連合発表資料を元に筆者作成)

*本情報は2012年2月8日時点のものである。

【参考動画】
ジャスミン革命時にチュニジアからイタリアへ避難する人々(2011年)

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