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Global Perspective 2012
2012年9月19日掲載

米中でサイバー・セキュリティ協力関係は構築できるのか?

グローバル研究グループ 佐藤 仁
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2012年9月初旬にアメリカのクリントン国務長官が中国を訪問していたことは周知の事実である。日本のメディアはクリントン訪中時も主たる争点は領土問題であった。この訪問時の2012年9月5日、クリントン国務長官は会見においてアメリカと中国の間でサイバー攻撃からの防衛に関する協力を呼びかけた。

クリントン国務長官は以下のように述べた。

「サイバー攻撃の脅威が大きな問題になっている。アメリカも中国もサイバー攻撃の被害者である。知的財産権、ビジネス情報、国家の安全保障に関わる情報がサイバー攻撃による窃取の標的にされている。これは他の国でも同様だが、ビジネス界やアメリカ政府にとって、厄介な問題として浮上してきている。我々(米中)はこの問題に対して一緒に取り組んでいくべきである」
(原文引用)“I also raised the growing threat of cyber attacks that are occurring on an increasing basis. Both the United States and China are victims of cyber attacks. Intellectual property, commercial data, national security information is being targeted. This is an issue of increasing concern to the business community and the Government of the United States, as well as many other countries, and it is vital that we work together to curb this behavior.”

これに対して、中国の楊外相は以下のように返答をして、アメリカと協力していく姿勢を表明した。

「他の国々と同様、中国もサイバー攻撃の犠牲者である。中国はアメリカや他国と協力していきたい。そしてサイバー・セキュリティを維持するために連携と協力を進めたい。」
(原文引用)“Like many countries, China is also a victim of cyber attacks. We’d like to work with the United States and some others to step up our communication and cooperation with respect to ensuring cyber security.”

世界中が見守る米中のサイバー攻撃に対する協力

日本では報じられることが少なかったが、欧米やアジアの新聞、ネットのニュースではかなり多くの記事やレポートとして報じられていた。Googleニュースでもこの件で1,500件以上の関連ニュースがあった。アメリカだけでなく欧州やアジアにおける米中のサイバー攻撃における二国間の協力に対する関心の高さを伺えた。メディアや専門家の論調は様々であるが、大きく2つにわかれる。

第一がサイバー攻撃に対する米中の協力を歓迎する主張。米中だけでなく世界中でサイバー攻撃の犠牲になっている国や企業が多いのであろう。米中二国間でサイバー攻撃に対する協力関係を構築することによってサイバー攻撃の被害が少なくなることを期待している論調である。

第二が米中でのサイバー攻撃に対する協力関係に懐疑的な主張。アメリカは中国が発信源と推定されるサイバー攻撃を多く受けてきたこともあり、政府間で協力関係を締結したとしても本当にサイバー攻撃が減少するのか?という懐疑的な論調である。

特に懐疑的な背景として、2012年5月18日に米国防総省が発表した中国の軍事力に関する年次報告書(2012年版)でのサイバー攻撃に関する扱いがあるからだろう。同文書では2011年のアメリカを含めた世界各国へのサイバー攻撃の多くは中国が発信源と断定し、中国が戦略的な情報収集にサイバーネットワークを活用していると分析している。2011年の報告書では「いくつかの攻撃は中国が発信源だったとみられる※1」としていたが、2012年版では「多くのサイバー攻撃は中国が発信源だった※2」と明記している。米国のサイバー攻撃に対する中国を警戒する態度も「推定」から「確証」へ変わってきていることが文書から伺えた。この文書が出てから4カ月程度であるから、米中がサイバー攻撃において協力できるのだろうかと懐疑的になるのは不思議ではない。

米中でサイバー・セキュリティ協力はできるのだろうか

今後、米中両国や他国を巻き込んでサイバー空間において、どのような協力を構築していくかはまだ不明瞭である。新しいマルウェアやシステムの脆弱性が発見された時の情報交換や修正ソフトウェア(パッチ)開発の技術支援、情報交換などはできるだろう。
さらに政府間で協力関係を結んでも、民間レベルやハッカー、個人にまで浸透するか、実際に取り締まれることができるか、という実務的な問題や国家間での法的課題など解決しなくてはならない課題や技術的な問題はまだ山積みである。サイバー攻撃の問題について、米中両国は日米が協力していく程容易でないことは推察できる。

クリントン国務長官が2012年9月初旬に訪中し中国に対してサイバー攻撃に関する協力を呼びかける前の2012年8月25日の共同通信の報道によると、軍備管理や国際安全保障政策に関するクリントン米国務長官の諮問委員会(委員長はペリー元国防長官)が、サイバー空間における中国との偶発的衝突を避けるため、専用ホットラインの設置やサイバー協定の締結などをオバマ政権に求める勧告案をまとめたと報じた。共同通信社では同案を入手したとのことである。
勧告案は、アメリカ軍や民間のコンピューターに対する中国からのサイバー攻撃がアメリカ経済に著しい損害をもたらし、互いの信頼を損ない、対中協力(拡大)に向けた米国内の政治的支持を低下させている、と指摘、声明や2国間協議の場を通じて、アメリカの最重要のインフラや核指令統制システムがサイバー攻撃を受けた場合には、相応のリスクが待ち受けていることを中国側に認識させておくようアメリカ政府に求めた。オバマ政権は米国や同盟国へのサイバー攻撃に対し、武力による反撃も辞さない方針を定めているが、同案も「(サイバー空間への違法な)侵入者に代償を払わせるための能力」を誇示する必要があると説いた。また、同報告書では予防措置の重要性にも言及し、ホットライン設置やテロリストら非国家勢力の脅威への対処、知的財産権保護など「サイバー安保に関するルールや規範」作りに向け、中国と協力していくよう提言しているとのことである。※3

サイバースペースにおける攻防は冷戦期のような米ソの核兵器開発競争時のような協力関係を構築するのとは環境が大きく異なる。情報窃取を目的としたサイバー攻撃のためのマルウェア開発は核兵器開発とは異なり国家以外も関与している可能性が大きい。さらに核兵器は万が一に発射された場合には地球全体が崩壊しかねないという恐怖感が抑止力になっていたが、サイバー攻撃においては地球崩壊という恐怖感による抑止力はない。

サイバー攻撃の攻防で米中両国だけでなく全世界が疲弊しているのかもしれない。核兵器開発とは比にならないが、サイバー攻撃用のマルウェア開発、脆弱性対策の修正ソフトウェア開発は予算や人的稼働は相当なものである。そして核兵器と異なり、サイバー攻撃は誰もが攻撃者にも被害者にも容易になるため、あらゆる機関が常時対応に追われることになってしまう。

今回のクリントン国務長官のサイバー攻撃対策に向けた米中二国間での協力構築の呼びかけをうけて、両国での協力関係がどのように構築され、国際社会で体制化されていくのだろうか。 サイバー攻撃に関する問題は日本も対岸の火事ではない。国際社会が今後の米中間でのサイバー攻撃に対する取組みと協力関係の動向に注目している。日本も注視しておく必要がある。

※1:Office of the Secretary of Defense, “ANNUAL REPORT TO CONGRESS Military and Security Developments Involving the People’s Republic of China 2011”以下のように言及(下線は筆者)。“In 2010, numerous computer systems around the world, including those owned by the U.S. Government, were the target of intrusions, some of which appear to have originated within the PRC.” (p.15)

※2:Office of the Secretary of Defense, “ANNUAL REPORT TO CONGRESS Military and Security Developments Involving the People’s Republic of China 2012” May 2012 以下のように言及(下線は筆者)。“In 2011, computer networks and systems around the world continued to be targets of intrusions and data theft, many of which originated within China.”(p.9)

※3:http://www.chugoku-np.co.jp/News/Sp201208250109.html

*本情報は2012年9月18日時点のものである。

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