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Global Perspective 2012
2012年9月12日掲載

情報戦争:インドでの偽情報によるパニック

グローバル研究グループ 佐藤 仁
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2012年8月末、インド北東部アッサム州で民族衝突の報復を予告する情報が出回って集団パニックが発生するという問題が起きた。

偽情報によるパニックとインド政府の対応

事の発端は2012 年7月にアッサム州で起きた民族衝突に対する報復を予告する内容がメール、SMS(ショートメッセージ)、ソーシャルメディアを通じて瞬く間にインド全土に広まり、ムンバイ、チェンナイ、ハイデラバード、バンガロールといった大都市でも数千人以上が都市から脱出するという社会混乱に陥った。駅には混乱した乗客が殺到して電車は満杯になったとのことである。現在は安定を取り戻している。

その騒動を受けて2012年8月20日、インド内相は「パキスタンを拠点とするグループ」がSNS経由でデマ情報や偽写真を流布させたとする声明を発表した。さらにインド政府は同日、不安をあおる内容が掲載された245のサイトを遮断したと報じられている。インド情報技術省によると、不安を煽るコンテンツの大部分はインド国外から投稿されており、多くはパキスタンからだったと主張している。またインドでは情報拡散の為に5人以上にメールやショートメッセージを一斉送信することも禁止されたそうだ。

インド内相はパキスタンの内相に電話で懸念を伝え、パキスタンからの投稿に対する捜査への協力を求めた。パキスタン内相も、不安を煽るようなデマ情報がパキスタンから投稿されたことを示す証拠をインドが提示した場合に限り、捜査に応じると答えたと報じられている。

偽情報やデマ拡散による「情報戦争」

古来より戦時や敵対関係にある場合、偽情報やデマの拡散によってパニックを生じさせたり、敵軍の士気を落とすことは常套手段であった。「インフォメーション・ウォーフェアー(IW: Information Warfare)」という用語を冷戦後からよく見かける。日本語に直訳すると「情報戦争」であるが明確な定義は曖昧である。
「情報戦争」には大きく分けて2つの種類がある。

(1) ハードな情報戦争
コンピュータ・システムとそのネットワークの機能を阻害する行動でいわゆる「サイバー攻撃」。なおインドとパキスタンの間では2000年代後半からサイバー攻撃も頻繁に行われている。
(2) ソフトな情報戦争
心理戦、宣伝戦、欺瞞戦で、「情報そのもの」を武器として使われる方法

心理戦や欺瞞活動も誰もが携帯電話でメッセージをやり取りできるようになったり、ソーシャルメディアを活用する現代においては以前よりも遥かに手の込んだ手法が用いられるようになり、伝播のスピードも格段に速くなったことは言うまでもない。まさに「情報そのもの」が武器にもなっている。
デマや偽情報以外にも「正しい情報提供」で戦況を正しく伝えることによって、敵軍に無駄な抵抗をさせないで投降を促進する効果もある。実際の戦争時の事例としては、1991年の湾岸戦争時には2,900万枚のビラがイラクに投下されて、イラク兵に対して投降を呼びかけた。また2001年のアフガニスタン紛争ではラジオ放送局が設置されていなかった時期には、ラジオとテレビ放送用設備を搭載したC-130輸送機を改造した航空機で放送を流したそうだ*。

(表1)情報戦争の分類
(表1)情報戦争の分類
(筆者作成)

情報戦争に備えて

今回のようなインドでの偽情報の流布による市民のパニックと社会混乱は相手へ与える影響が大きい。さらに現代社会は「情報拡散手段」である携帯電話やソーシャルメディアが発達し瞬く間に情報は流布していく。虚偽のねつ造した写真も簡単に作ってインターネットで公開されることもある。そして拡散過程で偽情報に尾ひれがついていくことが多く、何が真実だかわからなくなってしまう。しかも突拍子もない嘘ではなく、このような情報は「あたかもありそうな」情報である。今回のインドでも、2012 年7月のアッサム州で起きた民族衝突に対する報復についての情報であるから、本当に報復しに来るのではないかという恐怖心があるからパニックになる確率も高く、実際に多くの人々が避難して社会は混乱した。
近年では、ハードな攻撃であるサイバー攻撃が安全保障の点から国際関係における重要な問題になってきているが、偽情報拡散による心理戦、欺瞞活動は情報戦争の基本である。
真実かどうかわからない情報が流れてきたとき、多くの人が慌ててパニックに陥ってしまう。これは人間心理として仕方がないことだろう。そのような情報が流れてきた時、もう一度その情報が真実かどうかを見極める能力が求められてくる時代になっている。
様々な偽情報やデマが流布するのは敵対している国同士だけではない。私たち日本人にとっても身に覚えのある事例が多数あることを忘れてはならない。

【参考動画】今回の騒動を伝えるニュース(2012年)

*江畑謙介 「情報と戦争」(NTT出版 2006)

*本情報は2012年9月9日時点のものである。

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