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風見鶏―”オールド”リサーチャーの耳目
2014年2月7日掲載

コネクテッドカーの行方 −スマート化と端末化−

(株)情報通信総合研究所
相談役 平田正之

今年1月7日〜10日に米国ラスベガスで開催された全米家電協会(CEA)主催のコンシューマー向け家電見本市(CES)では、今後のデジタル関連市場の動向が数多く示されていました。特に今年は、これまで成長を牽引してきたスマートフォンとタブレットの市場規模成長率がそれぞれ6%、9%と2013年の約30%から大幅に低下するとの予測が主催者であるCEA自身から発表されていますので、新しい市場を探る動きに注目が集まっていました。御承知のとおり、ウエアラブルデバイスや4Kテレビが大きな話題となったのもこのためです。

今年のCESのなかで私が注目したことは自動車メーカー8社が出展したことであり、IT大手企業を含めて自動車関係で大型の展示が過去最大規模となっていたことです。最近の日本のCEATECでも自動車メーカーの展示が大きなスペースをとっていて、家電/エレクトロニクスショーなのか自動車ショーなのか、よく分らない感じを与えることが多くなっていますので出展それ自体には驚きはありません。ポイントは自動車の情報化がIT機器と無線機器を搭載して主として効率性や安全性を高めるテレマティクスから、自動車を生活のなかのひとつの情報(空間)端末として利用者の利便性を高める道具(デバイス)として考えるコネクテッドカーへと力点が変化していることにあると思っています。自動車自体から得られるデータをM2M型で収集・蓄積・分析して自動車の効用(走行の満足度も含めて)を高めるだけでなく、運転者や同乗者の生活情報まで含めてサービス提供する情報端末として自動車を活用していこうとする方向にあります。これこそ新しい高級情報端末の登場ですが、そこにスマートフォンを中継機器として使用する構想、いわばスマホ連携の取り組みが見られます。

最近、ITプレーヤーの自動車領域への進出、M&Aやアライアンスが活発に行われていることもその表れでしょう。例えば、2012年6月にベライゾンが自動車関連のハードウェアとソフトウェアを販売するヒューズ・テレマティクスを買収すると発表しています。昨年には、CiscoとNXPセミコンダクターズが車載安全アプリ向け無線通信のリーディング企業であるCohda Wirelessへの出資を、また今年に入ってからは、1月にAT&Tとエリクソンがコネクテッドカーに関する提携契約を締結し、さらにグーグルと自動車メーカー6社が自動車へのAndroidプラットホーム搭載促進を目指す「Open Automotive Alliance(OAA)」の立ち上げを発表するなど自動車を巡る動きは非常に活発になっています。他方、ボーダフォンもまた、昨年の「ワイヤレスM2M展(東京ビッグサイト開催)」でインド初のコネクテッドカーとして、電気自動車メーカーのMahindra Reva社の新型車にM2Mプラットフォームを提供し出展しています。

このように世界のITプレイヤー、通信会社、自動車メーカーがコネクテッドカーの取り組みを活発化していますが、日本ではこの分野が別の角度から取り上げられることが多く私は残念でなりません。それは日本で自動車のIT化というとAI(人工知能)の観点から自動運転車がもっぱら話題となっていて、人の代わりをする、ミスをせずより安全に運転するという自動化に注目が集まっています。新しい技術によるイノベーションであり、技術立国日本の新たな競争力の源泉であることを否定する気持ちは毛頭ありませんが、これだけでは世界の競争や市場では勝ち残れないと感じています。つまり、そこに運転者や同乗者へのサービスや充足・利便が見えてこないからです。安全性を高めて事故を減らすことは利用者はもとより、広くは社会全体のコストを低減し効率を高めるという意味でマイナスの払拭には寄与するところ大ですが、個々の利用者の日常の満足度を高めることに直結してはいません。人は自動車という機械・空間を走行や移動のためだけに使っている訳ではありません。車内での会話や情報の取得、また移動中や現場での情報発信、次の行動への準備など移動以外の価値もそこに見出しているので自動車に乗り、運転や走行を楽しんでいるのです。自動運転車だけが注目され過ぎていることに危惧を覚えます。世界の潮流に沿ったサービスまで取り込んだイノベーションが求められています。

自動車自体だけでなく、運行場所、運行時間、天候、渋滞状況などの周辺情報、さらに何よりも運転者や同乗者の行動記録や予定、住所などの個人的なデータまで取り込んだサービスを自動車に搭載されたM2Mプラットフォームと併せて個々人が携帯しているスマートフォンやタブレットと連携して実現していくことが必要です。自動車の利用度合(頻度や時間・距離など)は国や地域によって大きく違ってきます。とりわけ、米国では自動車なしでは生活が成り立たない地域が多く、自動車をIT端末化して新たな情報空間とする必要度が高いと考えられます。前述のようにグーグルがコネクテッドカーの研究開発に熱心なのも頷けるところです。日本の道路事情や住居事情、都市構造は米国とは大きく異なりますので、コネクテッドカーによるイノベーションもまた異なったものになることが想定されます。問題はこうしたイノベーションの担い手にあります。グーグルが早速OAAというアライアンスを立ち上げたのはコネクテッドカーに提供するアプリケーション/サービスの開発者を取り込もうとする意図があるからでしょう。自動車メーカーやIT機器メーカーだけでは、自動運転車という技術の開発は進められても、コネクテッドカーという新しい概念の下、新しいサービスイノベーションを担うことは無理なことです。スマートフォンやタブレットの使い方に多くのサービスイノベーションをもたらしたのは具体的なアプリケーションを数多く生み出した多数の開発者でした。この多数の開発者を引き付け、一定の方向性を提示しているのがグーグルの存在であることは否定できません。そこでは通信会社のベライゾンもAT&Tも主役の座を占めることはできていません。米国の自動車メーカーもまた中核ではありません。

翻って、日本の状況を見てみたいと思います。日本の自動車メーカーは世界の自動車産業界では勝ち組であり、世界をリードする立ち位置にあることは御承知のとおりです。従って自動車そのものの探求に対して本当に熱心に研究開発に取り組んで十分な成果を上げてきました。しかし、現状のコネクテッドカーに向けての世界的な競争で十分な存在感を示しているとまでは言えません。また、日本のITメーカーも自動車向けの情報機器、ソフトウェアの展開に大きく目立つところはありません。何よりも、日本の通信会社、特にモバイル通信会社は自動車に対しては単なる通信モジュール提供者となってしまっていてOTTプレーヤーのように自動車メーカーと協力したアプリやサービス開発にまで踏み込んだ姿は見えません。ここでも土管化の存在となっているのではないでしょうか。日本の自動車メーカーが世界的な競争力をもっている今日、自動車メーカーと協力・提携してアプリ/サービスの開発者を引き付けて日本初のコネクテッドカー・サービスが生まれることを期待しています。そのためには、通信会社はモバイル通信分野だけでなくクラウド処理やビッグデータ分析まで含めた通信とITの総合力が発揮できなければなりません。

ただ、ひとつ懸念を申し上げておきますと、日本の家電メーカーや通信会社が構想し製品化したホームエレクトロニクスやスマートハウスのように1社ですべてを囲い込む発想とならないことが肝要です。ハードとソフトによって利用者を囲い込むことは一見良いように見えて長い眼で見ると顧客満足を失い、必ずや競争者に足元をすくわれる事態を招くことになるでしょう。オープンに多くのアプリ/サービス開発者を巻き込んでイノベーションを起こし続ける工夫が何より大切です。

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