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MVNOビジネスモデルから
国内移動通信市場の競争環境変化を考える

 2001年10月、MVNO(Mobile Virtual Network Operator)、いわゆる仮想移動網(通信)事業者が次々と誕生した。2001年10月5日、MVNOの旗手、ヴァージン・モバイルが米国スプリントのネットワークを利用して米国市場にて移動通信サービスを提供することを正式に発表、直後の10月12日にはヴァージン・シンガポールが事業を開始している。しかし最も注目されるのは、日本にもMVNO事業者が誕生したことである。日本通信が2001年10月1日よりDDIポケットのネットワークを利用した移動通信事業を開始した。MVNOは既存移動通信事業者にはなかった独自性のあるサービスやコストを差別化の源泉として、高い付加価値の移動通信サービスを提供するという、移動通信市場における新しいビジネスモデルであるといえる。これまで筆者は過去継続的にMVNOを調査研究してきたが、国内での登場を期に改めてMVNOビジネスモデルについて分析し、今後の国内移動通信市場の競争環境変化について考察する。

現在主流のMVNOは独自のマーケティング戦略を導入したリセラー

 これまで世界に登場したMVNOは数多くあるが、MVNOのビジネスモデルを考える上で最も注目すべきは、やはり唯一成功を修めているといえる英ヴァージン・モバイルであろう。同社の事業形態を眺めると、事業の母体となる移動通信ネットワーク(設備)は、移動通信事業者の回線をそのまま利用している。すなわち卸売り価格で回線を購入し、再販している形をとっている。実は従来のリセラー、サービス・プロバイダーと変わらないのである。同社はここに、優れたマーケティング戦略を実施することで、リセラーとは異なる付加価値をつけることに成功した。プロモーション戦略としては特に「ブランド戦略」を重視している。同社のブランド力は、特に英国内においては強力であり、最近の人気ブランド調査においても英国既存移動通信事業者全社を抑えて1位となるほど強い。この強力なブランド力をベースに、同社は強力な「チャネル戦略」を展開している。ヴァージン・モバイルは世界有数のグループ企業であるヴァージン・グループの傘下にあり、鉄道、旅行、アパレル、レコード・ショップ、映画館、銀行、などといった移動通信事業者が保有しないあらゆるチャネルにおいて販売が可能なのである。また事業者の意向に強く依存せざるをえない移動通信サービスにおいても、極めて特徴的な「価格戦略」を実施した。同社の価格には基本料金が無い。つまりプリペイドのような手軽さを提供しつつ、継続的な収入も得られる価格設定にしたのである。
FIG1
(図表1を拡大)
このようにヴァージンのような異業種参入型のMVNOは、設備を自前で持たないという点で従来のリセラーと全くかわ らないが、既存事業者と明確に差別化されたより独自性の強いマーケティング・ミックスを展開している点が、価格中心だったリセラーの戦略とは一線を画す。つまり現在のMVNOとは進化型リセラー、「新しいリセラー=サービス・プロバイダー」と呼ぶほうが適切かもしれない。

音声通信市場からデータ通信市場への変化に伴い、MVNOは設備一部保有型へ

 これまで述べてきたことはあくまで海外市場でのケースである。海外ではいまだモバイル・インターネットは低調で、通信速度もGPRSを含めてまだまだ低速であり、海外での移動通信業界Key Success Factorは音声サービスや音声ネットワークに依存するSMSなのである。音声ネットワークには莫大な投資が必要となるため、これを保有できない事業者(国内では第2種事業者)は独自性のあるサービスを展開するのは難しく、ヴァージンのような抜群のブランド力などでも保有しない限り、差別化を図るのは難しい。しかし、最近の市場環境変化からMVNOが増える方向に進んでいる。まず第1に世界的に市場はデータ通信系へ移行しつつある。データ通信系、特にIP系サービスは設備投資額が音声ネットワーク設備ほど必要ではないため、新規参入者にとっては、これまでの参入障壁に比べて低いものとなっている。第2に政策的な動向がある。国際的に見て、移動通信事業は市場競争に委ねられる方向にあり、通信事業者と自由に協議できる。特に第3世代では、香港のように政府命令で意図的にMVNOを誕生させようとする動きもあり、より参入が容易となる可能性もある。そして第3に、第3世代市場の登場によりサービス・プロバイダーの領域はよりアプリケーション・レベルへと拡大するため、これまでの収益モデルにはない、コンテンツそのものの収入が得られる可能性があることだ。第4に、移動通信事業者にとっても、第3世代への設備投資回収のための需要拡大戦略の必要性や、サービス・レイヤーが高く技術も多様化してきたコンテンツ系のサービスを円滑に自社に取り込むためにも、アライアンスの重要性が日増しに高まっている。これらの環境変化により、サービス・プロバイダーの魅力が大幅に向上し、MVNOの魅力は高まっている(図表2)。

環境変化をうまく捉えた日本通信のMVNOビジネス

 これらの環境変化は特に、既存リセラーにとってはまさに好機である。設備を一部保有する事で通信サービス自体に差別化が可能となり、さらにコンテンツという新しい収入モデルを検討する事も可能なのである。これはもはやリセラーではなく、高付加価値を提供するMVNOへと変貌することを意味する。特にリセラーは既に移動通信ユーザーの顧客情報管理や、独自のビリングサービス提供用設備を保有しており、通信事業への参入ハードルは異業種参入に比べ極めて低い。これをうまくとらえたのが日本通信である。日本通信はこれまで、法人向けの音声ビリング・サービスや、単なる携帯電話リセールではなく独自機能を搭載した端末販売などの事業を展開してきた。しかし今回DDIポケットの無線IPネットワーク開放に着目し、PHSデータ通信の大口割引(卸売り)を活用したデータ通信事業に着手したのである。「bモバイル・データサービス」の名称で法人向けに独自のデータ通信サービスを行う。

 日本通信は単なるリセラーではない、明確に差別化されたサービスを提供する、まさに国内初のMVNOと言える。同社のこの差別化された企業向けサービスの特徴は以下の4点である。

  1. 128kbps「高速無線通信」を提供FOMAを除けば、現世代移動通信では最速レベルを提供

  2. セキュリティーの高いEnd-to-Endのプライベート・データ通信を提供する
    .......有線、無線の専用線といったプライベート・ネットワーク・インフラだけでなく、日本通信独自のデータセンターを利用して、モバイル端末からのアクセスに必須の認証および、ワンタイム・パスワードなどの強固なセキュリティー・サービスもパッケージ化。

  3. 企業の利用用途にあわせてカスタマイズされた無線アプリケーション・サービスを提供
    .......日本通信独自のASPサービスを利用したアプリケーションの提供。

  4. 企業の利用用途に合わせた斬新なサービス、料金体系を提供
    .......バースト的に発生するデータ通信の特性にあわせ、常時接続タイプはもちろんのこと、既存事業者にはない時間限定サービス(「勤務時間内のみ利用」サービス(平日9時〜18時まで利用可)や「1日1時間のみ利用」サービスなど)、また「月額基本料金無料」の料金プランなども提供。

 巨大ネットワーク設備への投資する既存事業者には、上記サービスのいくつかは難しいといえる。これらサービス提供で発生する常時接続による帯域の圧迫は、かなり電波資源に余裕のあるフォロワー事業者でないと不可能である。また時間限定課金は低収益のサービスとなるため、設備投資の回収問題を急ぐ第1種事業者にはとっては苦渋の決断となる。逆にMVNOにとっては、限られた電波資源ではあるが、DDIポケットのような「通信速度ベース」の卸売りサービスを購入することで、借り入れた回線分目一杯利用した独自性の強い、容易に模倣されにくいサービスを展開可能である。仮に帯域が逼迫すれば、また貸してくれる事業者を探せばよいのである。これらの点から日本通信のビジネスモデルは高収益を持続的に生み出せる可能性を秘めている。

 また、今回注目すべきは、今まで移動通信インフラをもたない日本通信が、移動通信サービスのインフラを一部構築しているところである。独自に構築したセキュリティー・システムやコンテンツ提供用サーバは、まさに通信サービスの一端をになう通信インフラであり、通信の終端インフラとなるモバイル端末も独自ブランドで供給する形をとるのである。これは、現在MVNOの定義として最も引用される英国調査会社Ovumの定義、「一部インフラを保有する事業者」にあてはまると言えよう。つまりマーケティング戦略の独自性という面だけ出なく、設備状況から見ても、世界一般的な定義のMVNOが日本に誕生したといえよう。

MVNOビジネスモデルから考える今後の移動通信競争環境

 MVNOが自社設備を保有可能となった背景には、先ほど述べたように、データ通信システム、とりわけIP系システムへの設備投資額が従来の音声系システム投資に比して各段に安価であることが大きい。よって今後もMVNOは、独自の差別化を打出すために必要な様々な設備を自社で構築しながら、移動通信サービスを展開していくことは間違いない。iモードも極論すれば、日本通信と同様に音声通信設備にIP系システムをうまく融合させることで成功した一例であり、今後同様に優れたIP系システムが導入されることで移動通信業界構造やトレンドを大きく変える可能性がある。

 しかしMVNOが登場するためには、激しい競争環境が必要となる。なぜならMVNOは市場が寡占状態では機能しないからである。競争が激化し、長期的な収益向上の観点から経営戦略上MVNOとのアライアンスが必要不可欠となった既存移動通信事業者が登場して初めて、MVNOビジネスモデルの検討が可能となる。折しも、現在世界中の移動通信事業者は正にこの「長期的な収益向上」が問われている状況にある。海外では第3世代の高額免許料支払やプリペイドによる低利益経営による極めて厳しい財務状況があり、第3世代の設備投資は可能な限り早期回収が必要とされ、日本よりもMVNOが活用されやすい土壌にある。一方日本でも、移動通信市場の成熟化が見え始めたタイミングで、莫大な投資を要した第3世代移動通信サービスが開始されるなど、設備投資回収の長期化が懸念され始めている。少しづつMVNOビジネスモデルが描ける環境が整ってきたといえよう。今後移動通信市場は、MVNOにとって参入障壁が低いデータ通信市場が中心となるであろう。なぜなら音声通信は今後料金競争が激化し収益が悪化するというデメリットや、データ通信ユーザーがチャーン率が少ないというメリットもあり、結果として事業者にとっては顧客一人あたりの収入を高く維持しやすいと考えられているからである。そうなれば、データ通信市場で重要な市場となるコンテンツ・ビジネス市場においては、今既にコンテンツを有するメディアなどにも十分MVNOとしてのビジネスモデルを検討する余地がある。また国内で既に強いブランド力を持つ端末メーカーや家電メーカーなども、これまでの端末開発力の強みを生かしながらヴァージンのようなブランド戦略モデルが考えられる。さらに、移動通信事業者が持たない独自のチャネルを持つアパレル・メーカーなどが、特定のターゲットにフィットしたサービスを展開し、新たな顧客を獲得できる可能性もある。



竹上 慶(入稿:2001.11)
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