2003年1月号(通巻166号)
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世界の移動・パーソナル通信T&S
<トレンド・レポート>

固定発携帯着の料金決定権「裁定」を考える

 総務省は2002年11月22日に、平成電電から出されていた接続条件についての裁定を求める申請に対して、同社の固定電話発信し携帯電話に着信する通話の料金決定権を平成電電に与える裁定を行なった。この裁定は、発信加入者の加入者宅から平成電電が自ら設置する伝送路設備又は他の電気通信事業者が設置する伝送路設備を、NTT東西の加入者交換設備を経ることなく、直接自社の交換設備に収容している「直収接続」形態に適用されるもので、それ以外の「中継系接続」形態(NTT東西の設置する電気通信設備から発信し、平成電電が中継接続のみの機能を提供し、携帯電話事業者に着信する)は、協定の細目についての協議が行なわれていないという理由で、裁定の対象から除かれている。現時点での「直収接続」の加入者は極めて少ないことから、当面の影響は限定的(主に専用線接続による法人向けサービス、新聞報道によれば年間5〜6億円)とみられる。しかし、今後の議論の進展によっては、携帯電話事業における相互接続のあり方に重大な影響を与えかねない。(注)以下にその問題点を考えてみたい。(注)携帯電話の発着トラフィック(通信時間)合計に占める固定発携帯着の比率は17.1%(2001年度 総務省調べ 携帯発固定着 19.9%、携帯発携帯着63.0%)、携帯発携帯着63.0%)

「答申」と「裁定」のズレ

 総務省はこの裁定を行なうに当って、2002年9月20日に電気通信紛争処理委員会に諮問し、同委員会は同年11月5日に答申を行なっている。答申は、NTTドコモ・グループは平成電電の「直収接続」形態による通話に関しては、平成電電が利用者料金を設定する方式での接続請求に応諾しなければならず、接続について「取得すべき金額」(接続料金)とそのための条件を接続約款に定め、総務大臣に届出るとともに公表しなければならない、というものであった。答申はその理由を次のように説明している。 まず「利用者料金決定権」について、エンド・ツー・エンド料金方式がとられている場合でも、接続に関与する複数の電気通信事業者間の合意に基づき、便宜上、利用者料金の設定が一の事業者に委ねられている事実を指すに過ぎず、利用者料金設定権者である電気通信事業者が一方的に他の電気通信事業者の接続料金を決定する権限まで持つことを意味しない、と指摘している。 次に、NTTドコモが請求された接続については、その支配的地位を考慮し、接続料金を接続約款で定め、これに基づいて接続協定を締結することが求められており、独自に利用者料金を設定して利用者に請求するという原則が修正されている。このことを接続する電気通信事業者の側から見れば、自ら通算した利用者料金を設定した上で、NTTドコモに対してはその電気通信役務の料金相当分を接続料金として支払い、その残余の額を自社の収入とすることを予定していることを意味する。そうなると、NTTドコモは、平成電電の設置する設備から同社の設備に着信することとなる通話に関して、平成電電が利用者料金を設定する方式での接続請求に応諾しなければならず、接続料金を含む条件を接続約款として総務大臣に届出て公表しなければならない、と結論づけている。 紛争処理委員会は、NTTドコモが支配的事業者である以上、約款で定めた接続料金で相互接続に応諾する義務があり、平成電電に「利用者料金決定権」があると答申した。(したがって、非支配的事業者にはこの義務はない。)しかし、この答申を受けた総務省の裁定は、NTTドコモに着信する「直収接続」について「平成電電が利用者料金を設定することが適当」である、とする結論は紛争処理委員会と同じだが、裁定理由には上記で引用した紛争処理委員会の見解とは異なる趣旨が述べられている。 総務省が「利用者料金決定権」を平成電電にあるとした裁定理由は以下の通りである 通話通話通話のための利用料金を負担する側に直結する立場にある(発信側)事業者は、当該利用者の利用形態、要望を把握しやすく、さらに、これにこたえることが、利用者を獲得し、サービスの継続的な利用を確保することに直接つながり、料金の低廉化及びサービスの多様化が促進される。本件については、料金請求を受けるのは発信利用者であり、発信利用者に直接接する電気通信事業者は平成電電のみであるから、同社が利用者料金を設定することが適切である。 紛争委員会の答申が制度論に根拠を置いているのに対して、総務省の答申は、自社設備に着信を認める(卸売サービスを提供する)携帯電話事業者は、顧客との関係が間接的となり、料金の低廉化やサービス向上に対するインセンティブが働きにくく、むしろ顧客サービスに直接責任を負う立場にある(小売サービスを提供する)発信事業者が利用者料金を設定する方が市場を活性化させる、という政策論に拠っているように思われる。(そうであれば、この原則を「支配的事業者」や「直収接続」に限定して適用する理由はない。) そもそも総務省が紛争委員会に諮問した裁定案では、携帯電話会社側が利用者料金設定権を有することが慣行であり、それを変更するまでの必要性は認められない、と述べていた。「答申」はこの慣行の合理性の説明が不足していると批判したうえで前述の論理を展開し、固定電話側の平成電電に「利用者料金設定権」を認める答申を行なった。「裁定」の結論は「答申」のそれと同じであるが、結論に至る筋道が異なっており、その点に関する説明が不足している。

携帯電話の着信は競争市場か?

 相互接続に関しては、発信と着信では市場特性が異なっている。利用者の立場から見ると、発信については他の事業者を選択する余地があり市場は競争的である。しかし、着信については代替性がなく競争的とはいえない。例えば、携帯電話会社が決めている固定発携帯着料金(3分間平日昼間)は、現在NTTドコモの80円に対し、その他の会社は120円である。(今春値下げするまではau 170円、J-フォン 150円だった。)市場が競争的であれば、シェアの低い会社が5割も高い価格を設定し維持することは通常考えられない。この業界では、発信料金の競争が激化し赤字に陥っており、これを着信料金で補填するのはやむを得ない、という話が囁かれている。このような競争的でない着信市場には、市場支配的事業者も存在せず、それに対する規制を根拠にした「答申」には問題がある。競争的でない市場において、如何に料金値下げやサービス向上のインセンティブを働かせるようにするかという視点からの「裁定」は評価できるが、着信市場が競争的でない以上、NTTドコモ着信に限定すべきでなかった。(注)

(注)EC委員会による「電子的通信分野の事前規制を許容する関連製品及びサービス市場に関する勧告案」では「移動個別網における音声通話着信(Voice call termination on individual mobile networks)」をあげている。これは、競争原理が働かない移動通信着信市場で超過利潤が発生していないかなど、SMP事業者を含む全事業者を対象に、規制当局が監視する必要性を認めたものだ。データ着信が除かれたのは、SMP事業者を含め移動データ通信を規制する必要がないと判断したからだろう。(SMP:Significant Market Power)

 今回の裁定はNTTドコモを対象とする「直収接続」に限られている。現時点における固定電話発携帯電話着信通話のほとんどは「中継系接続」(NTT東西発信を含む)であり、今後の関心は「中継系接続」についての利用者料金決定権の帰属問題に移る。「答申」はこの点に関する協定の細目についての協議が行なわれておらず、裁定申請要件を具備していないとしている。一方、「裁定」では利用者移動が常に発生する携帯電話の特性上、通話路の再設定を回避するため発信側の近くで携帯事業者と接続することが考えられるが、その場合固定電話事業者の役務提供区間は短くなり、当該区間に発側の事業者に加えて中継事業者が存在する意義について検討が必要としている。しかし、「中継系接続」の問題が決着しない限り、この問題が解決したことにならないことは言うまでもない。 総務省は「裁定」の発表の際に、「答申」で「接続における適正な料金設定が行ない得る合理的で透明性のある仕組みを早急に整備することが必要」(注)とする勧告を受け、12月19日に研究会を開催し検討を開始した。この研究会で、「中継系接続」および「IP電話発信携帯電話着信」における料金設定のあり方についても検討される。早期に結論がでることを期待したい。

(注)紛争委員会は「答申」で以下のような指摘をしている。NTT地域会社発NTTドコモ着信の標準的料金は3分80円で、このうちNTT地域会社には接続料5円が支払われ、残りの75円がNTTドコモの収入となっている。ところが、携帯電話会社相互間や携帯電話会社と国際通信会社間の接続では、着信側の携帯電話会社は接続料40円を収入としている。この75円と40円の間には著しい乖離があるのに、その合理性については納得のいく説明はなされていない。平成電電は、携帯電話事業者はコストを接続料で回収すればよいのに不当な利益を独占していると主張している。これに対し、携帯電話事業者は、料金設定権が固定事業者側に移れれば、コスト回収や今後の事業展開に支障が生じる、との主張を行なうのみである。

(参考)本間雅雄 「固定発・携帯着」の料金問題を考える(2002年2月)

相談役 本間 雅雄
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