トップページ > レポート > 世界の移動・パーソナル通信T&S > 2001年9月号(通巻150号) > [世界の移動・パーソナル通信T&S]

携帯電話会社とメーカーの微妙な関係

 日本の携帯電話端末は、携帯電話会社がメーカーと協力して開発した独自端末がほとんどである。各社はこれらの端末を割引き価格で販売して新規加入者を獲得し、併せて長期契約者に対する優遇料金を設定して加入者の囲い込みを図っている。このビジネスモデルは世界的にみると非常にユニークと見られていたが、欧州でも新興端末メーカーの台頭で事業者開発端末が徐々に増加し始めた。一方、メーカー側も携帯電話を介してアプリケーションやコンテントを提供する事業に踏み出しており、両者の棲み分けが崩れようとしている。

●崩れる携帯電話機メーカーと事業者の棲み分け
 欧州を中心に、携帯電話会社とハンドセット・メーカーの関係が、複雑かつ困難な問題をはらみつつ大きく変わろうとしているようだ。最近までの両者の関係は単純だった。ノキア、モトラローラ、エリクソンのような端末メーカーは、携帯電話機を製造し、携帯電話会社に販売していた。携帯電話会社は、これを移動通信サービスの一部として消費者に販売していた。

 しかし、今や市場はこのビジネス・モデルに圧力を加え、両者の関係を変えようとしている。EU諸国における成人3人のうち2人に携帯電話が普及し、携帯電話機や基本的な音声サービスの市場の伸びが鈍化してきた。需要の伸び悩みはすべての端末メーカーに打撃を与えている。業界1位のノキアも、2001年6月12日に同年の販売予測を昨年並みとする修正を発表した当日に、23%も株価が下がった。さらに同社は、ネットワーク部門において900〜1,000人の要員削減を2001年末までに実施する計画を発表した。この結果、携帯電話会社とノキアなどのメーカーは、新しい収入源を求めて相互の陣地に侵入して、激しい奪い合いを始めようとしている。

 ボーダフォンやブリティッシュ・テレコム(BT)などの携帯電話会社は、英国の新興携帯端末メーカーのセンド(Sendo)などの協力を得て、携帯電話機の設計を手掛けている。これらの携帯電話機には、自社のブランド・ネームがスタンプされているだけでなく、自社のウェブ・サイト上のサービスに顧客を誘導するソフトウエアを組み込んでいる。これらの努力はすべてブランド・ロイヤリティを確立するためであり、特にボーダフォンはこの戦略に力を入れていて、2004年までにその名前(ブランド)をコカコーラと同様に誰でも知っているものにすることを狙っている。ボーダフォンは、マイクロソフトやカシオと携帯端末の共同開発を行なっているが、センドとも協議中の模様だ。

 一方、ノキアは現在ダウンロードの可能なゲーム、グラフィック、音楽などの高度サービスを、BTなどの通信会社の運営するサイトと競争しながら販売している。ノキアはこれらのサービスを、ノキア製の携帯端末に埋め込まれたソフトウエアによって容易にアクセスできるクラブノキア・ウェブ・サイトで販売している。クラブノキアはすでに500万人の会員を擁しているが、ノキアはこれをさらに充実発展させようとおしている。最近ノキアは、クラブノキアのランクアップを狙って、26ヶ国でテレビによる広告キャンペーンを開始した。

 これは大きな賭けだ。もしもこの戦にノキアが勝利すれば、ワイヤレス・ゲームや着信メロディなどの高度サービスの欧州市場(この市場は2005年まで年間50億ドル以上の売上を期待できる)で、ノキアのブランドは携帯電話機と情報サービスの両方で市場支配力を持てるかもしれない。もしもノキアが敗れれば、消費者に対するコモディティー(日用品)化したハンドセットの供給で、脇役に追いやられる危険もある。一方、携帯電話会社はノキアがメーカーとしての立場から余り逸脱しないよう期待して、彼らとの関係を維持しようと努めている。

携帯電話会社によるカスタマイズ端末の浸透
 両者の争いが熾烈となるにしたがい、センドなどの注文生産メーカーは、携帯電話会社にカスタマイズ端末を供給し始めた。英国では、バージン・モバイルは“VX”(Virgin Extraを縮めた)印のボタンに特徴のあるセンド製の同社ブランド端末を販売している。VXボタンを押せば、ユーザーはバージン・スポーツ、ミュージック、トラベルなどの同社のワイヤレス・サービスを提供するポータルに容易にアクセス出来る。一方、ボーダフォンの英国部門は、カシオと共同で開発したカメラ内蔵のハンドヘルド・コンピュータを販売している。BTワイヤレスもシャープとカメラ内蔵の携帯電話機の共同開発で提携した。

 BTワイヤレス、ボーダフォンなど欧州の携帯電話会社が自社ブランドの端末を設計・販売するというアイデアは、日本からの借用である。NTTドコモを始めとする日本の携帯電話会社は、夫々の自社サービスのために端末をメーカーに特注し生産させている。ドコモは1999年2月に、ワイヤレス・インターネット・サービスの iモードに進出した。それ以来iモードはモバイル・インターネット市場で、世界で最もポピュラーで魅力的なサービスになった。

 日本の携帯電話会社が、カラー・スクリーン、高性能データ・カード、パケットデータ・サービスなどを顧客に提供しているのを、欧州の携帯電話会社の責任者は羨ましく見守っていた。彼らの本音は、自分達にもこのようなサービスを提供できる力があるのに、対応できる端末がないのは不本意だということだろう。ドコモのiモード端末は欧州のネットワークと互換性はないが、BTはシャープとの提携によって、日本の技術を欧州向けに適応させることを狙っている。

 ドコモが特注(カスタマイズ)端末で成功したことは、ノキアにとっては悪いニュースである。ノキアの世界市場での携帯端末のシェアは35%(2001年第1四半期、ガートナー・データクエスト調べ)であるが、日本では1%未満でしかない(矢野経済研究所調べ)。これは、携帯電話会社に事業者ブランドの端末を提供する松下通信工業などの国内エレクトロニクス・メーカーが日本市場を抑えているからだ。日本モデルが欧州でも一般的になれば、ノキアが20%の売上高利益率を維持するのは難しくなるだろう。

新興携帯電話機メ−カー「センド」の台頭
 センドの社長のブローガン氏(37歳)は、1999年にドコモがiモードで日本の移動電話市場を一変させた頃、フィリップス・エレクトロニクスのパソコン周辺機器事業部長だった。彼は、欧州の携帯電話事業者も日本の同業者と同様に、いつかは事業者による注文生産を求めるようになるだろうと確信して、フィリップスを辞めて香港に向かった。そこで彼はコードレス電話機を生産するCCTテレコム・ホールディングスの幹部達を説得し、彼の携帯電話端末事業を立ち上げるために1,000万ドルを出資して貰うことに成功した。新会社の名前を、日本語の辞書をめくっていて目にとまったセンド(showing the wayという意味のある「先導」)と命名した。

 ボーガン氏は、1999年7月に英国バーミンガム工業団地に会社を設立し、ストック・オプションを活用して、彼の以前の勤務先であるフィリップスとモトローラのエンジニアを雇用した。生産コスト削減のため、彼は中国の広東州にあるCCTの近代的な工場の一部を賃借して、携帯電話端末に組み込むコア・エレクトロニクスを生産する設備を設置した。単純化するため、50の作業チームが3つの異なるモジュールを生産することにし、年間何百万台もの携帯電話機の生産を可能にした。欧州の集配センターをオランダに置き、大都市でありながら生計費が比較的安いバーミンガムには、同社の本社機能と設計およびテスト・センターが置かれている。

 このセンドのシステムは魔法のように機能して、特別な生産ラインを設けるための費用なしで、携帯電話会社毎に異なるユニークな電話機を生産することを可能にした。センドはCCTとボーマン(Bowman Capital Management LLC)から資金を調達しており、これまで累計1億ドルに達している。現在、CCTとボーマンの持ち株は37%であり、残りはセンドの幹部達が所有している。

 ブローガン社長は当初から品質最優先を標榜していた。携帯電話会社はノキアの端末と同程度に品質の優れた端末でなければ、彼らのブランドを損ねると考えていると判断して、ブローガン社長は競争の状況を注意深く分析した。ノキア、エリクソン、モトローラなどの200種類以上の携帯電話機と内部部品を調査(重量、コスト、サイズおよび消費電力など)した。競争相手の電話機を徹底的にリバース・エンジニアリングし、彼らの製品は将来どこまで進歩するかを予測している。例えば、ノキアの携帯電話機が2002年および2003年には何グラムになるかがグラフで示されファイルされている。ここでのセンド社の目標は競争相手よりも20%改善することである。

 このような努力は良い結果を出しそうだ。2001年3月にドイツのハノ―バで開催されたCeBITテクノロジー・フェアに出展した、欧州で販売されているどんな端末とも異なる極めて鮮明なカラー・スクリーン付きの軽量携帯電話機で、大評判をとった。出展された端末「Z100」は10行の文字情報を表示できるが、重量は99グラムで、小さなモノクロームのディスプレイの付いた他社の多くの端末よりも軽い。ボーダフォンはこの端末をテストしている携帯電話会社の1社である(注)。

(注)2001年7月、マイクロソフトはセンドに1,000万ドル超の出資をして10%未満の株式を取得した。同社の携帯電話向けOSであるスティンガーの採用にセンドが同意したと見られている。マイクロソフトはサムソン(韓国)、三菱電機などの携帯電話機メーカーとも提携している。

 センドは携帯電話会社のために、ゲーム、グラフィック、着信メロディなども開発している。電話機を取り上げてキーパッドを軽く押すと、すぐ気球が浮かぶ風景がスクリーンに映る。このグラフィックにテキスト・メッセージを添え、特別な着信メロディを付けて送信する。このようなパッケージは特定の携帯電話会社にしか売らないので、加入者にユニークな感動を提供できる。

●ノキアの反撃
 ノキアも、センドなどのカスタマイズ生産の端末メーカーがもたらす脅威については十分知っている。ノキアも米国ではモトローラからシェアを奪い取るために、実際に同様な戦略を使って、シンギュラー・ワイヤレスなどの携帯電話会社に、カスタマイズ端末を供給することに成功した。ノキアは欧州でも携帯電話会社にいくつかの点で譲歩している。例えば、オレンジ(フランス・テレコムの携帯電話事業)には、ノキア製の端末の基底部に小さなオレンジのステッカーを付けるのを認めている。

 多くの携帯電話会社にはこれで十分かもしれない。特に、ノキアにネットワーク・インフラを発注しその資金を貸して貰っているような、ノキアと緊密な関係を維持している携帯電話会社ではそうだろう。ノキアのスポークスマンは「携帯電話会社は我々の顧客であり、この関係を損なうような如何なる行為も馬鹿げている。」と語っている。

 しかし、いくつかの欧州の携帯電話会社は、まずクラブノキアに接続されるノキアのワイヤレス・インターネット・ブラウザーを敬遠しようとしている。例えばブリティッシュ・テレコム(BT)は、無線ネットワーク上で利用される電話機のためのインターネット・ナビゲーション・ソフトウエアの最も望ましいサプライヤーは、米国のソフトウエア・メーカーのオープンウエーブ・システムズ(Openwave Systems Inc.)だと明言している。

 ノキアのライバルやアナリスト達も、クラブノキアはノキアが自分の顧客とうまくやっていくのに良いやり方ではない、と強調している。モトローラは最近、クラブノキアに似たサイト(mytimeport.com)を、顧客からの批判が強まったため閉鎖した。「我々は、このようなアプローチを望まないネットワーク・オペレータの強力な巻き返しに遭った。彼らはそれを直接的な競争商品と解釈した。」とモトローラ欧州の幹部は語っている。モトローラは現在では、携帯電話会社がワイヤレス・インターネット・サービスを提供するのに必要な技術を提供することに注力している。エリクソンは、携帯端末のソフトウエアのグレードアップを提供するウェブ・サイトを持っている。しかしエリクソンは、それをクラブノキアのような販売チャンネルとしてではなく、顧客へのサービスとみなしている、と語っている。

 一方ノキアは、クラブノキアはノキアと携帯電話会社の双方にメリットがあると力説している。クラブノキアのユーザー(携帯電話会社)は、ソフトウエアをダウンロードすればノキアに対価を支払う必要があるが、それよりも大きな額の料金を加入者から集めることができるからだ。また、ノキアにとってもクラブノキアのようなサービスは重要な収入の機会を期待できる、とノキアのオリラ社長は投資家に語っている。

 何故かを理解するために、ロンドンの通勤列車に乗って御覧なさい、とウオール・ストリート・ジャーナル(注)は書いている。毎日のラッシュ・アワーには、ノキアのスクリーンを熱心に見つめてキーパッドを押す乗客を見ることができる。彼らは、彼らのオフイスを呼び出し、列車が遅れていると連絡しているのではなく、クラブノキアのゲーム、スネークをダウンロードして、コンピュータライズされた蛇が迷路を抜け出すのを熱心に道案内しているのだ。

(注)Cellphone Makers Roam Wireless Operaters' Turf July 4,2001

本間 雅雄(入稿:2001.9)
InfoComニューズレター[トップページ]