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Global Perspective 2013
2013年4月19日掲載

米中、国際社会における「制度」としてのサイバーセキュリティ

(株)情報通信総合研究所
グローバル研究グループ
佐藤 仁
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中国を訪問していたケリー米国務長官は2013年4月13日に米中両国政府でサイバーセキュリティに関する問題を解決するために「作業部会(working group)」を設置するとロイターが報じた(※1)。日本でも2013年4月14日付けの日本経済新聞(5面)で小さい記事だが取り上げられていたので見かけた人も多いだろう(※2)。

 また2013年4月15日、安倍首相は首相官邸で北大西洋条約機構(NATO)のラスムセン事務総長と会談し、両者で「共同政治宣言」に署名した(※3)。その中で、サイバーセキュリティ対策、テロ対策、海洋安全保障などの分野での協力を確認した。最近のサイバーセキュリティをめぐる動向を制度の観点から見ていきたい。

日本とNATOの協力関係:「共同政治宣言」

まず日本とNATOが安全保障分野での協力の中で、サイバーセキュリティ対策で協力体制を行っていくことは国際関係の枠組みの中では非常にわかりやすい協力関係である。
 基本的価値を共有する日本とNATOがテロ対策、人道支援、海洋安全保障、大量破壊兵器の不拡散とならんでサイバーセキュリティを「グローバルな安全保障上の共通の課題」として両者で緊密な協力関係を構築していくことは現時点において具体的な協力項目や運用体制までブレークダウンしていなくとも、今後の両者の関係を強化、継続的なコミットメントしていくことに間違いないだろう。
 また、日本はサイバー攻撃に備えてASEANと共同演習を2013年内に行うと報じられている(※4)。同紙において記されているように、「政府機関の被害情報は安全保障にも直結するため、各国がどこまで情報共有できるかが、今後の交渉の課題となる。」が今後の協力関係のポイントになるのだろう。このASEAとの共同演習はNATOとの協力のように、国際制度の観点からは理解しやすい協力関係である。

サイバーセキュリティにおいて米中はどのような国際制度を構築するのか

上述のNATOもASEANも国際制度である。既存の制度の中で、サイバーセキュリティという新しいイシューを扱うことになる。

注目すべきは、米中間でのサイバーセキュリティにおける「作業部会」が国際制度としてどのような枠組みで、機能を果たすのだろうか。

政治、経済、安全保障などの国際秩序、制度は多国間、二国間ともにアメリカを中心に構築されてきた。国連、GATT、NATO、日米安保条約などが代表例である。アメリカの政治学者G・ジョン・アイケンベリーはパワーを抑制する戦略としてコンスティテューション(Constitution)における「制度的な相互拘束」をあげている。同氏は以下のように指摘している(※5)

『国家は相互に制約される制度のなかに自らを結びつけることによって、潜在的脅威や戦略的対立に対処する。制度には、「拘束」や「固定化」という潜在的な機能があるために、このような重要性を持つことができる。国家は、通常、他国と協力する一方で、拘束から解放されることも可能となるように、自らの選択肢を残そうとする。だが相互拘束を受ける国家は、まったく反対のことを行う。すなわち、そこから撤退することが困難となるような安全保障や、政治および経済の長期的なコミットメントをかたちづくるのである。(中略)拘束的なメカニズムの例としては、条約、制度と結びついた国際機関、共同管理責任、対外関係について合意された基準や原則などがある。(中略)相互拘束は、同盟以外の制度においても明らかなものである。国家は共同の政策決定の中に固定化され、深く根差した制度的協力の形式に組み込まれる。制度的な相互拘束の取り決めがはじめて意味を持つのは、国際的な制度やレジームが国家の行動を律するような自立した影響力を持ち得る場合である。』

サイバーセキュリティで求められるのは、アイケンベリーが指摘するような「制度的な相互拘束」ではないだろうか。そしてその基底には米中二大国間での「戦略的信頼」があり、それがサイバースペースをめぐる国際体制のコアになるのではないだろうか。また二大国間でサイバースペースにおいて「誤解や思い込みによる衝突」の回避を行う「信頼醸成措置」を基盤としていくのだろう(参考レポート)。

2009年11月にオバマが中国を訪問し胡錦濤と会談を行った際の共同声明において米中関係を「戦略的信頼」で強固にすると宣言した。共同声明では、両国が「戦略的信頼(Bilateral Strategic Trust)」を構築、深化させることによって気候変動や核廃絶など地球規模の課題の解決に主導的な役割を果たしていくことを強調している(※6)
気候変動や核廃絶など地球規模の課題はそれぞれに個別の制度が存在し、米中だけでなく国際社会はその制度の枠組み、規範に基づいて行動している。サイバーセキュリティにおいてもそのような制度の構築が求められており、米中二大国が牽引していくことになるのだろう。

情報通信技術が発展し、国家の安全保障、民生インフラ、経済活動、個人の生活までがサイバースペースに依拠するようになった。サイバースペースなしには国家は社会、経済、安全保障のあらゆる面でも機能しなくなっている。そのサイバースペースの脆弱性を突いて攻撃を仕掛けてくるのがサイバー攻撃であり、サイバースペースをお互いに防衛していこうという「作業部会」であるが、具体的にどのような協力を行っていくのか、現時点では不明である。サイバースペースをめぐる問題は可視化しにくく、かつ環境や核廃絶のように地球規模の危機感もまだないが、今後「作業部会(working group)」を積み重ねていくことによって、大きな制度に発展していくことが期待される。

米中二大国がサイバーセキュリティにおいて安定していることと、規範的な制度が構築されることによって国際社会のサイバーセキュリティの秩序も保たれるのではないだろうか。米中がサイバーセキュリティをめぐって対立し緊張関係にあっても国際社会にとってメリットは少ない。

*本情報は2013年4月17日時点のものである。

※1 Reuters(2013) Apr 13, 2013, “U.S., China agree to work together on cyber security”
http://www.reuters.com/article/2013/04/13/us-china-us-cyber-idUSBRE93C05T20130413

※2 日本経済新聞(2013年4月13日)5面
同紙では、「サイバー部会」と表現している。

※3  外務省(2013)「ラスムセンNATO事務総長による安倍総理大臣表敬」(平成25年4月15日)http://www.mofa.go.jp/mofaj/kaidan/page6_000037.html
「政府インターネットテレビ」でも確認可能。
http://nettv.gov-online.go.jp/prg/prg7817.html

※4 日本経済新聞(2013年4月8日)以下サイトでも確認可能。
http://www.nikkei.com/article/DGXNASFS30004_Y3A400C1MM0000/
また、総務省は2013年3月7日に、マレーシアと「国際連携によるサイバー攻撃予知・即応プロジェクト」に関して連携していくことを公表した。国際連携は、インドネシア、アメリカ、モルディブ、タイに次いで、マレーシアが5か国目。
http://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01ryutsu03_02000039.html

※5 G・ジョン・アイケンベリー著、細谷雄一 監訳『リベラルな秩序か帝国か(上):アメリカと世界政治の行方』(勁草書房、2012年)pp219-pp223

※6 Whitehouse(2009) Nov 17,2009 “U.S.-China Joint Statement”
http://www.whitehouse.gov/the-press-office/us-china-joint-statement

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