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2012年6月13日掲載 |
情報通信技術が発達し、国家のインフラがサイバー空間に依存するようになってから、サイバー攻撃、サイバーセキュリティという用語がメディアに頻出してくるようになった。 本稿ではアメリカが考えるサイバー空間における戦略をリン氏が外交雑誌「Foreign Affairs」に寄稿したレポートを基に見ていきたい。本稿だけではリン氏の戦略全てを追うことは不可能なので、興味のある方々は米公文書や記事にアクセスして頂きたい。 Defending a New Domain:Pentagon's Cyberstrategy「Foreign Affairs(September/October 2010)」においてリン氏は「Defending a New Domain:Pentagon's Cyberstrategy」という論文を寄稿している。
(The Threat Environment)
かつて管理業務だけで利用するものだったITが現在はアメリカの国家戦略資産として位置づけられている。 「サイバー戦争は非対称戦争である。」 サイバー空間では、報復攻撃による抑止力を効かせるよりも攻撃者のあらゆる利益を否定することが重要になる。サイバー空間では攻撃する方が優位なことから、攻撃しても仕方がないと敵に思わせる防衛体制を構築することが重要になる。伝統的な軍備管理レジームはサイバー戦争においては抑止力とならない。サイバー空間においては国際的規範があったとしても遵守されているかどうかの確認ができない。 アメリカへのサイバー攻撃の脅威は軍関連だけでなく重要な民間インフラのネットワークも攻撃されている。電力網、交通網、銀行システムなどがサイバー攻撃を受けることによって経済的混乱を招く。また民間の重要インフラは軍事的な利用もされている。これらのネットワークを守ることはアメリカ政府の安全保障と防衛の任務でもある。 軍事紛争を正確に予測することはできない。ましてサイバー攻撃は国家だけでなく非国家アクターも対象となるためさらに予測は困難である。IT技術の進化も速いため、政策立案者が予測するにあたっての歴史上の先行事例もほとんど存在しない。アメリカ政府はサイバー戦争がいつ、どこで発生するかを予測することには慎重であり、適応力を最大にするためのサイバー軍事能力と柔軟な戦略で対応する必要がある。 (New Strategy) 米サイバー軍の使命は以下の3つである。
サイバー空間では攻撃する方が優位であるため、防衛する方はダイナミックでなければならない。 国家安全保障局(NSA)はアメリカのインテリジェンスに基づく警告シグナルに対応するために侵入にリアルタイムで自動的に発動する防衛システムを開発した。センサー、見張り(sentry)、攻撃(sharpshooter)から構成される防衛システムはアメリカのネットワーク防衛に対するアプローチを完全にシフトさせた。これらはスキャン技術を活用して軍事用ネットワークとオープンなインターネット上の悪質なコードを検出し、軍事用ネットワークに侵入する前に動きを停止させる。積極防衛システムは「.mil」ドメイン全ての防衛、情報機関のネットワークを保護している。しかしネットワーク上で検知できずに侵入してくることもあるので、サイバー防衛は内部に入り込んだ場合も検知する能力が必要であり、ペンタゴンの重要な役割である。国防総省の様々なサイバー能力を1つの組織の元に統合し、それらをリンクさせたことがサイバー軍創設の重要な目的であった。 サイバー攻撃に対応するための明確なルールを定義するのは非常に難しい。ただのハッカーなのか、詐欺や窃盗の犯罪行為かスパイ行為か、アメリカに対する攻撃なのか判断する必要がある。その後、それぞれのケースに応じて適切な行動をとり、その行動が正当化されるかどうかを戦時および平時の法に基づいて判断しなくてはならない。さらに、どんなに最高のネットワークを構築していたとしても直接、軍事攻撃を受けたり、民間のインフラが安全でなければ意味がない。国防総省はアメリカ全体のITインフラに依存している。そして政策決定者は、民間インフラの保護のために国家のリソースを使うことが適切かどうかを考慮する必要がでてきた。現在、ペンタゴンは国土安全保障省と民間企業と協力しながら軍のサイバー防衛能力を活用した防衛産業の保護する革新的な方策を模索している。 インターネットは世界中どこからでもアクセスできるため、アメリカの同盟国もサイバー空間においては重要な役割を担っている。より多くのサイバー攻撃の事例を見て、追跡を行っていけば、防衛能力も高まる。その点から、冷戦ドクトリンの中核を担った同盟国間での情報共有はサイバー空間にも適用することができる。アメリカが対空防衛のために上空からの攻撃に関する情報共有を同盟国と行っているように、サイバー空間への侵入に対しても同盟国と協力しながら監視していく必要がある。一部のネットワークは同盟国とすでにリンクされているが、サイバー空間の脅威に対抗するためには更なる協調が必要になり、多くの同盟国の合意が必要である。 (Leverage Dominance) 政府は人材の強化にも努めなければならない。ペンタゴンのサイバーセキュリティの専門家は数年前より3倍に増加した。しかしアメリカ政府がどれだけ強化しても世界的な人口トレンドでは中国やインドの人口にはかなわない。アメリカの人口は世界の4.5%しかいない。サイバーセキュリティの専門家の数で勝負するよりも質で優位性を確保する必要がある。サイバーセキュリティの技術力をアメリカが優位を保つためにはアメリカの民間IT技術が力をもっていなくてはならない。そのための科学技術、教育などあらゆる面での投資を継続していく必要がある。 これはコンピュータシステムとして4世代は遅れていることになる。iPhoneの開発は24か月(2年)だけだが、2年はペンタゴンでは予算獲得に向けて議会から承認を得る時間よりも短い。
(Entering a new era) 脅威の点では大きく異なるが、サイバー空間と原子力にも類似性がある。サイバー攻撃を行う敵は軍事力でのアメリカの優位性を覆す手段を入手することができるようになる。攻撃に即効性があり、追跡される可能性も非常に少ない。サイバー攻撃は核攻撃のような大規模な人的犠牲はないが、核攻撃と同じく社会を麻痺させることができる。 このようなリスクを回避するためにもペンタゴンはサイバーセキュリティの新たな戦略を構築しようと努めている。
戦略の目的はサイバー空間の安全確保によるアメリカの国家安全保障(national security)と経済安全保障(economic security)の強化である。 最後にアメリカとしてサイバー空間を守る決意が伝わってくる。リン氏は、サイバー空間での内部への侵入をboundary(国境)という表現をしている。サイバー空間に国境はないのが通説になっているが、国家の重要な財産を脅かすために侵入してくることは国境(国家)への不法侵入と同じ扱いでいるのだろう。また、リン氏は同盟国との連携を強調しているが、同盟国から攻撃されることは想定していないのだろう。サイバー空間においても既存の国際関係の同盟が継承されるか、さらに既存の安全保障にどのようなインパクトを与えるのかは今後解明していく必要がある。 次回は本論文発表から1年後にリン氏がForeign Affairsに寄稿した“The Pentagon’s Cyberstrategy, One Year Later Defending Against the Next Cyberattack”を見ていきたい。 (参考文献)
【参考動画】 サイバーセキュリティについて伝えるペンタゴン・ニュース(2010年10月) *本情報は2012年5月30日時点のものである。 |
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