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ハイパーアジア
2000年8月掲載

インドの長距離・国際通信市場、自由化

 日経新聞(2000.7.16)によると、インドのバジパイ首相は、7月15日、国内各州の情報技術(IT)担当大臣を集めた会議で演説し、長距離通信市場を2000年8月15日までに自由化すると発表した。昨年3月、インド政府は、同市場を2000年1月に自由化するとの方針を出したものの、その後は、政府機関内の権限争いなどがあり、自由化は棚上げされたような状況であった。今月のHyper Asiaは、インド首相による発表の内容と、同国の電気通信事情を概観する。

■インドの長距離・国際通信市場

インド首相の発表の内容
  • 長距離通信市場は、2000年8月15日までに自由化
  • 政府は、ライセンスを発行する業者数を含め、何の制限も設けない
  • 民間企業参入による長距離通話料金の引下げ等、市場競争の活発化、インターネット関連サービスを中心としたIT産業の成長支援が自由化の目的
  • 国際電話は、海底光ファイバー・ケーブルの敷設を自由化
  • インターネットの普及を促進するため、ネット接続事業者が国内のどこにでも地上局(海底ケーブル向けのゲートウェイ)を設置できるようにする
(日経 2000.7.16)

 インドの長距離通信は通信省(Ministry of Communications)の一部門である通信庁(DoT:Department of Telecommunications)が、国際通信は、国際通信公社(VSNL:Videsh Sancher Nigam Ltd.)がそれぞれ独占している。

 1999年3月に発表された「1999年新通信政策(New Telecom Policy 1999)」で、政府は、「インドの長距離・国際通信市場を、2000年1月に開放する」こととし、「自由化に関する具体的内容はTRAI(Telecom Regulatory Authority of India)が作成し、1999年8月15日までに発表する」としていた。

 TRAIが自由化に関する勧告を提出したのは、発表期限の4ヶ月後の1999年12月である。勧告は、(1)免許数無制限、(2)新規参入者はCircle(ほぼ地理的州に相当する営業地域)内の長距離通信を可能とする骨子となっていた。これに対して、政策機関でもあるDoTが、1.免許数は4以内で、highest biddersに発給、2.既存の民間事業者のビジネスプランに影響するので新規参入者がCircle内長距離通信を行うことに反対(Circleをまたぐ長距離通信のみ)、という立場を取ったため、TRAIが再度、ガイドラインの最終化を行っていた(TRAIとDoTの関係については、「政策・規制機関」を参照のこと)。


TRAI案

DoT案

免許数

(1)無制限

(1)4社以内
highest biddersに発給

営業地域 (2)Circle間の長距離通信およびCircle内の長距離通信を可能

(2)Circle間の長距離通信のみ

 7月15日の首相の発表は、TRAI案に近いものであり、規制機関としてのTRAIの存在感が強まったと言える。解禁そのものは既定事項であるため、インド鉄道、送電のPowergrid、Bhartiグループ等は、社内網を長距離通信サービス用に供給する準備を進めているが、8月15日から具体的にサービス開始できるかどうかは、1997年の地域通信の自由化時の混乱を考えると、依然不透明であろう(「インドの地域通信」参照)。

 国際通信は、現在、VSNLが独占的に提供している。VSNLは、1986年4月、公社としてのOCS(Overseas Communications Services)が民営化される形で設立された。現在、民間資本が35%、残りが政府によって所有されているが、1999年以降、政府は所有株式の一部売却を計画中である。

 DoTは、本年4月15日、17のISPに対して、外国衛星にアクセスする国際ゲートウェイの設置を許可している。4月時点では、海底ケーブル向けのゲートウェイは含まれていなかったが、7月の首相発表は、「2000年8月15日から海底光ファイバー・ケーブルの敷設を自由化する」としており、「8月15日からは、VSNLのゲートウェイを介さずに、インターネットに接続できるようになる」と考えられる。

 また、外国衛星の場合の免許条件としては、ゲートウェイの設置は自営業地域に留め、インターネット・トラヒックのみを扱うこと、等があったが、今回の自由化に音声が含まれるかどうかは不明である(*)。

:インド政府は、2000年9月に国際通信の音声の自由化についても発表した。日経新聞(夕刊)(2000.9.8)によると、VSNLが独占している国際の音声市場を、当初計画より2年間前倒しして2002年4月より自由化する。その見返りとして、VSNLは、国内長距離の音声市場に有利な条件で進出したり、全国でインターネット接続サービスを展開する権利を得る。

■インドの地域通信

 地域通信(Circle内通信)は、ムンバイ(旧ボンベイ)、デリーの2大都市は首都圏電話公社(MTNL :Mahanagar Telephone Nigam Ltd.)が、それ以外の地域はDoTが提供している。

 MTNLは、DoTの100%出資で、1986年に設立された独立採算の国有会社で、2大都市だけで、インド全体のネットワークのうち30%前後をカバーしている。最重要都市の加入電話需要に応えるため、DoTとは別個の事業体が設立されたもので、現在の政府の持ち分は56%程度である。

 1997年には、インドのインフラ整備を進めるため、いくつかの私企業が免許を受け、加入回線の設置を行っている。現在の落札事業者は以下の通りであるが、免許は取得したものの、サービスを開始したのは、Bharti TelenetとHughes Ispatの2社にすぎない。

市内通信の免許付与事業者

事業者名

営業地域

免許取得
時期

免許料
(US$)

サービス
開始状況

Bharti Telenet

Madhya Pradesh

1997.2

1億6,350万

開始

Escar Commvision

Punjab

1997.11

11億4,850万

_

Hughes Ispat

Maharasta

1997.9

9億7,625万

開始

Reliance Telecom

Gujurat

1997.3

8億4,900万

_

Tata Teleservices

Andhra Pradesh

1997.11

10億5,000万

_

Shyam Telelink

Rajasthan

1997.3

2億7,500万

_

 サービス開始が遅れている原因としては、

  • 前通信大臣を含む入札関係者の汚職疑惑と裁判沙汰
  • HFCL(現地資本)/Bezeq(イスラエル資本)コンソーシアムによる免許入札関係者を相手取った訴訟
  • 政府による高額な最低免許価格の設定、1事業者当たりの免許数への制限
  • DoTによる相互接続協定内容提示の遅れ、提示内容の不平等性、事前了解内容との齟齬
  • 免許料を含む事業立上げ費用に関する金融機関の貸し渋り
  • 市場規模の予測誤り (KDD総研R&A 1999年4月号)
と考えられている。
長距離通信市場でも、同様の理由からサービス開始の遅れが懸念される。

■インフラ整備状況

 インドの2000年3月末の固定網の加入者数は、民間事業者分も含めると、約2,650万となっている。1999年3月は約1,970万回線であったため、1年間に約700万回線が新規に加入したことになる。インドは国土と人口が大きく、普及率(100人当たりの電話加入数)で見ると、1999年3月時点で2.3%と低いが、ネットワークの規模は世界的に見ても大きく、世界第10位である(情報通信ハンドブック2000年版)。

 ただ、デリー、ムンバイの2大都市のみでサービス提供しているMTNLに全加入者数の約30%を占めること、都市全般の電話普及率が15〜18%に達していることを考えると、都市部と人口の75%が居住するとされる村落との格差は大きい。

「インドの高速通信網整備」

 「IT大国」として注目を集めるインドは、「2008年にIT業界で、売上高870億ドル、技術者220万人を確保」するという目標を掲げているが、インドの通信容量は、現在、毎秒3.2ギガビットで、マレーシアの約3分の1程度(インド全国ソフトウェア・サービス業協会)に留まっている。情報通信基盤の整備が進まなければ、目標達成率は60〜70%に留まると見られており、官民あげて、情報技術(IT)産業の急成長を支える基盤整備に乗り出している。

 鉄道や石油、ガス、送電線などの国営と民間の約15の企業は、次々に光ファイバー敷設計画を打ち出した。すべて実現すれば、光ファイバー網への総投資額は50億ドル、総延長11万キロに達する。2002年3月に国内の通信容量は毎秒40ギガビット、翌年には同百ギガビット(現在の約30倍)に拡大できる見通しという。

計画主体 計画内容
インド国鉄 鉄道網(63,000km)に沿って光ファイバー網を構築
インド石油 石油パイプライン施設(約5,000km)に沿って光ケーブルを敷設
インドガス公社 既存輸送管(3,500km)および年内に建設許可を得る1,200kmの輸送管に光ファイバーを敷設
送電公社 2002年までに11,800kmの光ファイバーやマイクロ波網を建設、全国56都市を接続
最終的には52,000kmの高速通信網を建設
リライアンス・インダストリーズ(民間の石油化学メーカー) 通信サービスを将来の中核部門と位置付け
32億ドルをかけ115都市を光ファイバーでつなぐ計画x
タタ財閥 _
ZEEテレフィルムズ
(ケーブルテレビ)
_

(日経(夕刊)2000.8.21

■政策・規制機関

(1)通信省(Ministry of Communications)
 通信省は、大綱的な政策や長期計画の決定機関で、事業者間の交渉が拘泥化(係争化していないもの)した場合に指令、処断なども行う。通信省の一部局としてDoT(Department of Telecommunications)があり、市内通信(ムンバイとデリーは除く)および長距離・国際通信を提供していたが、現在は、DTS(Department of Telecom Services)として、DoTから事業部門は別部局として分離している。

(2)インド通信規制局(TRAI:Telecom Regulatory Authority of India)
 TRAIは、規制機関として1997年3月に設立された。DoTや政府系事業者の影響が大きいインドにあって、独立的な立場で活動することを旨として設立されたものの、設立当初から、権限の範囲をめぐってDoTとの対立が続いていた。

 TRAIとDoTの権限切分けは、2000年1月24日の改正TRAI法(The Telecom Regulatory Authority of India (Amendment), ordinance, 2000)で、明確化され、基本的には、TRAIは「勧告機能による政策参加」、DoTは「政策決定および免許付与」を受け持つこととなった。しかし、依然として「先進国に比べると、Authorityと名前の付く機関としては権限が小さい」(KDD総研R&A 2000年6月号)と考えられている。

TRAIの権限は以下の通りである。

  1. 事業者免許
    関連
    勧告権限を確認 DoTは免許条件の最終化・免許発給前にTRAIの勧告を求めることを義務づけ
    なお、免許取消しに際しては、TRAIの勧告を求めることは不要

  2. 事業者間利益配分(revenue sharing)関連
    事業者間の合意を変えることはできない
    論争化した場合の紛争解決(resolve)の機能はあり(ただし係争裁定(arbitrage)の機能はなし)

  3. 事業者間相互接続条件関連
    勧告機能あり
    ただし事業者間の合意を変えることはできない
    論争化した場合の紛争解決(resolve)の機能はあり(ただし係争裁定(arbitrage)の機能はない)

  4. 事業者のタリフ関連 変更権限あり

  5. 免許等に関わる係争裁定機能はなし

 裁定機能は別途組織化される「Telecom Dispute Settlement and Appellate Tribunal(業界係争に関わる控訴裁定所)」が受け持つ。Telecom Dispute Settlement and Appellate Tribunalによる裁定を覆しうるのは、最高裁の裁定のみである。

NTT西日本 企画部 武川 恵美
編集室宛 nl@icr.co.jp
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