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風見鶏―”オールド”リサーチャーの耳目
2014年1月10日掲載

箱根駅伝の楽しみ−成功と限界−

(株)情報通信総合研究所
相談役 平田正之

2014年(平成26年)、明けましておめでとうございます。今年も引き続き、へそ曲がりなオールドリサーチャーの見解を述べていきたいと思っています。少しは世の中のICTの動きに警鐘を鳴らすことができれば幸いです。

さて、年の初めですので、今回はICTから離れて正月の年中行事となっている箱根駅伝(東京箱根間往復大学駅伝競走)について日頃感じていることを取り上げるとともに、そこから得られるビジネス面への教訓を述べてみたいと思います。

箱根駅伝は関東学生陸上競技連盟が主催する駅伝競走で、1920年(大正9年)に第1回が開催されて今年で90回になります。名前のとおり、東京(大手町)と箱根(芦ノ湖)の間、往路108km・復路109km、それぞれ5区間、全10区間で競われる駅伝競走で、何と言ってもその特色は箱根(約860m)の山上りと山下りにあります。この箱根駅伝は、日本から初めてオリンピック(1912年、ストックホルム大会)に参加したマラソン選手金栗四三氏の尽力により、1920年2月14日に開始され今日に至っています。日本の陸上競技を強くするには長距離競走に強くなる必要がある、世界に通用する長距離選手の育成を目標に行われていて、毎年恒例の正月行事とさえなっています。

特に、日本テレビが1月2日と3日、その前後の解説や各種イベント番組まで含めると長時間に及ぶテレビ放送を行っているので、最近では全国的な国民的行事のレベルにまでなっている感があります。私は箱根駅伝の地元神奈川に住んでいますので、今ほど全国レベルになっていない時期から、選手を応援しに毎年沿道に出てレースを楽しんできました。テレビ中継とはまた違った地元ならではの楽しみ方がありますので、是非、沿道に出て声援されることをお奨めします。まず、沿道では走り抜ける選手の息づかい、表情、汗などが一瞬ですがよく分りますし、後方の車から指示を飛ばし激励する監督の声がスピーカーからよく聞こえてきます。その上、何よりの沿道の楽しみは沿道で応援する箱根駅伝ファンの中に必ず素人“名解説者”がいることです。沿道では選手が来るまで5〜10分は待たねばなりませんので、そこに名解説者の声がどこからか聞えてくるという訳です。いわば、テレビ中継では味わえない選手・監督・沿道のファンとの間の温かいコミュニケーションの輪が広がっているのです。私はそこが大好きでテレビ観戦を途中で止めて道路に急いで出て行き、また戻ってレースの続きを見るのが正月の慣例となっています。

箱根駅伝は第1回当初から設定された箱根の山上り・山下りというドラマ性の高い走行のほか、1区間約20kmというハーフマラソン並みの区間設定、襷を伝送するという長距離競走の目に見える形での団体競技化など、現代のテレビ時代に相応しい数々の要素を取り入れた本当に卓越した企画であると感心させられます。長い歴史を経る間、学生主導の大会運営のなかで時の関係者達によって順次築き上げられてきたいろいろなシステムが見事に活かされて今日を迎えていることに驚くばかりです。

そのひとつに、襷を繋ぐという日本人の感性に訴えた方法があります。個人の競走でタイムを競うのでなく、単純にタイムを合計するのでもなく、母校の名誉を襷に化体して繋ぐことに惜しみない声援が送られています。さらに参加校と参加者それぞれに十分なインセンティブが用意されていることに気付きます。即ち、上位校には往路・復路・総合という1レースにしては珍しい3つの優勝があること、中位校には翌年に向けた10校までのシード権が認められていて後輩への贈り物となること、そして下位校には過酷なペナルティーとも思える繰り上げスタートが待っていることで、出場校がどの順位にいても片時も気を抜けない緊張感の高いレースがなんと2日間に渉り、約12時間も続くのです。普通なら、トップ争いに決着が見えたら興味が薄れるでしょうが、箱根駅伝だけはそうならないのは、この辺りに秘密があると感じます。選手個々にとっても、各区間の順位、区間(新)記録といった参加者の目標となる仕組みが用意されていて、結局、このレースを大いに盛り上げる要素となっています。箱根駅伝の人気を支えるこうしたシステムをもっとよく研究して、他のレース・イベントの活性化や選手育成の方法を作りあげてはどうかと思います。一大競技イベントであり、大成功事例なのですから。

最後に、この箱根駅伝が大成功しているが故の問題(パラドックス)を取り上げてみます。第1は途中棄権のリスクの増大です。今年も2区で山梨学院大学の選手が途中故障のためリタイアしましたが、この10数年、途中棄権者が毎年のように出ていて選手育成、強化方法や競技姿勢に問題が内包していると思われてなりません。箱根駅伝への注目度が高まるのと同時期に途中棄権が増えているのが気掛りです。テレビ中継でみている観戦者にはリスク含みのレースとして面白いのですが、選手生命にかかわるだけに競技関係者の一層の注意が必要です。

第2は、箱根駅伝の商業化が進む一方で、本来の目標である、世界に通用する長距離選手の育成という原点から次第に離れてしまっていることです。私は陸上競技のことは全く素人でよく分っていませんが、しばしば言われていることにマラソン選手を育成するには、1万m、5千mのトラック競技が大切というのがあります。つまり、学生という20歳位の若い長距離ランナーには駅伝のようなロードレースではなくトラック競走が重視されるべきだということです。私も、何となく育成とはすぐに派手な結果を求めるのではなく、ペース配分を身に付けるなど地味な努力を必要とするものではないかと思います。特に陸上部員と大学関係者のなかに、箱根駅伝を最終目標にしてしまう傾向が強くなっていることに懸念を持ちます。箱根駅伝燃えつき症候群では本末転倒です。目標はあくまで長距離ランナーの育成です。

新年なので今回は私の楽しみである箱根駅伝について述べてきましたが、私達の属するICT産業分野にも、いくつも教訓を与えてくれているようです。例えば、事業やサービスの成功のためには複数の取り組みを1つの目的のために有機的に組み合せて改善を繰り返すこと、大成功の結果はそのプロセスの目的化をもたらしかねないので常に原点に回帰する必要があること、人気獲得や人々の共感を得るには分かり易い目に見える形を取ることが大切なことなど、当り前だが重要な示唆が含まれています。何と言っても視聴率の高い番組のテレビの影響力は絶大です。箱根駅伝の運営管理者が乗っている車が、三菱自動車からホンダへ、そして現在のトヨタへと変わってきたことを皆さんは御存知でしょうか。ICTの分野ではどう関っているのでしょうか。本年もどうぞ、この“風見鶏”をよろしくお願い申し上げます。

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