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風見鶏―”オールド”リサーチャーの耳目
2014年6月9日掲載

尾瀬ヶ原の自然と携帯エリア

(株)情報通信総合研究所
相談役 平田正之

5月末の週末、尾瀬ヶ原に水芭蕉を見にハイキングに行ってきました。東京では、気温が急上昇して真夏を思わせる天気となりましたが、さすがに海抜1410mの尾瀬ヶ原は暑くもなく寒くもなく、ちょうどよい位の気温と絶好の快晴で本当に素晴らしい自然を楽しむことができました。水芭蕉が咲く時季なので、尾瀬ヶ原の木道にはハイカーが列なり人でいっぱいでしたが、木道からも水芭蕉の群落が十分に楽しめましたし、湿原一体を取り囲む至仏山や燧ケ岳などにはまだ残雪があってとても見事な景色でした。写真を添付しましたので、どうぞ御覧下さい。

尾瀬

今回のハイキングは、私が所属しているドコモのOB会(ドコモ同友会)のサークル活動として参加したものですが、参加メンバーにはベテランの方がいて素人向けによく計画された行程でしたので、適度な運動と少しの頑張りで行くことができました。土曜日でしたので、非常に多くの人達で混み合っていました。私のような高齢者には尾瀬というと若い人たちが山の雰囲気を求めて行くところのように思っていましたが、現実の主役は中高年のグループであり、観光ツアーの人達となっていました。もしろん、皆さんはしっかりと登山の恰好をしていましたし、尾瀬ならではの自然環境保護マナーをわきまえて行動していました。でも、少し騒がしいのが残念でした。

尾瀬一帯は、2007年に日光国立公園から分離独立して尾瀬国立公園となりましたが、その前2005年には尾瀬ヶ原がラムサール条約の登録地になっています。尾瀬ヶ原は群馬、福島、新潟3県にまたがる3万7200ha、東西約6q、南北約2qに及び本州最大の高原湿地であり、標高は1410m、湿地の中を木道が続いて自然環境の保全に注意が払われています。木道は、環境省と東京電力によって整備されていて自然環境保護とハイキング・観光との調和が保たれています。公衆トイレなどの設備が整えられ、「ゴミの持ち帰り運動」という形で自然保護活動が行われてきました。昭和40年代半ばには数百ものゴミ箱が置かれていてゴミ箱に棄てられたゴミと格闘する毎日だったとのことです。こうした中で、昭和47年(1972年)、東京電力など関係者の提案が認められて尾瀬からゴミ箱が撤去されて「ゴミ持ち帰り運動」が始まりました。これが尾瀬が日本における自然保護活動発祥の地と呼ばれる理由のひとつとなっています。確かに、出発前の注意事項にもゴミ袋を用意することとありました。きれいにするためにゴミ箱を撤去するという逆転の発想を思いついた人には本当に感心します。今日では、多くの景勝地でこの方法が取り入れられて当り前のようになっていますが、今から40年以上も前、自然環境保護の意義が十分に浸透していなかった頃の取り組みに頭が下がります。

尾瀬

さて、今回の“風見鶏”にはICTの話が全然出て来ないと感じておられる方も多いと思います。ここで少しだけICTに関係する話題を紹介しておきます。それは、尾瀬ヶ原の中では携帯サービスが使えないということです。つまり、エリア外(圏外)なのです。尾瀬に関心のない人達からすると、それ程ハイカーで賑わい、また山小屋に多くの人が宿泊する一帯がどうして圏外のままなのか、不思議に思われるでしょう。今回私が歩き始めた出発地の鳩待峠(標高1591m)までは携帯は繋がりましたが、そこから入山(外来種の侵入を防ぐための種子落としマットを越えて)して1時間程下って湿原地帯に出るともはや圏外なのです。従って、グループの仲間とはぐれてしまうとお互い連絡を取ることはできなくなります。圏外となるのでメンバー間では予定した計画どおりの行動が求められる訳です。日頃、お互いに計画や約束をあいまいにして携帯に頼った生活に慣れた私達には少し新鮮な印象でした。

どころで、どうして携帯が通じないのか、電波が届かず圏外なのか、携帯各社は何をしてきたのか、少し振り返ってみたいと思います。実は、前述の尾瀬ヶ原の入口である鳩待峠には携帯の基地局があるのですが、設置は12年前の平成14年(2002年)でした。当時、携帯電話の普及が進み、ハイカーの多くが携帯を持ってやってくるようになっていましたので、地元の片品村からは緊急時の連絡手段や安全のため尾瀬ヶ原一帯をエリアとするようかねてから要望があり、NTTドコモが先行して対応にあたっていましたが、自然保護に関心の高い人達や団体からは景観面など自然環境に悪影響がある、また、自然を楽しむことと携帯サービスは気持ちの上でマッチしないなどさまざまな意見や反対が寄せられ、県・地元を巻き込んで関係者は大変に悩み苦労したとのことです。結局、尾瀬ヶ原内部に基地局を設置することは見送られて、入口の鳩待峠にNTTドコモが最初に基地局を設置して通信エリアを確保した訳ですが、その背景には峠道の奥までNTT東日本が光ファイバーケーブルを敷設してくれたことがありました。その後、現在ではKDDIもソフトバンクも基地局を立て、鳩待峠周辺では携帯が使えてとても便利になっています。

私はここで何が何でも尾瀬ヶ原一帯を携帯エリアにせよと言うつもりはありません。12年前の自然を愛し自然保護を訴える人達の主張はよく分かります。特に昭和30年代半ば以降の尾瀬ブームの中、多くのハイカーが訪れるようになり自由に湿原を歩き回ってしまって自然を楽しむはずが自然を傷めてしまった経験があるだけに、尾瀬の自然回復の歴史はとても貴重なものです。そこに携帯という新たな脅威が登場したのですから、最初の基地局建設には大いに異論も反対もあったことと思います。

しかし、それから12年が経ち、携帯基地局の小型化・省電力化が進み、環境にやさしい各種の機器も開発されてきましたので、再度、今後どうあるべきかの話し合いが持たれてもよい時期ではないかと感じます。緊急時の対応や安全面など従来から期待されてきた効果のほか、近年、その被害が増している鹿によるニッコウキスゲへの食害防止のための観察や監視などにも活用できるのではないかと考えます。増加する鹿からニッコウキスゲを守るために、このままではいずれは尾瀬ヶ原の湿原全体を網で囲う必要もでてくるのではないでしょうか。現に、隣の栃木県霧降高原では自然公園全体を鹿除けネットで囲んでニッコウキスゲを保護していました。人間に対しては自然環境保護教育や啓蒙活動は可能でも、鹿には通用しません。ICTの効用を尾瀬で役立てる新たな逆転の発想が求められているような気がしてなりません。尾瀬の自然を守った人達のゴミ箱撤去の行動に学ぶことがあると感じます。携帯回線、センサー、映像機器などを自然環境にマッチして使う方法を話し合ってみてはどうかと思います。

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