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Global Perspective 2012
2012年2月29日掲載

サイバー空間における戦争の位置付け

グローバル研究グループ 佐藤 仁
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 「サイバー戦争」(Cyber warfare)という言葉が目立つようになってきた。
 2011年はサイバー攻撃がグローバル社会で政治問題化した年である。2011年7月14日には、アメリカでは国防省がサイバー空間における行動指針を発表した。サイバー空間における防衛はこれまでの海、陸、空、宇宙に続く「新たな戦争の場」と認識し、サイバー攻撃に対して国家をあげて立ち向うという意志があることを宣言した。
2011年11月には、世界の政府首脳、民間企業、国際機関らがロンドンに集まり「サイバー空間会議」を開催した。サイバー攻撃に対するグローバル社会の対応や取組みが具現化してきた。

 サイバー攻撃およびサイバー戦争は、インターネットが登場して以来、問題になっている。そしてここ数年でグローバル社会の脅威として存在感を出してきているが、既存の安全保障問題と異なり顕在化されていない部分が多い。本稿においては、冷戦前、冷戦期、冷戦後の紛争、軍の形態と比較しながら、アメリカの政治学者モスコスのフレームワークを活用しながら「サイバー空間」での新たな戦争について考えてみたい。

サイバー戦争とモスコスのフレームワーク

 新たにグローバル社会に登場してきたサイバー戦争を過去の歴史の流れの中で位置付けてみたい。サイバー戦争は既存の安全保障と比較してまだ不明瞭で解明されていない点や枠組みが定まっていないケースも多く非常にわかりにくい。

 本稿では米国の政治学者モスコス(Charles Moskos 1934-2008)のフレームワークを用いて、新たなサイバー空間では軍の在り方や戦争の形態がどのようになるのか変数をあてはめて考察を試みたい。

 モスコスは「The Post Modern Military: Armed Force after the Cold war」(Oxford University Press, 2000)の第2章「Toward a Postmodern Military: The United States as a Paradigm」(P15) において、「Armed Force in the Three Eras: The United States」というフレームワークで軍、戦争の在り方を以下の3時代ごとに定義している。

  1. モダン:冷戦以前(1900-1945)
  2. 後期モダン冷戦期(1945-1990)
  3. ポスト・モダン:冷戦後(1990年以降)

 これらのフレームワークを元に、新たな変数の追加とサイバー空間での在り方を検討してみたい。

 なお、2010年5月に防衛省より発行された「防衛省・自衛隊によるサイバー攻撃対処について」の中で”報道ベース”ではあるが、サイバー戦争の事例として1999年のセルビアが最初になっていることから1999年以降を「サイバー空間」と設定する。

(表1)モスコスの「モダン・ポストモダンの軍」のフレームワークにおける「サイバー空間」
*が付与されている変数(1)〜(8)および黄色枠で囲んだ箇所はモスコスが定義しているもので、変数は軍隊の在り方について定義している。(9)以降は、軍の在り方以外に戦争の観点から変数を筆者が列挙してみた。




リアルとサイバーの並存
軍関係の変数 モダン
(冷戦以前)
1900-1945*
後期モダン
(冷戦)
1945-1990*
ポスト・モダン
(冷戦後)
1990以降*
サイバー空間
1999
以降
(1)認識された脅威* 敵の侵略* 核戦争* 国内*
(サブナショナル、民族的暴力、テロリズム)
サイバー攻撃による国家中枢への進入。
情報漏えい。
国家インフラへの攻撃による破壊。
(2)軍の構造* 大衆軍、徴兵制* 大規模な職業的な軍* 小規模な職業的な軍* ・ITに精通したエンジニア
やハッカー集団(offence/defence)
・民間戦争企業 (offence)
・民間セキュリティ関連企業(defence)
(3)主要なミッションの定義* 本土の防衛* 同盟国の防衛* 新しいミッション(PKO、人道支援)* 自国の防衛、敵国への進入
(4)支配的な軍事プロフェッショナル* 戦闘のリーダー* マネージャーあるいは技術者* 兵士政治家、兵学者* ITに精通したエンジニアやハッカー
(5)軍に対する市民の態度* 支持* 両義的* 無関心* 無関心
(6)メディアとの関係* メディアは軍に編入* 軍がメディアを操作* 軍がメディアの支持を求めようとする* 軍がメディアを活用する
(7)文民兵の関与* 小* 中* 大* 民間企業との協力が必要になる
(8)軍における女性の役割* 男性とは別部隊または、軍から除外* 部分的に男女統合* 完全に男女統合* 男女の関係はない
(9)戦争の形態 武力 武力
軍拡競争
(大国間)
武力 サイバー攻撃
(敵の見えない戦争)
(10)リアルな軍の適用 可能 可能 可能 困難(国際法上の定義がない)
国際社会での形成合意がされてない
(11)攻撃による破壊力 中〜大 小〜中(計り知れない部分も多い)
(12)抑止力になる要因 軍備拡大、
領土拡大
軍備(核兵器)拡大 経済力拡大、
軍備拡大
・高度なセキュリティ
報復としての武力行使宣言
→アメリカは2011年7月に、サイバー攻撃にも軍事を辞さないと宣言
(13)軍事費および主要産業 中〜大
軍事産業

軍事産業
中〜大
軍事産業

IT産業(セキュリティ関連)
(14)国家にとっての脅威 ・国家 ・国家(非同盟国)
・テロリスト
・国家
・国家内反勢力
・テロリスト
・民族、宗教による抗争
・国家
・国家内反勢力br />・テロリスト
・一般の個人(国内外)
(15)悪意なき攻撃 不可能 不可能 不可能 可能(愉快犯のようなハッカー)
(16)攻撃の目的 領土拡大など イデオロギー拡大を目的とした同盟国拡大と防衛 民族、宗教、国内反政府に起因したテロリズムや紛争 1.情報奪取。
2.攻撃による相手への精神的および業務上のダメージ、社会の混乱を与える。
(リアルに紛争を起こして攻撃ができないため)
3.攻撃目的が不明瞭なハッカーもあり。(自分の技術力を自慢したい)
(17)攻撃の意志
(相手への攻撃)
明確 明確
(ただし実際に大国同士は攻撃をするつもりはなかった)
明確 明確な場合と不明確な場合がある
(上記1,2は明確。3は不明確)
(18)防御の意志
(自国の防衛)
明確 明確
同盟国防衛もあり
明確
同盟国防衛もあり
明確
(19)覇権国 イギリス→アメリカ 米ソ2極構造 ・アメリカの超大国化
・中国の台頭
NA(現時点では不明)
(20)バランスオブパワー NA(現時点では不明)
(21)地政学の要素
(22)イデオロギー対立 民主主義、権威主義など 自由主義、社会主義など 民主主義、原理主義など リアルの世界でのイデオロギー対立が持ち込まれる可能性有
(22)国際機構の関与 国際連合(但し、冷戦期で安保理で可決されなかった) 国際連合 現時点ではない
(出所)モスコスのモダンとポスト・モダンの軍を参照に筆者作成

むすび

 インターネットは、簡単に世界中の情報にアクセスし、情報発信を行うことができることが大きな特徴である。インターネットの原型は冷戦期に核攻撃をうけても通信を維持することが可能とされるネットワークを目的としてアメリカで開発された経緯がある。そしてインターネットは冷戦終了後、1995年にWindows95がマイクロソフトから販売されて以降、飛躍的に世界中で利用されるようになった。

 冷戦が終結し、事実上アメリカが国際社会の覇権を握っている。そして中国がGDPで日本を抜き、経済的に台頭してきている。米中はビジネス上の経済協力関係は維持しているが、イデオロギーは異なる。現在、インターネットは「社会を変革するツール」になりつつあり、「ネット社会」という空間をめぐって新たな国際関係が幕を開けようとしている。インターネットには良い部分だけでなく、影の部分もある。今後も国際社会がサイバー空間の問題に対して、どの国家、国際機関が主導してどのように法律や条約を規定して対応するか注目していく必要がある。さらには日本を含めた各国の国内法の整備も急がれる。

 21世紀が10年以上経った現在においても、世界には核兵器を保有する国が存在する。しかし冷戦期を通じて、核兵器が使用される可能性のあるリスクとなったのはキューバ危機など数える程である。核兵器を利用することによる人類滅亡の恐怖が抑止力として働いていたからだ。しかし非対称戦争であるサイバー攻撃において抑止力となる要素が難しい。実際日本でも既に多くの官民がサイバー攻撃の被害に遭っている。

 サイバー戦争はかつての物理的な戦争と異なり、定義、敵の特定、報復、防衛手段、国際社会での法的対応、国際協力において明確になっていない要素が多い。
これからグローバル社会が一丸となって直面していかなければならない問題ではあるが、国家間の利害関係が異なる場合、サイバー空間での安全保障においてもそのまま現実世界の利害関係が持ち込まれ、協力までに時間がかかってしまう恐れがある。一方で、インターネットの技術革新は早い。グローバル社会はそのスピードに迅速に対応することが要求されている。

 サイバー攻撃がリアルな戦争に発展するにあたってはどのような経緯を辿るのか、そのケースはまだ見当たらない。またそれらに対抗すべく国際社会の法律、条約、同盟、レジームも制定されていない。  今後の国際社会の検討が早急に求められてくる。
新たなファクターとして登場してきたサイバー空間が安全保障の中でどのように位置付けられるのかは引き続き解明していく必要がある。

(参考)「The Post Modern Military: Armed Force after the Cold war」(Oxford University Press, 2000) 第2章「Toward a Postmodern Military: The United States as a Paradigm」(Charles Moskos)

*本情報は2012年2月27日時点のものである。

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