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Global Perspective 2013
2013年4月12日掲載

サウジアラビア:メッセンジャーアプリ禁止は国家に打撃を与えないか

(株)情報通信総合研究所
グローバル研究グループ
佐藤 仁
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2013年3月末、サウジアラビア当局である通信情報技術委員会(CITC)はSkype、WhatsApp、Viberといったメッセンジャーアプリについて、当局が内容を監視できるようにしないとサービス提供を停止すると報じられた(※1)。現在、これらのメッセンジャーアプリは現在、暗号化されて通信されている。

 サウジアラビアは2010年にも暗号化されたメッセージの送受信を行うため監視ができないBlackberryの使用禁止を試みている(※2)。同様の動きは近隣諸国のUAE、レバノンの他にインドなどでも見られた。サウジアラビアはインターネットの規制、コンテンツの検閲、監視が非常に厳しいことで有名な国である。

外国人労働者が支える中東諸国の経済

サウジアラビアにおける今回のメッセンジャーアプリの提供停止について現地ではサウジアラビア人および海外からの移民労働者から反対の声が多くあがっている(※3)。サウジアラビアをはじめとした中東諸国では以前からこのようにインターネットサービスに対する当局からの監視の要求は多い。これ自体は政治体制をみると仕方がないことであり、すぐに変化できるものではないだろう。

一方で、このような当局の措置で一番被害を受けるのはサウジアラビア国内外でコミュニケーションを行う利用者である。
 サウジアラビアでは人口約2,500万人のうち外国人労働者が約670万人で、約4人に1人が外国人労働者である。中東諸国ではフィリピン、パキスタン、インド、バングラディッシュ、ネパール、スリランカ、タイ、インドネシア、イラン、エジプト、近隣中東およびアフリカ諸国などからの多数の出稼ぎ労働者が働いている。彼らが中東諸国の経済を下支えしていることは間違いない。

コミュニケーション環境の悪化は国家にとって重大な危機になるのではないか

彼らにとって母国にいる家族、友人らとのコミュニケーションは必要不可欠である。彼らの多くはSkype、WhatsApp、Viberといった今回の措置対象になっているメッセンジャーアプリを利用している。これらは、同じアプリを利用している人同士では国内外どこにいても通話、テキスト送受が無料であることから、外国人の移民労働者には非常に人気がある。もちろん、移民労働者だけでなく現地の住民にとっても、非常に人気が高い。国際電話や国際SMSは費用を気にしながら利用しなくてはならないことと、高額なことから母国とのコミュニケーションはもっぱら、無料のWi-Fiスポットや安価なインターネットカフェなどでメッセンジャーアプリを利用して行っている。そこでのコミュニケーションの大半は家族、友人間の些細な日常会話であり、監視を行っていたとしても、政府にとって不都合になるような内容は少ないだろう。

海外からの移民労働者にとって、このように厳しい規制体制が続き自由なコミュニケーションができない国には労働に来てくれなくなる可能性が出てくるかもしれない。中東以外に働きやすい環境があれば、そちらの国に労働力を取られてしまうのではないだろうか。

中東諸国における通信の監視については安全保障の観点から仕方がないのだろう。各国ごとに抱えている事情があり、一朝一夕に変わるものではない。
 しかし、行き過ぎた監視によってコミュニケーション環境が悪化し、かえって海外からの移民労働者が来なくなるという事態が発生するかもしれない。移民労働者が来ない方が国家の経済を支えている労働力を確保できなくなるということから、国家存続の危機になりかねない。安全保障は軍事的な観点だけの問題ではない。外国からの移民労働者が来ないことによって、自国の経済が回らなくなる方が、大きな問題になるだろう。
 大前研一氏は、サウジアラビアはテロに最も弱い国家の1つである、と指摘している(※4)。その理由として、もし外国人を標的にしたテロが起きたら、国を動かしている外国人はみんな国外に脱出してしまい、サウジアラビアは機能不全に陥るだろうと述べている。

外国人労働者によって支えられている国家において、外国人がテロで国外脱出する以前に、重要なコミュニケーションツールであるメッセンジャーアプリの使用を禁止することの方が国家の経済繁栄にとっても大打撃になりかねない。今後はそれらとのバランスを配慮した規制、政策が求められるのだろう。

今回のサウジアラビア当局のメッセンジャーアプリに対する規制措置はどのような結着を見るのか、同国の外国人労働者の傾向はどのように変化していくのか、引き続き注目していきたい。

【参考動画】

(参考)

*本情報は2013年4月3日時点のものである。

※1 Arab News(2013), Mar 27,2013  “Skype faces ban in Saudi Arabia”
http://www.arabnews.com/news/446001

※2 BBC(2010),Aug 6,2013 “Saudi Arabia begins Blackberry ban, users say”
http://www.bbc.co.uk/news/world-middle-east-10888954

※3 前掲Arab Newsより。今回の政府の措置に反対しているコメントを記載。
(インド人労働者)“I would be very disappointed if CITC disconnects this server; I use it every day to talk to my wife and children who live in India,” said Indian schoolteacher Mohammed Akram. “Viber is the cheapest way to reach my children. It enables me to chat with them, share pictures and send voice messages. If they ban it, I would have to go back to talking to my children once a month without seeing them until I visit them,” he added.

(米国に留学しているサウジアラビアの学生と母親)Saudi students on scholarships who use the Skype video application to contact their parents are also disappointed.
“I really don’t understand what they mean by monitoring. Are they going to tap into the conversations I have with my mother and sister? Does that mean they are going to have to wear the veil when they open the camera for me?” pondered Khalid Tunsi, a finance student in the US. “If they cut off these applications, it will make my life really difficult because with this technology I am able to see my mother every day,” he added.
 Tunsi’s mother is also concerned with this news, saying this application has bought her comfort. “No one understands what I’m going through; my only son is living a million miles away and he only receives one ticket per year from the Saudi Cultural Attaché to come home for a visit,” she said. “If they take these applications away from me, I will really be depressed.”

(サウジアラビアのビジネスマン)WhatsApp is an application that businessmen such as Hani Ayyash use to communicate with his employees and clients for free. “I have created a group for my colleagues and employees, especially when I’m traveling, as I need to be informed about any updates,” he said. “Is CITC giving us lower rates after banning free applications that everyone uses? I believe they should provide us with a replacement because all we want is to obtain lower rates and free communication technology,” he added.

※2 大前研一『さらばアメリカ』(小学館、2009年)p110

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