2002年9月号(通巻162号)
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世界の移動・パーソナル通信T&S
<トレンドレポート>

撤退・先送り相次ぐ欧州の第3世代携帯電話事業

波紋が広がる「グループ3G」の活動中止

 2002年7月26日付けのウオール・ストリート・ジャーナル紙は「欧州の携帯電話会社は、遂に第3世代携帯電話技術における彼らの惨憺たる投資から撤退を開始した。」という書き出しで、スペインのテレフォニカとフィンランドのソネラ(スウェーデンのテリアとの合併が決まっている)が、ドイツ、イタリー、オーストリアおよびスイスにおいて第3世代携帯電話(3G)サービスを提供することを目的に両社が設立した合弁事業の「グループ3G」の活動をすべて中止する、と25日に発表したと伝えている。(注)

(注)Telefonica and Sonera kill deal as Europe’s 3G doubts increase(WSJ.com:July 26,2002)

 以下同紙の記事を引用する。「両社の動きは、恐らく欧州の携帯電話会社による一連の屈服となるであろう最初の事例である。3Gのライセンスとインフラ構築に1500億ドルを投じた挙句、インターネットに対する高速無線接続やオーディオ/ビデオ・クリップを携帯電話相互で交換するなどの(3G)サービスの提供による期待収益について、欧州の携帯電話会社は悲観的になってしまった。国内市場で強い地位を占めていない何社かの携帯電話会社(特に既存の顧客を持たずに3Gに新規に参入を計画している会社)は、損失を最小限とするため参入を諦めるか、展開のコストを大幅に削減せざるを得ないだろう」。

 テレフォニカとソネラはドイツ市場の実績がないため、3Gの参入以前に顧客ベースを確保することを狙って、Eプルス(オランダのKPNの子会社)からGSMの容量のリースを受けて、半年前から2Gサービスを「クアム」というブランド名で提供していたが、加入数が期待したようには伸びず、約20万と低迷していた。また、3GについてはEプルスと ネットワークの建設と利用を共同で行いコストを削減する協定を結んでいた。しかし、現状では顧客が増えないまま損失が膨らみ、当初想定していた3Gの事業計画の実行は不可能と判断した。両社はドイツ市場での携帯電話事業を全て中止することに踏み切った。

 2000年夏にドイツ政府が行った3G免許の入札に両社は参加し、84億ユーロで落札した。他に5事業者が免許を取得しており、6社による競争が実現するはずだった。インフラ整備や端末の開発が遅れているだけでなく、3G向けの魅力的なアプリケーションとコンテントもはっきりせず、ネットワーク構築コストの回収の見込みも立たないこと、当面のデータ需要には2.5世代のGPRSで対応可能なことなどから、有力携帯電話会社は3Gサービスの開始時期を先送りする(大勢は2005年以降)意向を表明していた。しかし、「グループ3G」のような完全撤退の決定は初ののケースで、業界に大きな衝撃を与えた。

 現時点では両社は免許を保有し続ける考えだが、ドイツ政府は免許の転売を認めていない。EU委員会レベルで、周波数の2次市場を創設すべきかどうかについて議論が始まったが、決着には時間がかかりそうだ。そこで両社は、取得した免許の評価損を4〜6月期決算に計上する見込みだ。テレフォニカは自国(スペイン)を除く欧州4カ国の3G免許の資産価値を48.4億ユーロ(取得価額は65億ユーロ、75%の評価減)引き下げた。ソネラも42.8億ユーロの評価損を計上し、ドイツとイタリアにおける免許は資産価値をゼロとした。それでも市場は「追加投資をして損失を増やすよりはまし」と歓迎する評価をし、テレフォニカの株価(マドリッド)は14%上がって9.5ユーロとなった。

 「グループ3G」による3G撤退の動きは、全欧州にインターネットへの高速無線アクセス網を構築するという、欧州の壮大な計画に関する一連の挫折に追討ちをかけるものだ。6社がひしめくドイツの携帯電話市場を考えると、グループ3Gの撤退は歓迎されるだろうが、残る5社でも多過ぎるという見方が強く、事業者の統合は時間の問題でしかないという。去る6月には、ドイツの6番目の携帯電話会社であるモビルコムの創業者が、同社の3G投資の大幅な規模縮小を決定した。同社の存廃はフランス・テレコムが同社の救済に乗り出すかにかかっており、モビルコムが退場すればドイツ市場は4社の競争になる。(注)モビルコムに3G設備の購入資金として7.5億ユーロを融資していたノキアは、7〜9月期にその一部を特別損失として計上する予定だ。エリクソンやノキアなどの欧州の携帯電話ネットワーク設備メーカーは、生産体制を当面需要が見込めないWCDMAからcdma2000にシフトさせようとしている。

(注)Telefonica's exit may be good for Europe's mobile industry(WSJ.com:July 26,2002)

また、ノキアのオリラCEOは最近の記者会見で、異なるメーカーの3G端末とネットワークは2003年まで互換性がないかもしれないことを認めた。このことが、今年3Gのサービス開始を計画している「ハッチソン3G」(香港の財閥ハチソン・ワンポア系)のような欧州の何社かの携帯電話会社による3Gのサービス開始(英国およびイタリア)を難しくする可能性がある。さらに「携帯電話会社は、3Gの提供する余剰なネットワークの容量を一杯にするのに必要な新サービスの開発に腐心しているが、端末メーカーとソフトウエア・サプライヤーの間の紛争が新サービスの開発を妨げている。また、3G技術の遅れは既存の携帯電話会社に、より多くの顧客を集めることを許し、市場での立場を一層強固にする。(6社が参入するドイツにおけるT-モバイルとボーダフォンの市場シェアは80%、人口普及率は70%)それが、3Gで新規に参入する企業の成功を困難にしている。」とテレフォニカのスポークスマンは指摘している。(注)

(注)Telefonica and Sonera kill deal as Europe’s 3G doubts increase(WSJ.com:July 26,2002)

ボーダフォンは日本以外での3Gサービス開始を延期?

 ボーダフォンは、年内にサービス開始を予定していた欧州での3Gの商用化を、2003年以降に延期する見通しである、と8月9日のフィナンシャル・タイムズが報じた。(注)同社は英国、ドイツ、スペインで今年下半期に3Gサービスを開始すると説明していたが、日本以外で年内に3G対応端末を販売しない予定だという。同紙によると、ボーダフォンが欧州で3Gサービスの開始を延期するのは、技術的な問題と端末の不足が原因だとしている。年内は一部企業ユーザーに対して試験的サービスを提供するにとどまる見通しである。

(注)Vodafone warns of 3G services delay(Financial Times:August 9,2002)

 ボーダフォンは、2002年末までに一部ユーザーを対象に3Gの試験サービスを開始し、来年度にはGPRSと3Gに対応するデュアル・モード端末で3G商用サービスを開始する、という計画を今年3月に発表している。
 この報道に対してボーダフォンは、年末までに3Gの試験サービスを開始するという計画に遅れはない、との見解を明らかにした。しかし、今年中に3G(試験)サービスは開始するが、端末の供給体制と3G向けのアプリケーションが揃わないことから、来年度までは積極的な販売活動は行わないと説明している。(注)積極的な販売活動を伴わない商用化は、先送りと受け取られても仕方がない。

(注)英ボーダフォンの3G試験サービス、開始に遅れはない(電波新聞:2002.8.13)

 オレンジ(フランス・テレコムの携帯電話子会社)は、8月6日にスウェーデン政府に、オレンジの同国子会社による3Gサービスの展開を延期し、サービス提供範囲も縮小する計画を提出し許可を求めた。オレンジの要請は、スウェーデンのテレ2がノールウェー政府に、3G展開の条件緩和を要請した翌日に行なわれた。テレ2の要請は、今後2〜3年間における3G技術の高コストと利益見通しの不確実性を理由に、ノルウェーにおける3G事業の運営に一切の追加投資をしない、というものだ。(注)

(注)European telecoms continue retreat from 3G technology (WSJ.com:August 7,2002)

 イタリアでは、第4位の携帯電話会社ブルー(加入数190万)の資産売却が8月7日に決まった。2000年の3G免許付与の選にもれたブルーは、会社を解散し資産を売却する方針で株主が合意しており、今回の売却はその方針に沿って行なわれた。ブルーの資産を1,800万ユーロで一括購入するのは競争相手であるテレコム・イタリア・モビレ(TIM)であるが、EU委員会が承認するに当たって付けた条件に従い、購入資産の一部をオムニテル・ボーダフォン、ハチソン3G、ウインドに譲渡する。買収するのは、無線基地局、伝送サイト、コール・センターなどである。ブルーは携帯電話事業を中止し、15MHzの周波数容量を政府に返還する。(注)

(注)Telecom Italia Mobile to buy and break up rival Blu (WSJ.com:August 7,2002)

強気の姿勢に注目が集まる「ハチソン3G」

 欧州で実質的に初の3Gサービスの年内開始を目指しているのが「ハチソン3G」で、英国およびイタリアで準備を進めている。しかし、同社もテレフォニカ/ソネラ連合の「グループ3G」と同様の問題を抱えている。普及率の高い地域に、3Gで新規参入して顧客を獲得できるか、というリスクである。試験運用で、サービス開始時に通信障害の恐れがあることも明らかになった。英国の場合、日本の半分の人口(6,000万人)の市場に、既に4事業者が参入しており人口普及率も80%と高いところに、さらに3Gで1社が加わることになる。英国の新聞タイムズは、「犠牲者はまだ出る」と予想しているという。(注)

(注)黄信号ともる第三世代携帯 (日本経済新聞 2002.8.13)

 しかし、現時点では欧州の3Gの前途は、ハチソン3Gの動向如何にかかっている、とバロンズ誌は書いている。ボーダフォンなどの既存の携帯電話会社は、3G免許の取得に過大な費用を支払い、需要を過大に予測したと考えており、サービスの展開を遅らせようとしている。8月中旬に、ハチソンが英国で料金戦争を仕掛けるという報道が流れ、ボーダフォンやmmO2の株価は下がった。スタート時点では、ハチソンの英国およびイタリアにおけるサービス・カバー率(人口比)は50%程度であり、魅力的なアプリケーションが提供できるかもはっきりしない。それでも、競争相手の遅れはハチソンのリードを確実にするかもしれない。ハチソンは3Gのサービス開始を10月としている。(注)

(注)Hutchison Whampoa chases 3G around the globe(Barron’s Online:August 19,2002)

 オランダの通信会社KPNは8月20日に、主としてオランダ以外の地域におけ3Gの投資に関連して、87.9億ドルの資産償却を実施すると発表した。これは先に述べたテレフォニカとソネラによる3G資産の償却に引き続くもので、ドイツ・テレコム、フランス・テレコム、mmO2やボーダフォンなどのライバルに同様な措置を講ずるように迫る圧力となるとみられる。市場はこのKPNの動きを歓迎し、同社の株価は14%値上がりした。

(注)KPN to write down $8.79 billion for collapsed investments in 3G(WSJ.com:August 21, 2002)

 KPNの資産償却には、ドイツにおける3G事業のほか英国における3G事業「ハチソン3G」への15%の出資(NTTドコモは20%を出資)が含まれている。KPNは「ハチソン3G」への出資をノン・コア資産とみなして売却する意向である。これに対してハチソンは、「資金の手当ても済んでおり、そのことは(「ハチソン3G」の計画に)何のインパクトも与えないだろう。(3Gから)撤退した欧州の企業は、3G免許を事業化する堅実な計画を欠いていた。しかし、参入企業の数は少ない方が望ましい」と語ったという。

 ハチソンは同じ日に、欧州におけるドラッグ・ストア・チェーン(オランダを本拠とするKruidvatグループ 1,900店舗)を13億ユーロで買収し、3Gの展開を営業面で支える拠点(店舗内店舗)とすると発表した。2000年に買収したSaversチェーンと合計すると、英国で約1,000店舗を展開する計画となる。また、いずれもカメラ内蔵のNEC製2種とモトローラ製1種の端末を披露し、「これは電話ビジネスではない。最小のビデオカメラであり、最小のコンピュータであり、最小のTVである。」と強調した。目標は英国、イタリアとも2003年末100万加入で、「3」のブランド名を使用する。

 さらにハチソンは8月26日に、テリア(スウェーデン)とソネラ(フィンランド)の合併を契機にテリアが放棄すると見られるフィンランドにおける携帯電話事業と免許(2Gおよび3G)の競売に参加する意向を表明した。ハチソンは北欧ではスウェーデンとデンマークで3G免許を取得しており、フィンランドが加わることによる規模の利益を追求するのが狙いと説明している。

 ハチソンの強気な姿勢に危惧を抱いているところも少なくない。欧州では、当該市場で1位か2位の事業者でなければ3Gの成功は覚束ない、という見方が強いようだ。格付け会社のS&Pは21日に、ハチソンの香港以外における事業多角化は、同社の債務水準を高め、平均以上の流動化ポジションを侵食することによってその信用力を徐々に低めている。港湾事業などの成長のような多角化の成功例もあるが、欧州における3Gの合弁事業によって通信事業を拡大するためのハチソンの努力は心配のタネとなっている、と警告している。事実、ハチソンの2002年上半期の純利益は17%(対前年同期比)減少している。(注)

(注)Hutchison ‘on target’ despite KPN 3G retreat(Financial Times:August 22,2002)
Hutchison talks up 3G mobile(totaltele.com:August 22,2002)
Hutchison makes offer for Finnish 3G (totaltele.com:August 26,2002)

(補足)原稿の締め切り後に起きた注目すべき動きについて以下に補足する。

 第1に、フィンランドの通信大手ソネラが8月31日に、この9月に予定していた3Gの商用サービス開始を、技術面の遅れ(端末の入手可能性とネットワークのインター・オペラビリティ)から2003年第1四半期に延期すると発表した。同社のワイヤレス部門の責任者によれば、「(3Gに関する)全般的技術は商用サービスを開始できるまでには成熟していない」という。フィナンシャル・タイムズ紙

(注)によると、ノキアが開発している2G、2.5Gおよび3Gのネットワークをオペレーション可能とするデュアル・モード端末は、2002年末まで市場に出ない見込みだ。同社の延期発表により、欧州で2002年中に3Gの商用サービスを開始するのは,英国およびイタリアにおけるハチソン3Gだけとなり、先行不透明感は増す一方となった。

(注)Glitches blamed as Sonera puts back 3G launch(FT.com:August 25,2002)

 第2に、欧州委員会が混迷する3Gに対して救済の手を差し伸べるかもしれないという動きである。欧州委員会は近日中に、英国においてmmO2とT-Mobileが構築する3Gインフラのコストをシェアする協定と、両社がドイツで構築する3Gインフラに関する同様の協定を承認するだろうと新聞が報じている。

(注)昨年3月に提起された「ネットワーク・シェアリング」は競争の機会を減少させるとして、競争担当のマリオ・モンティ理事が難色を示していた案件(通信担当のリッカネン理事は支持)であるが、移動通信産業に対して何らかの手をうつ必要があるとする欧州委員会の認識があった、と見られている。両社によるとこの協定が認められれば、インフラ投資は30%節減できるという。

(注)Brussels throws lifeline to stricken 3G(FT.com:August 25,2002)

 第3に、携帯電話事業で欧州に遅れをとったといわれる米国勢が元気を回復しつつある点である。スプリントPCSが8月16日に3Gサービス(cdma2000 1X)を全米で開始し、これで全国サービスを提供する6社の次世代サービスが出揃った。最大手のベライゾン・ワイヤレスは8ヶ月前からcdma2000 1Xで、2位のシンギュラー・ワイヤレス、3位のAT&Tワイヤレスおよび6位のT−Mobile(VoiceStream)は2.5世代のGPRSで、5位のNextelはこの5月からiM1100による高速データ・サービスを提供している。最後に参入したスプリントPCSの標準的なデータ料金プラン(ビジョン)は1メガバイト1.5ドルで、他社の半額に近い低料金である。同社の説明によれば、1メガバイトでeメール50通、インスタント・メッセージ75回および50ページのウェブ閲覧が可能という。米国でも本格的なモバイル・インターネットの時代が始まりそうだ。(注)

(注)米国の調査会社ComScore Media Metrixによると、現時点における米国のワイヤレス・インターネ  ットの利用は、ハンドヘルド・コンピュータで500万台、携帯電話ユーザーで580万台、利用者は(重  複利用を除き)990万人である。(U.S.wireless Internet users reach 10m−survey:Totaltele.com:28 August,2002)

 第4に韓国の3Gベンダーのサムスン(cdma2000 1Xのプラットフォームを最初に商業化した)が、GSMオペレーターに対し,WCDMAによる新ネットワーク構築に代えcdma2000 1Xオバーレィを採用するよう、働きかけを強めると表明していることとである。韓国においてWCDMA免許を保有するSKテレコムとKTフリーテルの大手2社が、すでにcdma2000 1X EV-DOを展開している。この2社は既存のCDMAネットワークの高速化にcdma2000で対応できれば、コストの高いWCDMA網の構築を急ぐことはない、とサムスンはチャンスを確信している。同様に、GSMオペレーターに対しても、GSM/GPRS/EDGE/WCDMAのルートを辿る代わりに、cdma2000 1X EV-DOのオーバーレィを説得することは可能だとサムスンは考えている。この考えは、去る3月に行われた米国のCTIAのイベントに、クアルコムとサムスンなどのベンダーからGSM1Xシステムとして提案されている。サムスンは、最近WCDMAベースの3Gネットワークの契約を延期した、シンガポールのシングテルが有望な顧客だと見ているという。(注)

(注)Samsung outlines cdma2000 1X mission(Totaltele.com:20 June,2002)

相談役 本間 雅雄
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