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InfoCom Law Report
2014年6月3日掲載

グーグルの検索サービスと忘れられる権利〜最新のEU司法裁判所判決(スペインの事例)を題材に〜

(株)情報通信総合研究所
法制度研究グループ
研究員 中島 美香

1.はじめに

スペインで個人のプライバシー侵害を理由とするグーグルの検索結果の削除を求める訴えがあり、スペイン裁判所が、EU司法裁判所に対してEUデータ保護指令に関する意見照会を行った。2014年5月13日、EU司法裁判所は、検索主体(data subject)は、一定の場合に、検索事業者に対して、検索リストから自己に関する過去の情報の削除を求めることができるとして、いわゆる「忘れられる権利」を認める先行判決を下した(※1)。なお、EU司法裁判所がプレスリリースを出しており(※2)、本件のサマリとして仮訳した(別紙1)。

本判決に先立ち、EU司法裁判所の法務官が、詳細な意見書を公表していた(※3)。意見書は、グーグルの国境を越えたビジネスモデルや広告収入について分析を行い、現行のEUデータ保護指令においては、EUデータ保護規則案で提案されているような「忘れられる権利」は認められないと述べていた(EUデータ保護指令及びEUデータ保護規則案についての説明は「3.背景」を参照)。

2.EU司法裁判所判決の概要

事案の概要

 2010年、スペイン国籍のマリオ・コステハ・ゴンザレス氏は、スペインの有力新聞ヴァングァルディア紙、グーグル現地法人及びグーグル・インク社を相手方として、スペインデータ保護局に救済申し立てをした。申立の趣旨は次のようなものであった。申立人の名前をグーグル検索すると、申立人の未払い社会保険料徴収のために差押・不動産競売手続が行われるとの公告を載せた、ヴァングァルディア紙の1998年当時の記事が検索結果に表示される。しかし、氏に対する差押等の問題は決着してから相当時間が経過しており、申立人に関する現時の情報として適切性を失っている。

ヴァングァルディア紙に関する申し立てについては、スペインデータ保護局は、当該情報は適法に公表されたものであるとして却下したが、グーグル2社に関する申し立ては認め、2社に対して、保有するインデキシングデータベースから申立人に関する当該データを削除し、また、今後当該データへアクセスできないようにさせるため必要な措置を講じるように求めた。この決定を不服として、グーグル・スペイン社及びグーグル・インク社は、スペインの全国管区裁判所(Audiencia Nacional)へ訴訟を提起した。この事件を審理する過程で、スペインの裁判所は、一連の質問事項をEU司法裁判所へ付託した。

判決の概要(プレスリリースより)

判決の主要なポイントは以下のとおりである。

  1. 検索エンジンの性質
  2. 管轄権
  3. 検索エンジンの責任

第一に、検索エンジンの性質について、グーグルの検索エンジンが行っている、データの収集並びに検索結果の表示は、EUデータ保護指令の規定する「オペレーション」に該当する。また、「オペーレーター」たるグーグルの情報収集や、すでにメディアで公表されている素材などを取り扱う行為は、「処理」(processing)に該当する。さらに、検索エンジンのオペレーターは、その「処理」の目的及び手段の決定者であるので、「コントローラー」に該当する。

第二に、管轄権に関して、グーグル・スペイン社はスペイン領域における米国グーグル・インク社の子会社であり、したがって、EUデータ保護指令の定める「拠点」(establishment)に該当する。たとえ検索エンジンがEU非構成国にあるとしても、当該(現地)拠点が、検索エンジンが提供するサービスの収益性を高めるために、検索エンジンが提供する広告スペースの販売促進を行う目的で設置されているのならば、当該データ処理は、EU指令の意味する、当該拠点が「活動するに際して(in the context of activities)」執行されている。

第三に、検索エンジンのオペレーターは、一定の状況においては、人名の検索に続いて表示される結果のリストから、第三者によって公表されたウェブページへのリンクを削除する義務を負い、また、当該個人に関する情報を制限する義務を負う。氏名または情報がウェブページから事前あるいは同時に消去されないような事案においても、さらには、事案によっては、当該ウェブページにおける公表それ自体は適法な場合であってすら、そのような義務を負う可能性がある。

インターネットや検索エンジンが果たす役割の重要性のために、個人の権利に抵触する可能性が高まっている。なぜなら、現代社会において、インターネットや検索エンジンは、そのような検索結果のリストに含まれる情報をいたるところに存在させる(ubiquitous)からである。裁判所によれば、それが潜在的にプライバシー権を侵害する場合の被害の深刻さに比べると、検索エンジンのオペレーターがデータを処理することによって得る経済的利益のみによっては正当化されない。

しかしながら、検索結果からリンクを削除することが、当該情報を頼りに潜在的にその情報へアクセスすることに関心を抱いているインターネットユーザの正当な利益に影響を与える限りにおいて、その利益と、特にプライバシー権やパーソナルデータを保護する権利のような、データ主体の基本的な権利との間で公正なバランスが取られるべきである。データ主体の権利がインターネットユーザのその利益と競合するということは真実であるが、二つのバランスは個々具体のケースにおいて、当該情報の性質やデータ主体の私生活にとってのセンシティブさと、その情報を取得することの民衆の利益(この利益はとりわけデータ主体が公生活上で担う役割次第で変動するのであるが)によって測られることになる。

データ主体が、ウェブページ上に現れる自己の情報について、一定期間の後に、一個人としては「忘れられる」ことを望んでいる場合に、もし、検索結果のリストの中にこれらのリンクを含むことが、現時点において、EUデータ保護指令に抵触するものと認められる場合には、検索結果のリストの中のリンクや情報は消去されなければならない。事件をめぐる一切の事情を勘案して、データが処理された際の目的との関係、及び、これまでに経過した時間に照らして、当該データが不十分となり、不適切であるかもしくは(当初の)適切性を喪失していたり、あるいは、過剰となっていると思われるような場合、当初は適法であった正確なデータ処理であっても、時とともに、EUデータ保護指令に抵触するようになることもある。

3.背景

EUのデータ保護法の枠組みとしては、現在1995年の個人データ保護指令が存在している(※4)。EUでは、2012年1月に「忘れられる権利及び消去権」を含むデータ保護法案が提案されて注目を集めたが(※5)、2014年3月12日に「忘れられる権利及び消去権」は「消去権」へ修正がなされて欧州議会を通過している。「消去権」を定めるEUデータ保護規則案第17条は、個人が管理者に対して自らに関する個人データを削除させる権利、当該データのさらなる拡散を停止させる権利、及び、第三者に対して、当該データのあらゆるリンク、コピーまたは複製を削除させる権利を提案している(※6)。今後は、欧州議会と閣僚理事会との共同採択に向けてさらに修正が加えられる可能性もある。こうした状況の下で争われた上記判例は、立法の議論へも影響を与える可能性があり、いっそうの注目を集めている。

4.まとめ

本判決が、「忘れられる権利」に言及していることは個人の(特にプライバシー情報の)保護の観点から注目に値するが、一方で、例えば、公共性及び公益目的を有する言論となりうる公務員あるいは犯罪者等に関わる言説については、当事者の申し立てにより削除が命じられることには問題がないか、「表現の自由」との関係で、検索エンジンという「メディア」のあり方が問題となる可能性がある。

なお、犯罪者等に関わる書籍に関しては、日本では、私人が12年前に起こした傷害事件で有罪とされて実刑判決を受けたという前科を秘匿して生活していたところ、ノンフィクション作品の中で実名で公表されたとして訴えた事件で、執筆者の不法行為責任を認めた最高裁判所判決がある(※7)

日本でも、グーグルの検索サジェスト機能に関する事例ではあるが、同機能により表示される検索候補語によって名誉を毀損されるなどとして訴訟が提起されており、東京地裁が2013年4月及び5月に相次いで2件の判決を出している。4月の事件では原告が勝訴したが、控訴審の東京高裁では逆転敗訴となっている。したがって執筆時点では2件とも被告グーグルの勝訴となっているが、東京高裁判決に対しては上告が報じられており、最高裁判決のゆくえが注目される。グーグルの検索サジェスト機能に関しても、日本に限らず世界各国で訴訟が提起されており、これらの動向については、InfoCom REVIEW第63号に掲載予定であるので、そちらを参照されたい。

※1 http://curia.europa.eu/juris/document/document.jsf; jsessionid=9ea7d0f130d508ccd8d1799c453695e5c526ac9083b5.e34KaxiLc3eQc40LaxqMbN4OaNmNe0? text=&docid=152065&pageIndex=0&doclang=en&mode= req&dir=&occ=first&part=1&cid=510634

※2 http://curia.europa.eu/jcms/upload/docs/application/pdf/2014-05/cp140070en.pdf

※3 http://curia.europa.eu/jcms/upload/docs/application/pdf/2013-06/cp130077en.pdf

※4 「個人データ処理に係る個人の保護及び当該データの自由な移動に関する1995年10月14日の欧州議会及び理事会の指令」(95/46/EC)

※5 http://ec.europa.eu/justice/data-protection/document/review2012/com_2012_11_en.pdf

※6 http://www.europarl.europa.eu/sides/getDoc.do?pubRef=-//EP//NONSGML+REPORT+A7-2013-0402+0+DOC+PDF+V0//EN
なお、訳については、以下を参考とした。
石井夏生利「EU一般データ保護規則提案とLIBE委員会による修正案可決」堀部政男情報法シンポジウム、2013年12月22日
http://www.horibemasao.org/horibe9_Ishii.pdf

※7 『逆転』事件最高裁判所判決(最高裁平成6年2月8日民集48巻2号149頁)

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