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Global Perspective 2013
2013年12月26日掲載

世界の通信事業者が狙うM2M市場(2013年)

(株)情報通信総合研究所
グローバル研究グループ
佐藤 仁

2012年の世界の通信業界のバズワードの1つが「M2M」だった。それは2013年になっても同じようにバズワードであった。日本だけでなく世界中の多くの通信事業者がM2M市場に参入した。M2MとはMachine to Machineの略称で、人を介せずに物と物で通信を行うことと捉えられていたが、最近では人と物の通信(Man to Machine)でも使われるようになり、明確な定義はない。また新たなバズワードとして「IoT:Internet of Things」(モノのインターネット)と称されることもあるが、その本質は同じである。
そしてM2MであれIoTであれ、それら自体は決して目新しいものではなく、以前から「物と物」「人と物」の通信は多く存在していた。

これからも成長が期待される世界のM2M市場

「M2M」や「IoT」というのは総称であり、中身をブレークダウンしていくと自動車関連(テレマティーク)、ホームICT、スマートグリッド、金融、防犯・防災、医療・福祉、交通、物流など様々な領域におよぶ。あらゆる物が通信の対象になる。M2Mは調査会社によって定義が異なる。多くの調査会社でM2Mの将来予測を行っているが、数字を算出するうえでの前提条件が揃ってない。HISの調査によると、2012年にはM2Mの回線は約1億1,600万であった。2017年には約3億7,500万まで増加すると予測している。また通信事業者へのM2Mによる収入は2012年は96億ドルで、2016年には224億ドルになると予想されている。どの調査会社が算出している予測でも回線数、収入ともに右肩上がりである。この成長著しい市場に世界の通信事業者が目を付けるのは当然のことであろう。それではどうして世界の通信事業者はこぞってM2M市場を狙いに行くのだろうか。その背景を探ってみたい。

M2M市場を制したい世界の通信事業者

世界の多くの通信事業者がM2Mに注目している理由として以下4点が考えられる。

(1)LTEの次を見据えた新しいビジネス
 日本でもNTTドコモ、KDDI、ソフトバンクが導入しているLTEだが、世界中の通信事業者でも同様に導入している。2013年10月現在で世界83ヶ国222の通信事業者でLTEが導入されている。

スマートフォンの普及によって新興国を中心に多くの通信事業者はデータ通信の増加に伴い増収増益を達成している。スマートフォンの普及はLTEにとっては追い風になる。但し日本のように短期間でいっきにLTE利用者を数百万単位で増加できるものではない。海外では今でも2G利用者も多数いる。さらにLTEを導入したのに、データ通信は無料(または安価)のWi-Fiを利用してしまうユーザーも多く、多くの事業者がLTEを導入したものの収益化には苦しんでいる。そしてLTEでのデータ通信による収入増もいずれ枯渇していくことを通信事業者も理解している。通信事業者としてはLTEの次の収益源になるビジネス機会が欲しい。そこで世界の通信事業者が着目したのがM2Mである。

(2)激しいMNP競争での疲労〜チャーン率の低いM2Mに着目
 日本でも番号が同じままで通信事業者を変更できるMNP(モバイル・ナンバー・ポータビリティ)はある。世界でも多くの国でMNPが盛んであり、通信事業者は顧客の繋ぎ止めや新規獲得の積極的なキャンペーンを1年中行っている。様々な料金プランを用意したり、広告宣伝に多額の費用を使っている。また海外ではプリペイドで利用が主流なので、1人で複数枚のSIMを保有していることも多く、普及率が100%を超えている成熟・飽和市場が多い。そして利用者は通信事業者に対する愛着やこだわりはほとんどないので、少しでも安くてお得な通信事業者にすぐに乗り換える。そのため利用者獲得、繋ぎ止めのために多くのキャンペーンやプロモーションなどのマーケティングコストが嵩んで減収減益に陥る通信事業者も目立っている。

一方で、M2Mはチャーン率(利用者が通信事業者を変更する率)が低い。一度導入すると長期的に利用してくれる。M2Mのトラヒックはスマートフォンでのデータ通信利用と比べると非常に低いため高いARPUや大きな収入は期待できない。M2Mでの1回のトラヒックは非常に小さい。例えば、自動車で事故が発生した時にセンターへ事故の連絡を送るためのサービスをM2Mで実装しているとすると、データ通信が発信するのは自動車事故が起こった時だけである。日常においてデータ通信が発生しない方が安全に運転できている証拠で良いのである。M2Mではそのような利用が多い。しかし、データ通信は微量だが、一度に大量の回線数を提供できる。通信事業者にとっては大量の回線契約増加と利用者の囲い込み、安定的な収入に繋がる。MNPで顧客獲得競争に体力消耗している通信事業者にとっては低チャーン率で大量の回線契約と顧客囲い込みができるM2Mは魅力的な市場である。

(3)新たな収益源としてのシステム開発
 M2Mのプラットフォームを提供しているのは、Jasper Wireless やnPhase、エリクソンといったソリューションベンダーが主流である。現在も多くの通信事業者はM2Mに強いソリューションベンダーと提携してM2Mサービスを提供している。

欧州の通信事業者でM2Mに注力している会社はM2Mに特化した会社を設立しプラットフォームから回線まで提供している。新興国を中心とした海外の通信事業者は日本の通信事業者のように法人営業によるシステム構築などは強くない。M2Mはシステムインテグレーションも含めて新しい収益源として期待されている。システム構築は保守費で定期的な収入と顧客繋ぎ止めなどの副次的な効果も期待できる。また通信事業者にとっても回線提供だけではなくシステム構築によるサービス提供といった新しい領域に入っていける。

(4)ビッグデータが欲しい
 「ビッグデータ」これもまた最近よく耳にするバズワードである。構造化、体系化されていない莫大なデータのことである。どうでもいいような無駄なデータに思われる情報でも必要な人にとってはのどから手が出るほど欲しいデータもある。M2Mで発信されるデータを収集し解析することによって、将来的に講ずべき施策がわかり、M2Mの次のステップや別分野での事業に活かすことが可能になる。センサーネットワークやデバイスも小型化、低価格化してきてM2Mの様々な分野でデータの送受信が可能になってきている。それらのデータを上手に活用できるかは、今後のビジネスにおいて成否を決める可能性が高い。通信事業者としてもそれらのデータを活用して次のビジネスに繋げていきたい。

世界の通信事業者がM2M市場での生き残るためには

右肩上がりの成長が期待されるM2M市場に対しては2014年も多くの通信事業者が参入してくることだろう。以下に2012年〜2013年の国内外の通信事業者のM2Mに関する取組みの事例を掲載するが、項目羅列だけの漠然としたM2Mへの取組みや提携に関するリリースが今でも多い。つまり、通信事業者は「M2Mなら何でもやります」という意気込みである。それは従来の消費者を対象にした「音声、SMS、データ通信以外」での収入になりそうなものは何でもやるという勢いである。それはそれで非常に重要だろうが、今後は事業者ごとにそれぞれの領域での強みを出していくことが重要になる。「M2Mなら何でも出来る」と喧伝している企業は「何もできない」となってしまう懸念がある。「テレマティークならどこよりも強い」、「モバイルヘルスに関するソリューションを持っている」、「ホームICTに特化している」など「強みとなる領域」が通信事業者にも求められるようになるだろう。そしてそれらを支えるシステムインテグレーション力が重要になるだろう。海外の通信事業者は日本のように法人営業部のような事業部を保有してシステムインテグレーションを行って収益にしている会社は少ない。そのようなノウハウ、経験、スキルがまだ不足している。そのためM2Mに強いプロバイダーや事業者と提携することが多い。最初はそのような形でのスタートで良いだろう。しかし海外の通信事業者もいずれ自社でノウハウやスキルを蓄積しないと、システムインテグレーションのような将来的にも収益に繋がるような「美味しい部分」だけを他社に持っていかれて、通信事業者が提供するのは回線のみということにもなりかねない。

M2MやIoTは「物と物」の通信であり、物は人よりも簡単に海を越える。どの通信事業者も国内だけの競争ではなく、海外の通信事業者との競争を強いられる。海外でのサポートも必要になる。「M2Mなら何でもできます」と大風呂敷を広げても「帯に短し襷に長し」のサービスしか提供できない企業はいずれ市場から駆逐されてしまう。それを回避するためにも、通信事業者であっても早いうちにM2Mでシステムインテグレーションができるノウハウやスキルを構築しておく必要が求められている。ただの回線屋としての通信事業者なのか、システムインテグレーションという付加価値も提供できる総合企業なのか、2014年は世界のM2M、IoT市場における通信事業者の真の価値が試されるだろう。

(表を別ウィンドウで開きます)

*本情報は2013年12月26日時点のものである。

*本稿は2012年12月14日掲載「世界の通信事業者が狙うM2M市場」を加筆修正したものである。

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