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Global Perspective 2013
2013年3月7日掲載

新たなモバイルOS「Sailfish OS」

(株)情報通信総合研究所
グローバル研究グループ
佐藤 仁
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佐藤写真

2013年2月にバルセロナで開催されたMobile World Congress(MWC)ではGoogleのAndroid、AppleのiOSに続く「第3のOS」ということで、Firefox、Tizen、Ubuntu、Sailfishなど新たに登場してきたOSへの注目が高かった。これらの新しいOSについては国内外の多くのメディアにて既報である。MWCでの展示に関して日本での報道はFirefox、Tizenが特に注目された。これは日本の通信事業者であるKDDIがFirefoxを、ドコモがTizenを導入することを検討しているから当然であろう。
 本稿では、その中で「Sailfish OS」の成り立ちと今後の方向性について取り上げていきたい。

Jollaから登場した新しいモバイルOS「Sailfish OS」

フィンランドのモバイルOSメーカ、Jolla(ヨラ)が、同社で開発を進めている「Sailfish OS」を2012年11月に公開した。JollaはNokiaで「MeeGo OS」の開発に携わっていた元Nokia社員らが2012年7月に立ち上げたベンチャー企業である。現在Jollaでは50人が在籍して開発を行っている。またJollaはフィンランドの民間投資会社、国営投資機関などから1,000万ユーロ(約128億ドル)の出資を受けており、春には2,000万ユーロまで引き上げられる予定である(※1)。
 新OSはすでにSTエリクソンがチップセットを対応させることと、フィンランド第3位の携帯通信事業者DNAが同OS搭載端末を取り扱うことに合意している。Jollaは今後他メーカのプロセッサーへの対応も進めていく予定である。

モバイルOS「MeeGo」〜対応端末はたった1台「Nokia N9」

まずは「Sailfish OS」の基盤となった「MeeGo OS」およびNokia社のOSの取組の経緯を見ていきたい。
 2010年2月、IntelとNokiaは「MeeGo OS」を共同で発表した。「MeeGo」は、Intelの「Moblin」とNokiaの「Maemo」を統合したオープンソースのLinuxベースのモバイルOSである。当時はiOS、Android OSに対抗できる勢力として期待されていた。しかし大手携帯電話メーカの同OSの採用はなかなか進まなかった。そして2011年2月には、Nokiaはマイクロソフトと業務提携を行い、今後のスマートフォンの主軸をWindows Phoneにすること発表した。おそらくこの発表に一番度肝を抜かれ、怒り心頭したのが「MeeGo OS」を共同で開発、推進していたIntelであったはずだ。

2011年6月に、Nokiaは「MeeGo OS」搭載の「Nokia N9」を発表した。直前の2011年2月にNokiaは今後のスマートフォン戦略をWindows Phoneで統一すると発表していたことから「Nokia N9」は同社から販売される最初で最後の「MeeGo OS」搭載端末となったのだ。Nokiaとして「MeeGo OS」開発を進めていたこともあり、最後の仕上げの端末として「Nokia N9」を市場に投入した。2011年6月にシンガポールで開催された「CommunicAsia 2011」でNokiaは「MeeGo OS 1.2」を搭載した“最初で最後のMeeGo対応スマートフォン”「Nokia N9」を披露した。

(図1)Nokia N9

(出典:Nokia)

2011年以降Nokiaは、「Symbian OS」から「Windows Phone」へとスマートフォン戦略を大きく変更し、それまでの「繋ぎの商品」として「Symbian OS」のマイナーバージョンアップを行っていた。「Windows Phone」スマートフォンの「Lumiaシリーズ」が登場してからは欧米を中心に「Lumiaシリーズ」は人気がある。
2011年4月にNokiaは「Symbian OS」開発部隊を全てアクセンチュアへと移管させ、現在では「Windows Phone」で端末開発に集中している。
 そのような環境の中で、「MeeGo OS」の開発に携わっていた元Nokia社員やMeeGoコミュニティーのメンバーらが2012年7月にJollaを立ち上げた。また元Nokia幹部のマーク・ディロン氏が同社のCOOとして参加した。

このような経緯を踏まえて設立されたのがJollaであり、新しく登場してきたモバイルOSが「Sailfish OS」である。

(図2)Jollaへの経緯とNokiaのOSの遷移

(筆者作成)

「Sailfish OS」はどこに向かうのだろうか?

ここに来て、新たにスマートフォンのOSに参入するには、何かしらの目的と勝算があるのだろう。Android OSがシェアの75%も占めるというほぼ独占に近い市場を崩すのは容易ではない。
Jollaの「Sailfish OS」はこれからのスマートフォン市場においてどのような位置付けとなるのだろうか。現在Jollaが置かれているポジションから「Sailfish OS」の方向と可能性として以下の3点を考察してみる。

  1. 通信事業者向けカスタマイズしたOSの提供
  2. 買収または合併
  3. 新興国市場へ特化

それぞれについて考察してみたい。

1.通信事業者向けカスタマイズしたOSの提供

Jollaは「Sailfish OS」に対応した端末をフィンランド第3の通信事業者DNAから提供する。スマートフォンを製造、販売する端末メーカとの提携ではなく通信事業者と提携が先に報じられている。Jollaが提供する「Sailfish OS」には、2011年に設立された「Sailfish Alliance」があり、そこにDNAも参加している。他には中国のインターネット企業テンセントやスマートフォンのアプリケーション開発ベンダー大手のMyriadグループが参加している。携帯電話メーカは名前を連ねていない。通信事業者もフィンランドのDNAのみである。

まずはフィンランドの通信事業者DNAから提供していくことになるが、どこのメーカから端末が供給するか注目である。現在ではスマートフォンはコモディティ化し、新興国からも多くの端末メーカが登場してきているため、サムスンやLGのような一部の端末メーカを除くと、多くの端末メーカの経営状況は芳しくない。そのような状況の中でどのくらいのメーカが「Sailfish OS」を搭載した端末を製造するだろうか。「Sailfish OS」のチップセットを供給する欧州半導体メーカのSTエリクソンもNokiaやソニーエリクソンからの収入源が減少してしまい、2012年4月に発表した第1四半期には3億2,600万ドルの営業損失を計上し、この3年間で膨れ上がった赤字は約20億ドル以上になっている。「Sailfish OS」を取り巻く環境は決して順調ではない。 

通信事業者であるDNAに提供するにあたって、JollaはDNA向けに専用のカスタマイズを施してくるのだろうか。そして次の事業者に提供する際にはDNAとは異なるその会社向けのカスタマイズを行うのだろうか。このように特定の通信事業者向けに特化したカスタマイズを行ったOSを提供し、通信事業者からカスタマイズ費用を徴収するビジネスモデルが考えられる。

一方で、これだけAndroidとiOSで市場を圧巻している時に携帯電話事業者側がわざわざ自社だけのための独自のOSを求めるであろうか。DNAは利用者数が250万程度であるから、仮に全ユーザが「Sailfish OS」端末になっても、最大250万しか見込めない。2012年11月21日にDNA社がJollaとの提携でプレスリリースを行っているが、協力関係を推進していくという内容を挙げているだけで具体的な項目までブレークダウンされていない

通信事業者と提携してOSの普及を推進していくのは費用対効果が良いとは考えられない。通信事業者も自社だけに独自にカスタマイズされたOSの端末は一見、独自ブランド、サービスの展開にとって都合が良さそうに見えるが、カスタマーフォローやそのOS専用のアプリ開発などを考えると決してコストパフォーマンスは良くない。むしろ一般的に販売されているAndroid OSの端末で、利用者は自社のSIMカードを利用してくれるだけの方がARPUも向上する。カスタマーフォローや専用アプリ開発のコストもかからなくて済むから効率的である。Jollaが通信事業者と提携して、通信事業者向けにカスタマイズしたOSを提供することは両社にとって望ましいことではないかもしれない。

2. 買収または合併

欧米の技術系ベンチャー企業ではよくあることだが、ある程度の技術力があり将来性が期待されることによって別の企業によって会社ごと買収してもらうこと、または同業他社との合併である。現在のJollaの「Sailfish OS」を取り巻く環境を見ても、今後急速に成長し、Android OSの牙城を崩し、市場形成逆転する予測が見込めないことから、これが現実的ではないだろうか。「Sailfish OS」を開発しているJollaは上述のようにNokiaで「MeeGo OS」や携帯電話を開発していた技術者集団のため、技術力はある。またモバイル業界のことも熟知している。Jollaが保有しているノウハウや技術などを入手したいという企業が登場してもおかしくはない。Facebookなどは自社専用のモバイルOSを保有するのではないか、と報道によく上がる。同社は否定しているが、モバイルOSを保有したいというインターネット企業やメーカは存在するのではないだろうか。但し、買収や合併に関しての先行きは不透明で、「Sailfish OS」の良さを残して市場で成功するかどうか予測することは困難である。

3. 新興国市場へ特化

現在のスマートフォンOS市場は圧倒的にAndroid OSが席捲している。この状況はしばらく続くだろう。但しいつまで続くかはわからない。iPhoneが登場する2007年以前は携帯電話ではNokiaが圧倒的なシェアを誇っていた。iPhone、その後のAndroid OSで市場の形成は大きく変わってしまい、Nokiaは現在では赤字経営が続いている。携帯電話市場はいつ、どこで、どのように変化するかわからない。今回のJollaの「Sailfish OS」がひょっとするとAndroid OS独占の市場を崩すかもしれない。5年前までは、Nokiaがこんなにシェアを落とすことや、Android OSがここまでシェアを圧巻するとは多くの人が想像できなかった。

一方、Android OSは75%という高いシェアを誇っているとはいえ、提供している端末は高機能から廉価版まで多種多様である。先進国だけでなく新興国市場でも人気があったSymbian OS端末、BlackBerry端末はAndroidOSを搭載した新興国の地場メーカが開発した端末に取って代わられてきている。

このような新興国市場の廉価版端末に特化したようなモバイルOSとして「Sailfish OS」が新たなポジションを築くことができるとしたら、Androidの牙城を切り崩すことに成功するかもしれない。もちろん、そのためには新興国の地場メーカへの提供になることから、Androidのように無償でOSを提供し、広告収入など別のビジネスモデルで収益を確保していくというモデルを確立しなければならない。それは困難のように思えるが、新興国市場への参入や収益確保を狙っているインターネット企業やメーカは多い。そして通信環境や端末スペックが高度である必要がない新興国では、高機能でなくても受け入れられる可能性がある。

そのような企業と提携することで新興国市場の廉価版端末向けOSに特化した進出は「Sailfish OS」が今後、市場において新たなポジショニングを築く上で有効ではないだろうか。

但し、「Firefox OS」を提供するMozillaは既に新興国向けに提供することを発表しており、既にスペインTelefonicaやドイツテレコムと提携を発表しており、Huawei、ZTE、LG、ソニーモバイルなど開発を表明している端末メーカもあるため、新興国向け市場でもFirefoxの方が先を行っている。

ここまで3つの方向とその可能性を提示してみたが、これ以外の「第4の道」もあるだろう。

モバイル市場活性化に期待

Android OS(Google)が席捲しているスマートフォン市場において、「もはやAndroid OSには太刀打ちできない」と諦観することなくJollaのようなベンチャー企業が新しいOSを市場に投入することはモバイル業界の発展にとっては刺激があり良いことだ。本当にビジネスとして成立するまでにはもう少し時間がかかるだろう。JollaはNokia出身者らが設立したベンチャーであるから端末メーカ側の開発や販売に関わる事情も理解しているだろう。OSはただ存在すればよいというわけではない。端末メーカ、アプリ開発者、ユーザが有機的に結びついてエコシステムが構築されなければならない。

”Sailfish”とは日本語で「バショウカジキ」のことである。バショウカジキは高速遊泳を行うことで知られるカジキ類の中でも最も速く泳ぎ、水中最速の動物と言われている。「Sailfish OS」もバショウカジキの名前の如く、動きの激しいモバイル業界において高速な活動で業界と市場にインパクトを与えることに期待している。また、「バショウカジキ」はカジキの中でも沿岸に出現しやすいことから、トローリング(釣り)の対象として人気がある。名前の如く、どこかの企業に「大きく釣られる(買収される)」かもしれない。

「Sailfish OS」だけでなく、新しく登場してきているOSがどのように市場に浸透していくのか、どのOSが群雄割拠している新興モバイルOSの中で「第3のOS」になれるのか、注目していきたい。

(図3)”Sailfish”を意味するバショウカジキ

(出典:ブリタニカ)

(参考)「Sailfish」

【参考動画】JollaのCEOのJussi Humola氏

【参考動画】「Sailfish OS」のユーザインターフェースをJollaのCIOが解説

*本稿は「InfoComモバイル通信T&S(2012年12月号)」の筆者著「新たなモバイルOS「Sailfish OS」は今後どうやって戦っていくのか?」を元に情報の更新、加筆したものである。

*本情報は2013年3月6日時点のものである。

※1 NDTV(2013), Nov 22, 2012, “Ex-Nokia employees at Jolla provide first glimpse of new Sailfish OS”http://gadgets.ndtv.com/mobiles/news/ex-nokia-employees-at-jolla-provide-first-glimpse-of-new-sailfish-OS-295573

※2 DNA(2012), Nov 21, 2012, “DNA and Jolla launch cooperation”http://www.dna.fi/en/dnagroup/press/pressreleases/Sivut/DNAandJollalaunchcooperation.aspx

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